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077 第二章曜子20 攪拌


 今日はHRと始業式だけで昼前には放課後を迎える。

 俺と瞬は昼食を摂ると、いつものように時計棟にやって来た。


 会長室に執行部のみんなが集まると、やはりいつものように刹那が今日の仕事の段取りを指示した。


「あ、あたしですか?」


 しかし、いつもとちょっと違うツッコミが入る。無論、橘である。


「何度も言わせないで。橘は十八と二人で図書委員との合同作業の打ち合わせに行くのよ」


 会長モードの刹那は狼狽える橘に構うことなく捲し立てる。


「あ、いや……別に文句がある訳じゃないんですけど……。こういう時はやっぱり曜子先輩とか副会長が行くもんなのかな〜って思ったんですよ。あたしはともかく塩田先輩とかギャグっぽかったんで、つい……」


 あせあせと取り繕う橘にカチーンと来るがここは堪えておく。


「巴、私が代わろうか? 確かに巴と塩田先輩では戦力的に心許無いだろう」


 進藤さんである。


「さすが円、やっぱりそう思うだろ?」


 いや、橘……進藤さんは割りと直球で俺たちのことをバカにしたぞ?


「駄目よ、瞬はもちろん、ルナにも進藤にもやってもらう仕事があるんだから。はっきり言うと、橘と十八で行ってもらうのはあなた達に出来る仕事がそれだけしかないからよ」


 ガーン


 俺と橘は二人して顔を見合わせたまま石化してしまう。


「……あの……」


 曜子さんだ。俺たちの様子をおとなしく見守っていた曜子さんが遠慮がちに呟いた。


「曜子も進藤たちと同じ理由よ。年度末に向けての行事集計、来年度からの要望修正、私と曜子でやっても三学期中に終わるかわからないわ。今日からでも始めておきたいの。いいわね?」


「……う、うん……」


 早口で捲し立てた刹那にたじろぐ曜子さんは頷いたまま俯いてしまった。


「橘も何か言いたいことがあるなら言いなさい。それとも曜子の代わりに私の手伝いをしてみるかしら?」


 ギラリとした視線を橘だけではなく、みんなに向けて這わせる刹那。


「いや! ありません! なぁ! 先輩!」


「え? ああ、俺は別に……」


 事前に聞いていた俺からしたら強引だった気もするが、橘も納得したらしい。


 刹那も自ら悪役を買って出たんだろうけど、ハマりすぎて俺まで傷付いたっていうかなんつうか……俺と橘に任せる仕事がないっていうのは本当なんだろうし……忙しくなるのも本当みたいだし……とほほ。






 橘と二人で図書館棟に向かう。

 そういえば、俺が執行部に入部してから瞬と刹那を除いて二人だけで仕事をするのは橘が初めてになるかもしれない。


「あたしあの図書館棟ってのがあんまり好きじゃねぇんだよな」


 俺の歩く少し前を歩く橘は前を向いたままでぼやいた。


「俺も少し同感かな、本が嫌いって訳じゃないんだけど、あんまり縁はないかも」


 素直にそのぼやきに乗ってみる。すると橘は歩く速度を緩めて俺に並んで同意を示すように肩を竦めた。


「だよな、どんな厚みの本でも、うげぇ〜この中の文字を全部読むのかよ面倒くせぇ、とかなっちまうんだよな、構えちまうっていうかさ」


「悔しいが同感だ」


 この通り何かと気が合ってしまうんだよこいつとは、だから一緒に初仕事といっても気兼ねはほとんどないかもしれない。



 程なくして、図書館棟に到着する。

 相変わらずというか、かなり威圧感のある建物だ。デカいし、他の校舎と違って若干造りも違うから慣れないぶん気後れしてしまう。


「ふふん」


 そうして微妙にたじろいだ俺を見ていた橘、何故か軽く鼻を鳴らすとズカズカと開け放たれた入り口に突撃する。


 って、おいおい。


「たーのもーっ!!」


「いやいやいや! ちょっと待てぃ!」


 それじゃ道場破りだ! 俺に対向してだかなんか知らんが突飛すぎる!


