当たり前は、当たり前じゃない。
-第1話- 当たり前だろ
「また、明日。」
そう言って別々の道を帰る2人がいた。
夕暮れ時、黄昏に染まる背中は、どこか寂しそうに見える。
まだ、お互いが見えている中、1人が歩を止め、振り返る。
背丈は高く、サラサラとした黒髪は男とも女とも取れぬ長さをしている。
顔立ちもとても中性的で、傍から見ただけでは性別など分からなそうだ。
そんな1人の黄昏よりもまだ赤い瞳には、似つかわしくないような青く透き通った雫が、頬をすり抜けて落ちていった。
聞こえるはずもない、ぽた、ぽた…と言う音があたりに響いているのではないかと思うほど、静寂がうるさく感じた。
「…明日、また、会おう、ね…会いたかったな。」
誰に聞こえるはずもない声で、不思議なことを呟きながら、中性的なその人は進んでいた方へ直り、背丈には合わない小さな歩幅で少しずつ増えてきた闇の中へ溶けて行った。
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「…また、明日って…言ったじゃんか。」
昨日と何ら変わらぬ静かな十字路。
痛いくらいに赤く染まった黄昏の色。
いつもと違うのは、昨日、ここで別れたきりのあいつがいないことー。
「どこ、行ったんだよ。」
悲しげに目を伏せる影。
小柄な背丈ではあるが、しっかりとした筋肉が垣間見えており、恐らく男性だ。
服はダボッとしたパーカーにダメージだらけのジーンズを着ている。
片耳だけ空いたピアスには、真紅の光が輝っている。
髪は薄い青色のような色をしていて、見るからに派手な格好。
しかしその表情は驚くほど大人しく、そして綺麗だった。
「…ラオ…」
ぽつり、といなくなったであろうその人の名前を唱えると、彼は胸のポケットから小さなパスケースを取り出した。
そこに映るのは、小柄な者にも、背丈の高い者にもあまり似ていない小さな幼子2人と、よれた文字で書かれた、ラオ、ウィズという名前であろうもの。
ぎゅっとケースを握り直す。今にも涙がこぼれそうなほどくしゃくしゃにシワがよった眉間のまま、それは小柄さとは裏腹に大きな歩幅で暮れてきた闇に去っていった。
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数日前も、同じ道を歩いた。
2人とも他愛のない話をしながら、とても楽しそうにしている。
これから別れが来るなど思えないような表情だし、そんな素振りもなかった。
毎日当たり前のように一緒にいたし、これからも続くと思っていた。
それなのに。
急に"この日"はやってきた。
「また明日。」
「あたりまえだろ、遅れるなよ?」
「わかってるって。」
そう言ってまた同じ日はやってくるのだ、と約束したはずだったのに。
次の日、ラオは姿を現さなかった。
当然、家にも行ってみたけど、誰もいなかった。
どころか、"そこに人が住んでいる形跡"すらなかった。
理由も、何が起きたのかもわからない。
ただ、俺が無知に呟いていた当たり前なんてものは、どこにもないという事だけが、頭を巡っていた。