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065 第二章曜子08 嚮導


「失礼しました〜」


 最終下校時刻間際。俺と瞬は職員室を後にする。


 近くに誰かの気配はない。無機質な蛍光灯の光に照らされた校内は不気味に静まり返っている。恐らく残っているのは一部の教師とごく僅かの生徒だけだろう。


 窓の外を見ればもう真っ暗だった。




「ごめん、瞬。ずいぶん遅くなっちゃったよ」


 俺の用事なのに付き合ってくれた瞬。まさかここまで遅くなるとは思っていなかったので申し訳なく思った。


「俺が言い出した事だし、今日は執行部の仕事も少なかったからな。別に気にしなくていい。まあその分執行部の活動も終わってるだろう。帰るか?」


「そうだね。バイトもあるから早く帰らないと」


「じゃあ、さっさと時計棟に行こう」


 瞬と二人、カバンが置いてある時計棟に寄ってから帰る事になった。




 全ての授業を終えた放課後。俺は特別棟の補習室で行われた再テストを受けていた。

 それから瞬と二人で二学年職員室の徳川先生の所へ。生徒会窓口の件に関する話し合いをしていた。


 どちらもすぐに終わる筈もなく、生徒会の仕事を手伝いに行く事は出来なかった。


 ちなみに徳川先生だが、昨日の雰囲気を全く感じさせない程にいつも通りだった。

 先生と瞬と俺、三人で話し合った生徒会窓口について。幾つか条件は出されたが、拍子抜けしてしまう位にとんとん拍子で終わってくれた。


 まあ、それでもこうしてかなりの時間を費やしてしまったのは確かである。


 外の風景は既に夜といってもおかしくなかった。暗闇に浮き彫られたような廊下は静まり返っている。

 そうだろう。期末テストを終えたばかりの学校にわざわざ残る生徒なんかいない。


 不意に思う。


 部活動に励む一部の生徒。俺達の為に残業してくれている先生達。何かの委員会活動で残っている生徒もいるかもしれない。


 その中に俺がいるのだ。再テストはともかくとして、生徒会の仕事の為に放課後の時間を費やして学校に残っている。

 確かに俺は生徒会加入前から委員会などで遅くなる事はあった。しかし、それはあくまでその他大勢の内の一人だった。


 今は違う。補佐とはいえ、役職を与えられている。精鋭とも言える執行部に籍を置いている。窓口なんていう大それた仕事を任されている。

 そして、俺はそれらは俺がやるべきことであると自覚している。俺がやらなくてはいけないことであると自覚している。


 少し前までの……全てを自嘲するだけだった俺からすれば考えられないだろう。


 そうしていつものように潜考する俺だが、実はそれよりも他の事に意識が向いている。


 海老原さんだ。


 前々から彼女には不思議に思うことがたくさんあったが、今日一日でその不思議は大きく膨れ上がった。

 刹那の考え、海老原さんの考え、どちらも俺にはわからない。いや、一番わからないのは俺がどうしたいのか……それがわからない。


 俺はさっきから、その事を瞬に相談しようかどうか迷っていた。


 ふざけた考えだと思う。人の感情を、それも好意の感情を推し量ろうとしている時点でも最低なのに、俺は瞬にそれを預けようとしている。

