表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/79

069 第二章曜子12 蘭契


 二学期、終業式。


 多目的ホールで行われる終業式。俺たち生徒会執行部は、先生たちや一部の委員会と一緒に終業式の裏方を担当していた。


 俺の担当は進行係。とは言うが、司会進行を勤めるのは瞬で、俺はそのアシスタントだ。その為、舞台袖付近に立つ瞬の後ろ、暗幕裏の音響施設付近が俺の持ち場だった。


『以上で二学期の終業式を閉会いたします。三年生最後列、一年生最前列から退場して下さい』


 まあ、司会の瞬の今の言葉通り、その終業式も終わっちゃったんだけどね。


「よし、これで俺たちの仕事は後片付けだけだな」


 マイクから離れた瞬が俺に振り向きながら言う。


「お疲れ様、瞬。片付けといっても機材のスイッチをオフにして配線をまとめるだけだからね。ほとんど終わっちゃったよ」


 今回はわりとまともな仕事を任された俺だが、別に大した事ではない。進行に合わせてホールにある三つのマイクの管理をするだけだった。実際に進行係として喋っていたのは瞬だけだし、メインの音響はルナちゃん達の管轄だし、刹那のように会長の挨拶がある訳でもない。


「はは……十八もかなり執行部が板に付いてきたんじゃないか?」


 大した事はなくても嬉しそうに感心してくれる。というか、瞬は本当に嬉しいんだろう。


「まだまだだよ。俺が出来るようになってきたのは、雑用と力仕事だけだよ」


「そう謙遜するなよ。俺やみんなに言わせれば、それらの仕事をあっという間に覚えちまったのが驚きなんだがな。現に俺の出番がどんどん減ってきてるじゃないか」


 やはり嬉しそうに言う瞬。実は俺には瞬の嬉しい理由がわかっていた。俺に過保護なのも理由の一つだとは思うが、それだけではない。


「そんな事はない、俺は普通だ。お前がフェミニストすぎるからそう感じるだけだろ」


 今の俺がやった仕事にしても、多少なりの力仕事がある。俺が入部する前の執行部は女の子ばかりだったから、ほとんど瞬がやっていたのだと思う。


「くははっ、お前にだけは言われたくないな、それ」


 瞬はそんな役割を俺が率先してやっているのが嬉しい。つまり、そういった事をやらなくていいのが嬉しいのではなく、俺とそれを共有できるのが嬉しいのだろう。瞬はそういうヤツである。


