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076 第二章曜子19 連鎖


 1月7日、始業式。今日から三学期だ。


 俺は朝早くから学校に来ていた。

 始業式の準備を手伝う生徒会役員としてである。生徒会役員としてとはいうが、簡単な準備作業だけだから執行部全員ではない、俺と刹那の二人だけだった。


 なんて事はない準備作業、早々にそれを片付けてしまった俺たちは会長室でまったりしていた。


「図書館棟の特別公開?」


 二人でお茶を飲んでいる時に刹那が振った話題をおうむ返しする俺。


「そうよ、知っての通り、この学校の図書館施設は国内屈指の蔵書数を誇っているわ。それで今度、試験的に一般公開をする事になったの」


 会長机に座る刹那はそう言うと、俺の淹れた紅茶を大事そうにふぅふぅした。


「それで執行部も何か仕事が回って来るのかな?」


 机の前に突っ立ったままの俺は、刹那の仕草に嬉しくなりながら話題を先読みしてみる。


「そういう訳ね。公開といっても完全な一般開放という訳ではないわ。近隣の高校に限定されるみたいなの」


「ここら辺だと隣の清海女子学園とその向こうの春日崎(かすがさき)高校か、御美ヶ浜高校とかは遠いし」


 隣駅にある女子高と隣町のカス校は割りと近い。既にお馴染みとなった美味ヶ浜にも幾つか学校があるが、前者と比べると近場とは言い難いだろう。


「図書委員の方で仕事はほとんど終わっているらしいから、大した仕事ではないそうよ。執行部からは三人選出することになったわ」


 俺の淹れた紅茶のカップの水面を愛しそうに見つめながら話し掛ける刹那。嬉しいような、寂しいような。


「あなたは確定として、橘にも頼もうと思ってるの。後は……一応、図書委員の担当は曜子なんだけど、少し迷っているのよね……」


 複雑そうな刹那はやはり紅茶に語り掛ける。


「担当?」


 話の内容も気になったが、まずはそれが気になった。


「この学校の生徒会が四つの部署にわかれているのはわかるわね?」


 そう問い掛ける刹那はようやく俺の方を向いてくれた。


「俺たち執行部と風紀委員会、それに図書委員会と暗部だよね」


「そうね、それぞれ仕事が違うから絡みは少ないけど今回みたいに連携を取る時に筆頭になる担当者を決めてあるの。図書委員は曜子、風紀委員と暗部は瞬、ついでに言うと先生方は私ね」


 なるほど、それぞれの仕組みを把握している担当がいた方が効率がいいということだろう。


「で、迷っているって?」


 なんとなくわかる気がするが、話を戻す。俺だけ確定というのは既に諦めてある。


「…………」


 刹那は俺からカップの水面に視線を戻すとゆっくりカップを机に置く。息を吐くとまた俺を見据える。


「転校、清海女子学園」


 俺を真っ直ぐに見据えた刹那は真顔でそれだけを言った。


 曜子さん、転校、清海女子学園。

 すぐに曜子さんの言っていた"前の学校"が清海女子学園であることがわかった。


「……やっぱり知ってるみたいね。曜子を推薦したくない理由はそれよ」


「…………」


 曜子さんのいない所でこうして話すだけでも嫌になってしまいそうだった。探り合いをしているみたいで刹那にも申し訳ない。

 誰かを気遣えば誰かを気遣えない。まるでみんなが深みにはまって行くようでやるせなかった。


「それで十八は橘と一緒に図書委員に話を訊いてきてほしいの。事前にわかっていればどうにかなることもあるわ……」


 刹那も俺と似たような心境なのかもしれない。複雑そうな表情でばつが悪そうに見える。


「わかったよ」


「悪いわね……」


 刹那は自嘲するようなため息を吐いてしまっていた。






 会長室から教室に向かう途中、俺はぶつぶつと考え事をしながら歩いていた。


 実は図書委員には俺も用事があった。いい機会だから風紀委員にも顔を出しておこう。悪いが橘にも付き合ってもらおう、なんか心強いし。


 それにしても、相方が橘とはな。別にあいつや自分を卑下している訳ではないが、いいんだろうか? 図書委員と一緒に仕事とかって、体力勝負の橘や一般人の俺には合わない気もするんだけど……。


「おっ?」


 一年二年校舎に続く渡り廊下に差し掛かった時、その渡り廊下にいた一年生集団に気付く。


 ルナちゃん達だった。


「おぉ、先輩じゃねーか。あけおめってか」


 古いよ、橘。


「お、おはよう……橘……」


 俺に気付いてくれた橘が声を掛けてくれたが、俺の意識は上の空だった。


 一年生集団の中心にいるルナちゃん。同じ一年生らしき男子と談笑している。いや、ただ談笑している訳ではない。


 ルナちゃんはその一年生男子の腕をギュッてしてんだよチクショー!!


「ブヒッ、ルナたんに会えなくて寂しかったブヒッ」


 うーん……その若干小太りな一年生男子の顔のゆるみ方といったら、もうただの変態にしか見えないぞ。周りを囲む他の一年生男子の顔もゆるみまくっていて変態にしか見えない。もしかして俺って、いつもあんな顔してたってことかな?