「塩田君に橘さんですね?」


 独立独歩に突撃しようとした橘をなだめようとすると声が掛かる。入り口を入ってすぐにある受付カウンターに座っていた女子生徒――恐らく図書委員だろう。俺たちに反して冷静すぎるその声はやけに通った。


「あ……と、はい、執行部から来ました塩田と橘です」


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 呆気に取られつつも俺が対応すると、図書委員は受付カウンターの脇にある部屋の扉を開く。


「どうぞ」


 動かない俺たちを再び促す図書委員。


「「…………」」


 何やら気圧され気味にその扉をくぐる俺と橘。


「失礼しま〜す……」


 通された部屋は時計棟でいう会議室のような部屋だった。中には図書委員と思われる生徒が男女半々で十数人ほどいた。全員が静かに席に着き、誰も入室した俺と橘を一瞥さえしない。


「御足労感謝いたします、塩田君、橘さん」


 いや、ただひとり、中央に座っていた図書委員長の本城君だけが俺たちに反応を示した。

 その本城君の声が合図だったのか、図書委員のひとりが入り口付近に空いていた席を二人分引く。


「どうぞ」


 俺たちを座るように促した。


「「…………」」


 俺と橘は二人で絶句してしまう。


 なんか雰囲気が変じゃね?


 知らねえよ、あたしが聞きてぇって。


 俺たちはアイコンタクトで会話しながら席に着いた。


「では、始めたいと思います。今日集まって頂いたのは今月中に催される本館の一般開放、それについての打ち合わせの為です。塩田君と橘さん以外の方は理解しているとは思いますが、確認の意味も踏まえてもう一度説明させて頂きます」


 一呼吸だけ置くと些か抑揚なく話し始める本城君。


「まずは……」


 目的、要望、日程、準備について、それぞれの割り振りなど、淡々とした印象を受ける本城君の話はまるで演説だった。

 俺と橘はもちろん、周りの図書委員たちも誰ひとり口を挟まない。合同会議の時の刹那を思い出したが、刹那とはまた違った印象を受ける。一言で言ってしまえば冷たい、刹那にも似たようなものを感じたが、本城君はそれ以上だった。一切の感情を感じなかった。

 本城君は最初以降、俺たちに視線すら合わせない。読み上げている資料をただただなぞるだけだった。

 本当にイヴの時に会ったのは本城君なのだろうか? 真面目そうな雰囲気は変わらないが、ここまで冷たい印象は受けなかったと思う。

 そういえば、折原さんがいない。執行部との合同作業というくらいだから副委員長である彼女が参加しないというのはなさそうなんだけど……逆にこういう時は参加しないものなのかな?