 もちろん、嬉しいのは俺だって同じだ。







 後片付けの影響でクラスメイト達より少し遅れた俺と瞬が教室に戻ると、すでにHRが始まっていた。


「じゃあ、佐山。こんなもんでいいか?」


「いいと思いますよ。二年生の冬季講習は自由参加だし、補習も渉以外のみんなは無事に終わってますからね」


 そのHRを終えて何故か瞬に確認を取った担任についてはともかくとして、瞬の答えたように渉以外のクラスメイトは冬休みを満喫するだけだった。


「よーし、じゃあ山崎以外は解散。進学希望のヤツは大変だろうけど、頑張ってくれー。よいお年をー」


 かなり適当にまとめた担任に俺を含めたクラスメイト達は苦笑混じりの呆れた挨拶を揃える。それで二学期最後となる二年F組のHRが終了した。


「じゃあ、俺らは時計棟に行くか」


「あ、ああ……」


 名前が出ていながら完全スルーしてはいるが、俺の目の前の席にはどんよりとした雰囲気を放出する渉が突っ伏している。


「十八も律義なヤツだなぁ、自業自得なんだからほっとけばいいのに……」


「それはあんまりだよ、瞬」


「ははは〜、ちょっとかわいそうだけど、仕方ないよねぇ。山崎君は期末で赤点取って、補習でも赤点取っちゃったからねぇ。寮生だから逃げられないだろうしねぇ」


 どうしようもないよ、渉。


「あたしもあぶなかったんだぁ。今日までの補習でどうにか巻き返したけどねぇ」


 阿部さんも、その頑張りをテスト本番で発揮しようよ。


「ま、まあ……渉? 俺たちは行くけどさ、補習、頑張ってね?」


 不憫すぎるので、一声掛けておく。


「……シオ」


 突っ伏したまま、幽鬼のような声を発する渉。


「……なに?」


「……補習が終わったらさ……一緒に遊んでくれる?」


 らしくないローテンションの渉はかわいい事を言いやがる。ぶっちゃけ小動物のような状態の渉は連れて帰りたい位に俺のハートをくすぐった。


「あ……当たり前だろ! 俺が渉の頼みを断れる訳ないだろ! 離れていても俺たちはいつでも一緒さ! 渉さえ良ければ俺はいつでも大歓迎さ!」


 俺は考えるよりも早く捲し立てる。ていうか、嬉しかったのは確かだけど、考えて答えたら多分こんなクサい言い方しない。


「シ……シオッ!」


「渉っ!」


 元気に顔を上げた渉と俺はがっちり抱擁しあう。


 むぅ、ちょっと待てよ。俺って、どうしてこんな事してるんだっけ?


「お、おい、十八! 俺と毎日遊ぶんじゃなかったのかよ!」


 瞬? そんなのいつ決まったっけ? ていうか、なんで悔しそうにプルプルしてんの?


「……いや、違うよ瞬、ちょっと遊んでただけだよ」


 冷静になった俺は、そう言いながら渉と瞬から距離を取る。なんとなくだが、嫌な予感がしたからである。


「ひどいよっ! 俺とは遊びだったのかよっ!」


 お〜い、渉君や〜い。本気っぽく言わんでおくれよ〜。


「当たり前だ! 俺と十八の絆は神話の時代から決まっているんだ!」


 しゅーん! 中二っぽいこと言ってないで帰って来ーい!


 一触即発状態の二人におろおろしていると、ひそひそとざわめきが聞こえたきた。見てみると俺たちの周りにはクラスの女子たちのギャラリーが溢れている。いや、よく見ると教室の入り口の廊下にも、他クラスだと思われる大勢の女子ギャラリーが群がっていた。


 ひそひそ


「修羅場よ、ついに修羅場がやって来たわ」


 ひそひそ


「塩田君を巡って……むしろ二人にサンドされて……は、鼻血出てまうやないかっ!」


 ひそひそ


「やっぱりこうなったよね……。どう考えても佐山×塩田か山崎×塩田よね。佐山×山崎は無いよね……」


 ひそひそ


「違うでしょ! 絶対に塩田×佐山でしょ! もしくは塩田×佐山+山崎でしょ! ハァハァ……」


 いや、順番とか関係あんのかな? なんて言うか、女の子たち怖いよ?


「塩田君たち三人のカップリングって、実は学校内で一番人気なんだぁ〜」


 阿部さんがニコニコと恐ろしい解説をしてくれた。


 更に続いた解説だと、文芸部からは俺たちをモデルにしたアブない小説まで出ているという。秋の文化祭では漫研と合同で同人即売会が行われたほどに大好評連載中なベストセラーとの事だ。


 めっさ勘弁してほしい。







 生徒会長室。


「……ていう事があったんだよね」


 早速、ついさっき教室で起こったBL騒動が話題になった。

 会長室には徳川先生を含めた執行部のみんなが集合している。しかし、瞬だけはいない。いつまで経っても渉との悶着を止めないので、教室に放置してきてやった。


「いいんじゃないの? 両手に花だわ」


「……その小説……持ってるの……」


「せんぱいモテモテです。すごいです」


「なんだ? 意味わかんねーぞ? 先輩たちって男同士だろ?」


「実に下らん、だが興味深い」


「あらあら、とっても仲良しそうで羨ましいですね」


 みんながそれぞれ回答をくれるけど、どれも疲れてしまいそうなものだった。どれが誰の回答であるかは想像にお任せする。


 こんなしょうもない会話をしているが、今日は二学期最後の生徒会活動日である。なんだけど、二学期のまとめの作業は終わってるし、三学期の準備もほとんど必要ないらしい。その為、今日の俺たちに仕事の必要はなく、みんなでお茶会しながら雑談しているのだった。