 突然すぎた、それもある。でも、俺にはどうすればいいか、わからないんだ……。


 瞬は静かだった。


 俺の少し前を歩く瞬は何も喋らない。俺の挙動不審な様子には気付いていると思うんだけど……。


「十八……刹那の事か? それとも海老ちゃんの事か?」


 俺の考えている事に答えるように言う瞬。歩く足も止めず、前を向いたままだった。


 流石に、鋭い。


「あ……うん。どっちもというか、海老原さんの事だと、思う……」


 条件反射のように答えた自分に少し苛ついた。話を振ってくれた瞬に安堵する自分も、はっきりする事もできない自分も、最低だと思った。


「この間からの事とか、昨日の事もあるだろうし、今日は色々とありすぎたんだろうな。それに、十八らしいとも思うが……」


 言いながら足を止めた瞬はゆっくりと振り返った。


「悪いけど俺は何も言わない方がいいと思う」


 瞬の表情は穏やかではあるが、真剣そのものだった。


「俺が十八にどうこうしろとか、俺の推測をお前に語るのは海老ちゃんに対しての冒涜だと思う。敢えて言うなら、十八が決めなくちゃ駄目だ……それだけしか言えないぞ?」


 真剣な表情のまま、少し困ったように肩を竦める瞬。


「……ごめん……瞬……」


 正に瞬の言う通りだった。

 海老原さんは俺を気遣い、明らかな好意を寄せてくれている。そして、俺はその海老原さんに癒され、何度も安心させてもらった。だとしたら、応えなくてはいけないのは俺自身だ。


「謝ることじゃない。十八が戸惑っているのはよくわかる。それに俺はお前に刹那をけしかけたりした訳だし、本当なら言えた義理じゃないんだ。だから、それだけしか言えない俺が謝るべきなのかもしれないよ」


 表情を苦笑気味に緩めながら再び肩を竦める瞬。


「ついでに言っちまうけど、俺は海老ちゃんよりも、刹那の方がわからないんだが……十八、どう思う?」


 やはり瞬は鋭い。いや、刹那に関しては瞬の方が接する機会が多いんだ。当然だろう。


「海老原さんは刹那に言われて、朝迎えに来てくれたり、お弁当を作って来てくれたりしてくれたみたいなんだ。俺も刹那の考えの真意はわからないよ」


 そう、刹那が俺たち幼馴染みの関係の回復を喜んでくれているなら、どうして海老原さんと俺の仲を取り持とうとするのか。どうしてそんなにも急いでいるのか。


 俺達の場合、普通に友達同士の仲を取り持つのとは少し違う気がする。


 昨日、遥のところに行って来たばかりなんだ。……その事を踏まえて考えたなら、突然すぎる刹那の行動を疑問に思わない方がおかしい。


「確認するが、十八は刹那と付き合う気はないんだな?」


「えっ? あっ……いや、うん。そうだよ」


 瞬の突然の、それもかなり突っ込んだ質問にたじろぎながら返答する。

 否定する訳にはいかないが、すんなり肯定する事でもない。返答は曖昧だった気がする。


「わかった。だったら十八、海老ちゃんと付き合ってみたらどうだ?」


 ???


 瞬は何を言っているんだ? 曖昧な返答は伝わってくれたのはいいが、さっきは何も言わないと言っていたのに……いや、それ以前に、些か投げやりなんじゃないか?


