006 プロローグ06 交差
六限目を終え、放課後開始のチャイムを聞きながら一息吐く。
今日の学校はおしまい。俺は荷物をまとめて帰る準備を済ませると席を立つ。
「シ〜オっ。ちょっと駅前に付き合ってくーださいっ!」
立とうとした時、前の席の渉がくるっと振り返って言った。
「……いいけど、部活は?」
俺に断る理由は無い。けど、いつもなら渉は部活がある筈。
「その部活が無いから行こうって事っ! 第二の連中の練習日なんだってさっ!」
「ふぅん、珍しいね」
渉は第一剣道部。第一と付く位だから第二はあるのかって、もちろん第二剣道部もある。つまり剣道部は二つある。そして、剣道場は一つしか無い。いつもは第一剣道部が剣道場を占拠していたが今日は違うらしい。
「たまには骨休めってねっ! 部長の配慮って感じっ!?」
「ふぅん」
どうも怪しいが、こんな事は初めてなので多分本当なんだろう。ちなみに渉は副部長らしい。
「瞬も行くかなっ?」
あまりに薄すぎる鞄を担ぎながら渉が言う。
「瞬は生徒会だと思うよ。だろ? 瞬」
そう言いながら瞬の席を見ると、六限目中ずっと突っ伏していた瞬はまだ同じ体制だった。
「行ってらっしゃい……俺は生徒会始まるまで寝るから」
突っ伏したまま片手をひらひらさせて言う。
ちょっとすねてる?
まぁ、だいたいいつもの事だ。瞬は授業中はいつも寝てたりする。でも、成績は常にトップクラス。コイツを見ていると天才っているんだよなぁって常々思ってしまう。
「ところで駅前に何しに行くの?」
校門をくぐりながら渉に尋ねる。
「うーん……買い物?」
何故に疑問形?
「まぁいいけどさ」
特に予定は無いので追求はしない。時間が掛らなければ別にいくらでも付き合うつもりだ。
「一回家に寄っていいかなっ? お金取って来たいなっ!」
渉の家、学生寮だ。
「通り道だし、いいんじゃない?」
もうすっかりお任せモードな俺。
「乗り気じゃないなぁ……久々に一緒に出掛けるんだから、楽しく楽しく〜」
年中そうだが、渉は楽しそうである。マイペースというか常に高いテンションを保ち続けている。
渉と知り合ったのは高校に入ってから。一年の時から同じクラスで、やはり一緒のクラスだった瞬と俺にやたらと絡んで来た。俺にはともかく瞬に馴れ馴れしく出来る男子は全校でも渉だけだろう。
校門からしばらく緩やかな坂を下ると学生寮に到着する。校門から歩いて一分、これだけ近くても渉は遅刻の常習犯である。
坂下寮。学校に続く坂の下にあるから坂下寮。そのまんまである。全部屋個室で収容生徒数は150名、女子50名に男子100名。部屋にはエアコン完備、ユニットバス付き。全部で三つある学生寮の内の一つだ。
「俺はここで待ってるよ」
寮の共同玄関のホールのような所で待つ事にした。
「そっかっ! ダッシュで行ってくっから! ひゅっ!」
スタタッと走って行く渉を疲れた目で見送るとホールに置かれたソファーに腰を下ろす。
「…………」
一人になるとどうしても考え事をしてしまう。俺の悪い癖だった。
瞬。
渉。
渉はクラスメイトとか言っておきながら渉と一緒にいるだけで嬉しくなれる。本当なら瞬も一緒に行ければ良かったと思っている。
俺なんかと一緒にいてくれる二人…………。
「ちょっと」
「えっ?」
突然掛けられた声に思考が中断される。声の方を向くと制服を着た女生徒が立っていた。
「は、はい?」
「あなた寮生じゃないわよね?」
女生徒は少し苛立った様子で訊いてくる。制服のリボンを見ると緑、三年生だ。
「はい。えーと……友達を待ってて、すぐに来ると思うんですけど」
基本的に寮生以外は寮には立ち入り禁止。恐らくその事を指摘されているのだと思う。
「そう、まあいいわ。一応わかっているみたいだから不問にしてあげる。その友達が来たらすぐに立ち去って下さい。いいわね?」
凄い高圧的な言い方だ。
「はい、すいませんでした。先輩」
女生徒はそう言った俺をつまらなそうに一瞥した後、女子寮の方に行ってしまった。
彼女の事は知っていた。
青葉華朱美。
三年生、長い黒髪、切り揃えられた前髪が特徴的。白い肌に整った綺麗な顔、髪型と相まって日本人形を思わせるような美人だ。元風紀委員長、更にその前、せっちゃんの前の生徒会長を勤めていた人。今の生徒会長のせっちゃんの前、つまり二年前、青葉先輩が一年生の時に当確したという偉業がある。それまで一年で生徒会長になった生徒が皆無だった為、青葉先輩はカリスマとして称賛された。成績優秀、運動神経抜群、容姿も申し分無いと三拍子揃った先輩は全校生徒に多大な称賛を受けていた。
しかしせっちゃんの登場で青葉先輩のカリスマは脆くも霞んでしまう事になる。
二期連続当確確実とされていた青葉先輩は当時一年生であったせっちゃんに圧倒的大差で敗れてしまった。それ以来、風紀委員に鞍替えして全校生徒を厳しく取り締まる有名人になったらしい。
話すのは初めてだったけど、噂通りの人だったみたいだ。
その後、戻って来た渉と共に駅前にやってきた。
「何を買うの?」
いい加減、渉の目的が分からない俺は再度訊いてみる。
「本だよ、本っ!」
「……? 渉が……本?」
聞き間違えだろうか? 渉が……本? ……エロ本か?
