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硝煙のアルケミスト  作者: ラテ
2/2

誰も戦争は望んでないのね

アルストツカ帝国軍士官のヴィアーズは、士官学校卒業後、仲間達と共に初任務へ従軍した。

「ヴィアーズ!」


「同じ本ばかり読んでいて飽きないの? また“中世の戦術史”?」


「黙ってくれ、ジャンヌ。 集中したいんだ」


「つい数日前に、変な噂を流した張本人が、よく言えるわね」


「“愛してるわオスカー”だろ、あれは傑作だった」


「幾ら何でもやりすぎよ」


「おい、発案者はヴィツェルだぞ」


俺に気安く話しかけてくれる人間は二人くらいしかいない。

その一人が同じ班のジャンヌ・ヴォルフスキ。

ジャンヌの父は帝国軍機甲部隊参謀長、セシウス・ヴォルフスキ。

しかも茶髪に澄んだ目に端正な顔つき。俺たちの間でもよく話題になる。

さっき言ったオスカーって奴はそんなジャンヌを好きな一人である。


「私たちの班って見事にバラバラなのよね。あなたは図書館、私は研究室、ヴィツェルは──」


「射撃場だ」


「他の班は仲良いわよ。休日に食事したり」


「よそはよそだ」


この帝国士官学校は、いくつかの部門に分かれている。

俺たちが所属しているのは最難関とされているアカデミー部門だ。

この部門では、士官としての役割だけではなく、実際の銃撃戦、肉弾戦の手腕も必要である


「それで、何の用だ?」


「お昼よ、食べに行こうと思って」


「もうそんな時間か」


「あなたも来る?」


「……」


しばらく沈黙が続いた。


「却下、腹減ってな──」


“グゥ〜〜”


「いい返事ね」


「おい、笑うな」


結局行く羽目になってしまった。




士官用のロープとキャップを付けると、急にジャンヌが凛々しく見えてしまう。

やはり父が帝国軍人だけあって、軍服姿が結構似合う。

現在位置は、帝国広場。

帝都中心部にある駅の前にある。


「一体どこに行くんだ、ジャンヌ?」


「黙って付いて来て、きっと気にいるわ」


広場の門には堂々と帝国の宣伝ポスター。

プロパガンダが貼られている。

“帝国と共に大陸に秩序をもたらそう”

実際のところ、辺境地を弾圧し秩序を乱しているのは帝国だ。

だが、俺たちは上層部が決定した以上、帝国の為に尽くすという義務は果たさなければならない。


「着いたわ」


気がつくと、帝国広場の端にある小さなカフェに来ていた。


「ここか? イメージしていたのと違うな」


「分かってないわね、大事なのは味よ」


ジャンヌはこう見えて休日に遠くのレストランに行ってしまうような料理マニアだ。

みんなと一緒行きたい気持ちも、分からなくも無くなってきた。


ジャンヌと同じコーヒーとパンを頼んだ。

…案外シンプルなんだな。


「聞いた? あくまで噂なんだけど帝国はポルトス遠征を決定したらしいわ。今学校中がその話題で持ちっきりよ」


エゼルダームとアルストツカの国境緩衝地帯に位置するポルトス自治領は、元々エゼルダーム公国の一部だったが、貴族政治に反対し独立した。


そして、飛行船の燃料にもなるクリスタルの唯一の原産地としても知られる。


帝国がポルトス自治領に進軍する理由は、単なる領土拡大でも、資源獲得でもない。エゼルダーム公国との軍事同盟交渉の足掛かりにするためだ。


そう、エゼルダーム公国は、ポルトスに在る貴重な鉱石を欲している。出来るものなら、既に軍を動員しているだろうが、戦費を補う為の増税による国民の大反対は、もはや必然的だ。


