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059 第二章曜子02 慈眼


 いつまでも昇降口に突っ立っていてもしょうがないので、俺達は刹那を追いかけるように時計棟に入った。


「いてぇ……刹那のヤツ、なんだってんだ……」


 俺の背中も痛いが、瞬はキャラが台無しになりそうな位にフラフラしながらぼやいていた。


「それにしてもお前と刹那は一体全体どんな状況なんだ?」


 いや、それは俺が聞きたい。


「刹那はまるっきり昔の刹那っぽい、っていうかそれ以上に刹那だし、十八は十八で……いや、十八は十八か。でも、二人ともなんか変じゃねぇか? あー……いや、変っていっても変じゃねぇんだけどよ……」


 上手く言えないらしい瞬、流石の瞬もかなり混乱しているみたいだ。

 瞬は保健室での俺達の事を聞いて来ない。でも、さっきの俺達はどういう事なのかは知りたいらしい。当然である。


「……俺達は」

「あーあー、やっぱりいい。言わなくていい、言わなくていい」


 俺がどう言ったらいいのか唸っていると、困ったようにそう言った。


「今回の事は色々と難しい事が多すぎたんだ。現状維持するつもりは無いが、今は何も言わなくていい。いちいち報告することでもないし、俺に言えばお前はまた突っ走っちまうからな」


「…………」


 ……まるで俺が言い辛いのをわかっているような瞬。


 俺達に板挟みになっている瞬は俺達を気遣ってばかり……俺達の事を知っているから、瞬だから聞けないのだろう。刹那の男性恐怖症、俺の能力障害。なまじそれを知っているせいで俺達を気遣ってしまう。


 言わなければいいという訳ではないが、瞬にはいつも救われる。


「……瞬」


「まぁ、ともかく、さっき刹那が言ってた事は本当だと思うぞ?」


 わざとらしく話を切り替えた瞬。……さっき?


「なんだっけ?」


「ほら、海老ちゃんとルナの事だよ」


「あっ……」


 のびてると思ってたら……聞こえてたのか。


「特に海老ちゃん。あの子って、いーっつもお前のこと見てんだろ?」


 かすかにニヤリと表情を和らげながら言う。


「いや、あれは海老原さんが優しいからだろ? 俺がいつも危なっかしいから見ててくれてるんだよ」


 確かに海老原さんとはよく目が合う。というか、よくガン見される。でもそれはやっぱり海老原さんが優しいからだと思う。


「違うって十八、それが正に普通じゃないんだって。いいか、俺は海老ちゃんと生徒会で一緒になってかなり経つんだ。でも海老ちゃんと目が合った事なんてただの一度だって無いんだぞ?」


「……えっ?」


「普通に話す時だって俯いているか、目を逸らされちまうんだ。でもお前は違う。それってどういう事だか、わかるか?」


 言いながらニンマーっと俺の顔を覗き込む瞬。


「い、いや……」


 どういう事って……それはやっぱり危なっかしい俺を気遣ってくれてる、とか? そうじゃなかったら? いやいやいや、無い無い無い!


「噂をすれば何とやらみたいだぞ、十八」


「はっ?」


 喋りながら向かっていた会長室のちょっと手前、生徒会事務室の前に海老原さんがいた。

 例の如く両手に数冊の本を抱えた海老原さんは事務室の扉の前でくねくねと身をよじっている。


 一発でわかる。両手が本で塞がってて扉を開けないみたいだ。何とも海老原さんっぽいかもとか思ってしまった。


「おはよう、海老原さん。はい、どうぞ?」


 俺は慌てて事務室の扉を開くと挨拶をする。


「……おは、よ……」


 じぃ〜


「う、うん……」


 やっぱり見つめられた。って、うわっ! 刹那と瞬に変な事言われたから変に意識しちゃうじゃんか。


「……あり……がと……」


 モジモジ


 じぃ〜


 まだ見てるしっ。恥ずかしそうにしてるけどガン見だしっ。


 瞬は瞬で微妙な距離を保った状態で、やたらと嬉しそうにして見守ってるし。


「あー、と、とりあえずそれ持つだがや」


 熱すぎる視線を逸らすのも心苦しいし、瞬の視線もなんか恥ずかしい。ササッと本を受け取りながら後ろ向きに事務室に入っておく。


「だあぁぁ! 今入ってくんじゃねぇぇっ!!」


 事務室に足を踏み入れた瞬間、慌てたような橘の声が聞こえてきた。


「えっ……どわいだぁあっ!!」


 同時に俺の背中に何やら凄まじい衝撃が掛かった。右手に抱えた数冊の本のお陰で上手くバランスが取れなかった俺は見事に蹴っつまずく。


「……うわあ……」


 そこにはもちろんぼぉ〜っとしてる海老原さぁんっ! このままだと、俺→海老原さん、の順番で床にすっ転んでしまう。


 ヤバい、と一瞬で直感し、抱えていた本ごと海老原さんを抱きかかえる。


「……あう……」


 背中を襲った衝撃の勢いと自分が前に出た勢いを利用して海老原さんと本を抱っこしたままジャンプ。


「うおりゃぁっ!」


 さらに回転!


 ドガゴッ!


