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066 第二章曜子09 繊翳


 朝の通学路。欠伸を我慢しながら歩いていた。


 隣には今日も海老原さんがいる。彼女は昨日と同じように俺を家まで迎えに来てくれた。


 あまり眠れなかったのもある。しかし、『海老原さんが隣にいる』という例の安心感からなのか、気が抜けてしまってる俺は無性に眠いのだった。




 昨日。leafに出勤した俺は予想通り永島さんにしこたま怒られた。

 店長は、『遅刻じゃないから、何も気にしないで大丈夫だよ』とか言ってくれたが、猛烈に申し訳なかった。


 そんな非常に頼みづらい雰囲気の中、クリスマスイヴの休みを申請したところ、やっぱり永島さんにしこたま怒られた。

 店長は、『高校生の十八君がイヴに何も予定が無いなんてかえって心配だったんだ。良かったよ』とか言ってあっさり了承してくれたのだが、やっぱり猛烈に申し訳なかった。


 永島さん曰く、クリスマスイヴはleafが一年で最も忙しい日らしい。しかも、今年は俺がいるからと予約を増やしてしまったらしい。


 猛烈に申し訳なかった。




「ふぁ……」


 無言で歩く通学路。ついに無意識の欠伸が出てしまった。……やば、こんなん海老原さんに失礼じゃないか。


 じぃ〜


 恐る恐る見てみたらやっぱりガン見だよ。非難するような視線ならまだしも、心配してくれてるような視線だよ。めっさ申し訳ないよ。


「い、いやぁ、実は昨日あんまり眠れなくってさぁ」


 言い訳してみる。


「…………」


 じぃ〜


 な、なんか言ってよ……。いや、それよりもなんとなく嬉しそうなのはどうして?


「……私も……なの……」


 ん? そう言った海老原さんは何故か顔を紅くしながら俯いてしまったぞ。


「……クリスマス……どきどき……わくわく……なの……」


 かろうじて聞き取れるくらいの囁き声で言う海老原さん。

 なるほど。昨日の一件から、遠足までの日にちを指折り数えてます、みたいな状態なわけだ。


「そ、そっか〜。俺も楽しみかもですよぉ」


 とは言うものの、嬉しい反面申し訳ない。

 海老原さんとすごす事になったクリスマスイヴ。当日を想像すると、俺だって楽しみな部分はある。しかし、俺の頭の中は刹那たちへの懸念やleafへの恐縮の方がよほど大きい。


