03 仲の悪い二人
遠野町の路地裏。
嘉斎待宵は霜月リクの闇の能力によって拘束されていた。
「お前だな」
待宵にとって彼は初対面なのに何故か探していたらしいことはわかるけれど、拘束され殺気を放たれるほどこの男になにかした覚えは無く、困惑していた。
「僕になにか用事でも?」
「ふざけるな」
とぼけたつもりは無く、純粋な疑問から来る問い掛けだったのだが、リクはそれを聞いてさらに殺気を強め、闇によって拘束する力を強めた。
「俺の弟を酷い目にあわせておいてただですむとでも」
「………弟?」
しげしげと、待宵はリクを観察してみる。
そして、たしかに、似たような顔立ちの少年と接触したことをふと思いだした。
「ああ。あのいい年して馬鹿みたいな偽善活動と正義の味方ごっこをしていた」
あの時は確か、彼の弟らしい少年は自分より強そうな相手に喧嘩を売ろうとしていたのか、それともなにか違うことをしようとしていたのか良く覚えていないが……自分が一応きつく灸を据えたこともついでに思い出す。
「お前!!」
「で、君はあの馬鹿な奴とは正反対にカツアゲでもするの?僕に」
拘束されているのもそもそも苦しくなってきたため、待宵は能力を使って拘束を外すように思考誘導を行い解放して貰った。
「は?」
「ちがうか。そっか、なるほど。仕返しにでも来たのか」
拘束されていた仕返しも兼ねて、待宵はポケットから油性ペンを取り出しリクの顔に何の違和感も無くバツマークを描き込む。
「察しが良いなそう言うことだ!」
突然の冷気によって辺りが凍り付き、待宵は後ろに離れる。
「あー……本当に弟さんのことを大切に思っているのなら、能力者だからってなにかしら世界を変えようだとか正義の味方になろうだとか出すぎた真似はやめさせた方が良いと思うんだけど」
「俺の弟が考えて行動した結果だ!出すぎた真似なわけがないだろう!!」
怒号と共にいくつもの氷の刃と、明らかに触れたら危ないような闇の破片が待宵めがけて飛んでくる。
「正義の味方はいらないんだよ。君、馬鹿なの?」
仕方なくナイフを取りだしつつ、能力で適当にかわしながらリクに近付いて胸ぐらをつかんで壁に押し当て、ナイフをリクの首もとに軽くあてる。
待宵の後ろにはいつでも刺せる位置に氷の刃と闇の破片が、それこそ刺し貫く寸前で止まっていた。
「やめない?こんなこと」
声をかけてみるが返答の代わりとでも言わんばかりに耐えがたい冷気が襲ってきて、待宵は諦めたようにナイフを徐々に押し込んでいくと同時に鋭い氷が容赦なく皮膚を貫いてくる。
互いに殺せて殺されそうなことは確信していた。
「なにしてんだよ!」
それは新しくここに現れた声によって遮られ足下から唐突に現れた何かが二人の身体に巻き付き、引き剥がされる。
「ひとまずやめなさい」
よく見るとそれは植物の蔦であり、アスファルトをぶち破るようにいつの間にか生えてきていた。
「邪魔をするなノイズ!」
リクはいらつきながら声を荒げて植物の蔦を出現させた如月ノイズをにらみつける。
「…………ふっかけてきたのはそっちだよ」待宵は試しにナイフで蔦を切ろうとしてみるが、傷すらつかない。
「だからってお互い殺し合うのは違うだろ」
「海お前な……こいつは俺の弟を半殺しにしたんだぞ。倍にして返して当然だろう?」
「殺気出して歩いてた理由それかよ!!」
「半殺しではないよ。生きてるし。後遺症とか面倒くさいのは残らない程度にやっただけだよ」
三人のやりとりをみていたノイズはため息をついて蔦を操り、待宵を軽く遠くに飛ばした。
「えっ」
待宵は縛られていたと思ったら唐突に吹き飛ばされていくことに驚いたまま遠ざかっていく。
「あっ、おいノイズ!?」