「……以上になります。手元の資料によく目を通しておいて下さい」


 本城君の話は僅か数十分で終わってしまった。質問すら受け付けなかった。


 周りの図書委員が次々と席を立ち始める。終わったからといって口を開く者は誰もいない。本城君もそうだが、図書委員の生徒全員が冷然としていて怖いくらいだった。


「なんか気にいらねぇな……」


「頼むからおとなしくしていてくれよ……」


 ぼそりと呟いた橘にそうは言うが、俺も似たような気分だった。


 さて、なんだか構えてしまうような状況だが、俺のもう一つの目的を実行しなくてはならない。


「本城君、ちょっといいかな?」


 未だ席に着いていた本城君を呼ぶ。


「はい、質問ですか?」


 反応はしてくれたが、視線は手元の資料に向いたままだ。


「いや、合同作業についてじゃなくて、生徒会の目安箱についてなんだ」


 そう、俺のもう一つの目的、それは目安箱の件だった。

 実は二学期の終わりに徳川先生とそれについて話し合った時、俺は幾つかの条件を出された。


 一つは月に一度、先生に経過を報告すること。

 もう一つは風紀委員と図書委員に話をしておくこと、出来れば協力すること。

 最後にひとりで無茶をしないこと。


 細く言えばまだあるが、その三つが先生の出した条件だった。


「……合同会議の時にそんな話が挙がっていましたね。どうやら引き受けたようですが……僕に何か?」


 資料から顔を上げてくれた本城君だが、関心が薄いような表情で俺を見やる。

 俺は少し怯んだが、先生から出された二つ目の条件をそのまま話した。


「なるほど、理解はしました。しかし、協力は出来ませんね」


 真顔でキッパリと言い切られてしまった。


「…………」


 別に期待していた訳ではなかったが、ここまであっさり断られるとは思わなかった。図々しいがショックを受けてしまう。


「いや……聞いてくれただけで充分だよ」


 でも、これでいい。実を言うと、最初はひとりの方が動きやすいと思っていたからだ。話は通した。これで先生に面目は保てただろう。


「じゃあ、俺たちは時計棟に戻るよ」


「わかりました。今回は参加を保留しているようですが、海老原さんにもよろしくお伝え下さい」


 言い終わるとまた資料に視線を落とす本城君。結局、最後まで彼は座ったままだった。


「失礼しました……」


 前は同級生なんだからかしこまらなくてもいいとか言ってたくせに……。


 俺と橘は図書館棟を後にした。







「んああっ! ムカつくうっ!」


 叫びながらゴミ箱を蹴っ飛ばす橘。豪快な893キックで吹っ飛んだゴミ箱は中身をぶちまけながら転がっていく。


「こらこらこら、物に当たるんじゃない」


 図書館棟にいる時からイライラしていた橘は案の定なことをやりやがった。


「だってあんのスットコ野郎! 絶対にあたし達のこと見下してただろ! あたしはああいうマイペースな自己中野郎が大っ嫌いなんだよ!!」


 うがーって叫びそうなほどに興奮状態の橘はまだ怒りが収まらないらしく、げしげしと地面に蹴りを入れる。


「気持ちはわからないでもないけど、仕方がないだろ? 別に面と向かって言われた訳じゃないんだから落ち着けって」


 ナチュラルに散らかったゴミを集めてしまう俺は、なるべくやんわりと橘をなだめる。


「悔しくねぇのかよ先輩は! あっさり言いやがって! あいつ絶対に考えて答えてなんかなかったぞ!」


「悔しくないって言えば嘘になるけど、あそこで怒ってもしょうがなかっただろ? 落ち着けってば、な?」


 俺は苦笑いでそう言いながらゴミ箱を元の位置に戻す。


「チッ……ったく、そんなんだから先輩はヘタレなんて言われちまうんだよ。先輩がそんなんじゃひとりで怒ってるあたしがバカみてぇじゃねぇか」


 ちっとも乗らない俺に疲れたのか、橘は呆れたようにおとなしくなる。


「そんなことないよ、橘がそうやって代わりに怒ってくれてるから、俺がそんな気分にならないだけなんだぞ? たぶんだけど……」


 近くにあった水道で手を洗いながら本音を補足しておく。実際、橘のお陰でショックが和らいだのは確かだった。


「はあ? べ、別にあたしは先輩の為に怒ってる訳じゃ……」


「それでもいいんだ、やっぱり橘が一緒で良かったよ。ありがとな?」


 ハンカチで手を拭き拭きしながら振り返る。ゴミ箱を片付けたり、手を洗っていた俺はここでようやく橘と顔を合わせた。


 ん?


「〜〜!」


「なんで紅くなってんの?」


 何故か橘の顔は真っ赤っかだった。


「う、うるせー! ぶっ飛ばすぞこの野郎!」


 なんでやん。怒らせることしてないやん。


「いや、なんか知らんけど、取りあえずごめん……」


「謝んなよ! 更に意味わかんねぇし!」


 う、うーん……早く時計棟にも戻らないといけないんだけどな。少し橘の様子がおかしいが、こいつの場合はいつものことってことにしておこう。


「まあいいや、急にで申し訳ないんだけどさ。橘、付き合ってほしいんだ」


「――えっ!!」


「風紀委員会に」


 そう思って頼んでみたけど、なんとなく言うタイミングを激しく間違えた気がする。


「〜〜〜〜!!」


 いや、そんなに睨まないでくれ。紅い顔も更に紅くなってるし。俺って、また変なこと言ったか?