 昨日のバイトが終わってからだってそうだ。




 昨日の午後11時頃。


 leafから自宅に帰って来た俺は、まだ暖まっていない居間でかしこまっていた。


 目の前の畳の上には開かれた状態の携帯電話。ディスプレイには着信履歴から呼び出した電話番号が表示されている。


 佐山刹那


「…………」


 よくよく考えてみると俺は瞬を除く執行部のみんなに電話を掛けた事が無い。そういえばメールだって受信したものを即返信したぐらいで、自分から送った事が無い。

 まあ俺から連絡をする機会が無かっただけなんだが、いざこうして連絡しようとなると構えてしまう。やっぱり明日会った時にしようかなぁ、なんてヘタレが発動しそうである。


 いやいや、だからといって迷っていても仕方ない。遅くなれば遅くなるほど刹那に迷惑だ。


「ダァッ!」


 掛け声と共に通話ボタンを押す。


 時刻は11時少し前、バイトから帰ってすぐに電話すれば大丈夫かと思っていたが、寝てしまっただろうか。


『はい?』


 あっさり出てくれた。


「……よ、よぉ」


 どうしても気後れしてしまう。


『切るわ』


「だぁぁぁっ! 待って待って! いや……遅くに悪いけど、ちょっと話があるんだよぅ」


 今のは俺が悪い。刹那に対してアレはマズい。どうマズいって、よくわかんないけどマズいったらマズい。

 ともかく、話とはもちろん海老原さんの事。彼女の事を考えなくてはいけないのは俺であるというのはわかる。しかし、今回の諸々の発端だと思われる刹那と話をしたかった。


『意味のある話が前提条件。それに私は忙しいから、手短に、簡潔に話すなら構わないわ』


 なんかムッとしてるなぁ。


「わかった。多分わかってると思うけど、海老原さんの事だよ」


『曜子が、なに?』


 う……なんか怖い。


『い、いやぁ、刹那はさ。海老原さんに……あの……どうよ?』


 いやいや、意味不明すぎるだろ。どうやら慣れない電話と刹那の威圧感でヘタレ感が持続しているみたいだ。


『すごい意味わかんないわ』


 当然だ。


「い、いや、なんか言ったは言ったっしょ?」


『何も言ってないわ』


 いや、めちゃくちゃ白々しいから。


「上手く言えなくて悪いけど真面目に答えてくれよ。今日の海老原さんが普通じゃなかったのは刹那の画策なんだろう?」


『何よ……曜子じゃ不服なわけ? それともルナの方が良かったのかしら?』


 明らかに声の不機嫌レベルが上がった。というか軽く開き直りやがった。


「刹那、怒るぞ。そういう事を言ってる訳じゃないのはわかるだろう?」


 俺が真剣である事を伝える為、若干強い口調で言う。開き直られた事は軽く流しておく。


『それとも私の方が良かった?』


「げほっげほっ!」


 思いっ切りむせた! 内容はもちろん、いきなり甘えたようなかわいい声で言いやがった!


『冗談よ、ふふふっ』


 クラッときた。とても楽しそうに笑う刹那の声に目眩を覚えた。


「せ、刹那っ」


『わかってるわ。でも十八、あなただってまんざらでもないのでしょう?』


 楽しそうな声はそのまま、テンパる俺をなだめるように話を戻す刹那。なんというか、手玉に取られている感が否めない。


「そりゃあ……」


 どうにか平静を装おうとするができない。まんまと口ごもってしまう。


 確かに、相手はあの海老原さんな訳だから、嫌という意識は微塵も無い。


 しかし、問題は俺にあるのだ。


 海老原さんを楽しませる為に遊ぶのはまあいいとする。彼女と一緒にいると不思議と安心できるから、俺としても嬉しくは思う。


 でも、俺には海老原さんの唯一にはなれない。それは海老原さんに限る訳ではない。俺以外の全ての人に該当する。


 俺には時間が無いからだ。


 俺は誰かの心に根付いてはいけない。矛盾しているのはわかっている。しかし、越えてはいけない一線を忘れる訳にはいかない。いくら刹那との関係が戻ったとしても、これだけは言う訳にはいかない。……刹那は知らない。だから、自分以外の存在で俺を満たそうとしてくれているのか……。


『……曜子は、いい子よ……』


「えっ……?」


 口ごもったままで考え込んでしまった俺に穏やかな刹那の声が届く。


『かわいくて、一生懸命で、よく気が付いて、何よりとても優しい……。私が無茶な生徒会をまとめる事ができるのは曜子のお陰だわ……。本当に、本当に、いい子……』


「刹那……」


 刹那の穏やかな声は続く。ムッとしていた声ではない、楽しそうな声でもない。まるでうわ言のように、刹那の本音を窺えるような、慈愛を纏う優しい声だった。


『あなたと瞬がそうであるように、私と曜子は…………一番の友達なの』


 一番の友達。


 そうか……そういう事だったのか。



 あの日。俺と刹那が時間を取り戻すことができたテスト最終日。


 俺たちは決定的に足りないものを認めた。そして、それを補うもの、維持する為のもの、支えるもの。俺たちはそれを求めた。


 俺にとっては、俺自身。刹那も、瞬も、俺に面影を重ねるなら、俺を気遣うなら、俺は己の傷跡を笑い飛ばす道化となる。遥のように、いつも笑い返せばいい。あの時の俺のように、いつも笑い返せばいい。

 刹那がいたとしても、俺が笑っていれば悲しい過去とは重ならない。瞬と二人で重ねた時間を、刹那とも重ねるつもりだった。


 刹那は違った。刹那にとって、補うもの、維持する為のもの、支えるものは、海老原さん……かつての遥……いつでも一緒にいる友達だったんだ。


 遥と刹那、手と手を取って笑い合う二人。俺も、瞬も、何度その笑顔に笑い返したかわからない。

 いつでもそうだったから。それは特別でもなんでもない、有り触れた日常のひとかけらだったから。


 似ているかもしれない。違うのかもしれない。いないなら身代わりを立てる……悲しい考え方なのかもしれない。でも、そこにはきっと有り触れた日常のひとかけらがあるだろう。


