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075 第二章曜子18 萌発


 『一年の計は元旦にあり』なんてことわざがあるが、俺はこのことわざがあまり好きではない。


 何事も計画的に、何事も最初が肝心だというのは分かる。行き当たりばったりでは良くないというのも分かる。


 しかし、それでは何か大切なものを見過ごしてしまうのではないだろうか? その瞬間にしか見付けられないものを見落としてしまうのではないだろうか?


 ネガティブな俺らしいような、らしくないような微妙なところではあるが、俺はそう思った事があった。






 元旦、夜明け前。


 新聞配達のバイトから自宅に帰る途中、海岸線に沿って延びる生活道路を歩く途中。俺の家からも程近い見慣れた場所、海と街を見渡せる小高い場所。


 俺はそこで立ち止まる。


 ちらほらと並ぶ街灯はあまり届かないが、星と月の光のお陰で夜目の利かない俺にもどうにか風景を見渡す事が出来る。

 乾燥する季節とはいえ、乾いた空気を肌に感じる。珍しい事だ。久住ヶ丘はこの季節でも朝方には湿気を運ぶ潮風に晒される。だが、今朝に限ってはそれも無いという事だろう。


 そろそろだ、不意にそんな確信とも取れる予感を感じた。俺はそれに任せて水平線の方角に視線を巡らせる。

 同じタイミングで暗闇に光の点が穿たれる。僅かな間も置かず点は線に、そして、次に俺が瞬きをした瞬間には線が帯となって広がっていた。それはとても眩しい。周りの星たちを包み込んだような光の帯はゆっくりと輪になって行く。


 一月一日、初日の出。


 いつか見過ごしてしまったような朝日に俺はひとり見とれてしまう。

 いつかと同じように胸の奥が痛くなってしまう。

 いつものように背中側の街に住む人たちの事を思ってしまう。


 綺麗だ。


 心からそう思う俺はただ、切なかった。







 バイトを終えて帰宅した俺は習慣である鍛練を終えると、台所に立っていた。学校のある普段よりはかなり遅い時間である。

 瞬と渉はまだ寝ていると思う。昨夜は年が明けてからも遅い時間まで馬鹿騒ぎしていたんだから仕方ないだろう。

 いや、もちろん俺も眠い。馬鹿騒ぎには俺も参加していたからほとんど寝ないでバイトだったし、元旦の新聞はいつもの倍くらいに分厚いから疲れたし。


「俺も寝よ……」


 まあ、起きていても特にやる事がない。作っていたお雑煮も出来上がったので、俺は軽く寝直す事にした。


「おふぁよーっ……」


 と、そう思って台所から出ると起きて来たらしい渉がいた。


「あ、おはよう。まだ寝てても良かったのに。瞬は?」


 寝直せないのは残念だが、自分ん家に渉がいる嬉しさから照れくさい俺。


「まだ寝てるよ……俺も正直眠いけど、なんかいい匂いしてさぁ……起きちゃったよ……」


 まあ、瞬の事だからそうだと思っていたけどさ。それにしても、ふらふらしながらコタツに着いた渉。そんなに眠そうなのにご飯を食べる気は満々なのかよ。


「お雑煮食べる?」


「おモチは五個だよっ……」


 言いながらコタツに突っ伏す渉。ていうか起きがけに五個も食べるのかよ。


「わかったよ、ちょっと待っててね」


 うーん、なんだか平和だ。


 そう思いながら俺が台所に立った時、コタツに置いておいた俺の携帯が鳴った。メールのようだった。


「シオ……メールだよっ……」


 わざわざ教えてくれる渉。


「今、火を点けちゃったから手が放せないんだ。誰から?」


 言った瞬間、しまったと思った。


「ウヒョォォオオッ!!」


 マズい、遅かった。考えてみれば、俺にメールをくれるのは瞬か渉、もしくは執行部の女の子たちだけだった。それを渉に見られてしまうのは余りに危険じゃないか。


「わ、渉! 誰からだったんだよ!?」


 慌ててコンロの火を消した俺は居間に突撃しながら訊く。


「刹那ちゅわぁーんっ! 俺は新年早々、なんてツイているんだぁぁっ!」


 眠気も吹き飛んだのか、ガッツポーズを取りながら叫ぶ渉。


「だぁぁ! お前宛てに来たメールじゃねーだろうがぁ! 返せ!」


 渉から俺の携帯をひったくる。



 from 佐山刹那

 sub おはよう

 今から初詣に行くわ。曜子と一緒に三十分で行くから、瞬にも準備をさせておきなさい。



 だぁぁ! コイツはヤバい!


「渉!? 本文は見たの!?」


「あったり前だみょーんっ!」


 俺だってお前の反応見てわかってたよチクショー!


「初詣っ! 初詣っ! 刹那ちゃんと初詣っ! 曜子ちゃんも一緒っ! ……まさか俺を置いて行こうだなんて思ってないよねっ? シオッ?」


「うるさい! 踊るな!」


 くねくねと踊り出した渉はムカつくが、たいへんマズい事になった。いや、俺は刹那と初詣に行くのはもちろんのこと、渉と初詣に行くのも全然オッケーなんだが、いかんせん刹那にしたらどうか。


「刹那ちゃんとお参りかぁっ……初夢で刹那ちゃんが出て来たから、もしかしたらって思ってたけど……ウッヒョッ!」


 だぁぁ! コイツを連れて行ったら絶対に刹那が怒るじゃないかぁ!


