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062 第二章曜子05 冥応


 少し早めに登校した学校。


 先週行われた期末テストの余韻は既に無く、学校は普段の姿を取り戻していた。


 生徒会の活動がある俺は教室ではなく時計棟に……でもなく図書館棟に向かう。


 どうして朝から図書館棟に向かうのかというと……いや、俺が聞きたいくらいである。


 俺の歩く少し先には、


「…………」


 ぼぉ〜っとした海老原さんが歩いていたりする。どうしてかって、うん、わかりません。


 わからないというより思考が状況について来ないというか何というか……。



 そうだ。


 あれは今朝の事だった。



 復帰二日目の新聞配達を終えた俺は日課の鍛練を済ませてシャワーを浴びていた。

 久々のバイトの疲れと少しばかりの心労を洗い流してくれる熱いシャワーが気持ち良かった。しかし、俺の悪い癖なのだろう。考えるな考えるなと自分に言い聞かせながらも、もやもやと昨日の事ばかり考えてはため息を吐くを繰り返していた。


 そりゃあそうだ……。五度目のあの日、再確認した事実。瞬のこと、刹那のこと。遥、母さん、父さん、じいちゃん。夢だってしっかり見てしまった。


 考えるなという方が無理があるじゃないか……。



 その時。


 ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴ったのである。


 瞬か? 条件反射でそう思うが、すぐにおかしいと思い直す。今の時刻は7時すぎくらい、この時間に瞬が俺ん家に来た事はない。あいつは完璧超人だが、朝だけはめちゃくちゃ弱い。だから、この時間に起きている瞬はおかしいし、用があるならメールがあっただろう。


 まぁしかし、俺ん家をわざわざ訪れる人物は瞬しかいない。そう思って急いで風呂場から出て行った。


「おはよーっ、こんなに早くからどうした……の……?」


 ガラガラっと玄関の引き戸を開けながら言う俺だが、途中でとてつもない過ちに気付く。


 説明しよう。


 まず俺の格好から。上からTシャツ、羽織っただけのワイシャツ。下半身はトランクス一丁、裸足にツッカケ。待たせたら悪いと思ったから、体をサッと拭いて用意してた制服を最低限(?)だけ身に着けた状態である。半端じゃなく寒いセクシースタイルだ。


 続いて正面にいる人物の解説である。学校指定のダークグレーのコートにチェックのマフラー。両手で大事そうに抱きかかえているのは重そうな学校指定カバン。黒髪のショートカット、長い前髪がとっても印象的。卑猥な状態の俺を見てか、それとも寒いからか、ホッペを真っ赤に染めているぞっ。


 じぃ〜〜


 そそ、この熱い視線が一番の特徴だよねっ。


「――って、いやぁぁぁっ!! 海老原さぁぁぁんっ!!」


 そうですっ、海老原さんです! あまりにも予想外っていうか、自分の状況の馬鹿さ加減に驚いたっていうか何ていうか、何故か胸元を隠すように両手をクロスさせて咆哮してしまう内股な俺。



 しばらくして。


「……刹那が……十八と……学校行けって……」


 とりあえず居間に通してお茶を出すと、海老原さんは聞かなくても事情を話してくれた。一応言っておくが、今の俺はちゃんと制服を全部身に着けている。


「……昨日の夜……電話で……言われたの……」


「そ、そっか〜」


 お膳の前にちんまりと正座している海老原さんはもじもじしながら俯いている。対する俺も先ほどの醜態の申し訳なさから正座でカチコチしてたりする。さながらお見合いで『後は若い者同士で……おほほっ』の直後みたいな感じである。いやいや、俺はアホかよもぅっ。


「……ご近所だし……通り道なの……」


「そ、そうだよね〜」


 何やら無理やりっぽい理由付けをしてくれる海老原さんは終始恥ずかしそうに俯くばかりである。朝一番から俺の破廉恥な姿を見れば当然だろう…………はい、すいませんっした。って、そんな海老原さんを見てたら俺も恥ずかしくなってきたってば。


「……インターホン……ドキドキしたの……」


「う、うん……起きてたから気にしないで良かったんだよ?」


 いつものおとなしいままであるが、なんだかよく喋る海老原さん。


「……男の子の家……初めてなの……」


「あっ、そそそうなんだ……じゃじゃじゃあ緊張しちゃうよね〜」


「……男の子と……一緒に通学も……初めてなの……」


「そ、そ、そっかぁ〜」


「……初めて……なの……」


「わっ、わかったから……」


 女の子からそんなに『初めて』を連発されるとアレな想像して…………はい、本当にすいませんっした。


 それにしても刹那……昨日の事で俺を気遣ってからなのか、海老原さんを派遣してくるとは……。


『私も力になってあげるから、瞬から乗り換えちゃいなさい?』


 刹那の言っていた事を思い出す。冗談だと思っていたが、刹那は本気なのかもしれない。


 海老原さんの反応とか、茶化されてるのかとか思えば、気恥ずかしいとは思う。


 しかし、俺には刹那との間に感じる言いようのない距離感……それに対しての寂しさの方がずっと大きかった。




 という訳で一緒に通学、登校となったのだが、校門まで二人ともずーっと無言。一緒に通学なのに1メートルくらいの間隔を常にキープ。遊園地の時は手までつないだってのに、今日の俺達は思春期まっしぐらの初々しい中学生カップルみたいになっていた。