「嫌なら別に……」


「べべべべ別に嫌じゃない!! ああぁっもうっ! 先輩! ちょっと五分くらい待っててくれ!!」


「ちょ! 橘!」


 物凄い勢いで橘は走って行ってしまった。



 五分後。


「……で、結局やるんだな? 目安箱」


「えっ?」


「で! 結局やるんだなっ!? 目・安・箱!!」


「あ、ああ、もちろん」


 言った通り、五分で戻って来た橘は、その五分が無かったかのように訊いてきた。間が空いてしまったので一瞬戸惑ったが、俺も橘に倣う。そうしないと駄目な気がした。


「そうか……」


 すんごい普通に無かったことにしている橘。こいつは本当におもろいやつだと思う。


「でも、またぶっ倒れたりしたらあたしは本気で怒るからな?」


 橘はそう言うと、真剣な表情で俺を見据える。さっきの余韻は無くなっていた。


 ……もうふざけてる場合じゃないみたいだ。


「……わかってる」


 そうなんだ……俺は橘を始め、ルナちゃん達を一度裏切っている。もう間違える訳にはいかない。


「……ちゃんとわかってるならいいよ、野暮言って悪かった。……しかし、風紀委員会ねぇ……徳川先生も無茶言ってくれるよな……」


「橘?」


 さっきからコロコロと表情が変わる橘、怒ったり、真っ赤になって怒ったり、テストの時の俺を思い出して静かに怒ったり……怒ってばっかりだけど、今度の橘の表情は……やっぱり怒っていた。

 いや、正確には違うのだろうか、何か嫌なことを思い出してしまったように、険しい感情を露にしていた。


「……まあ、円が来なくて正解だったな」


「進藤さん? どういうことなんだよ?」


 確かにさっき橘と代わろうかとかいうのがあったけど、どうしてここで進藤さんが出てくるんだ?


「いいぜ、付き合ってやる。だが行く前に一つ言っておく、風紀委員には気を付けろよ」


 険しい表情を更に濃くした橘は鋭く言い放つ。


「特に風紀委員長の伊吹誠(いぶきまこと)、ヤツには特に気を付けろ」


「おい、意味がわからないぞ?」


「いいから聞けって。二年A組、伊吹誠。風紀委員会所属、青葉先輩の後任で風紀委員長。更には第一剣道部所属で部長、極め付けは武道会の会長でもある」


 第一剣道部、渉の所だ。


 武道会というのはこの学校にある三大勢力の一つ。生徒会、生徒会以外の委員会の集まる中央委員会、格闘系の部活が集まる武道会。武道会については興味がなかったからあまり知らなかったが、会長ともなれば刹那に近いレベルの権力を持っている筈だ。


 ――っておいおい、なんだかいろいろと凄そうなヤツだな。


「まだあるぜ。伊吹はあたしや円の同僚、毬谷家の侍従でもあるのさ。代々毬谷家に仕えている伊吹家の長男で、柳沢流の師範代まで持っていやがる。この学校で最強だって噂まで立ってやがるぞ」


「ま、毬谷家……最強?」


 話がどんどん異次元方向に加速していくんだが……。


「けどな、一番の特徴はヤツが最低最悪のクソ野郎ってことさ。さっきのガリ勉自己中野郎もムカつくけど、伊吹は比べ物にならないくらいのクズだ。あたしも大嫌いだけど、円もヤツは大大大っ嫌いな筈だよ」


 言いながらギリギリと拳を握り締める橘。相当な嫌悪を持っていることがありありと伝わってきた。


「まあ、取りあえずこれ以上は言わねぇけどな、とにかくヤツには気を付けるんだ、先輩」


「あ、ああ……」


 ちゃんと話してもいない人をどうこう言うなんて出来ないが、ここまで言われてしまうと物凄い人物像が思い浮かぶんだが……。


「大丈夫だって。あたしが付いてるんだから、そんなに気ぃ張らなくても平気だぜ。ほら、行くよ!」


「えっ……おい! 待てよ!」


 スタスタと歩き出す橘を慌てて追い掛ける俺。


「なんか気合入って来たぜ」


 ぶんぶん腕を振り回してのしのし歩いて行く橘。


 俺は別の意味で不安になって来たぜ。









読んで頂いてありがとうございます。


なんだこの学校は……っていうのは、取りあえずスルーしておいて下さい。

ようやく舞台が整い始めたくらいだと思って頂けたら幸いです。

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