「噂自体は下らないけど、少し意外ね。瞬は当然として、あの剣道部の変なヤツも有名なのはわかるわ。でも、十八が校内でそこまで話題になっているとは思わなかったわ」


 俺の話に適当に相槌を打つだけだった刹那はそこだけが意外だったらしい。


「確かに先輩ってあんまりパッとしねぇよなぁ。ぶっちゃけいろんな所が地味で困るくらいだ」


 刹那の疑問に激しく同意する橘はあんまりな事を真顔で言いやがった。


 カッチーン


「いやははっ、何をおっしゃいますやら橘はん。そういう橘はんの活躍っぷりの程はなんとも……説明会やホールを使う行事の度に見学していたとは、いや、驚きですわい」


 今日だって橘はおマメでも俺には仕事があったもんね。雑用にも程がある仕事だったけどあったもんね。


「そりゃあ、あたしなんかが出しゃばったら、みんなの足引っ張るのが目に見えて……おい、今のってあたしの事バカにしてねぇか?」


 コイツおもろいわぁ。


「何言ってんだよ。お前が説明会以外の所で活躍してるって事を強調したかっただけに決まってるだろ? 俺は日頃から橘の凄さには感心してるんだ」


「えっ? ああ……なんだよ先輩……へへっ」


 すんなり俺の言葉を受け入れる橘が不憫で仕方ない。うぅむ、俺ってこんなに嫌なヤツだったかな……でも、コイツ相手だとやたらと口が回るし、なんか対向しちゃうんだよなぁ。


「まあ、話を戻そう。つまり、塩田先輩はこれ以上ない程にパッとしない、しかし、そんな塩田先輩が校内でも有名人に該当する副会長、そして、剣道部の愚物と仲良くしている。そのギャップが一部の生徒たちの話題をさらうのではないだろうか?」


 はい、俺には全く勝ち目の無い饒舌な台詞はもちろん進藤さんですね。


「そうね、周りの生徒たちからすれば、『どうしてあんなヘタレがあの二人と一緒にいるの?』ってなるでしょうね。必然的に関係を疑ってしまうのも無理ないわ」


 せ、せっちゃん? 真顔すぎだよ?


「加えて塩田先輩のヘタレ属性、それが副会長のドライな雰囲気に攻め立てられる。中学生のような愚物の甘えに攻め立てられる。必死にツッコミを入れる塩田先輩、『ちょっと瞬……顔が本気だよ? 冗談だよね? ……しゅ、しゅーーんっ!!』そのくせ、ちゃっかり体は反応している……ふむ、無理もない」


 進藤さん?


「十八……ちょっと幻滅したわ……」


「ちょちょちょ! 刹那!?」


 会長机に座る刹那、傍らに立つ俺からわざわざ席を立ってまで離れてく。頼むから本気で嫌そうな顔しないでくれ。


「あの愚物はこうだ。『シオってさっ、けっこう筋肉あるよねっ? ちょっと触っていいかなっ? ……わぁ、すごいなぁっ』という愚物のナチュラルな甘えに塩田先輩は、俺ってヤツは俺ってヤツは状態で反応し、なんだかんだ受け入れる」


「いやいやいや! 進藤さん、いい加減にしてよ!」


「最低……」


「……真性……?」


「刹那? 海老原さんまで……」


 完全に俺から離れてしまった刹那と海老原さん。ていうか、みんなが俺から絶妙な距離を取っている。


「皆さん、人を愛するという行為に形はありませんよ。たとえ難しいものであったとしても私は応援します。塩田君っ頑張ってくださいっ!」


 いや、先生、普通に頑張りません。


「おい! よく考えてみたら、やっぱりあたしの事バカにしてたじゃねーか!」


「ああっ! お前は反応遅いっ!」


 橘だけは未だに意味がわかんないらしいけど、なんだか俺まで意味わかんなくなってきたよ!


