02 オムライスの話
────1年前。神代市某所
京華学園から帰ってきて、一三月の変装をといてから、自宅の近くにある喫茶店に向かう。
これが二重生活というものなのだろうけれど、俺と秋にとってはほんのわずかな間ではあるけど普通の習慣の類として溶け込んでいる。
「オムライスとコーラで」
今日は秋が部活で帰ってくるのが遅いし、自分で調理することはとても億劫なのでここで夕飯にしよう。あいつはあいつで、適当につるんだ人達と何かしら食べてくるだろうし。
「あ。ログインしないと」
携帯を開いてソシャゲの画面を立ち上げる。
あの変装をすると必ずリア充のような人格に切り替わって、そんな感じのコミュ力の高い振る舞い方をしているから携帯をかまっている時間というのはあるようでない。
朝は時間が許す限りは寝ていたいし夜はみたいアニメがあって、いまレベルを上げるとしたらこういう何でも無い時間になってくる。
幸いなことに変なイベントやってなくて良かった。
「……楽しめてる?」
「なにが?」
「学園生活」
「可も無く不可も無……」
答えようとして気付く。
今自分は誰と会話している?
携帯画面に集中していて気がつかなかったにしても……。
「いや、なんでいるの?」
いつの間にか目の前の席に座っていた待宵は、つまらなさそうにいつの間にか出されていた水を口に運んでいた。
「ここ、珈琲が美味しいから」
「答えになってない件について」
それほど混んでいなかったはずだから、相席なんて起こりうるはずもないし、店に入るとき確実に一人で来たことを伝えた記憶もあるし……。
「なんとなくだね」
答えるつもりはないらしい。
「もしかして能力?」
それに、今の俺は能力者じゃないからさりげなく現れた待宵に気づけなかったのもあるのかも?
「さぁね」
なんにせよ答えるつもりはなさそうだ。
「……食事は嫌いなのに珈琲は飲むんだ」
「飲み物は飲み物でしかないから結構好きだよ」
「固形物が苦手と……」
人のことはいえないけど、待宵は目に見えてわかるぐらいには青白くていつ倒れてもおかしくないようなやばそうな顔色をしている。
一度ぐらいは倒れてそう。
「あ、栄養補助食品の焼き菓子なら……好きではないけど……食べられるし、あとは、マッシュポテトなら」
「マッシュポテト?」
普通のポテトサラダではないあたり、なぜかこいつらしいと思った。
「ほら、潰されてぐちゃっとしてるのが餌みたいで」
いま確実に餌って言った……。
「お前、誰に飼育されてるの」
「……小さい頃は両親だったけど。つい数年前は……えっと……あれ?」
何かを思い出そうとして、思い出せなかったらしい。
「わかんない。忘れたよ」
軽い調子で飼育なんて言ってしまったけれど、同じぐらい普通の軽い調子でそれにのる方ものる方だ。
「今は寮で一人だから、野良だよ」
「野良」
ここだけ聞いたら、アブノーマルな方向の話をしていると思われてやばいかもしれない。
「誰かに監視はされてるかも」
「病院行きなよ……」
詳しくはないけど、心療内科と言うよりは確実に精神科案件だろう。
「そのうち」
そのうちっていってる奴に限って全く行かないから駄目そう。
なんだかんだ話していると注文したものが運ばれてきて、テーブルの上は賑やかになった。
チキンライスの上にうっすい卵焼きの乗った、家でも作れる定番のやつで真ん中には赤いケチャップがのっている。
メイド喫茶なら好きなものをメイドさんが描いてくれたり、なんだか可愛らしいパワーを注入してくれる場合もあるらしいけれど行ったことはない。
「いただきます」
「……やっぱりオムライスってぐろいね」
しばらく黙々と食べていたら、待宵はぽつりとそんなことを呟く。
グロい要素はどこにもないような……それとも、一時期流行ったオムライスはひよこがかわいそうだから食べられないてきな、ぶりっこ系女子の発想とか?
「どこが?」
「だって、人体模型みたいだし」
「人体模型て……」
たとえ方があんまりにも飛躍しすぎていてさっぱりだけど、不気味に感じているらしいことはちょっとわかった。
「皮の下は赤いことがあれですぐにわかって。オムライスも似たような構造してるじゃないか。赤いご飯も内臓みたいだし」
「……オムライス……そんな見方しなくね……?」
過去に何があったし。
さりげなく聞き出してみようかと思ったけど、それを聞いている間にオムライスが冷めてもいけないから、これ以上はそっとしておこう。
「……ほかに嫌いなものとか、あるの?」
「肉類と……お米とか……だけど、おにぎりなら好きだな……あと、お弁当箱に入っていればかろうじて食べられる」
「そっか」とりあえず、食べることに集中しよう。
おわり