 刹那は、そんな日常を望んだんだ。



「刹那……俺は……」


 その日常、俺には容易く想像することができた。俺、瞬、刹那……海老原さん、四人が並んで笑い合う光景は思い浮かべるだけでとても眩しい。


 しかし、俺の胸に穿った風穴は埋まらないだろう。

 刹那のトラウマが癒されることは無いだろう。

 瞬はきっと俺と刹那を気遣うままだろう。


『十八が考えている事はわかるわ。きっと私の思っている事をわかってくれていると思う。……でもね、それだけじゃないの……』


 俺の思考の先を行く刹那。俺は穏やかに続く刹那のその声に呑まれていた。同時に瞬が言っていた海老原さんの視線の話を思い出していた。


『……曜子はE組で浮いた存在、らしいの……。私、そんなの絶対に嫌だわ……』


 どうして?とは訊かなかった。

 海老原さん、彼女がただおとなしいだけの女の子ではないというのは周知の事実であると思う。ぼそぼそと必要以上にしゃべらない、俺以外の人と目を合わせる事が無い。


 E組の教室にいる海老原さん、いつも自分の席でひとり俯いているのではないだろうか……? 自分の思考が勝手に推測したその姿に胸がチリチリと燻る。


『詳しくは電話で言いたくないわね。明日、話しましょう』


 ……確かに、もう夜も遅い。込み入った話とはいえ、深夜に電話で交わす内容ではないのかもしれない。ひとまずここまでにして、明日直接話した方がいいだろう。


「わかった。遅くに悪かったな?」


『うん……』


「じゃあ、おやすみ」


『…………』


 あれ?


『刹那?』


『……もう、切っちゃうの?』


 ???


「は?」


『眠いの?』


 なんだ?


「いや……別にまだ大丈夫だけど……」


 なんだなんだ? 刹那の声がなんとなく弾んできたぞ?


『そ? 今は何してるの?』


「い、いや、刹那と電話してるけど……」


『そうじゃないわよ。もう家には帰ってるの?』


「ああ、そういう事か。今は、居間で正座してるよ」


 最初にかしこまった状態のままである。


『いまいま? 正座? ふふっ、変なの。私はね、もう布団の中にいるんだよ?』


「へ……へぇ〜……」


 なんだか色々とツッコミたいが、刹那の楽しそうな声を聞いていると躊躇われる俺がいる。


『復習してたんだけど、電話の途中でどうでもよくなっちゃった』


「そ、そうなんだ……」


 どもりまくる俺はけっこうパニック状態である。


『再テスト、どうだった?』


「あ、英語がかなりいい手応えだったんだ。刹那のお陰だよ」


 大した予習もしないで臨んだ再テストだったが、英語の方は納得のいく答えを全ての解答欄に記す事ができた。


『当然よ、私が教えたんだから』


「え、ああ……うん、その通りだよ、うん……」


 テストの話に始まり、刹那の話は学校の話やどうでもいいような話が続いた。そんな楽しそうな刹那の声に自然と俺も引き込まれていった。最初に意味のあるなしや手短云々とか言っていたよなぁ、とか思ったが、それは野暮というものだろう。


 他愛のない会話は携帯が異常に熱くなるまで続いた。




 そういう訳で夜更かししてしまった俺と海老原さんは学校に到着した。


 昨日と同じように図書館棟経由で時計棟に行くと、すぐに刹那が登校して来た。


「眠いわぁ」


 早々にぐったりしてた。


「……刹那も……わくわく……?」


 会長室の机に突っ伏す刹那を見て首を傾げる海老原さん。刹那もクリスマスが楽しみで寝不足だと思ってるらしい。


「ごめん、曜子、意味わかんないわ。それに仕草が凄いかわいいわ。まあ……とにかく、私は始業のチャイムまで寝るわ。寝顔とか見られるの嫌だから、十八はさっさと教室に行って。でも、教室行く前に紅茶は淹れてって……」