「いやぁ、ルナは男でも女でも、どんなヤツでもベタベタだかんなぁ……一応あいつは同じクラスのヤツなんだけど、流石にあたしもかなり引いてる訳なんだよ……止めると怒るしよぉ……」


 橘がなんか言っているが、俺は立っているのがやっとな位に狼狽えていた。


「ブヒッ、年末の祭りではルナたんにクリソツなレイヤーに萌え萌えだったけど、やっぱりルナたんが一番だブヒブヒッ」


 あわわ、鼻息が荒すぎるぞ一年生っ! ルナちゃんもそんなに嬉しそうな顔しちゃってさぁっ! パパはそんな風に育てた……いや、もちろん育てた覚えは激しくないけど、心情的にはそれに近いものがあるっつーかなんつーか。


 あっ、ルナちゃんの近くにいた進藤さんが俺に気が付いたみたいだ。

 進藤さんがルナちゃんに俺のことを教えている。


「せんぱいっ!!」


 すぐに俺を呼びながら勢いよく振り返るルナちゃん。うわ、振り返った瞬間、キランッて星が散った気がするぞ?

 そして、ルナちゃんはかなり勢いよく俺の方にダッシュしてきた。一年生男子は放置だった。


 ――って!?


「グッハァッ!!」


 思いっきりフライングボディプレスだった。

 物凄く軽いが、いかんせん勢いが凄かったのでルナちゃんを抱えたまま後ろに倒れてしまう。


 マズい――!


 咄嗟に自分のカバンを投げ捨てた俺は、ルナちゃんの頭を抱え込みながら衝撃に備える。


「おっと」


 と、思っていたが、俺の傍らにいた橘が俺の背中をルナちゃんごと支えてくれた……って、いや、浮いてる? 浮いてるよ!?


「大丈夫かよ? ルナもあぶねーって」


 いやいやいや! ちょっと待て! 平然な顔して俺とルナちゃんを気遣う橘だが、状況が半端じゃないぞ!

 橘の両手は俺の背中と太股にある、そしてルナちゃんを抱えた俺は紛うことなく浮いている。浮いているんだよ! つまり橘は俺をルナちゃんごとお姫様だっこしているんだよ!


「ほれ」


 静かに俺たちを下ろしてくれる橘、ルナちゃんは俺の首ったまにしがみついたままである。


「…………」


 思わずルナちゃんをぶら下げたままで橘を凝視してしまう。


「な、なんだよ……」


「俺って一応60キロ以上あるんだけど……」


 俺の体重はだいたい60キロ前後、ルナちゃんだっていくら軽いといっても35キロくらいはあるだろう。ということは100キロ近くを余裕でだっこしていたことになる。


「あんだよ軽ぃな、もっと食った方がいいぜ先輩。それにちゃんとルナを受け止めないと駄目だぜ」


 平然と言ってのける橘。なんか惚れそう……別の意味で。


「せんぱい! あけましておはようございます!」


 俺の首ったまからすとんと着地したルナちゃんは、めっちゃ笑顔で挨拶してくれた。なんだか混ざってたけど。


「お、おはよう……あと、あけましておめでとう、ルナちゃん……」


 こ、こっ恥ずかしい! 久し振りなのもあるが、さっきからの騒ぎで周りには野次馬てんこ盛りの盛り沢山なんだよ!


「はい! よろしくお願いいたしますですですです〜!」


 めちゃくちゃ楽しそうな笑顔で俺の両手を取ると、ブンブン上下にシェイクするルナちゃん。


「いや……ははは……」


 きっと俺の顔はさっきの一年生男子と同じような変態ヅラをしているに違いない。


 衆人監視の直中でひたすら間抜けヅラを披露する俺はかなり知名度の高い変態だと認知されたであろう。







 教室に着くとすぐにHRが始まった。瞬はいたが、渉は欠席、恐らくサボりである。


「あー、今年もよろしく頼むなぁ。冬休み惚けとかで始業式で寝ないようになぁ……ふぁ……」


 一番冬休み惚けしてそうですね先生!


 まあ、冬休み惚けしている担任と渉は置いといて……。

 いいね、いいね学校。なんだか久し振りに会えたクラスメイト達の顔を見ると嬉しくなっちゃうよっ。みんなは眠そうだけど俺は嬉しくなっちゃうよっ。


 冬休みの間なんかさ、朝のバイトして、鍛練して、掃除して、鍛練して、掃除して、鍛練して、掃除して、夜のバイトしてばっかりだったもんなぁ。

 道場の床もそうだけど、屋敷の床が磨り減ったんじゃないかと思うよ、うん。


 何度か学校にも来たけど、あまりみんなには会えなかったんだよな。刹那と曜子さんはちょくちょく来てたらしいけど、タイミングが悪かったのか会う事はなかったし。

 でも、瞬と渉にはけっこう会ってたんだよね。瞬は相変わらず泊まりに来てくれてたし、渉は剣道場を使いに来てくれたし。


「どうしたのぉ塩田君? さっきからなんだか嬉しそうだねぇ」


 ハイテンションで回想していたら、隣の阿部さんにツッコまれてしまった。


「いやぁ、学校が始まったのが嬉しくってさ〜」


 ハイテンション回想でゆるんだ顔のままで返答する俺。


「えぇ〜、休み明けの学校ってダルいじゃぁん。あたしなんて寝坊して遅刻するとこだったよぉ?」


 うえぇ〜って感じになってしまう阿部さん。ちなみにHRは継続中だが、担任は既に委員長に丸投げしていた。


「うーん、眠くなる気持ちはわかるけど、やっぱり久し振りにクラスのみんなに会えるのは嬉しいよ」


 とは言うが、みんなからしたら休みが終わっちゃったことの方が大きいのもわかるんだよな。


「あははぁ〜、塩田君って面白いよねぇ〜」


「あはは〜……」


 ウケ狙いで言ったつもりはないんだけどさ……。







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