タブレットとヴァイオリン
城尾襄が調査の依頼主である島津署の朝比奈巡査長から渡されていた資料は次のようなものだった。
・見つかった藁人形の写真
・その中に入っていた顔写真と名前のリスト
・藁人形のあった神社の名前と写真
・関連すると思われる事故死亡者、自殺者のリスト
藁人形は全部で7体、3つの神社で見つかっている。それぞれ受呪者名を挙げると、次のようになる。
新宿区・高嶺神社
練田舞衣
楠元寛治
世田谷区・閣照神社
笹井美奈
小湊加奈子
松島隆一
豊島区・詠流神社
坂井陽一郎
伊川務
以上の内、小湊加奈子と松島隆一だけは警視庁が把握している死亡者の中に該当者がいない。他は事故、自殺、病気で死亡が確認されている。
「これを見ると神社は3つに絞られていますね……」
「良いところに気がついた。足がつかないようにするには出来るだけ違う神社でお参りした方が良いはずだが、そうしないのは何か理由がある。3つの神社に何か共通点がないか、探ってみたまえ」
(言われなくてもそうしますよ)と服部は心の中でボヤきながらそれぞれ検索かけてみた。すると城尾は横で何やらゴソゴソしている。そしてピンピンと音を立てているので何かと思えばヴァイオリンを取り出しているところだった。
「私はこれから愛するベラローサと蜜月の時を過ごすが、君は気にしないで作業を進めてくれたまえ」
「ベラローサ?」
「この楽器の製作者の名前だ。ナポリのヴィトリオ・ベラローサ、1962年製だ。ロンドンのオークションで2万ポンドで落札した私の唯一の宝物だ。その音色たるや、まさに珠玉と呼ぶにふさわしい」
そして城尾はヴァイオリンを弾き始めた。音楽については全く知識のない服部にとってその曲目はおろか、これが上手いのか下手なのかもわからなかった。少なくともその音色のどこが珠玉なのか検討もつかなかった。
「……お上手ですね、ヴァイオリン」
「もし君が本気でそう思っているなら、それはこの楽器の持つ魅力によるもので決して私の腕前のおかげではない。勘違いしないでくれたまえ」
「は、はい……」
そういえばシャーロック・ホームズはヴァイオリンの名手だったっけ。またもやホームズかよ……もう城尾のことは放って置いて服部は作業に集中することにした。
高嶺神社、閣照神社、詠流神社はそれぞれホームページを持っていたが、それらは本尊も由来も異なり、まるで共通点らしきものは浮かんで来なかった。
「特に共通点のようなものはなさそうですが……」
服部はそう言ったが、城尾は演奏に夢中で聞こえていなかった。仕方なく服部はタブレットを操作し続けた。3つの神社の名前を一度に検索かけてみた。するとやはり上位には先ほどのホームページが上がってきた。もっと何かないかと思い、下位結果を探してみた。すると、こんなサイトが引っかかった。
ーー丑の刻参り代行サイトーー
開くと、黒地に赤い文字。テンプレートなどを使わないシンプルなHTMLページ。一昔前のホラーサイトのようだった。
「えーと、『あなたの代わりに丑の刻参りをいたします。憎い人、許せない人、こいつさえいなければ……そんな人があなたの周りにいませんか。実績のあるプロの祈祷師があなたに代わって呪わせていただきます』って怖っ!」
服部はそのページにある「活動報告」というタグをクリックした。すると白装束の祈祷師が藁人形を木に打ち付けている写真が目に飛び込んだ。そしてその上にこう書いてあった。
◯月◯日 高嶺神社にてH.M.氏を呪詛いたしました。
服部は背筋がゾクッとした。そしてページの下の方をスクロールして見ると同じような記事が連なっていた。それらは全部で7件、神社毎の内訳は高嶺神社が2件、閣照神社が3件、詠流神社が2件となり、朝比奈刑事のリストと一致した。ただしイニシャルは出鱈目のようだった。
「城尾さん、見つかりましたよ。多分これで間違いありませんよ」
しかし城尾は服部の話しかける声に反応せず、ヴァイオリン演奏に没頭していた。