「よーしっ。俺は瞬を起こして来るよっ! あっ! お雑煮は食べてから行こうねっ!」


「いやいやいや! 待て待て待て! ああ! もういない!」


 追い掛けようとする俺だが、渉は既に俺の部屋に向けてカッ飛んでいた。







 初詣にやって来た。


 俺ん家から歩いて二十分。久住ヶ丘の山側に位置する神社、清海(せいかい)神社に到着した。


「……で、どうしてソイツがいるわけ?」


 境内に上がる石階段の下に集結した初詣メンバー。その中で唯一不機嫌を放出する刹那は俺に物申した。


 もちろん刹那の言うソイツとは渉の事である。


「い、いや……」


 まさかメールを見られてしまいました、とは言えない。


「まあまあ刹那、渉にはおとなしくするように言い聞かせたから、そうむくれるなよ」


 苦笑しながら刹那を窘めたのは瞬である。


「うるさいわね瞬。私はむくれてなんかいないわ。身の危険を感じているだけよ」


 ストレートに酷い事を言う刹那。


「わかった。じゃあ、警告が五回を越えたら退場させよう」


 ストレートに酷いルールを提案する瞬。


「ふぅっ、刹那ちゃんはツンデレだなぁっ?」


 刹那と瞬の様子をニヤニヤと見ていた渉は素晴らしい勘違いしていた。


「はい警告」


「えっ? 今ので警告なのっ?」


 あっさり瞬による警告をもらった渉は不憫で仕方ないが、その様子を見る刹那は不機嫌丸出しである。明らかに警戒しながら渉から絶妙な距離を取っている。そして、度々俺に向けて鋭い目配せを送って来る。


「はぁ……曜子さんもごめんね?」


 俺の隣に立つ曜子さんにも謝っている俺も何気に酷いヤツである。


「…………」


 ふるふる


「……私は、別に……嫌じゃない……」


「イヤッホウッ! それってまさかもしかしてひょっとしてっ!!」


「えっ?」


 瞬に抗議していた渉がギュルンと振り返る。意外な返答に俺が呆気に取られるのよりも早かった、なんて耳ざといヤツだ。


「……と、十八の……友達なら……仲良く、しても……いい……」


 渉の視線から逃げるように俯いた曜子さんは顔を真っ赤にしながら言う。


「やったぁぁぁっ! 曜子ちゃんとのフラグが立ったぁぁぁっ! 仲良くしてもいいって言ったぁぁぁっ!」


 叫ぶ渉。ビクッとする曜子さん。


「……十八の、友達ならって……事なの……そっちの、方が……重要なの……!」


 俯いたままで言う曜子さんだが、既に渉には聞こえていない。


「……名前で、呼ばれるのも……嫌なの……!」


「いやぁっ! 曜子ちゃんって優しいなぁっ!」


 イラッとした。


「「「警告!」」」


 俺、瞬、刹那、三人の声が綺麗にシンクロした。


「えっ?」


 ピタリと動きを止める渉。


「これで警告は四個だな、リーチだぞ」


 真顔の瞬が言う。対して渉は苦笑いしたり、口を尖んがらせたり、泣きそうになったりすると、シュンとしておとなしくなった。


「取りあえずこれで渉も少しは静かになるだろう。境内に上がってお参りを済ませちまうか?」


「そうだね、曜子さんも大丈夫?」


 瞬の意見に乗る俺だが、俯きっ放しの曜子さんの意見の方がよっぽど大事だ。


「……うん……」


 じぃ〜


 恐る恐るといった感じで顔を上げた曜子さんは俺の凝視を開始した。良かった、なんとなく大丈夫そうだ。


「刹那もいいな?」


 俺と曜子さんの様子をニヤニヤして見ていた瞬は刹那に訊く。


「べっつに〜、いいんじゃないの?」


 なんだか嫌味っぽく答える刹那は瞬ではなく俺を見る。凄く訝しげな表情である。


「えっ?」


「こっち見ないでよ! キモいわね!」


 なんでやん?





 みんなで境内に上がると、流石は元日という事でたくさんの人で溢れ返っていた。


 この清海神社は久住市でも一番大きな神社ではあるが、お参りを待つ行列も町内総出なんじゃないかと思うくらいだった。


 正直げんなりしたが、俺たちはその行列に並ぶ事にした。俺たちは横一列になっていて、左から刹那、俺、曜子さん、瞬、渉の順である。元々並んでいた人たちに続く訳だから広がって並ぶ事になったんだけど、この順番で並んだのは瞬の仕業だった。


「…………」


 左隣を見ればムスッとした刹那。


「…………」


 じぃ〜


 右側を見れば俺をガン見している曜子さん。

 その向こう側にはニコニコと微笑む瞬と俺を恨めしそうに見やる渉。


 いや、俺だって刹那が心配だったからどうにかするつもりだったけどさ。


 男性恐怖症の刹那。そして、老若男女問わず様々な人たちで溢れているお参り待ちの大行列。刹那は普通に並べないんじゃないのか?

