まちぶせ
「国産品」の英訳として出てきたのは、
「domestic」
だった。
「これって……」
近藤が口に手を当てた。一般的に日本人はドメスティックと言うとドメスティックバイオレンス、つまり家庭内暴力を連想する。
「さよう、これは家庭内暴力つまりDVに悩む者たちのグループであろう。この仮定が正しいとすれば、近藤さんに呪われた者たちはみなDVの加害者だと言うことになる」
「でも被呪者の半分くらいは女性ですよ?」
「DVと言っても必ずしも直接手を出しているとは限らない。言葉の暴力、モラルハラスメントなども含まれる」
「そうですね……でもそうすると誰が実行犯なのでしょうか?」
「2通り考えられる。まず1番目はグループの中に殺人者がいて、メンバーの依頼を請け負っていること。2番目はグループ内で互いに交換殺人を行っているということだ」
服部が尋ねた。
「城尾さんはどちらだと思いますか?」
「恐らく後者であろう。前者の場合、利害関係が見えてこない。金銭で報酬を受け取るにしても並みの金額ではないはずだ。例えば依頼者が坂井真紀くらいの経済事情だとすれば、とても殺し屋の報酬を支払う余力はないだろう」
「じゃあ、先輩とあの錦織(仮)とかいう男の関係は……」
「恐らく単に不倫相手というだけでなく、交換殺人の共犯者だ」
「じゃあ先輩は錦織(仮)の奥さんを殺したかこれから殺そうとしているということですか」
「恐らくな。取り急ぎ、錦織(仮)という男が何者か、その配偶者が誰なのか特定する必要がある」
近藤が言った。
「私が呪詛した女性は練田麻衣、笹井美奈、小湊加奈子の3人です。その中にその男の妻がいるということかしら」
「そう思って間違いなかろう。その内小湊加奈子はまだ生きている。もし真紀のターゲットが小湊なら何とか阻止しなければならない。坂井真紀を尾行して錦織(仮)と会う瞬間を待ち構えよう。その後錦織(仮)の後をつけてあの男の素性を暴き出そう」
「何だか大変そう……」
「何を言う。これが私の本業だ」
得意そうに胸を張る城尾を二人は半開きの目で冷ややかに見ていた。
◯
翌日、城尾と服部は坂井家の前で真紀が外出するのを待ち構えていた。昼過ぎになって真紀がマンションの玄関から出てくると、二人はこっそりと彼女の後をつけた。
城尾の言うように、不倫中の人間は絶えず人目を気にして周りを見渡している。城尾と服部が危うく見つかりそうになった場面もしばしばあった。そうして真紀は用心深く国道沿いのレストランに一人で入った。
「今日は一人ですかね」
「いや、不倫カップルは別々に店を出入りするものだ。そして大概男の方が先に入店している。もうターゲットはそこにいると見て間違いなかろう」
「僕らも入店しますか?」
「ああ。ちょっと待ってくれたまえ」
城尾はそう言ってハンチング帽とインバネスコートを脱いだ。そしてコートの内張を剥ぐと、どう言う仕組みかわからないがそれが薄手のジャケットに早変わりした。それを羽織ると城尾がごく普通の営業マンに見えた。
「驚いたかね。私は伊達に普段あのような格好をしているわけではないのだ。あのように個性的な服装をしていると普通の服装をした時に身を隠しやすいのだよ」
それには納得だが、一人だけ変装しても意味ないんじゃ……というツッコミを服部は胸にしまい込んだ。そして城尾は脱いだ物を茂みに隠し、服部を連れてレストランに入った。中に入ると案の定、坂井真紀と錦織(仮)が人目につきにくい一角に席を取っていた。城尾と服部も彼らの目に入らないように用心深く席に着いた。
「何を話してるんですかね」
「うむ……小声でボソボソ話していて聞き取れないな」
そうして城尾と服部が自分たちの頼んだものを食べ終わった頃、錦織(仮)が席を立ってトイレの方へ行った。しかしそれからいつまで経っても戻って来なかった。
「変だな。トイレにしては長すぎる。服部君、ちょっと見てきてくれたまえ」
城尾に言われて服部はトイレへ行ってみたが、中はもぬけの殻だった。服部は急いで席に戻り、城尾に言った。
「大変です、錦織(仮)がいません!」
「真紀も店を出た。どうやら勘付かれたか……とにかく探そう」
とりあえず服部がレジで会計を済ませ、城尾は茂みに隠した服を取り出した。そしてコートを羽織っている最中に背後からトントンと肩を叩かれた。
「ちょっと待ってくれたまえ、服部君……」
そう言って城尾が振り返ると、そこにいたのは服部ではなく、錦織(仮)が城尾を睨みつけて仁王立ちしていた。