振り込み
「どうだね、手がかりは掴めたかね」
服部が話しかけるのを散々無視していながら、ヴァイオリンに飽きた城尾はそう尋ねた。
「もうとっくにサイトが見つかって、さっきから城尾さんの指示を待ってるんですがね」
「では早速君自身の呪いの依頼をしてくれたまえ」
「えーと、メールフォームへ記入するようになってますので、城尾さんのメルアド教えて下さい」
すると城尾は両手を広げて呆れるように言った。
「君は私の話を聞いていなかったのか? 私はコンピューターを持っていないのだぞ。メルアドなどあるはずがない」
「じゃ、城尾さんの名前で適当なウェブメールのアカウント作っておきますね……」
服部は城尾の名義でウェブメールのアカウントを作り、それを使って丑の刻参り代行を依頼した。依頼を送信してしばらくすると、新しく作ったアドレスに返信が来た。
【ご依頼承りました。下記の口座に一万円振り込んで下さい。入金確認次第、服部礼氏の呪詛祈祷をいたします。入金名目としてxy864Wとご記入下さい。
受取人 近藤小百合
光石銀行高田馬場支店
口座番号 oooxxx
尚、祈祷完了後に証拠となる写真を添付してお送りします】
「一万円て……結構ボッタクリですね」
「ああ、仕方あるまい。では銀行へ出かけるとしよう」
「え? オンラインバンキングすれば……ってないですよね、アカウント。はい、行きましょう」
城尾と服部は銀行に出かけた。服部は久々に外に出て新鮮な空気を味わった気持ちであった。
しかし、インチキ臭いとは言え、仮にも自分が呪われるわけである。やはり気持ちの良いものではない。何しろ、あのサイトで呪われた者の多くは実際死んでいるのだ。本当に呪い殺されるのでないにしても、何かしら工作が行われているかもしれない。
服部は誰かに狙われている気がして、歩きながらキョロキョロと辺りを見回した。
「落ち着きたまえ、服部君。まだ呪詛が行われたわけではない。ちゃんと前を向いて歩かないとかえって危ないぞ」
「あ、はい……」
しかし城尾に注意されても服部は落ち着かず、しまいに誰かにぶつかってしまった。
ゴツン。
「あいたたた……」
「す、すみません。大丈夫ですか?」
……と謝ったのは服部ではなく相手の男の方だった。城尾が呆れて忠告した。
「服部君、悪かったのは君の方だぞ。相手の方に謝罪したまえ」
「あ、そうでした。すみません、こちらこそ余所見していまして申し訳ありませんでした……」
服部が詫びてから頭を上げてみると目の前にいたのは若い夫婦らしいカップルだった。そしてその連れ合いの女性を見て服部はハッとした。
「み、水谷先輩!?」
「……服部君?」
彼女は服部が大学一年生の時所属していたテニスサークルの先輩、水谷真紀であった。当時服部の憧れの的であった。
「ご、ご結婚されてたんですか」
「……ええ。今は坂井というの」
「そうか、坂井真紀……何かそんな名前のタレントいましたね」
「そ、そうね。ふふふ」
ぎこちないやり取りの交わされる中、真紀と旦那と思しき男性はアイコンタクトを取り、立ち去りたいそぶりを見せた。服部が気づかって「それじゃ、また」と言うと彼らは軽く会釈して立ち去った。
「素敵な女性だな。惚れてたのか」
城尾がいかなりヌゥッと顔を覗かせて言ったので服部は顔を赤らめた。
「よ、余計なお世話ですッ!」
「まあ、彼女はやめておいて正解だったな」
「どうしてですか?」
「見た目に似合わず浮気者だ。因みに連れ合いの男は夫ではない。不倫の相手だ」
服部はムッとして尋ねた。
「何を根拠にそんなこと……」
「二人とも結婚指輪をしていたが、まるで違う材質だ。男はプラチナ、女はゴールドだった。普通ああいうものはペアで揃えるものだ。さらに君がぶつかった時、自分に非があるわけではないのに自分から率先して謝った。あれは不倫中に余計なトラブルに巻き込まれたくないという心理の表れなのだ。他にもアイコンタクトによるコミュニケーションの発達、微妙な距離の取り方……」
「もう良いです、わかりましたよッ!」
服部はそう言って拗ねてしまった。銀行に着くまでの間、二人の間には気まずい沈黙が続いたが、城尾はさして気にしている様子はなかった。