同じ世界の別次元
「やっぱり、兄さん達は感覚共有とかしてるの?」
お茶を淹れていたところで、お煎餅を齧っていた弟が楽しそうな声を上げる。
今現在うちの居間にいるのは、私と私の一個下の弟と私の二つ上の双子の兄の片割れだけだ。
計三人、この居間に集まっている。
弟――恭介こと恭ちゃんは、目を輝かせて身を乗り出すが、兄の方、双子としても兄の方の勝利こと勝ちゃんは雑誌から顔を上げない。
読んでいる雑誌はバイク関連のものらしいが、それが不服な恭ちゃんは、ねぇねぇ、と声を掛け続ける。
「恭ちゃん、お行儀、悪い」
淹れたてのお茶を恭ちゃんの前に置いて言えば、恭ちゃんは私を見上げて頬を膨らませる。
元々色素の薄い茶髪に、ピンク黄色紫水色と多色のメッシュを入れている恭ちゃんは、自分のメッシュを指で弄りながら「だってぇ」と間延びした言葉を出す。
勝ちゃんの前にも同じようにお茶を出せば、そこでやっと顔を上げてくれる。
恭ちゃんは中性的で女の子らしさのある可愛らしい顔立ちをしているが、勝ちゃんは男らしい端正な顔立ちをしているので、二人が並ぶと本当に兄弟?と首を傾げる人は少なくない。
「サンキュ」
「いえいえ。……ね、でも私も少し興味ある」
自分の分のお茶を手に、勝ちゃんの顔を覗き込めば、勝ちゃんは分かり易く顔を歪めた。
両耳揃って三つもピアスを並べる勝ちゃんは、恭ちゃんとはまた別の意味で派手な部類に入る。
眉間にシワを寄せれば、ここにはいない一番上の、一人だけ成人している兄に似ていた。
「ほらほらほら!ほらね!姉さんだって知りたいって!!」
私の言葉に恭ちゃんがまた身を乗り出す。
それに対して勝ちゃんは鬱陶しそうに顔を顰めて、体をズラして距離を取る。
決して仲が悪いわけではないが、そこは男の子同士、ベタベタと仲が良いわけでもない。
キラキラと輝く目を私に向ける恭ちゃんには曖昧に笑みを返し、勝ちゃんが何か答えてくれるかと居住まいを正す。
すると、面倒そうに大きな溜息を吐いた勝ちゃんは、短く切り揃えた黒髪を掻き回した。
「……ないわけではねェけど」
呟くような声音に、私はへぇ、と目を大きく開ける。
恭ちゃんはそれでそれで、と先を促すが、勝ちゃんは雑誌を閉じて、それ以上近付かないように制していた。
何だか黒っぽい表紙だなぁ、と思ってしまう。
「合って良いもんではねェな」
「えぇ?ボクは凄く良いと思うけどなぁ」
可愛らしく小首を傾げる恭ちゃんは、その顔をくるりと私に向けて近付く。
お茶を啜る私は何だろうと目を瞬くが、ニコニコと笑を向けられては何が何だか。
湯のみを置けば「姉さんと感覚共有出来るんだよ!」と飛び付かれる。
いきなりのことで、大きく体が後ろに傾くが、片手を何とか畳の上で突っ張らせることで、のしかかられた状態を保つ。
腕が震えているのが分かるが、ここで力を抜けば確実に潰される。
必死な私なんてそっちのけで、恭ちゃんは楽しそうに良いなぁ良いなぁと繰り返しては、姉さんと一緒とか良いなぁと言う。
しかし、私は双子ではないので、誰かと特別感覚共有をしているわけではないのだが。
「……お前、好い加減にしろよ」
押し潰されそうになっている私を見兼ねた勝ちゃんが、ドスのかかった声を出しながら、恭ちゃんのパーカーのフードを引っ張る。
首が締まって変な声を出しているが、手加減はしているので、ちゃんと喋れていた。
「えぇー兄さんだって羨ましいくせにぃ」
ニヤニヤと言うべきか、そんな可愛らしくも嫌味な笑みを浮かべる恭ちゃんは、首根っこを掴まれたままの状態で勝ちゃんを見上げる。
それに対して勝ちゃんは、こめかみに青筋を浮かべながら睨んでいるが、一触即発とも言える雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
止めるために腰を上げれば、勝ちゃんが目を見開いて、恭ちゃんの首根っこから手を離す。
いきなりのことに、恭ちゃんは畳の上で尻餅を付いて、兄さん!と声を荒らげるが、どうやらその声は勝ちゃんには届いていない。
目を見開いたままその場に立ち尽くし、自分の腹部に右手を添えている。
突然の変化に、私も恭ちゃんも顔を見合わせるが、じわじわと勝ちゃんの眉間にシワが寄り始め、次の瞬間には鋭い舌打ちが響いた。
「勝ちゃん、お腹痛いの?」中腰になって問い掛ける私に、またしても目を見開いた勝ちゃん。
直ぐに眉間のシワを消して、いや、と呟く。
「……そうみたいだな」
そのいや、はどういう意味なのか。
肯定の前の否定に首を傾げたが、次の瞬間には身を翻す勝ちゃんがいて、私は慌てて追い掛ける。
襖を乱暴に開けて飛び出して行った勝ちゃん。
「勝ちゃん?!」
「直ぐ戻る!」
襖にしがみつきながら、その背中に声を張り上げた後には、それ以上に声を張り上げる勝ちゃん。
振り返りもせずに、廊下をバタバタと走っていくので、家に残っていた他の人達が揃って顔を出す。
恭ちゃんもお尻を擦りながら寄ってきて、他の人達に顔を見せた。
坊ちゃん達喧嘩したんですかい?とか、何かあったんですか?とか、お嬢さんは怪我してませんか、とか、色々と声を掛けられるが、喧嘩はしてないし、何があったのかは私達も知りたいし、私は怪我なんてしていない。
一つ一つの質問に答えを返す私に対して、恭ちゃんは苦笑いを浮かべた。
「感覚共有?」
他の人達は不思議そうに首を捻ったり、それぞれが顔を見合わせたり、説明を求めるように私達を見るが、私は恭ちゃんと似たような苦笑が出てしまう。
「いやいや、普通、離れてる人のことなんて分からないよ」
そう言って乾いた笑いを漏らした私達だったが、三十分後、返り血の付いた服で帰って来る双子の兄を見て、笑えなくなってしまうことを未だ知らない。