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074 第二章曜子17 優遊


 年末。年の瀬。冬休み。大晦日。年越しソバ。


 まあ、ソバは置いといて、今日は大晦日で、大掃除である。


 毎年恒例の年中行事ではあるが、なんともやるせない。冬休みが始まってから毎日やってるのに終わんないし、もう大晦日だし。いや、やる気はあるんだけどね、掃除だって嫌いじゃないし。

 しかし、考えてみろ。敷地面積二百八十坪。母屋と離れ、合わせて16部屋。でかい道場と蔵が二つずつ。


 そして俺はひとり。


 どう考えても胃が痛くなる。


 なんて思っていたんだけど、それも昨日までのこと。今の俺はひとりじゃない。


「そうだろ?」


「「…………」」


 縁側の床を雑巾掛けしていた親友その一は苦笑いしていた。

 窓を磨いていた親友その二はふてってる。


「ほらぁっ! 早く終わらして楽しい鍋パーティーしようよ〜!」


 居間にいる俺は座敷箒をさっさかと動かしながら二人に今日の一大イベントを宣言する。


「思えばそれに釣られてのこのこ来ちゃったのが間違いだったんだよねっ!」


 親友その二、渉は手を休めずにぶーたれた。


「はは、俺は最初から手伝うつもりだったけど、流石に広いなぁ……終わるかねぇ?」


 俺と渉の様子を見ていた親友その一、瞬がバケツに雑巾を絞りながら苦笑する。実に見事な苦笑である。


「大丈夫だよ! なんてったって心強い仲間が二人もいるんだ! それに残ってるのはこの母屋だけだし、まだお昼すぎじゃないか〜!」


「その母屋がとてつもなく広大じゃんかよっ! 午前中からやってるのにほとんど進んでないよっ!」


 うっさいヤツめ。でも、手を休めないのは評価してやる。


「まあまあ〜、労働の後のご飯は格別だよぅ? 山ほど買って来たから、好きなだけ食べてもいいんだよぅ?」


「当たり前だよっ! 肉ばっか食ってやるからなっ!」


 いいもん、俺の好物ネギとエノキだし。


 そんな訳で大晦日。我が家には瞬と渉が遊びに来てくれていたのであった。







 さて、鍋である。


 今日はシンプルな寄せ鍋で、気持ち濃いめの出汁に何でも入れてやれ的な漢鍋だ。


 魚、鶏肉だんご、白菜、ネギ、人参、春菊、しらたき、エノキタケ、椎茸、豆腐、等々、ぶっちゃけごった煮である。


「「「いっただきまーすっ!!」」」


 居間のコタツと鍋を囲んだ三人は声を合わせて号令する。


 どうにか大掃除を完遂した俺たちは、お腹を極限まで減らした状態で夕食となった。もとい、時刻は既に9時、どう考えても晩ご飯だった。

 本当なら風呂に入ってもらってからご飯にしたかったんだけど、余りに遅くなってしまったので先に食べようという事になった。


「うっ! まっ! いっ! 美味いぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 必要以上に美味いよちくしょーっ! シオォォォゥッ!」


 お前なにキャラだよ。リアクション凄すぎだよ。……嬉しいけどさ。


「ははは、いっぱいあるんだからゆっくり食えよ渉。しかし、たまにはこういうのもいいかもな。十八」


「ああ。いや、本当に助かったよ、多分ひとりじゃ年内に終わらなかったと思うし。ありがとうな?」


「気にするなって、元々俺が言い出した事だろ?」


「そりゃあまあ、そうなんだけどさ……実際手伝ってもらった訳だし……」


「いいっての、こうして美味いもん食わしてもらってんだからな」


 にゃははと笑う瞬。


 そうなのだ。この鍋パーティーも、掃除を手伝ってくれる事になったのも、渉を連れて来たのも、全てが瞬のお陰だった。せめてものお礼という事で、鍋の材料は奮発したつもりだ。