 そう言って再度突っ伏した刹那にせっせと常備しているらしいブランケットを掛ける海老原さん。


 いや……なんともまあ、苦笑である。


 この様子では昨日の話の続きは放課後になりそうだった。







 刹那が寝ちゃったので、早い時間に教室に到着。


「おうおうおうっ! シオちゃんようっ!」


 教室に入った瞬間、やたらとすさんだヤツに絡まれた。


「お、おはよう……」


 もちろん我らが渉である。始業時間まではまだまだなので、クラスメイトもまだまばらな教室。瞬も阿部さんも来ていない。そんな教室にいつも遅刻ギリギリの渉がいるのは珍しすぎる。


「寮の窓から見えちゃいましたよっ! 朝からアツアツでしたねっ!」


 なんだこのめんどくささは……。どうやら一緒に登校する俺と海老原さんを目撃したみたいだが、キャラがイタすぎるぞ?


「近所だから一緒に登校しただけだよ」


 嘘は言ってない。


「あーあーそうですかそうですかっ! 楽しそうで何よりですわぁっ!」


 嗚呼……多分この文句を言いたいが為に早く来たんだろうなぁ。


「今日も一緒にお弁当ですかぁっ! べっつに羨ましくもなんともないですわぁっ! 俺には瞬ちゃんがいるもんっ! 学食のおばちゃんの手作りだもんっ!」


 もうほっとこう……。


 ツッコむのは諦めて授業準備に取り掛かる俺だった。


 しばらく渉のスルーを頑張っていると、瞬と阿部さんが登校して来た。


「なるほど、朝からそんな光景を見ちまったから渉が…………っつーか触んなよ! ああっマジでうぜぇっ!」


 冷静な解説をしようとした瞬にクネクネと甘えだす渉。必死に引き剥がす瞬の表情は冗談ぬきで迷惑そうだった。


「塩田君ってぇ、海老原さんと付き合ってるのぉ?」


 二人をナチュラルに放置した阿部さんはいきなり突っ込んだ事を訊いてきた。


「いやいや、別にそういう訳じゃないよ!」


 必死に否定する俺。なんとなく阿部さんに誤解されるのはマズい気がする。


「ふぅん……お家に迎えに来てくれてぇ、手作りのお弁当を一緒に食べてぇ……ふぅん……」


 うわぁ、そう言われると『お前らもう付き合ってんじゃん』って感じかも。


「ところでさっ! 今年のクリスマスイヴはどうしよっかっ! 去年みたいに三人で集まるっしょっ!?」


 瞬にじゃれたままの渉が思い出したように叫ぶ。


 渉の言う通り、去年は俺と瞬と渉の三人でクリスマスパーティーなる物をやった。

 いや、キモいのはわかってる。わざわざそんな日に野郎三人で集まってパーティーなんてドン引きだけど、それはそれでかなり盛り上がった。


 まだleafのバイトが無かった俺。あまりに暇すぎた渉。二桁に及ぶ(三桁との噂もある)女の子たちとの予定を全てキャンセルして付き合ってくれた瞬。


 男三人でカップルでだらけの御美ヶ浜を闊歩したり、男三人で5時間耐久カラオケしたり、男三人でケーキ食ったり、男三人で夕日に向かって叫んだり、確かに楽しかった……。


「ごめん、今年は無理」


 俺である。


「十八がいないなら俺も無理」


 瞬である。


「よーしっ今年も御美ヶ浜まで繰り出してイチャつくカップルどもに片っ端から俺たちの熱い友情を…………って、えええぇぇぇーーーっ!!」


 渉である。


「ちょっとちょっとっ! 話が違うじゃんかよっ!」


 どう話が違うのかは知らんが、かなり不憫な状態の渉。俺と瞬に視線を行ったり来たりさせて意味不明な身振り手振りが激しい。


「ごめん、予定があるからさ、他の日とかなら……25日とか」


「イヴにやるからこそ意味があるに決まってるっしょーよっ! シオッ!」


「流石に全員は無理だけど、今年はなるべくたくさん相手してやろうかなぁ、とか思う訳よ」


「いったい何人の女の子を同時攻略するつもりなんだよっ! 瞬っ!」


 もうすぐHRが始まる教室に渉の(ソウル)が木霊する。既に自分の席に着いているクラスメイトたち、もちろん誰ひとりとしてそれに構う様子が無い。流石だ。


「あ、あ、阿部ちゃんっ! もし良かったらっ!」


「はは、マジ勘弁して山崎君」


