探偵・城尾襄
(じょうおじょう? 格好も冗談めかしているが、名前も冗談みたいだ)
服部が訝しげな目で見ているのも意に介せず、城尾は椅子にどかっと座った。
「君は……ハローワークの求人案内を見て来たんだね」
「あのう、まだ何も用件を言ってませんが」
「じゃ、違うのか?」
「あ、いえ。おっしゃる通り求人案内を見て来たんですけど……」
「それなら安心した。私はあの求人案内以外にここの住所は載せていない。だから初対面でここに来るのは就活か、さもなくば空巣狙いの盗っ人だという推理が成り立つ。君が就活で来たのでなければ、私は警察に通報しなければならないところだった」
「はぁ……」
半ば呆気に取られる服部にかまわず、城尾は冷蔵庫から2リットル入りのコーラのボトルを取ってきてデスクに置いた。そして中身を2つのグラスに注ぎ出し、1つを服部に差し出した。
「あ、どうもすみません」
「糖分とカフェインが脳を高揚させる……コーラは探偵にとって不可欠な栄養剤だ」
たしかシャーロック・ホームズはコカイン中毒……もしかしてこれも洒落のつもりだろうか、と服部は思った。
「さらに言えば、君は大学中退で就活中のニートだろう。何、驚かないでくれたまえ、簡単な推理だ。大卒ならもっと条件の良い求人が多数あのボードに掲示されていた。だから大卒でないことはわかる。
さりとて高卒でもない。それは君のそのファッションでわかる。おしゃれをしようという努力は伺えるが、どこか垢抜けておらず、無理しているようで痛々しい。いわゆる大学デビューというやつだろう。つまり大学には行っていたが、卒業はしていない、あるいは見込みがない。つまり中退だ」
こんなへんちくりんなコスプレ野郎にファッションのこと言われたくないわ、と思いつつ服部は言った。
「あの、その前に自己紹介してもいいですか? 僕は服部礼と言います。あとは城尾さんが言った通りです。ところで、条件欄に“呪われても構わない方”と書いていましたが、あれは何なのですか?」
すると城尾は指をパチンと鳴らして言った。
「ザッツ・ア・グッド・クェスチョン! 君は見所がある。実は知り合いの刑事からある一連の事件の調査を依頼された。それらは交通事故、転落事故、自殺などいずれも事件性なしとされている。しかしその刑事によれば、それらの事件にはある奇妙な共通点がある」
「奇妙な共通点?」
「最近都内の神社で神木に釘付けされた藁人形がチラホラ発見されるようになった。それらの藁人形の中には名前を書いた紙と写真が折り込まれていて、おそらく同一人物の仕業だと見られている。もちろん警察で犯人を探してはいるが、せいぜい誰かのイタズラだろうという程度の認識だ。だが、例の刑事は藁人形に折り込まれた名前を見てあることに気がついた」
「つまり、さっき城尾さんが言った一連の事件の被害者の名前がその藁人形に折り込まれていた……ということですか?」
「その通り」
城尾はそう言って服部にさし向けたパイプにタバコの葉を詰め、火をつけた。
「さらに彼が調べた結果、どうやら丑の刻参り代行サービスなるものが存在し、そのウェブサイト上で依頼を受けた案件を実行しているようなのだ」
「それは何というサイトですか?」
「それを調べるのが君の仕事だ。そしてそれが分かったら君自身の呪いを依頼してくれたまえ」
「なぜ自分で調べないんですか?」
「私はパソコンを持たない主義だ。見たまえ、巷は何たらソフト社の商業戦略に支配された下僕どもで溢れているではないか。私は誰の奴隷にもなるつもりはない」
ようはパソコンが苦手なだけじゃないですか……と出かかった言葉を服部は喉元で留めた。
「わかりましたよ、やってみます。っていうか、僕はここに採用されたんですか?」
「君の仕事ぶりを見て決めさせて貰おう。頑張りたまえ、そして晴れて就職となれば故郷の親御さんにも顔が立つだろう」
「どうしてウチの親が僕の就職を気にしているとわかるんですか?」
「私がハローワークに求人案内を出したのはわずか1時間半前。君はその後に広告を見たことになるが、こんな怪しい仕事につく決断をするには時間が短か過ぎる。その間誰かに就職を急かされたのだろう。普通に考えればそれは親御さんだ。君の性格を考えるとそれはおふくろさんかな?」
「はいはい。素晴らしい推理ですよ。それじゃ、早速サイト探してみますね」
服部はバッグからタブレット端末を取り出して、インターネットに接続した。