「ところで渉、お前は実家とかに帰ったりしないのか?」


 ひょいひょいと取り皿に具材をよそう瞬が思い出したように言う。


「ああ、いいのいいのっ、遠いしっ、めんどくさいしっ!」


 菜箸を取っていた瞬に答えながら取り皿を構える渉。律義にもちゃんとよそってあげる瞬。


「いやぁっ、それよりもさっ! 俺はシオん家にびっくりだよっ! 初めて来たけど、すんごいでっかいんだもんっ!」


 もりもり食べるのを再開した渉が話題を変えた。しっかり飲み込んでから喋ったのは偉い。


「単に大きいだけだよ。それにそのせいで掃除とかが大変なんだしさ」


 火傷確実まで熱くなっている豆腐をふぅふぅしながら謙遜する俺。

 実際この家は俺が遺産として受け継いではいるが、実感も無いし、法律なんちゃらのせいで完全に俺に所有権がある訳じゃないらしい。


「すごいってばっ! 道場が二つもあるなんて最高じゃんかっ!」


「まあ、それはその通りなんだけどね。剣道場の方はあんまり使ってないから、渉が使いたい時は使ってもいいよ?」


 掃除は手伝ってもらうけど。


「マジでっ!? すげぇぇっ! イヤッホウッ!」


「ははは、渉は本当に剣道少年だよな? 寒い〜、練習めんどくさい〜、とか言い出してもおかしくないのに」


 やっぱりひょいひょいやってる瞬がもっともな事を言う。均等にいろんな具材を選ぶのは瞬らしい。


「だってもっと強くなりたいじゃんっ!? シオッ! 具材が無くなっちゃったよっ!」


「ああ……って? えっ? うそぉっ!?」


 無邪気な渉に相槌を打ちながら鍋を覗くと鍋の中はすっからかんで、用意していた具材もきれいさっぱり無くなっていた。


「十人前はあった筈なのに……俺なんて豆腐しか食べてないのに……」


「俺たちの胃袋を甘くみるなよ十八、俺なんてまだ腹三分目だぜ」


 おいおい、俺は冷静な顔してひょいひょいよそうお前を十回以上は目撃してるぞ? 間違いなく五人前は食っといて三分なのか?


「なにぃーっ! 俺なんてまだ腹二分目だよっ!」


 頼むからお前も対向するな。


「追加を用意して来るから待っててよ……」


 買って来た材料どころか家の中にある食料を食い尽くされるかもしれん。




 二回戦である。


「今度は二十人前は作って来たぞ。食えるもんなら食ってみろ」


「えーっ! 足りるかなーっ!?」


 うっさい黙れ。


「さっきはああ言ったが俺はあんまり食わんから渉が食いまくっていいぞ? もちろん残すつもりなんてないが」


 渉と同じくらいの大食漢のくせに妙に落ち着いた事を言う瞬。おかしいなと見てみると瞬の手には、


「ちょっ! お前それってビ――!」


 と、ツッコもうとした俺の口を塞ぐ瞬。早めに断っておくが塞がれたのは瞬の唇とかいう激しい展開はない。俺の口を塞いだのは並々と液体の注がれたグラスだった。


「コレって……ちょ! ゴクゴク!」


 うわ、シュワシュワしたのが流れ込んでくる! それに凄い苦い!


「にゃはは! 堅いこと言う口はソレで消毒だ」


 言いながらグビビっと俺の口にグラスを傾ける瞬、必然的に俺の喉が鳴る。反対側の手では自分でもグビグビやってやがる。


「労働の後は美味いなぁ? 十八もそう思うだろう? にゃはは!」


 なんてこった。瞬の後ろには既にダースで空き缶が積まれている、なんて思ってたら鍋も空っぽになってやがる。


「シオッ! 早く具材を投入しないと悪くなっちゃうよっ!」


「そんなに早く悪くなら――グビグビ! うわぁ! 止めてよ瞬!」


「にゃはは!」


 やっぱりこいつらは色々と規格外だ!