「エロ本か?」
「なっ! シオっ! なんて失礼なっ! 読んでいるみんなに変な先入観を擦り込まないでくれっ!」
なんだよ、読んでいるみんなって。
「じゃあ、もう一度訊くけど、何を買うの?」
「いや、普通に漫画買おうかなって」
…………。
「……ふぅん……」
「な、何?」
「別に……」
二人で駅前の大型書店に入る。
「じゃあ、俺は漫画のコーナーに行ってくるねっ?」
すったかた〜と行ってしまう渉を一緒に来た意味があるのか激しく疑問に思いながら見送る。立ち読みでもする事にする……。
ここは久住ヶ丘に唯一ある大型書店でレンタルDVDや何故か駄菓子まである学生や近所の人達の憩いの場だ。俺もよく利用するので見慣れた店内をウロウロしてみる。放課後という事もあってか、俺と同じようなクズ校の制服を着た学生達もちらほら見掛ける。
あれっ?
文庫コーナーを流し見ていると奇妙な違和感を覚えた。文庫コーナーの最奥、同じクズ校の制服を着た女子生徒が立ち読みしている。いや、別に立ち読みしてるのは普通である。
しかし。
文庫コーナーの最奥は確か官能小説の棚だった筈だ。
さりげなく覗いてみる。
「――!?」
『昼下がりの団地妻〜逆襲編〜』
おもいっきり官能小説だった。しかも表紙にはやたらと劇画な奥さんが縛られてる絵が書いてある。かなり濃い内容とみた。
如何にも普通の女の子に見えるその女子生徒は平然と『それ』を読んでいる。ショートカットの黒髪、やたらと前髪が長くて目が全部隠れている。……何か不思議な娘だ……。
「……?」
くるっとこっちを見る女子生徒。
一瞬、ヤバイ!と思ったが女子生徒は焦りもしないし何も言わない。思わず俺も彼女に視線を固定したまま固まってしまった。
じぃ〜〜
じぃ〜〜
そんな擬音が聞こえて来そうな位にお互いを凝視する俺達。
…………
一分くらい経った頃、彼女は口を開いた。
「……これ……面白い……おすすめ……」
すっと手渡される。俺は固まったまま受け取ってしまった。
女子生徒はそのまま行ってしまった。
…………
……
…………
「お〜い。シ〜オちゃん? しっかりしろ〜」
「えっ?」
声にはっとする。
「渉? ……あの子は?」
「あの子? っていうかシオ……そんなの読むの?」
俺の前を指差しながら言う。見てみると俺はひわいな表紙の文庫本を両手で大事そうに持っていた。
「えっ? あっ! いや、違うんだ! 不思議な子がこれを読んでてお見合いしておすすめしてくれたんだ!」
「はあ?」
大丈夫かお前的な視線を寄越す渉。自分でも訳が分からないと思う。
「その娘は海老原曜子ちゃんだねっ!」
さっきの状況と彼女の特徴を言うと渉は当然のように知っていた。
「海老原ちゃんも生徒会執行部だよっ! おんなじ二年生っ!」
また生徒会執行部か……なんだか今日は縁があるなぁ。
「ところで渉はどうしてそんなに詳しいの?」
ぽんぽん出てくる渉の回答にいい加減疑問を感じたので訊いてみる。
「そりゃあ〜あの生徒会執行部の事だしっ! それに校内のかわいい娘はチェックしとかないと仲良くなった時困るよっ!」
「……ふぅん」
困るのか?