 たぶん海老原さんは男の免疫がほとんど無いんだろう。当然それは俺にも言える訳で、情けないが女の子一人エスコート出来なかった。


 で、校門をくぐっていつものように時計棟に向かおうとすると、海老原さんは呟いた。


「……違う……先に職員室……鍵もらうの……」


「あ、そっか。いつも海老原さんが鍵を開けてるんだったね」


 カクン、と頷くと俺をチラッと見てサッと視線を逸らす海老原さん。そのままスタスタと職員室方面に歩き出してしまう。いやいや待って待って、って感じで慌ててついて行った。






 そして、ようやく最初に戻る訳である。


 俺の数歩先を歩く海老原さん、手にはキーリングがチャラチャラ。何処の鍵かはわからないが時計棟以外の鍵もたくさん付いている。


 なんでも海老原さんは幾つかの時計棟以外の鍵も毎朝開けて回っているらしい。それで一番最初に開けるのが図書館棟という事でそこに向かっている理由(わけ)だ。


 ……ぜえぜえ。なんだか海老原さんと図書館棟に向かっている理由を解説しただけでどえらい疲れた気がする。



 さておいて、図書館棟に到着した。


 図書館棟。蔵書数200万冊を誇る我が校の名物の一つ。


 執行部に入る迄はほとんど近付いた事がなかったので、真上を見上げるほどのデカい建物にビビってしまう。時計棟を初めて訪れた時に近い引き具合だ。


 海老原さんはさぁ早速とばかりに手慣れた手付きで鍵を開けている。


「どうして図書館棟を最初に開けるのかな?」


 別にあまり気になった訳ではないが、無言空間が辛かったので訊いてみた。すると海老原さんはピタッと動きを止めて首を傾げて固まってしまった。


「…………朝から……借りたい人……いるかもしれない、から……?」


 たっぷり何十秒か経ってから、ボソッと呟く海老原さん。いや、今のって疑問形じゃなかったか?


「そうかぁ、優しいねぇ、海老原さん」


 疑問形はともかく、海老原さんらしいな、と自然な感想を伝えてみる。


「…………」


 クルッ


 じぃ〜


「えっ?」


 海老原さんは振り返ると見つめてくる。何故だか泣きそうなのは気のせいだろうか? 褒めたつもりだったんだけど、俺って何かマズい事を言ってしまったのか?


「……優しくない……本当は……私が……早く借りたい……だけ……なの……」


 ウルウルと今にも泣きそうな海老原さんは言う。どうやらさっき言った事は建前で、本当は自分の為だから褒められたのがつらかったらしい。


 いや、尚更優しいだろ。


「気にしすぎだよ? いるかもしれないって思ったなら少しも間違ってないよ。だいたい図書委員がいるのに鍵を開けてる時点で偉いし、優しいじゃん」


 誰に迷惑を掛けた訳じゃないのに気にしすぎである。言った事を気にするなら、思い直しただけで一個も間違っていない。


 じぃ〜


「…………」


 じぃ〜


「…………」


 じぃ〜


「い、いや……」


 見すぎっ!






 その後、図書館棟の鍵を開けた俺達は中に入ってみた。


「……十八は……先に時計棟……行ってて……? ……鍵……渡すから……」


 やはり手慣れた手つきでセキュリティーを解除した海老原さんは言う。


「なんで? 海老原さんは行かないの?」


 目的地は一緒なのに?


「……まだ図書委員……来てない……無人には……出来ないの……」


 ふむふむ、確かにその通りである。


「なるほど。図書委員はいつ頃来るの?」


「……いつもなら……もう来てるの……一応、時間……合わせてるから……」


「そっか……じゃあ待ってるしかないんだね。だったら俺も一緒に待つよ?」


 当然である。


「……いいの……本を借りるつもり……だったし……すぐ来るかも……だし……」


 そうは言うがちょっぴり不安そうな海老原さん。その表情に俺の『海老原さんを非常に守ってあげたい!』が発動した。


「……海老原さんがどうしてもって言うなら行くけど……うーん……残ったら迷惑、かな?」


 わざと表情を覗き込むように、『迷惑』のトコを強調しながら言った。……少し嫌なやり方だが、海老原さんを独りぼっちにするよりは遥かにましだ。


 ふるふる


 もちろん海老原さんはすぐに首を振る。ちょっと必死そうだった。


「よしっ。じゃあ俺が海老原さん専用の荷物持ちになっちゃおっかな!」


 無理やりなやり方への謝罪と仕切り直しという事で、無駄に明るい笑顔と声でハイテンションする俺。


「……そ、そんなの……悪いの……!」


 と、俺のハイテンションに必死そうな表情が強調されてしまった。


「いいからいいから。実は俺って、図書館棟の事あんまり知らないからさ、借りる本を探しながらちょっと案内してくれないかなぁ〜って感じなんだよね」


 もはやオリャオリャなノリの俺。


「……それなら……いいかも、なの……」


 困った様子は拭えないが、それならばオッケーみたいだ。


「そかそか、ありがとうっ、海老原さん」


「……あう……こちらこそ……なの……」


 海老原さんはもじもじっとして真っ赤になってしまった。







 心の中でホッとしながらも、俺は思った。


 突然の海老原さんと二人で過ごす朝。

 なんとなくいつもと違う海老原さん。いつも通りにも見える海老原さん。まだ知り合って一ヶ月ちょっとの海老原さん。


 そして俺だ。大して異性に免疫が無い筈の俺。テストの時の醜態の余韻が残る筈の俺。昨日の事の余韻が残る筈の俺。


 刹那に感じる距離感すらも……。



 思えば知り合ってすぐの時からそうだった。


 海老原さん。


 どうして俺はこんなにも安心できるのだろうか……?








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