「瞬。俺は真面目な話をしてるんだぞ?」


 少し苛立った声を返す。刹那の時とはわけが違う。


「十八。俺だって大真面目だ。確かに俺も刹那が何を考えているかなんてわからない。でも、これだけはわかる。刹那の行動はお前の為だ。違うか?」


「瞬……」


 確かに……。そう言われてしまうと、刹那の行動の理由は俺以外に考えつかない。刹那の行動の全てに理由が生まれる。


 瞬が鋭いんじゃなかったのかもしれない。俺があまりにも鈍すぎただけだったのか……少し引っ掛かるが、十分に納得はできる。


「……付き合う付き合わないはともかく、瞬の言う通りだよ。それに突然だったからって、別に俺まで結論を急ぐ必要もないんだよな。もう少し様子を見るよ」


 だいたい考えを急ぎすぎていたのは俺だった。刹那とちゃんと話した訳じゃないのに、一人で考えても戸惑うだけだった。


「そういう事だ。今夜にでも刹那に電話してみろ」


 言いながら、やっといつもの笑顔を見せてくれる瞬。


「ああ、そうするよ」


 もちろん俺も笑顔を返しておく。



 そうして瞬と話しながら幾つかの校舎を渡り歩くこと数分。時計棟校舎に辿り着いた。


 今日は仕事が少ない。既に活動終了している時計棟には誰もいない……そう思いながら時計棟を見上げる。


「ん、誰かいるのかな?」


 明かりが漏れていた。二階の事務室の明かりだった。


「いや、俺達がカバンを取りに来るから点けておいてくれたんだろ?」


 瞬はそう言うが、俺は何となく釈然としない。ある『予感』がする。



 コンコン


「…………」


 念の為ノックをするが、返事は無い。やっぱり瞬の言う通りなのだろうか。


 扉を開く。


「…………」


 じぃ〜〜


 はい、海老原さんがいましたね。


 扉の前には扉を開こうとした体制の海老原さんが立っています。そしてガン見です。体制は固まってるけど、俺の顔を固定した視線も固まってます。後ろでは瞬も固まってます。


「や、やぁ」


 驚きはしたが、彼女がいるかもしれないという予感がしていた俺は引きつりながらも笑う。


「……お疲れ様……」


 少し考えるような素振りの後、名残惜しそうに視線を外す海老原さん。事務室内へと俺達を促すように奥へ進んで行く。


「他のみんなは? 今日は大した仕事は無かった筈だけど……」


 暖房が効いていて暖かい事務室。外の空気で冷えきっていた体を丸めながら入室した俺は思うままを尋ねた。


「…………」


 無言。さっきとは打って変わって俺を見ないようにしている気がする海老原さん。彼女の机の上には書類などではなく、読みかけの文庫本。

 実をいうと俺は予感以前にもしかしたらと思っていた……。やはり連絡をするべきだったと自省した。


「……待っててくれたんだよね?」


 ビクッとする海老原さん。どうやら図星だったらしい。

 考えてみれば海老原さんが待っているのは想像できる範囲内だったのかもしれない。今日の彼女の行動、裏で刹那が糸を引いていたとしたら、


「……私もいるんだけど?」


 そう、刹那もいるんだから十分に……?


 ワンテンポ遅れてビクッとする俺。


 思考中断。声の方に視線をやると……会長席に刹那がいた!