「十八! 遅くなっちまった! 渉と話は付けてきた! 今日は泊まりに行くから、朝まで俺と友情を確かめよう!」


「瞬! お前も最悪のタイミングで帰ってくんじゃねぇ!」


「せんぱい、どんまいです〜」


「だぁぁぁっ! なんなんだこの流れはぁ! 俺はノーマルだぁぁっ!」


 冗談抜きで本気にしてる人ばっかだから、俺はもう必死だった。






 一通り俺の話題が尽きると、生徒会活動とは名ばかりのお茶会は御開きとなった。同時に事実上、二学期の生徒会活動が終了となった。


「えー……コホン。取りあえず執行部内における二学期の活動は今日で終わりです。でも、冬休みの間にも時計棟を使いたいなら来て構わないわ。私も暇を見て来るようにするし、みんななら鍵を貸し出してくれる筈よ」


 俺のせいでぐだぐだになってしまった空気を引きずったまま、刹那が締めの挨拶をする。

 場所は時計棟の昇降口。二学期最後という事で、みんなで鍵を閉めて解散する事になった。


「じゃあ、三学期の始業式の1月7日、それまでひとまず解散だな、みんなお疲れ様」


 続く瞬の言葉にみんなも同じ言葉を返す。これで生徒会執行部の方も二学期最後の活動を終えた。


「塩田君」


 同時に声を掛けられる。徳川先生だ。


「お疲れ様です、塩田君。中途加入にも拘らず、素晴らしい働きをして頂いたと思います。ありがとうございました」


「どわったたっ、こちらこそです! なんか足引っ張ってるか、お茶淹れてるか、どっちかだった気がするんで恐縮っす」


 深々と頭を下げてくれた先生に焦った俺は、そう言いながら大慌てで先生に倣う。


「ふふ、そんなに謙遜しないで下さい。私は本当に塩田君を感心しているのですよ? だから目安箱のお仕事もお任せしようと思いました」


 俺の様子を見た先生はほわりと微笑んでくれた。同時に本題に入ったようだ。


「結局、三学期から動く事になってしまいました。すいません……」


 俺に任せてもらった生徒会窓口の仕事。テストのごたごたや俺の醜態のお陰で本格的な始動は三学期になってしまっていた。


「謝る必要なんてありません。私が無理を言ってしまったのがいけないんです」


「いや……ははっ。まあ、三学期から頑張りますよ」


 この人はよっぽど俺を悪者にしたくないらしい……俺はそれを感じ取り、おちゃらけて話をまとめてしまう事にした。


「……はい、私も出来る限りの協力は惜しみません。……それで、これを……」


「……?」


 先生から何か紙切れっぽい物を手渡された。俺の手を握り込むようにして渡されたのでドキッとしてしまった。


「何かあれば連絡を下さい。自宅も駅前寮なので、宜しければいつでも訪ねて下さい……では、失礼します……」


 みんなに会釈しながらタタタッと行ってしまった先生を見送ると、先生から渡された紙切れを見てみる。


 先生の自宅の電話番号と住所が書かれていた。


「うわっ、まさか先生の連絡先か?」


 それを覗き込んだ瞬が驚きの声を上げた。俺は事態を飲み込む事が出来ず、呆然と直立不動中。


「お前、それってめちゃくちゃレアだぞ? 先生って未だに携帯持ってないらしくてさ、先生の連絡先ってある意味聞き出す事が困難なんだよ。しかも、自宅の住所付きなんてお前、遊びに来てくれって言われたようなもんだぞ?」


 瞬はひとりで盛り上がっているが、俺の思考はついて行けない。未だ頭の中は状況整理に大忙しだ。

 ちなみに駅前寮とは、この学校に三つある学生寮の一つである。渉の住む坂下寮が普通の寮とするなら、駅前寮はセレブ寮といった所だろうか。


「おーい。鼻の下が伸び切ってるトコ悪いけど、あたし達はもう行くからよ」


 橘の呆れたような声にハッとした。


「もう坂の下に迎えの車が来てるんだ、行かねえとマズいからよ、行っていいか?」


 そう言って俺を訝かしむ橘の脇には、橘と同じような表情の進藤さんと苦笑して俺を見つめるルナちゃんがいた。


「見境なしでご苦労だ、先輩。ともかく、世話になった」


「うん……こちらこそ……」


「…………」


 相変わらずの毒舌の進藤さんはいいとして、何やらルナちゃんの様子がおかしい。俯いていて何も喋ろうとしない。ついさっきまでは楽しそうに笑っていたと思う。


「ルナちゃん? どうしたの?」


 たぶん身に覚えは無いと思うが、余りに俺のせいな気がしてならない俺は恐る恐るだが尋ねてみる。


「――え!」


 ルナちゃんに抱き付かれた。無言のままのルナちゃんは俯いた顔を隠すように俺の制服に顔を埋めてしまった。


「ちょちょちょぅぃ!! どうしたのぃ!?」


「…………」


 テンパりまくってもルナちゃんは何も言ってくれないぃっ! 何故か橘と進藤さんも見守ってるだけだしぃっ!


