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丑の刻参り殺人事件  作者: 谷川流慕
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思い出は美しいままで

 大学時代、服部はテニスサークルのメンバーだった。中学、高校と部活でテニスを続けてきた服部は一年生でも他のメンバーを凌駕していた。サークルでは一人の女性が男たちの視線を集めていた。それが水谷真紀だった。無論、服部にとっても憧れの的であった。

 ある時、服部がプレイしているコートの脇に水谷がやってきた。服部は得意のツイストサーブを彼女の目の前で披露しようとしたが、勢いあまって空振り、転倒してしまった。


「ワッハッハ」


 普段、服部の腕の良さを快く思っていなかった連中はここぞとばかりに笑った。


(水谷先輩の前で恥ずかしい……もう死んでしまいたい)


 そう思ってうずくまっていた服部の目の前に、ふと白いハンカチが差し出された。


「大丈夫? 服部君。もし良かったらこれで傷口拭いてね」


 そして服部が顔を上げてみると、何とその声の主は憧れの水谷先輩だった!


「あ、だ、大丈夫ですッ! 全然平気っすよ、こんなの」

「だめよ、傷口にばい菌が入ったら大変だわ。これで洗ったら絆創膏貼ってね」


 水谷先輩はそう言って絆創膏を差し出し、ニコッと微笑んだ。その笑顔に服部の心臓は射抜かれてしまった。さっきと別の意味でもう死んでもいい! と思った。それからというもの、服部は寝ても覚めても水谷先輩のことが頭から離れなかった……。


「水谷様」


 ふと女性の声がした。


「水谷拓哉様ー」


「……水谷拓哉というのは君のことじゃないのかね」

「あ、そうでした。今行きます」


 城尾に言われて服部は慌てて窓口に駆けつけた。


「水谷様、お待たせしました。お振込み完了いたしましたので領収書の方お返しいたします。ご利用いただきありがとうございました」

「あ、ありがとうございました、さようなら」


 城尾は窓口から戻ってきた服部に言った。


「まったく、片思いの相手の名前を偽名に使うとは……」

「ちょっと、まだ銀行にいる間に“偽名”とか大声で言わないで下さいよ」

「それはそれとして、話の続きを聞こうじゃないか。それから水谷先輩とは何か進展はあったのかね」

「いや、お話しとかしていませんし……っていうか人の考えごと、推理で読まないで下さい!」


 結局、水谷先輩は服部から気持ちを打ち明けられることなく大学を卒業していった。それからしばらく経ってから服部は大学を中退したのだった。


 城尾と別れて自宅に戻った服部は今日一日を振り返ってみた。思えば濃い1日だった。


就職断わられる

親から催促される

変な求人を見つける

変な探偵に出会う

呪いを掛けられる

水谷先輩が既婚かつ不倫中だと知る


「やっぱり最後のが一番ショックだよな……」


 服部はそう呟いてガックリと肩を落とした。あの純真な天使が……出来れば思い出は美しいままでいて欲しかった。そんなことをグズグズ考えているうちに眠りこけてしまった。


 翌朝服部は城尾名義のメールを開いてチェックしてみた。すると案の定、丑の刻参り代行サイトからメールが来ていた。


【入金確認いたしました。約束通り、近日中に呪詛祈祷を実行致します。尚、実行までの依頼の取り下げは受け付けかねます。ご了承下さい】


 服部はこれを見て、改めて自分がのろわれるんだと実感した。そして途端に怖気付いた。祟りで死ぬってどんな感じなんだろう。化け物でも見るんだろうか。嫌だぞ、そんな死に方。取り下げ不可との文面を見て、逆に何としても丑の刻参りを阻止しようと思い立ったのだった。


 服部は改めてサイトを見てみた。活動報告を注意深く観察すると、丑の刻参りの場所選びには順序があった。すなわち、

高嶺→閣照→詠流→高嶺→閣照→詠流→高嶺

 という順序で神社を転々と移動していたのだ。この順序でいけば、次は世田谷区の閣照神社で呪詛祈祷が実行されるはずである。


(よし、今晩閣照神社で待ち伏せしよう。何としても阻止しなければ)


 そして日付の変わった午前0時過ぎ、服部は世田谷区の閣照神社へ向かった。閣照神社は小田急線の経堂駅と千歳船橋駅のほぼ中間にあったが、さすがにこの時間の電車での移動は困難なので、自転車で現地に向かった。


 服部が閣照神社に到着したのは午前1時頃であった。一応防犯のためか境内にはところどころ灯りがついていたので真っ暗というわけではなかった。しかし服部にとって深夜の神社はやはり薄気味悪かった。呪いの祈祷師だろうと何だろうと生きている人間が恋しい気分にさえなった。

 いかにも神木と思しき松の木が見える位置に身を隠した服部は、コンビニで仕入れたパンを頬張りながら祈祷師の登場を待った。


 午前2時を過ぎた頃、服部は待ちくたびれてウトウトしていたが、ゴリッゴリッという砂利を踏む怪しい足音が聞こえ、目が覚めた。そして緊張感が頭をよぎった。


(いよいよ来たか?)


 目を凝らして見ると、3つの蝋燭の灯りが宙を舞ってこちらに近づいて来ていた。近づくにつれて3本の蝋燭の下に白装束を着た女の姿が見えてきた。目はギョロっと大きく開き、その髪は蛇の大群のように乱れていた。

 白装束の女は神木に近づくと藁人形と五寸釘を取り出し、木に打ちつけようとした。服部はそこに自分の名前が折り込まれていると思うとたまらなくなり、つい女の前に姿を見せてしまった。


「あの、ちょっと、やめましょうよ。そんなこと……」


 服部が声をかけると女はビクッと飛び上がり、異様に大きな目で服部をギロッと睨んだ。そして次の瞬間「ぐぁあああっ」と叫んだかと思うと金槌を振りかざして服部目がけて突進してきた。


「ひいいっ!」


 服部は一目散に逃げた。テニスで鍛えた走りで逃げ切る自信はあったが、あの藁人形を奪わなければここに来た意味がない。それで境内で隠れる場所を探した。

 ちょうど白装束の姿が見えなくなったところで社務所の陰に身を隠すスペースを見つけた。とりあえずそこで休んで一息ついていると、背後でジャリという音がした。嫌な予感がして後ろを振り向くと、さっきまいたはずの白装束が鬼の形相で金槌を振り上げていた。


「あう、あう」


 服部は何か言おうとするが言葉にならなかった。そして白装束の振り上げた金槌が勢いよく服部に向かって振り落とされた。


(万事休す……!)


 この短い時間に服部は色々なことを思い出した。でも死ぬ前に……やっぱり水谷先輩に好きだって言えばよかった! そんな後悔を胸に、服部は人生最後の瞬間を待った。

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