「せせせ! 刹那ぁぁんっ! なしてぃっ!?」


 これには全く予想外だった。色々と真面目だった俺の思考は一気に壊滅状態に陥る。穴があったら自分を蹴り入れてやりたい気分だった。


「刹那まで、いったいどうしたんだ? 俺達を待っていたのか?」


 海老原さんがいる事には驚いていたようだが、刹那にはあまり驚かなかった瞬が訊く。


「私はあなた達なんて待ってないわ。私は十八を待っている曜子を待っていたのよ」


 かなり不機嫌そうな刹那。自分を無視されたのが気に入らなかったのだろうか、怪訝を通り越して目が据わってらっしゃる。


「ははは……だってよ? 十八」


 ひたすら苦笑する瞬は俺に丸投げしてきた。


「ま、まさか待ってるとは……いや、こんなに長引くとは思わなくて……途中で抜けてくるような内容でもなかったし……いや、とにかくごめん!」


 どうしても言い訳みたいになってしまう。


「私に謝ってどうするのよ。謝るのは曜子でしょう?」


 全くその通りだ。


「ごめんっ! 海老原さん!」


 慌てて振り返ると海老原さんに深く謝罪する。どんな形であれ、待たせていた事実に変わりはない。


「……あ、あ……頭を上げて……! ……私が……勝手に、待ってたの……十八は、悪くないの……」


 おたおたする海老原さん。九十度以上さげた俺の頭を元に戻そうとぐいぐいしてきた。


「……それに……来てくれたし……待ってるの……楽しかったの……」


 そう言いながら一生懸命ぐいぐいする海老原さんの顔は真っ赤っかだった。






 いい加減遅くなりすぎてしまったので、俺達四人はすぐに時計棟を後にした。


「ねぇ。駅に行くって、どういう事なの?」


「うるっさいわねぇ〜。いいから黙ってついて来なさいよね」


 いつにも増して不機嫌な気がする刹那は俺の質問に答える気は全くないらしい。



 ついさっきの事である。


『駅前に直行よ』


 これは『さぁ帰ろう』っていうタイミングでの刹那の発言である。


『えっ? みんなで? っていうかどうして?』


『わざわざあんた達を待ってたんだから、そうに決まってるでしょう……少しは空気読めば?』


 何にも前フリなかったから訊いただけなのに酷い言われようなのは俺である。


『とにかくみんなで駅前に行くの。あんたは帰ってもいいけど、どうする?』


『おいおい、これで俺だけ帰ったら俺は可哀相すぎるぞ?』


 理不尽気味な不機嫌を放出する刹那の続いての犠牲者は最近キャラが低迷気味な瞬である。


『はいはい。じゃあ曜子、行こっか?』


『……うん……』


 扱いがぞんざいだった俺達に対して違いを見せる刹那。ぞんざいじゃないのはもちろんぼぉ〜っと成り行きを見守っていた海老原さんである。


 俺と瞬が困った顔を合わせて首を傾げたのは言うまでもなく、訳なんかわかる筈ないのも当然である。




 そんな訳でしばらくして、久住ヶ丘駅前に到着。

 刹那に言われるがままやって来たのはleafもある高級住宅地側、南口のロータリーだった。


「刹那。ここに何かあるの?」


 行ってからのお楽しみと勿体付けていた刹那。到着してもやっぱりわからないので訊いてみた。


「何かって、あるじゃない。わりと大きいのが」


 ???


「えっ?」


 ロータリーを示すようにする刹那。

 南口のロータリーは俺達の利用する北口とは違って無駄にだだっ広い。タクシー乗り場、電光掲示板付きのバス停、おしゃれなレンガ造りの歩道、等々……。


「何処を見てるのよ。アレよアレ」


 呆れ顔の刹那が再度示した先。


「クリスマスツリー?」


 刹那の示すロータリー脇の小さな緑地帯。そこには最近設置されたクリスマスツリーがあった。


 何処からどうやって持ってきたのかはわからないが、3メートルくらいある立派なモミの木だ。青いネオンを中心に飾り付けられたそのモミの木は誰がどう見てもクリスマスツリーである。


「そうよ。あなた達、アレを見てどう思う? いえ、私が何を考えているかわかるかしら?」


 ツリーをバックにくるんと俺達と向き直った刹那はふふんと含むようにして笑う。何故かキラキラな特殊効果が発生したのは俺の気のせいか? 何と言うか、とても絵になった。


「どうって……綺麗、とかじゃないの? なぁ?」


 刹那が……とか言いそうになる前に瞬に振っておく。


「まあ間違っちゃいないけど、たぶん刹那の言いたいトコはそこじゃないぞ……」


 何故か呆れたようなため息混じりの瞬は刹那が何を言いたいのかわかってるらしい。


「……樅の木……学名はアビエス……ラテン語で、"永遠の命"を意味する……モミ属は、世界中に……約40種が分布……千年以上生きている、ものも多い……高さは、60メートル……幹の太さは、1メートル50センチ、程度まで……成長する……」


 海老原さん?


 何故かモジモジしだした海老原さんは真っ赤な顔で豆知識を唱えだしたぞ。


「鈍感というか、十八はこういったイベントに縁がないのね。可哀相に……。瞬はわかっているみたいだし、曜子もテンパっちゃうくらいに私の考えを察してくれたみたいだけど……」


「はあ? どういう事だか全くわかんないよ。アレがクリスマスツリーで綺麗だってのは間違いないじゃん」


 哀れむように見られたので思わず反抗してしまった。瞬は苦笑いで傍観してるし、海老原さんは相変わらず真っ赤な顔でぶつぶつ言ってるしだし。


「この私がそんな感想を聞く為にわざわざ駅前まで来るわけないでしょう。……本っっとに鈍いんだから……」


「えっ? えっ?」


「いい? 来週あたまの24日。つまりクリスマスイヴね。その日に十八と曜子でデートするのよ」


「なっ! でーとぉっ!?」


 俺と海老原さんでデート? デートっていったら男と女が休日なんかに一緒に遊んだりするやつの事か?