 とか思っていたけど、はっきり言ってそんなもんは杞憂だった。


 目の前にはきゃあきゃあと黄色い声を上げながら俺の右隣の更に隣の瞬に視線を送るクズ校の一年生女子の大群。後ろを見ても同じような二年生女子の大群。俺たちの周りには俺と瞬と渉以外に男が全く居ない。

 そう、こんな偶然はない。全ては瞬が仕組んだ事だ。ピピッと携帯を操作するだけで、何十人もの女の子を召喚しやがったんだ。


「あの、生徒会長さん?」


 きゃあきゃあしていた一年生女子のひとりが刹那に声を掛けてきた。


「はい、何かしら?」


 ムスッとした顔を一瞬で笑顔に変えた刹那は凛とした声で優しく反応した。


「その人とは付き合ってるんですか?」


「バフッ!」


 俺の方を示しながら訊く一年生女子の質問に噴き出す俺。それに合わせるように周りの女の子たちの視線が一気に俺と刹那に集中した。


「あなたは一年B組の国見さんね。ふふふ、面白い事を訊くのね? でも、考えてちょうだい、私がこの塩田十八と付き合うと思う? 人生の九割くらい損しちゃいそうだわ。それにほら……弟に悪いじゃない?」


 グサグサッ


「「「きゃああ〜」」」


 色々とショックだった俺を無視して騒ぎ出す一年生女子及び二年生女子。みんながみんな顔を赤らめて俺と瞬を生温く見やる。ちなみに刹那は、後はよろしく、みたいにそっぽを向いて平然としている。


「十八、寒くないか? 俺の上着でよかったら着てくれ」


「「「きゃあああ〜〜」」」


 瞬! お前はわざとやってるだろうが!


「……ったく」


 まあ、別にいいんだけどさ……。と、半ば呆れる俺だが、心の中では嬉しくて仕方なかった。


 みんなで来れた初詣。去年も四日くらいに瞬と二人で来たが、今のような賑やかものではなかった。それでも俺には充分すぎる喜びだったのに、今年はみんなで初詣に来ている。俺からすれば、嬉しくならない方がおかしい。


 それにこうして並んでいると遊園地の時を思い出してしまう。楽しかった思い出が重なってくれる。


 俺は携帯を取り出す。そして、メール作成画面を呼び出した。


 進藤さんにメールを送ってしまった。


「なにニヤニヤしてるのよ?」


 そこで左から声が掛かる。不機嫌な表情に戻ってしまった刹那である。


「いや……こうしてみんなで初詣に来れたのが嬉しくてさ……刹那と来たのだって久し振りだろう?」


 嬉しさに任せて言う俺は言ってから激しく後悔した。


 それは空白の五年間を責めるようなものだった。

 辛い記憶を呼び覚ますものだった。


「…………」


「ごめん……刹那」


 ばつが悪そうに俺から視線を逸らした刹那は思い出している。言ってしまった自分の心も逆行しているのがわかる。



 一月一日、元旦、この神社、午前中、行列。


 六年前までは佐山家と塩田家の全員が揃う時だった。


「遥、寒くないか?」


「大丈夫だよ、お兄ちゃんとお母さんの手が暖かいもん」


「私も暖かいわ、遥」


「ほら十八、手が空いているなら、せっちゃんの手も握ってあげたらどうだ?」


「ちょ、やめてよトヤ君」


「はは、なに恥ずかしがってんだよ刹那。じゃあみんなで手をつなごうか? ね? 母さん」


「そうね、私も瞬と手をつなぎたいわ」


「これはいいな。みんなが家族になったみたいだ」



 それはいつのことだったのだろう。いや、毎年のことだった気もする……よく思い出せないな……。


 でも、今の俺に刹那の手を取る事は出来ない。それだけははっきりとわかった。


 ピピッピピッ


 メールだ。



 from 進藤円

 sub おはようございます

 皆さんで初詣とは楽しそうですね。少し羨ましいです。

 巴は相変わらずですし、ルナも元気です。皆さんにもよろしくお伝え下さい。



「…………」


 順番が来たようだ。


 俺たち五人はそのままの状態で横一列に並んだ。


 各々が財布から、ポケットから、お賽銭を取り出すと賽銭箱に投げ入れる。


 渉が、瞬が、曜子さんが、俺が、刹那が、目を瞑って手を合わせる。


「もっと強くなれますようにっ!!」


 渉だけが声に出していた。


 瞬のお願いは何だったんだろう?


 曜子さんは?


 刹那は?


 ……いや、みんなのお願いを知りたいとか失礼だったな。今は自分のお願いに集中しないと。



 俺以外の全ての人が幸せでありますように。



 それが俺の願いだった。


 去年も同じお願いをした覚えがある。ここ数年、毎年同じ事を願っていると思う。




 ふと、六年前の俺が何を願っていたのか気になった。


 しかし、すぐにどうでもよくなった。








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