「……二週間、バイバイです……」


 ぼそりと呟いたルナちゃんは俺を抱き締める力を強めた。


「う、うん……」


 俺はルナちゃんの寂しそうな言葉にどうにか相槌を打つだけで精一杯だった。


「…………じゃあ、お疲れ様でしたですぅーーっ!!」


 ゆっくり俺から離れたルナちゃんは一転して元気な声を響かせながら校門に駆けて行った。呆気に取られた俺は彼女の表情を窺い知る事が出来なかった。


「そんな顔すんなよ……じゃあな、先輩。会長たちも」


「ルナの事は余り深く考えないで下さい……では、失礼します」


 橘と進藤さんもルナちゃんを追い掛けるように駆けて行った。


 俺は三人の残した余韻に感じた哀愁からか、追い掛けたくなる衝動に駆られた。しかし同じ理由からなのか、自分自身がそれを否定した。決して追い掛けてはいけないと思った。


「フラグが立ちまくりだな、十八」


「茶化すなよ、瞬」


「ああ、わざとだ、すまん」


 毬谷家、全てがそれに起因する。


 俺はこの時、彼女たちの事を何も知らないのだと思い知った。何も知らないのに胸糞悪くなった。俺だけではない。瞬も、刹那も、海老原さんも、同じ気持ちだったのかもしれない。

 彼女たちを見送る俺たちは、彼女たちが見えなくなるまで目を離す事も、声を掛けることも出来なかったのだから。







 バイトを終えた俺が自宅に戻ると、本当に瞬が泊まりに来た。

 流石に朝まで友情を確かめるというのは冗談だったらしい。理由はそれではなく、目前に迫った俺と海老原さんのデートの事、つまり、イヴの日の作戦会議をしようと思ったかららしい。


「海老ちゃんの方は刹那に任せてある。お互い疎いだろうから、俺たち姉弟がバックアップに入ったという訳だ」


 居間のコタツで緑茶を啜る瞬は至って真面目にそんな事を言った。


「いや、でもさ、バックアップっても何をやるんだよ?」


 まさか当日について来るとか言い出さないだろうな?


「心配しなくても、ついて行こうだなんて思ってない。だが、十八、お前は何処に行こうとかは決めてるのか?」


「あ……」


 そういえば全く決めてない。


「そうだろうと思ったから、俺と刹那でデートコースをまとめておいた。店の予約なんかも押さえてある」


 そう言ってコタツの上にデートコースとプランの書かれた紙を広げる瞬。


「…………」


 当然、俺は何も言えません。コイツはお節介ちゅうか、やっぱり過保護だな、うん。本当にありがとうございます。


「ぶっちゃけちまうとな、俺は未だに十八は刹那と付き合った方がいいと思ってる」


「ああ……えっ!」


 デートコースの書かれた紙を斜め読みしていると、瞬は囁くように言った。


「……冗談だ、すまない」


 ははっと軽い感じで微笑む瞬はまた緑茶を啜った。すっかり温くなってしまったお茶を大事そうに飲んでいる。


「瞬……」


 俺には言葉よりも瞬のわざとらしい仕草にとても申し訳ない気持ちになった。


「はは……悪い悪い、とにかく決行は明々後日だ。よく読んで、お前なりに実行しようが無視しようが構わない。でも、楽しい思い出をたくさん作るんだ。別に失敗してもいいから、海老ちゃんなら、きっとそんなの気にしないから、な? いいな?」


 そう言って微笑む瞬は再び温いお茶を口に含む。俺は釣られて軽いへつら笑いを返していた。


 年季の入ったストーブとコタツの暖かさと、瞬のわざとらしい仕草は俺の心を暖めてくれていた。


 この家も瞬がいるだけでこんなにも居心地のいい場所なのかと心の中で苦笑した。



 そして、瞬の言葉の中にあった思い出。その言葉ばかりが頭の中で繰り返されていた。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