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丑の刻参り殺人事件  作者: 谷川流慕
8/16

萎縮

 朝が開けると、朝比奈以下3人は島津署を出て車に乗り込んだ。近藤が一旦着替えたいと言うので彼女のアパートまで行った後、城尾襄探偵事務所へ向かった。

 事務所に到着し、ドアの前まで来るとヴァイオリンの音が聞こえた。また蜜月の時か……服部は顔に手を当てた。一行がドアを開けて事務所に入ると、近藤が開口一番に言った。


「トロイメライ……ヴァイオリン編曲もなかなか素敵ですね」


 城尾はその言葉に気を良くしたのか、饒舌に語り出した。


「ああ、わが愛するベラローサは特にこの曲が好きでね、これを弾くといつも上機嫌で素晴らしい声で歌い出すんだ」


 こう言って城尾はまた最初からトロイメライを弾き始めた。しかし曲が進むと近藤の顔が鬼の形相に豹変し、突然叫び出した。


「今のEの音、低すぎ! あ、今度はEsが高い。半音と全音の区別にもっと注意を払って!」


 城尾は鳩が豆鉄砲を食らったようにキョトンとしたが、「ああそうだね」と言って続けた。しかし近藤の指摘は怒涛のように押し寄せて来た。


「ちょっと、アウフタクトにアクセント付けないで! ……そこ、歌だったらブレスするところ! ちゃんと間をとって、できれば実際にブレスした方がいいと思う……ちゃんとリズム取るべきところは取って弾いて貰えますか? 長く伸ばすところがいつも短過ぎるの!」


 指摘されればされるほど城尾が小さく萎えていくのがわかった。服部の目にはそれが面白く映った。


(いつも偉そうにしているけど、案外打たれ弱いな、この男)


 服部がニヤニヤしていると、城尾はヴァイオリンを弾くのをやめ、ケースにしまいだした。


「今日のベラローサはどうもご機嫌斜めのようだ。無理をさせないで休ませることにしよう」


 そう言って城尾がヴァイオリンを片付け終わったタイミングで朝比奈が話を切り出した。


「城尾君、こちらが丑の刻参りをしていた近藤小百合さんだ」


 紹介されると近藤は軽く会釈した。


「探偵の城尾襄です。君の話はさっき朝比奈さんから電話で聞いていたよ。声楽の学生さんだったとはね……」


 城尾はそう言ってパイプをふかしだした。すると服部がいさめだした。


「ちょっと、声楽家の前でタバコはダメですよ!」

「あ、いえ、私なら大丈夫です。ヘルマン・プライやフィッシャー=ディースカウもタバコ吸ってましたから……」


 近藤の挙げた名前を聞いても服部には誰のことかさっぱりわからなかった。城尾はそれ見ろとばかりに得意げに紫煙をくゆらせてから本題を切り出した。


「朝比奈さんのところで君は直接殺ってはいないと言ったそうだが、私はそれを信じよう。殺し屋の報酬が1万円など相場から考えてありえない。ゴルゴ13は報酬20万ドルくらいだったかな」

「はぁ……」

「しかし呪われた人物がことごとく亡くなっているのが偶然だとはやはり思えない。本当に祟りに遭ったか……あるいは何者かが君のサイトの評判に便乗して殺人を犯していると考えるのが妥当だ」

「便乗殺人……」

「何か依頼者を特定出来そうな手がかりはないかね?」


「インターネットバンキングのサイトを見れば振り込んだ人の名前くらいはわかりますけど……」


 近藤がそう言ってサイトを開くと、以下の振込み者の名前が羅列されていた。


サカイタクヤ 光石銀行飯田橋支店

タナカハジメ 黒友銀行日本橋支店

ダテクミコ 光石銀行飯田橋支店

カネシロタツオ 四谷銀行池袋支店

スズキミチコ 黒友銀行下北沢支店

イモトユウコ 光石銀行浅草支店

ナカノタカシ 四谷銀行大久保支店

フルカワタクジ 黒友銀行調布支店


「ふむ。口座からの振替ではなく、窓口で現金を振り込んでいるな。我々と同様、名前は出鱈目だろう。しかし、人間というものは本当に出鱈目の名前を考えるのは難しいものだ。服部が片思いの女性の名前を拝借したように、何らかの関連性はあるはずだ」

「城尾君の言う通りだが、偽名の由来を探り出すところから始めると時間がかかりそうだ。とりあえず被害者家族にあたってみるのはどうだい」


 城尾が朝比奈の提案を受け入れ、一行は近いところから被害者宅を訪ねることにした。近藤は練習があるとのことで大学へ行った。


「ここから一番近いのは坂井陽一郎さん宅だな。自宅で首を吊って自殺したとある」


 服部のタブレットのマップを頼りに一行は坂井陽一郎の住んでいたマンションに到着した。ベルを鳴らすとインターホン越しに妻と思しき女の声が応対した。


「どちら様でしょうか」

「警察の者です。亡くなられたご主人のことで少しお話したいのですが、お時間よろしいでしょうか」

「はい、どうぞお上がり下さい」


 ビーというブザーと共にマンション玄関のドアが開いた。一行は中に入り、エレベーターで坂井宅のフロアまで上がった。そして家の前まで来ると坂井の妻がドアを開いた。その時、彼女は服部の顔を見て目を丸くした。


「服部……君⁉︎」

「水谷先輩⁉︎」


 二人はしばらく見つめ合ったまま硬直した。

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