「落ちても大丈夫な方向に飛ばしたから」
特に悪びれる様子もなく言いながら、ノイズはリクの拘束を解いた。
海はなんともいえない表情で、飛ばされていった方向を見てため息をつく。
「それに、ここに二人でいたらずっと戦い続けるでしょ。だから、どちらかを遠くに引き離す方が手っ取り早かったのよ」
見ず知らずの人間で、なおかつ友人にとっては悪いことをしていたにしても彼なりのなにかしらの理由はあったはずだと。
「……次に会ったら絶対殺す」
「死んでもないのに復讐なんてあなたらしくもない……怪我をしてるソラのそばにいてあげたら?」
「エコが看病してる」
「あっ、そういうことか」
「エコだって休憩が必要よ」
そう言い切ってノイズは再び蔦を出現させリクを絡めようとすると、
「いや、自分で行く」
リクはそれを断って自分で闇の空間を作り出し、入って消えていく。
海とノイズはそれを見送り、いなくなったのを確認してから。
「さっきの人を探しましょう。何があったのか聞いてみる必要があるわ」
「……いや、リクの方飛ばせばよかったんじゃ……」
******
「わ、なんだ」
空から人が降ってきた。
幸い公園とはいえほかに人はいない。
統堂秋はどうしたものかと考えたものの、どっちみち何かにぶつかって怪我をするだろうし、時間を操って減速させたにしても落ちることは確定しているし、助けるような理由もなかったのでそっとしておくことにした。
「……まぁ、関わりたくもねぇな」
その直後に突風でも吹いたかのように木ががささと音をたて降ってきた誰かを受け止め……きれなかったようだが、落下の衝撃は幾分緩和されたようではある。しばらくしたら真っ黒い学ラン姿の男が地面で気絶していた。
「芝生でよかったな?」
秋にとってはこれっぽっちも関わりたくは無いが人が降ってくることがそもそも無いため、近寄って観察してみるとどうやら怪我をしている様子で……だから、どうしたって事でもないが。
しゃがんで揺さぶってみると苦しそうに呻いていて、それが秋にとっては面白く、ふとポケットに入れていつも持ち歩いている回復用の魔法石の存在を思い出す。怪我人の近くにおいておけば出血とかに反応して自然回復力をものすごく高め、数分で怪我は治るものの試作品であり、さほど致命傷でもなさそうだから置いていくことにした。
*
海とノイズはやっとこさ先ほど(といいつつ大分時間は経過しているが)とばした待宵を見つけた。
「あ、さっきの」
二人は怪我をしていることは確実だろうと思っていたから、一応応急手当の出来るものを用意して探していたわけだが、彼は何事もなかったかのように、幽霊のように青白い肌をしているけれど元気そうである。
「ごめんなさい……ああするしかなかったのよ」
「いや……まぁ、びっくりしたけど特に悪いとは思ってないから」
「あいつの地雷を踏み抜いたとは言え、なにをしたんだ?」
「めんどくさいから言うつもりはないな……それに、僕は友達に会いにここに来たのが最初の目的だから」
「あ、そうなのか。悪かったな」
「引き留めてごめんなさい」
応対することが面倒くさくなった待宵は、自身の能力の一部である思考誘導を使って、何事もなかったかのように会話を終了させてある意味器用に立ち去る。
もう会うことはなさそうだけれど、どちらかがお互いの住んでいるところに遊びに来ればもしかしたらまたばったり合うだろうと、そんな予感を残しながら。
(おわり)
おまけ
数週間ぶりに会った友人は相変わらずの学ラン姿な事は変わりないが、なぜかボロボロだった。
……なにがあったし。
「話すと……長くはなるけど聞く?」
「三行で」
「んー……無理」
「そっか」