ひ弱な貴族国家は、市民の革命勃発を一番恐れているのだ。


だが、我が帝国がポルトスを侵攻して、エゼルダーム公国に献上し、見返りに軍事同盟を結ばせれば、お互いの利害が一致する。

どちらにとっても、ポルトスさえ犠牲になれば都合が良い。


「心配するな、ポルトスとの戦争は起こらない」


「どうして?」


「エゼルダーム王国は先の内乱の影響で、国内世論は非戦を求めている。辺境の新興国を侵略するために、自国民を犠牲にすることを政府も国民も望んでない。」


「ポルトスが単独で抵抗したりしない?」


「ポルトス軍はせいぜい十万程度。戦えないのはポルトス政府が一番よく分かっているはずだ。そして皇帝はそうした心情を完全に見抜いてる。」


「誰も戦争は望んでいないのね」


「あぁ」


クリームをパンで拭いながら俺は言った。


戦争は起こらないとは言ったが、それは戦争を先延ばししたということに過ぎない。

そして、くれぐれも皇帝はこのポルトス侵攻の勝利に浮かれない事である。

ポルトス自治領を使ったエゼルダームとの和平交渉が失敗すれば、状況はもっと悪くなるだろう。

国民の弾圧で搾り取った、巨大な軍隊と莫大な資金力を持つエゼルダーム公国をあまり軽視するべきではない。


ともかく次の戦争はより酷くなりそうだ。




年は変わり、帝国はこの大陸に新たな歴史を刻むこととなった。

今、ポルトス自治領は外交戦争のど真ん中に立たされている。

首都サンマルクの割譲を迫る皇帝と、関税の軽減で、なんとかこの状況を打開しようと試みるポルトス政府。


そして、いま帝国はキャスティングボードを握るエゼルダーム公国に接近している。

戦争準備の整っていないエゼルダーム公国にとって、我々との軍事同盟は魅力的な筈だ。


そして満を持した帝国は、ポルトスへの侵攻を開始。

対するポルトスも帝国に宣戦を布告。

二度目の戦争が始まった。


あれから約一ヶ月が経ち、士官学校を卒業した俺は、少尉として帝国軍参謀本部に配属されている。

帝国軍参謀本部はいわば帝国軍総司令部の下部組織で、総司令部の決定を受けて作戦を立案、実行に移している。




壮絶な市街戦の末、ポルトス自治領 首都サンマルクは陥落した。

命からがら逃げて行ったポルトス残存兵力は隣国であるアステルダムに逃げ込んだらしい。


俺は全長三三四mを誇るセンチネル級装甲飛行船に乗船し、現場の部隊長や総司令部に最新の情報を伝える通信士として参加した。

無線の奥では歓声や喜びの声が聞こえて来ていた。


しかし、楽勝だと思われたポルトス戦が、実際には一瞬攻勢が崩れかけた事もあり、飛行船の司令ブリッジにはまだ独特の緊張感に包まれていた。


帝国軍は兵員三百万、航空機ニ千機、歩行兵器十二万台、飛行船四百隻を超える圧倒的な戦力で三方からポルトスへ侵攻。

対するポルトス軍は騎兵と列車砲と塹壕で戦う旧世代の軍隊だった。


戦略的には帝国の圧倒的勝利に終わり、各地で国境を突破されたポルトス軍はサンマルク近郊で包囲殲滅された。

それでも、戦術レベルでのポルトス兵の勇敢な戦いぶりは時として帝国兵を圧倒した。


正確な数字はまだでてないが、司令部発表によると帝国軍の戦死者は二万、負傷者は三万に達するという。


…ジャンヌやヴィツェル達は大丈夫だろうか。




日が沈み、辺りは暗闇に包まれ、月光と飛行船のサーチライトが暗雲を反射させていた。

俺は年配の上級士官と共に視察の為、陥落した首都サンマルクの郊外に設営された前哨基地に出向く事になった。

あの二人には運が良ければ会えるかもしれない。


コートを羽織った俺は、負傷した兵士を横目にやや早足で歩いていった。

兵士達を見る限り、やはり戦況は良くなかったらしい。


「突然の御訪問、光栄であります」


