エッフェルという人物
城尾襄探偵事務所に服部、朝比奈そして近藤も集まってきた。そこで小湊研二から得た情報をもとに話し合った。朝比奈が話を整理するように言った。
「小湊の言うことが正しければ、そのエッフェルと言う人物がグループ内の殺人を請負っていたことになるな」
「そして依頼者はまず私のサイトで丑の刻参りの代行を申し込む。そしてお参りが実行されたことが確認されるとエッフェルと名乗る人物が実行するわけですか……何だか気持ち悪いですね」
「問題はだ、近藤さんのサイトでは呪われた者の本名は確認できない。あるいは何か第三者がそれを確認できる方法はあるのかね?」
「いえ、メールフォームに書き込んでいただいた後はメールのやり取りのみなので、それを第三者が確認する方法はありません。つまり呪われる人の名前は依頼者と私しか知りません。あ、念を押して言いますけど私はエッフェルではありませんよ。それに私が知っているのは名前と顔だけ。どこに住んでいる何者なのかは私にもわからないんです」
「そうだなあ……依頼者がエッフェルに直接コンタクトを取って個人情報を教えれば可能だが、話を聞いているとそういったやり取りがあるわけでもなさそうだ」
朝比奈と近藤が話しているところに、城尾が咳払いをして発言した。
「私はパソコン持たない主義でその方面には不案内であるが……先日訪ねて行ったクロダインタラクティブの社長にはその辺りのことが分かるのではないのかね」
その発言を聞いて他の3人はハッとした。
「確かに……私のサイトのサーバー提供者なら依頼の情報を盗み見ることは出来ますね。但しそれで分かる情報は私と変わりませんが」
服部が意見した。
「でも依頼者のIPアドレスは分かりますよね。配偶者であれば同居しているのが普通ですから、それである程度ターゲットの居場所は突き止められるかとしれません」
「そのIPアドレスというものが分かれば住所も特定出来るのかね」
「いえそこまでは……でも普通のアキバ系のスキルで分かるのは都道府県くらいですが、IT系の専門家であれば色々な情報を駆使してある程度居場所は特定出来るでしょう」
それを聞いて朝比奈が提案した。
「そのクロダインタラクティブの黒田社長がクロである可能性が高いな。黒田社長の周辺を洗ってみよう」
こうして官民両方向から黒田鄭太の周辺を当たったところ、黒田は日野市にある「ひばりが丘児童園」という児童擁護施設で育ったことがわかった。一向は施設を訪ね、黒田の素性について尋ねることにした。施設に着いて要件を伝えると、園長の細田一馬が出て来て応対した。
「鄭太君がここに来たのは彼が中学生になって間もない頃でした。ご両親が立て続けに自殺なさったんですよ、それで頼るべき身寄りもなく知人の伝手でここへやってきたわけです」
「自殺ですか……」
「はい。鄭太君の母親は夫から酷い暴力を受けていまして、それを苦に自殺なさったということです。父親もどこか心に傷を負っていたところがあって後を追うように自殺したということでした」
「そうでしたか……そのような辛い経験が彼の人格に影を落とすようなことはありませんでしたか?」
「基本的に彼はしっかりした良い少年でした。園生の中では年長だったこともあり、お兄さん的存在としてみんなに慕われていました。
でも家庭内暴力への嫌悪感が異様に強く、施設の中で父親の暴力から逃げてきた園生に激しく共感し、密かに復讐の計画を立てていたことがありました。それが発覚した時、叱りはしたのですが、彼の受けてきた傷の深さを感じて胸が痛みました」
「つまり、普段は穏やかでも“家庭内暴力”というキーワードで鬼に豹変することがあるということですね。その後はそういうことはありましたか?」
「時々それらしき傾向が見られることはありましたが、それ以後目立った行動はしていなかったですね……でも警察関係の方が来られたということは何かそれに関して事件を起こしたのでしょうか」
「まだ何とも言えませんが……もしかしたら何かしら関わっている可能性はあります。また何かあったらお話伺うかもしれません」
「ええ、またいつでもおいで下さい。彼は本当に良い子なんです。どうか機会があれば見守ってください」
そうして一行はひばりが丘児童園を後にした。
「黒田は自らが受けた家庭内暴力がトラウマになっていた。それは他人の暴力被害をも許せない気持ちにさせた。それで“国産品友の会”のメンバーの代理殺人を買って出るようになった……」
これは一行の誰もが思ったことだが、朝比奈がまとめてこのように推理を語り、城尾がそれを受けて言った。
「それなら代理殺人の動機として充分頷けるな……」
「ああ。城尾君、黒田に任同かけに行くぞ」
〇
「……黒田社長が無断欠勤?」
一行がクロダインタラクティブに着いた時、社員の一人が黒田社長の無断欠勤を知らせた。
「何の連絡もないんですか」
「ええ……夜逃げするような理由もないし、一体何なのでしょうね」
朝比奈が城尾に向き直って言った。
「捜査の手が伸びていることが悟られた……高飛びだな」
「そのようですな。入国管理局に問い合わせてみる必要がありますな」
クロダインタラクティブを出て入国管理局に問い合わせたところ、成田空港の出国ゲートをくぐったばかりであった。キャセイパシフィック航空17時5分発CX521便香港行きにチェックインしていた。
「今は15時15分か……あと2時間もない。急ごう!」
一行は車に飛び乗って成田空港に直行した。