奇妙な求人
服部礼がカフェでコーヒーを啜っていると、マナーモードの携帯がポケットの中でブルブル震えた。
「もしもし、服部です」
「先日面接にお越しいただいた春川商事の大杉と申しますが……」
「あっ、せ、先日はお世話になりました」
「残念ながら今回の採用は見合わせていただくことになりました。申し訳ありません」
「そうですか……ありがとうございました」
服部は携帯をテーブルの上に放り出して力なく座席に座り込んだ。
「これで10社目かよ……どうすんだよ、これから」
服部は東京の大学を中退してそろそろ一年になる。その間アルバイトをしながら就職活動をしているが、全く箸にも棒にもかからない状態だ。これと言って取り柄もない、資格もない。そんな服部を欲しがる企業などむしろ珍しい。
しかしそんなことも言っていられない。早く安定した仕事を見つけなければ。そう思って服部はハローワークに出かけた。
ハローワークに着くと求人案内ボードをまず眺めた。それほど多くない求人のほとんどは大卒以上が条件だった。
「大学中退って損な立場だよな……」
服部はそうひとりごちた。彼曰く大学で一番大変なのは入学試験だ。その一番大変なところをクリアしてきたのに資格は高卒と同じ。何か理不尽じゃないか……もっともそう思うくらいなら頑張って卒業すれば良かったのだが、彼の思考はそこには到達しない。
ともかく、学歴を問わない求人はないものかと思って探したところ、何とも怪しげな求人案内が目に止まった。
【探偵アシスタント募集】
条件 呪われても構わない方
呪いを掛けられても気にしない、怖くない。そんなあなたの勇気を買います。我こそはと思う方は連絡されたし。
城尾襄探偵事務所
何じゃこれは? そう思いつつ服部は携帯でこのビラの写真を撮った。
(たまに求人があると思えば胡散臭い話ばかりだ)
その時またポケットの中で携帯が震えた。画面を見ると母からの着信だった。
「もしもし?」
「礼? お母さんだけど。全然連絡のなかけん、心配になりよったちゃ」
「ごめん、色々あってさ、なかなか連絡取れなかったんだ。元気でやってる、心配ないよ」
「就職ん方はどげんなりよったと?」
そらきた……服部は身構えた。
「ああ……ちょうどハローワークで良さそうなところが見つかったからさ、これから面接行ってくるよ」
「まあ、何でんよかから、はよ就職せんね」
「わかった、わかった。じゃあ切るよ」
服部は電話を切って溜息をついた。
「ああ、うざ……」
そう呟きつつも母に言ったことを嘘にしない為にも面接だけは受けないといけないな、と服部は思った。
城尾襄探偵事務所は飯田橋駅から10分ほど歩いたところに建っている3階建ビルの2階にあった。
「ごめんください……」
服部がそう言って事務所のドアを開けると大量の紫煙が襲ってきた。
「ゴホッゴホッ」
服部がむせていると、煙の向こうに人影が現れて話しかけてきた。
「ああ君、すまない。しばらくそのままドアを開けたままにしておいてくれたまえ」
服部は言われた通りにドアを開け放しにしておいた。しばらくすると煙は消えて部屋の中が見渡せるようになった。そして目の前の人物の姿がクッキリと浮かび上がった。
しかしその格好を見て服部は仰天した。ハンチング帽にインバネスコート、そしてパイプ煙草……まるでシャーロックホームズのコスプレだ。洒落のつもりか? 本当にこの人探偵やってるのか? 服部がそんな疑問を抱いていると相手はニヤッとして言った。
「ようこそ、城尾襄探偵事務所へ」