「――がっ!」


 背中に激痛。受け止めている海老原さんの体重と感触、どうやら床に直接体を打ち付けられたのは俺だけみたいだ。何とか受け身は取ったが、息が出来ないほどの衝撃だった。


「十八! 海老ちゃん!」


「せせせ先輩っ! 悪ぃ! 大丈夫か!」


 頭上と足元から瞬と橘の声が聞こえる。海老原さんは……大丈夫かな?


「…………!」


 怖かったのか、体が強張っているようだが怪我は無さそうだ…………いや、ちょっと待て、今の俺と海老原さんの状況ってマズくないか? 


 床に寝っ転がった俺の両腕にすっぽり収まってる海老原さん。間に数冊の本があるとはいえ、超々密着やで!


「〜〜〜〜!」


 海老原はんもどえらい真っ赤っかやで! こりゃあかんて!


「こっ! こここここここれは不可抗力やでぇほっでぇほっ!」


 床に背中を打ち付けられたのに加え、仰向けで人一人抱きかかえている、更にあまりに慌てたせいで思いっきりむせた。





 しばらくして。


「俺の背中を襲った衝撃は目安箱の資料だったのか……」


「そうです。先輩の復帰を信じていた私達は先輩の登校に合わせて早朝から登校し、目安箱に関する資料、並びに投函されたこれ迄の意見等、それらをまとめていました」


「でも、いざまとめてみたら物凄い量になっちまってよ。積み上げてた資料がドザザーって崩れてよぉ。そこに先輩がマヌケなニヤけっ面で入って来っから……」


「えらいすいませんっした……」


 一年生二人の説明を聞いて被害者的位置にいるっぽい俺は誠意を込めて謝罪しました。非常に申し訳ない気持ちであります。


「それにしても……」


 平に平に徹する俺を何やら感心したみたいな表情で見る橘。


「随分と綺麗な受け身だったってのも気になるけど、さっきの先輩の動きには驚いたな」


「確かに。チンチクリンな先輩にしては的確な判断だった」


 進藤さんも橘と同じような表情で俺をけなして、いや褒めてくる。


「い、いやぁ〜偶然だよ、偶然」


 胸がチクッとしつつも照れくさいので、そういう事にしておく。


「違うぞ〜、二人とも。十八がとっさにあれだけの動きを見せたのは海老ちゃんがいたからに決まってるじゃないか」


 瞬?


「十八は女の子を守る時には普段は眠っている潜在能力を百パーセント引き出して持てる力を最大限発揮できるんだ」


 それ何キャラ?


「そ、そうか。ただのヘタレじゃねぇとは思っていたけど……」


「ヘタレ×変態、という事だな? 『でぇほっでぇほっ』もそれのデフォという訳だな? 副会長」


 をぃぃっ!? 俺を変な設定に持ってかんでおくれよ!


「……十八……」


 アホな空間になりつつある事務室でただ一人おとなしくしていた海老原さんが俺の制服をくいくいする。


「……ありがとう……」


 消え入りそうな声で囁く。


 ……やはり怖かったのだろう。俺の制服を掴む手は僅かに震えている。そりゃそうだ。崩れた資料も俺のとっさの行動も、普通じゃない。


「怖い思いさせちゃってごめんね? でも、無事で良かったよ」


 伏し目がちに俯く海老原さんに微笑む。感謝の言葉をそんな顔で言っちゃあいけない。


「……うん……」


 俺の微笑みに海老原さんも微笑みを返してくれた。俺も更なる微笑みを返しておく。


「……ピンクだな」


「……ああ」


「……桃色ですね」


 傍観する三人の呟きを聞いて微笑みが引きつる。……海老原さんを気遣うあまり三人の存在を忘れていた……。


「まぁともかく、さっきの動きを見る限り、先輩は復帰って事でいいな?」


 ウオッホンっみたいな感じで場を切り替える橘。


「あ、ああ。うん、心配かけてごめん……」


 そうだ。テスト休みの間、メールなどで報告しているとはいえ、ちゃんと言わないといけなかった。


「別に心配なんかしてねぇよ……仕事が増えるのが面倒くせぇだけだって」


 言った事とは逆に安堵を含んだ笑顔で言う橘。


「もう簡潔な説明とは言わん。行動で示してくれれば構わない」


 わざとらしい呆れ顔を見せるが、休み中の長文メールでも深く追及してこなかった進藤さん。感謝である。


「……ところでルナちゃんは?」


 いつも三人一緒にいる筈なのにルナちゃんがいない。それに目安箱の件はルナちゃんが筆頭となってやってくれていた筈だ。


「ルナの登校時間は決まっているからね。大丈夫、心配しなくても遅刻しないで来るし、先輩が来てるとわかれば一限目の休み時間あたりに2‐Fにすっ飛んで行くよ」


 二カッとして言う橘だが、何処か陰りを含む表情だった。


 毬谷家……二人がここにいてルナちゃんがいないのはそういう事なんだろう。俺ばかりが世話になっていて何も出来ないのは悔しいが、二人の雰囲気から訊くことは躊躇われる。


「そっか。わかったよ。二人とも、ありがとう」


 話を戻すように言う。ありがとう、をより強調して。実際感謝の度合も大きかった。


「海老原さんも、ありがとう」


 未だ俺の制服を掴んだままの海老原さんにも言う。


「……うん……」


 当然のように俺を見つめたままの海老原さんは微笑んでくれた。


 吸い込まれそうなほど真っ直ぐな瞳は俺に残った不安や罪悪感を丁寧に拭ってくれた。







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