 あっさりと材料が尽きてしまったので御開きとなった。確か俺はかなり余裕を持って買って来たのに、渉はスナック菓子でも食べる感覚で食うし、瞬も柿ピーで一杯やってるみたいな感覚で食うし……。二回戦の鍋も数十分で無くなってしまった。やつらの胃袋は絶対におかしい。


「シオッ! シオッ!」


 夕食後、一番風呂を提供してやった筈の渉が戻って来た。腰にタオルだけ巻いた状態で。


「どうしたの? 温かった?」


 夕食の片付けをしていた俺が訊く。


「たいへんだよっ! シオん家は風呂もめちゃくちゃでっかいよっ!」


「なんだよそんな事か……」


 確かに俺ん家の風呂はでかい。ぶっちゃけちょっとした銭湯くらいあると思う。


「一緒に入ろうよっ! 見せっこしようよっ!」


 な、何を言い出すんだ……この無邪気っ子は……。


「止めておけ渉……お前の男としてのプライドがズタズタになるぞ……?」


 一緒に後片付けをしていた瞬がそう言いながら台所から出て来た。なんだか恐ろしい物でも思い出したような表情である。


「ど、どういう事なの瞬っ……?」


 どうして渉はそこでシリアスになるんだよ。


「俺も最後に見たのは小学校の時なんだが、その時で既に空母サイズだった……。恐らく今は波動砲が撃てるくらい……いや、もしかしたらトランスフォーメーションして主砲が撃てるくらいには……」


「ちょちょちょ!! 凄いたとえを出さないでよ! そんなにでかくないよ!」


 本気っぽく言う瞬に慌ててツッコむ。


「そ、そんな……」


 パサリ


 振り返ると渉がこの世の終わりでも見てしまったみたいな顔で俺を見ていた。それに腰に巻いていたタオルが落ちて渉のアイツがコンニチワしていた。


「フッ、なんだそのブラックバスでも釣りに行くような船は? しかも手漕ぎジャネ?」


 ひどっ! それはあんまりだよ瞬!


「う……うわぁぁぁぁっ!! 男の価値はそんなもんじゃ計れねぇんだよぉぉっ!」


 そんなのを言った時点で負け的な台詞を叫びながらマッパで駆けて行く渉。


「わ、渉! そっちは玄関だよ!」


 追い掛けようとする俺はガシッと瞬に腕を掴まれる。


「俺は漁船くらいだ」


 お前、絶対に酔っ払ってんだろ!







 結局、風呂を順番に入った頃には年が明けてしまいそうな時間になっていた。


 俺は慌てて年越しソバを作って居間に駆け込む。


「シオッ! 早く早くっ! もうカウントダウンが始まっちゃうよっ!」


「ソバが! ソバが!」


「いいから早くしろ十八!」


「ソバが! ソバが!」


 二人に急かされつつ俺がソバをコタツに置くと、俺たち三人はテレビの前に集まる。


「よし、準備はいいな!」


「「オッケーッ!」」


 俺たちの準備が整ったところでタイミングよくカウントダウンが始まる。


 10、9、8……3、2……。


「構え!」


 瞬の声と同時に俺たちは一斉に前を向く。


 それと同時にテレビに映る時刻の数字が全てゼロになった。


 で、俺たちはそのテレビに向かって何故か組体操の三人ピラミッドをやってたりする。


「決まったぜ!」


 そのままの体制で叫ぶ俺。


「バッチリだよっ!」


 合いの手を入れてくれる上段の渉。


「ぴっ!」


 口で言った瞬の笛と共に崩れる三人ピラミッド。


 えっ? いや、別に意味は無いよ? 年越しと同時に三人で何かやろうってなって、じゃあピラミッドやろうよってなっただけ。


「じゃあ、年越し"た"ソバを食べよう。挨拶は食べ終わってからだよ」


 了解〜とやり終えた感たっぷりな表情でコタツに着く瞬と渉。ちなみに二人ともソバは大盛りである。



 年が明けた。


 二人のお陰でとても賑やかに年を越す事が出来た。


 去年、いや、もう一昨年になるのか。一昨年はじいちゃんと二人で今と同じようにソバを食べていた。でも、じいちゃんはもういない。本当なら今年は俺はひとりで年を越す事になっていただろう。



