聡瞑と終わる世界
音韻です。
今回は[世界が満たされた時、最も美しいキスシーンを]という企画に参加させて頂きました。
私は、目が見えない。
盲目で生まれてきた私は、誰もが可哀想と呼び、誰もが忘れる。
母も、父も居らず。
部屋には私一人。
お婆ちゃんがたった一人で私を育ててくれた、とても大事な人間。
だけど。
お婆ちゃんの顔を見たことは一度も無い。
たまに嫌になるんだ、この役立たずな私の眼を。
お外で遊んでいる私と同い年の子は目が見えるのに、何で私だけなの?
目はあるのに、何で見えないの?
目は開いているのに、何で目の前には虚空しか映らないの?
そんな分かりきった事は、ずっと昔に分かっていた。
だけど信じたくなかった。
今でも信じていない。
けど、やっぱり答えは変わらない。
私は眼が見えないの。
世界を映し出せない。
色って何だろう、鳥ってなんだろう、人間ってなんだろう、土ってなんだろう、海ってなんだろう。
そんなもの分かるわけ無いよ。
いつの間にか、全部全部全部全部全部全部。
分からない分からない分からないないないない分からないよ。
家の前にある公園から絶えず子供たちの声が聞こえる。
楽しそうで、私も混ざりたいな。
私も、皆と一緒に遊びたいな。
世界はぐんにゃりと廻がる
眼から涙が溢れる。
が、それは消える。
「世界はこんなに美しいのに、どうして君は泣きながら笑ってるのかな?」
目の前に佇む《ナニカ》は私の涙を指で拭う。
彼は私の隣に座ると、私の背中を触ってくれる。
暖かい。
「ありがとう……………えと、誰ですか?」
名前も知らない彼は、私のその応答に、笑いだす。
可笑しかったかな。
だって、聞いたこと無い声に、聞いたこと無い環境音。
響かない空間に、清々しいそよ風が私の頬を撫でる。
これは、風か。
「ボクは時の旅人。君に呼ばれたのさ」
「うん」
少し疲れてきた。
私は伸びをして、地面に仰向けになって倒れる。
地面は柔らかい。
そして鼻をくすぐる良い香り。
手を広げると、そこには何かが沢山生い茂っている。
そうか、これが草か。
「そうだ、君ってさ、もしかして僕の顔が見えないの?」
彼はそう言う。
「うん、君の顔は見えないかな」
私はそう言う。
目の前には虚空の黒と確かに在る人間。いや、確かに居る人間。
私は体を起こし、両手を使って、[彼]を触る。
手には柔らかい感触と、暖かい体温。
これが人間。とても、柔らかい。
「君は、初めてだらけって表情をしているね」
彼は笑いながら言う。
彼はぶっきらぼうだけど、ちゃんと分かってくれる。
「そうかな? だけど、一杯初めてがある………」
私はそう言うと、彼はまた笑う。
「そうか、君は外に出るのも初めてなんだね?」
風は空を切り、草花の香りは風に乗せられ、何処かへ飛んでいく。
そんな当たり前で当たり前じゃない出来事が、今目の前で起こっている。
「私は、生まれつき世界が見えなくて、こうして世界に触れるのが嬉しくて………」
初めてが沢山あるこの世界は、景色さえ見れてないのに、どうしてここまで素晴らしいのか、全く分からない。
素晴らしいこの世界は、どんどん素晴らしさを増していく。
だけど、私は取り残される。
思わず心が苦しくなる。
何でだろう、何で私だけ………。
そんな理不尽な世界のセオリーが、私を取り巻く様に絡み、蔦を伸ばしていく。
「それなら、変われば良いんじゃないかな? さぁ、眼を閉じて………」
彼はそう言う。
彼は再び笑いだし、ふと此方を見る。
今、こっちを見た?
一瞬。
「僕もこの世界は見えない訳じゃ無い。だけど、こんな世界を拒んでるのは変だよね? だが、君は違う。世界はまだ君を待っている」
彼は私に一方的に話し掛ける様にそう言いながら、私の隣から立ち上がる。
「貴女は、この世界が嫌い?」
彼は私の方に手を伸ばしながら、此方を見て、とても綺麗な笑顔で、笑った。
彼も笑う。
その瞬間。
眼が拓いた。
「君が居ない世界は嫌いだ。だけど、君と居る時は特別で、大好きさ」
私は彼の手を取り、勢いよく立ち上がる。
私は彼の体に抱きつく様に、更に一つ、初めてを知った。
そう言えば、初めて私は、自分から動いた。
「私も、貴方ともっともっと初めてを知りたい! もっともっと、好きになりたいっ!」
少し急ぎ過ぎたせいで歯と歯が当たる。
それを拭う様に舌で歯を撫でる。
これが、唇か。
その時、何かが満たされた様に世界は回りだす。
そこで気付く。
眼が拓き、世界が映る。
空色の空。
緑色の草花。
そして、暖かい少年と、少女だけが残る。
もう誰も居ない美しき世界で、二人は笑い出す。
END
ども、音韻です。セカキスという企画でやらせて頂きました。
さいっこうに楽しかった。
それだけしか無いしがない感想ですが、読者の皆様に届いてくれればと思います。
結構シリアスな感じの作品でしたが、やはり美しい。
世界は美しい。
毎日思うそんな世界はどんな感じか。
それを思いつつ書かせて頂きました。
本当に、感謝です。