 うわぁ、いつも笑顔の阿部さんまで真顔だよ。


「ち……ちっくしょぉぉっ! グレてやるぅぅぅぅぅっ!!」


 ぶんぶん首を振る渉は叫びながら教室を飛び出して行った。


「わ、渉!」


「十八!」


 追い掛けようとした俺の手を掴む瞬。


「ひとりにしといてやれよ……」


 いやいや、そんなシリアスに言う所じゃないよ、瞬。







 渉の予想通りなのが納得いかないが、昼休みになると、昨日と同じようにお弁当持参の海老原さんが俺を待っていた。


 なんとなく今日は別の所で食べる事になった。目指す場所は屋上と並んでお弁当スポットとして名高い中庭である。


 その行くすがら、一年二年校舎の購買付近に異様な人だかりを発見した。


「なんだろうね? あれ」


 わいわいぎゃあぎゃあと騒がしい人だかりは何かを囲んでいるように見えた。購買とは少しずれた位置なので、昼食を求めての行列ではなさそうだ。


「……期末テスト……結果の、掲示板……」


 疑問符を浮かべる俺を見た海老原さんは教えてくれた。


「そっか……今日からテスト結果が掲示されてるんだったね……」


 そうだった。購買脇にあるのは連絡掲示板。そこに期末テストの上位100位までの名前が掲示されているんだ。


「上位の人たちは有名人ばっかりだもんなぁ……はは、みんな興味津津なんだね……」


 そう……トップ30。やはり俺なんかには、おこがましいにもほどがあった。普段から頑張っている人たちと肩を並べようとするなら、あまりに時間が足りなすぎたんだ……。


 自嘲気味にそう思うと同時に俺は感慨無量に陥る。己の不甲斐なさが大きく伸し掛かる。堆積する無念の残滓が増殖する。否応なしに湧き上がる自責の念が思考を浸蝕して行く。


 俺の努力が届いたかどうかはわからない。……しかし、もっと違った形でこの瞬間に立ち会いたかった。


「……見に、行く……?」


 俺の様々な感情を読み取ったのか、違うのか、海老原さんは俺の興味を促した。


「……うん」


 正直見たくはない。でも、俺は見なくてはいけない。そう思えた。


 海老原さんを庇いながら人垣を進むと、どうにか見える位置に辿り着いた。


 二学期末考査結果、二学年。そう書かれた連絡掲示板を見た俺は驚く。



 一、海老原曜子【878点】



 凄い。一位は海老原さんだ。学年トップクラスの成績だという事は知っていたが、素直に驚いてしまった。


 しかし、俺は知っている。俺たちが入学してから、ずっとそこにあった名前を。


 その名前を探した。



 五十、佐山刹那【800点】



 ――ズキリ、と胸が痛んだ。


 先ほどから俺を包んでいた感情が逆巻き、激化した。



「会長、最後のテストサボっちゃったらしいよ」


「入学以来、全部満点だったんだろ? もったいねぇよなぁ」


「飽きたんじゃねーの? どうせ満点だし、めんどくせって」


 人垣の何処かから発する声に敏感に耳を澄ます俺がとても情けなく思えた。

 彼らを憤るのは間違っている。彼らは理由を知らない。理由を知れば、彼らの話の渦中にいるのは俺だ。刹那が維持してきた殻を壊したのは俺なんだ……。


「一位の海老原さん? いつも二位から五位くらいにいたよね?」


「会長は次元が違うとしてもさ、凄いよね。ついに一位ゲットしたって感じかな?」


「あんたたち知らないの? 二回目なんだからいい点とれるのは当然なんじゃない?」


「どういうこと?」



「だって海老原さんダブりだもん」



 ――――え?


 あらゆる感情が一気に収束した。


 ダブり? 留年?


 俺は条件反射に近い動きで傍らの海老原さんに視線を移す。


 海老原さんは一切の感情を感じさせない無表情で掲示板を見つめていた。いつの間にか俺のブレザーを掴んでいた。


 俺はその無表情に見ていられないほどの寂寥感を感じた。


 俺は弾かれたように人垣を飛び出した。もちろん、海老原さんの手を引いて。







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