「シオッ! あけましておめでとうっ! 今年もよろしくねっ!」


 渉……もう食い終わったのかよ。


「うん、あけましておめでとう。こちらこそ今年もよろしくね」


 ……今年もよろしく……か。


「十八」


 とても聞き慣れたその声は俺を気遣っている気がした。


「今年は一番に言えなかったか……少し悔しいな……。十八、あけましておめでとう。今年も俺をお前の親友でいさせてくれ……よろしくな?」


「瞬……」


 照れくさそうに言う瞬の笑顔と言葉に俺の目頭が熱くなる。


「あけましておめでとう……そんなの、俺だって……」


 やばい、本当に泣けてきた。


「ああっ! ずるいずるいっ! そういうのは三人でやろうよっ! 仲間外れにすんなよなっ!」


 ぷくーってなった渉が俺にじゃれてくる。


「はは、わかったわかった、お前も一緒だ。俺たちは今年も三人でバカやって楽しい親友だ。十八もいいな?」


「……うん」


 瞬……渉……俺の友達……。


 今年も……よろしく……。



 ピピッピピッ



「あれ、メール、十八のじゃないか?」


 三人の和やかな雰囲気に割って入ったのは俺の携帯のメール着信音だった。


「誰からなのっ?」


 渉に急かされながらメールを開くとそれは新年の挨拶的な文面だった。


「曜子さんからだ……」


 メールをくれたのは海老原さん、じゃなかった、曜子さんだった。


「曜子さん? ああ、海老ちゃんのことか。なんだ十八、いつの間に名前で呼ぶようになったんだ?」


 意外そうな顔で少し驚いていた瞬だったが、すぐにニヤリとした顔で訊いてきた。


「い、いや、イヴの時に……」


 やばい。こういうのって恥ずかしい。


「おお〜、十八もやるじゃんか?」


 ニヤニヤと俺を小突く瞬。


「や、やめろよ……そういうんじゃないよ……たぶん」


 ピピッピピッ


 そこでまたメールの到着を知らせる着信音が俺の携帯から上がる。


「今度は誰だ?」


 ニヤニヤはそのままに訊いてくる瞬。


「刹那から……あけましておめでとうってだけだけど……」


「ほぉ〜刹那がね〜」


 めちゃくちゃ嬉しそうな瞬。


 ピピッピピッ


 更にメール着信音が上がる俺の携帯。


 今度は進藤さんからだった。文面には橘からの言葉もあった。


「やるな〜十八〜」


 もはやニヤニヤのしすぎで変な顔になってる瞬。


「し、瞬こそどうなんだよ! お前の携帯はどうしたんだよ?」


 余りに俺ばかりをいじってくるので反撃してみる。


「ああ、俺のは多分えらい事になってるだろうからサイレントにしてあるんだわ。見るか?」


 瞬に渡された瞬の携帯を見ると、既に『新着メール 220件』となっていた。あ、今221件になった。


「どっから出回ったのかは知らんが、毎年増え続けるんだ。去年は元旦だけで受信フォルダを二周くらいしたな」


 確か瞬の機種の受信フォルダは500件で満タンだから、単純に考えて1000件は受信した事になる。んなアホな。


「お前に訊いた俺がバカだったよ……」


 そこまでなるとぶっちゃけ嫌だと思う。


 居間の隅っこに視線をやると、俺の親友の渉が体操座りでぶつぶつ言っていた。


 見なかった事にしよう。








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