被害者家族
そんな二人の様子を見て朝比奈が尋ねた。
「あんたたち、知り合いだったのかい?」
「ええ、僕の大学の先輩です」
「さらに言えば服部君の片思いの女性だ」
「ちょっと城尾さん、変なこと言わないで下さいよ!」
顔を赤らめる服部を少し訝しげに見るようにして坂井真紀が言った。
「……服部君て、警察の人だったの?」
「いえいえ、こちらの城尾さんは警察の協力者の探偵で、僕はさらにその助手です」
「私はまだ君を助手にすると決めたわけではないぞ」
「僕だってまだ城尾さんの助手になると決めてはいません!」
二人のやりとりをやり過ごして真紀が言った。
「とにかくこんなところで立ち話も何ですから、中にお入り下さい」
「亡くなった夫のことでお話があるとのことですが、どのようなことでしょうか?」
朝比奈は真紀の淹れた茶を一口啜って話した。
「坂井さん、丑の刻参りを代行するサービスがあるのをご存知ですか?」
「……いいえ。それが夫と何か関係があるのですか?」
「実は亡くなられたご主人は何者かに依頼されてそのサイトを通じて丑の刻参りで呪いをかけられていたんですよ」
「そんな……」
真紀が悲痛な表情になったので、朝比奈は相手を落ち着かせるように少し間をとって先を話した。
「これはお聞きしにくいことですが、ご主人は誰かに恨まれていたということはありませんか」
「さあ……完璧主義で仕事には厳しいところがあったので誰かの逆恨みを買っていたかもしれませんが、そんな呪いだなんて……」
朝比奈は服部からタブレットを受け取り話を続けた。
「これ、そのサイト運営者のオンラインバンキングの画像なんですがね、ここの『ダテクミコ』という人物から丑の刻参りを依頼されているんですよ。大方偽名とは思いますが、もしかして心当たりありませんか?」
「いいえ。ありません」
「そうですか……」
朝比奈が思案顔になったところで城尾が真紀に質問した。
「ところでつかぬ事をお聞きしますが、この前お会いした時に一緒にいた男性は新しい恋人ですか?」
服部はカッとなって「城尾さん!」とたしなめたが、当の城尾はおかまいなしである。少し間を空けて真紀が答えた。
「いえ、かつての職場の同僚であの時は偶々《たまたま》出会って立ち話していたところです。ご想像されるような関係ではありません」
「そうですか、あまりに仲よさそうに見えたものですから、つい下衆の勘繰りをしてしまいました。もし差し支えなければその方のお名前も教えていただけませんか?」
真紀は少し躊躇ってから答えた。
「錦織……錦織修造とおっしゃる方です」
「そうですか。教えていただき、ありがとうございました」
それからは当たり障りのない会話が続き、一行は坂井家を後にした。
「城尾さん、先輩が不倫しているなんて言ったけど、違ってたじゃないですか」
服部が得意げに胸を張って言うと、城尾は呆れ顔になって言った。
「恋は盲目とは良く言ったものだな。あれが不倫でなくて何なのだ」
「何で城尾さんは先輩を不倫だと決めつけるんですか!」
朝比奈は横で笑いながら服部の肩を叩いて言った。
「今の城尾君の主な業務は浮気調査だからな。まず間違いはないと思うぞ」
憮然とする服部に城尾は追い討ちをかけるように言った。
「さらに言えば、錦織と言う名前も偽名だ」
「どうしてわかるんです?」
「私が相手の男の名前を尋ねた時、彼女は躊躇っていた。名を聞かれて言わなければかえって怪しまれる。だからと言って本当の名前を明かしたくない。だから適当な嘘の名前を言っておくのがああいう場面では無難だ。しかしそれが落とし穴だ」
「落とし穴?」
「さっき出鱈目な名前を咄嗟に出すのは難しいと言っただろう。自分や好きな人には偽名であっても無意識のうちに尊敬する人物の名前を当ててしまうものだ。服部君、錦織、修造、ダテと聞いて何を連想するかね」
「日本テニス界の歴代の名選手たちですね」
「さよう。君たちはテニスサークルで一緒だったんだろう。そうすれば彼女がテニス選手を尊敬していたとしても不思議はない」
「ちょっと待って下さい。ダテってもしかして……」
「そうだ。坂井陽一郎への呪詛を依頼したダテクミコとは、君の先輩坂井真紀のことだ」
「そんな……」
肩を落とす服部を半ば擁護するように朝比奈が言った。
「ただ坂井陽一郎氏殺害容疑については彼女に完全なアリバイがあるんだ」
「どんなアリバイですか?」
「陽一郎氏が首を吊ったのは午後7時から午後8時の間だが、真紀はその時間、友達とテニスをしていた。その友達の証言もあるし、確かにその時間真紀がテニスをしていたところが複数の人間に目撃されている」
「じゃ、先輩は犯人ではないんですね」
嬉々とする服部を横目で見ながら、城尾は首を傾げて言った。
「しかし解せないな……夫が仕事から帰ってくる時間にテニスか? 陽一郎氏も仕事帰りで妻の不在中に首吊りとは、どうも腑に落ちない」
「城尾君、昔と違って今時は色々な夫婦がいるもんだぞ」
「ヒナさん、陽一郎氏が首を吊った時の状況はどれくらい分かってるんです?」
「陽一郎氏は以前から頭痛・腹痛など体調不良や気力の低下を訴えることがしばしばあり、精神科医に診てもらったところ、鬱病だったそうだ」
「鬱病?」
「真紀の語るところによれば、毎晩ハードな仕事から帰ってきて疲れ切っているように見えたそうだ。そして自分の不在中に自殺の衝動が訪れたのだろうという話だ」
服部は二人の会話を聞いて思った。認めたくないが、先輩は何らかの形で事件に関与している。しかし、夫の不審死、不倫相手、丑の刻参りの依頼、その他の被害者たち……これらの点と点を結ぶ線はどこにあるのか。服部はそうやって思案を巡らした。その様子を城尾は缶コーラを飲みながら眺めていた。