「礼は不要だ、ジェラード軍曹」


帝国陸軍のマクロス・ジェラード軍曹は二四歳で、軍曹という階級にしては若い年齢だが、あまたの戦闘を生き延びたベテランだ。


「戦況は酷かったようだが」


「はい、戦術面で考えると辛勝でした」


「あぁ、我々も同感だ」


「しかしお前は、義務を果たしたんだ、陛下はさぞお喜びになるだろう」


「ありがとうございます」


ジェラード軍曹との挨拶を一通り終えたところで、俺は遠くにいるヴィツェルに気付いた。

銃を持って装甲服を付けたかつての悪友はすっかり一人前の兵士になっているようだった。


「中佐、少しお時間宜しいですか?かつての戦友がいるのです」


「許可しよう、私は本部にいる司令官と話してくる」


「ありがとうございます」


俺は、また歩くスピードを上げてヴィツェルの元に向かった。

ヴィツェルに気づかれないように驚かすつもりだったが、ひらりとはためくローブが相当目立つらしく、驚かす手前で気づかれてしまった。


「ヴィアーズ、久しぶりだな」


「あぁヴィツェル、久しぶりだ」


「デビュー戦はどうでした? ヴィツェル三等兵曹」


俺はヴィツェルの装甲服にある階級と肩当てに注目してヴィツェルが下士官になったと悟り、笑いながら言った。


「おいおい まだ成り立てホヤホヤだぜ」


ヴィツェルも笑いながら言った、やはり面白い奴だ。


「そういえばジャンヌは?」


「医療テントにいる、お前の事心配してた」


「教えてくれ」


医療テントには、数十名の負傷兵がベッドに横たわっていた。ジャンヌは軍の中では珍しい女性なのですぐに分かった。


「ジャンヌ、大丈夫か?」


「ヴィ…ヴィアーズ?」


「あぁ」


「無事だったのね」


よく見ると下半身が血だらけになっている。

ヴィツェルの話によると、ジャンヌの配属された部隊は列車砲の餌食となり、機甲部隊の大半が大破したらしい。


「私達幸運ね、二人とも無事なんて」


「酷いな、血だらけだぞ」


「大丈夫よ、ヴィツェルが助けてくれた」


隣にいるヴィツェルが自慢気に装甲板を叩いた。


「ところで、貴方の提出したレポートは採用されたの?」


「卒業したばかりの新米少尉の戯言を真に受けるほど司令部は暇じゃないさ」


俺は出征前に浸透戦術に関するレポートを帝国総司令部に提出した。


浸透戦術とは、地上兵器と航空部隊を中心に一挙に敵陣を突破する機動戦だ。

空軍の協力のもとに装甲部隊が敵の第一線の一部を集中的に攻撃、そこを突破して、抵抗する敵を後続の歩兵部隊に委ね、敵陣深くに進出して心理的に敵を揺さぶり、戦線を分断する。


一見、ただの兵力の注ぎ込みに見えるが、敵の混乱を招くことができ、これが絶大な効果を発揮する。


現在、帝国総司令部の中では浸透戦術とは真反対の包囲撲滅戦が主流だ。

帝国陸軍総督カシウス・コンスタンチンに並ぶ軍の枢要人物は包囲撲滅戦を支持している。


「私は良いと思ったんだけどな」


「そう言ってもらえるだけ嬉しいよ」


「何せお前の父はかの有名なセシウス・ヴォルフスキだもんな」


ヴィツェルが付け加えた。


「もう時間だ、飛行船に戻るよ」


「治ったら手紙送るわ、ヴィアーズ」


「おい、俺にはくれないのかよ」


「だって貴方、いつもどこに居るか分からないのよ」


「士官学校にいた時、ヴィツェルどこにいたわけ?」


「射撃場だ」


ヴィツェルと俺の声が合わさる。

ジャンヌが笑いながら俺とヴィツェルの手を握った。


「何としても、この三人で生き延びるのよ」


小さな医療テントの片隅で大きな決意が固まった瞬間だった。


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