「……デート……主に、日付のこと……今回の場合……もう一つの意味……男女が……日時を、決めて……会う……そちらに、該当する、と……推測される……」


 真っ赤っかのままでの解説をありがとう!


「何よ、その反応は。24日は既に冬休みだし、予定なんか無い筈よね? まさか嫌だなんて言わないでしょうね?」


 ギロリと睨まれる。


「い、いや! そんな事はないけど……デートって……いきなり言われても…………し、瞬! なんか言ってくれよ!」


 がっくりしたみたいに傍観している瞬に振るが、がっくりしたままお手上げされた。


「……クリスマス……イエス、キリストの……誕生を祝う祭り……また、多くの民族に、見られた……冬至の祭りと……融合した、ものと……いわれる……聖誕祭……降誕祭……イヴは、その前夜祭のこと……ぶつぶつ……」


 豆知識はもういいから海老原さんも何か言って!


「曜子は乗り気みたいね。あなたも別に嫌ではないんでしょう?」


 勝ち誇ったように海老原さんを見た刹那は俺を冷めた目で睨む。はっきりしなさいよ、とでも言いたそうである。


「そ……そりゃあ……」


 嫌だなんて口が裂けても言えないけど。だいたい唐突すぎるし、こういうのは誰かに言われて決めるものじゃないと思うんだが……。


 いや、それよりも、問題は……。


「刹那……」


 だいたい過剰に不機嫌すぎるんだよ……刹那は……。


「な、なによ……」


 不機嫌そうな雰囲気は変わらない。しかし、俺を見ていた冷めた視線が僅かに外れる。


 瞬の言っていた事はわかる……これは刹那が俺の為にしていてくれる事……わかってる……わかってるんだよ……瞬。


 いったい刹那は……いや、俺達は……何がやりたいんだろうな?


「わかった。海老原さんさえ良ければ……」


 易々と踏み込むわけにはいかない。だが、今回は仕方ない。

 海老原さんの笑顔と刹那の気遣いを守ろう。


「……そう……じゃあ決定ね。曜子、いいわね?」


 カクンカクンカクンカクン


 ちょ!


「え、海老原さん! 激しく頷きすぎだよ! 首を痛くしちゃうよ!」


 またしても真面目だった俺の思考が遮断されてしまった。ツッコまずにはいられん。


「ぷ、ふふふっ。いいコンビじゃない!」


 バシンッ!


「だっ!!」


 言いながら背中をひっぱたかれた!


「さて。ちょっと遅くなりすぎてしまったわね……。十八、そろそろ行かなくてはいけないんじゃない?」


「えっ? 何が?」


 ふぅと一段落したように言った刹那の言葉の意味が全くわからない俺。


「leafのアルバイト。これ位の時間からじゃなかったかしら?」


「あっ!」


 刹那の指摘にハッとした俺はババッと駅の大時計に視線を移す。


 6時35分


「だぁぁっ! ヤバい!」


 定時は7時だが、下っ端の俺は6時半位から下拵えなどの準備をしなくてはいけない。店長はともかく、永島さんには絶対に怒られる。


「ごめん! 俺もう行かないと!」


 見事に慌てふためきまくる俺はleafの方向とみんなに体ごと視線を行ったり来たりさせる。急いで行かないといけないけど、色々と中途半端のままで行く訳にもいかないし、でも行かないといけないし……だぁぁっ意味がわかんなくなってきた!


「いいから早く行きなさい! あと24日には休みをもらっておくのよ!」


「えっ? わ、わかった! じゃあ瞬、二人を頼んだよ」


「ああ、任せておけ」


「海老原さんも、また!」


 カクンカクン


 クリスマスツリーの青い明滅に照らされた三人に送り出された俺はleafに向けて走り出した。







 俺は軽く見ていたのかもしれない。


 瞬の後押しも。


 刹那の気遣いも。


 海老原さんの優しさも。


 俺自身も。




 もう後戻りはできない。


 俺は既に海老原さんの伸ばした手を取ってしまっていたんだ。







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