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056 第一章刹那44 間隙


 刹那、疎遠だった五年間を省いても十年の付き合いになる俺の幼馴染み。


 小学生の時の刹那は元気で活発だったお陰か、クラスの中心人物の存在だった。


 男子も、女子も、誰を隔てること無く接する刹那にみんなは自然とついて行った。




『トヤ君! フォーメーションXで1組から校庭を奪還よ!』


 刹那が引っ掻き回して、引っ張り回していたのはみんなだが、こうして第一犠牲者はとりあえず俺だった。小学校の六年間、いや、幼稚園の時からそれは変わらなかった。


『あだだだだだっ! ちょっとちょっとっ! そんな連携っぽい打ち合わせなんて、全くしてないじゃん!』


 とか言いながらも、俺はノリノリで引っ張られていたと思う。


『刹那の事だから強行突破でいいと思うよ。トヤ君』


 俺に続くのは瞬、そんな事を言いながら、結局は付き合ってくれていた。


『待って! 待ってよぉっ!』


 いつも出遅れていたのはやっぱり遥だった。ぶつかったり、ずっこけたりしながらも、一生懸命について来た。


 そんな四人にクラスのみんなは笑いながら付き合ってくれた。


 代わり映えの無いその光景は、とても楽しくて眩しかった。


 刹那と再会してから、俺は何度その光景を思い出し、何度そう思っただろう。



『ほら男子ども! 突撃ぃ!』


 刹那の号令で突撃して行く野郎ども。


『私とトヤ君も突撃ぃぃ!』


『僕は嫌だぁぁぁぁ!』


 笑い合っていた俺達の中心には、いつだって刹那がいた。


 学校で、教室で、公園で、誰かの家で、刹那はいつでもみんなの中心だった。



 あの時まで。





 俺は想い出の中に焼き付いた笑顔を守りたかった、取り戻したかった。


 浮かれて、見失っても……突き付けられて、誤魔化しても……つらくて、苦しくても……。


 それだけは残ったんだ……。





 授業免除。

 その理由、今ならば、はっきりとわかる。


 瞬の話もそう。男嫌い、かわいい女の子好き。……違う、男嫌いはともかく、かわいい女の子が好きだったのは昔からだった。


 球技大会の時の刹那。

 今思えば、おかしい事だらけだった。いくら刹那が男嫌いとはいえ、運動が苦手な海老原さんや八神さんの代わりにグラウンドに出る事は無かった。他人に無理強いをするのが嫌いで、女の子なのに女の子の味方だった刹那の行動じゃなかった。


 遊園地の時の刹那。

 この日が決め手だった。渉に対しての態度や永島さんに対しての態度。それもそうだが、一番の理由は観覧車の時。

 刹那は母さんとの思い出を大切に思ってくれていた。嬉しかった……俺は刹那との関係を取り戻したと思った。

 それは刹那も同じだと思っていた……でも、刹那にとっては、それだけじゃなかった。


 俺と手をつないだ。


 刹那にとって、かけ離れた距離を縮めた理由はそれだけだったんだ。


 ……理由は一つ。本当は瞬もわかってた筈、刹那を知っているなら、俺を知っているなら、『あれ』を知っているなら。


 俺と手をつなぐ前は瞬がいないと駄目、手をつないだ後は俺か瞬が側にいないと会話すら出来ない。俺達以外は触れる事すら叶わない。


 刹那はただの男嫌いじゃない。


 刹那は重度の『男性恐怖症』だからだ。









 光の粒子に包まれた刹那が振り返る。


 悲しそうで、寂しそうで、切なそうで、もどかしそうで……でも、優しそうな表情の刹那。


 目に見えるほどの憐憫の情を纏った刹那が俺を遠慮がちに見据える。こんな時でも刹那は俺を気遣ってくれていた。


「……どうにかなるって、思ったわ……」


 言葉の通りなのか、無理に笑顔を作ろうとしているのか、困ったような表情で言う。


「変わってないって、思ったから……トヤ君ならって、思ったから……思っちゃったから……」


 身に纏う憐憫の情に諦めが混ざっている。


「言えなかった……無理だって、無駄だって……」


 様々な感情が入り交じった刹那、どの感情も今の刹那には自分を苦しめているだけのように見える。

 目の前に俺がいるんだ……俺が思っている通りなら……いや、もう間違いないだろう。刹那は俺を気遣っているから苦しいんだ。


 遊園地の後の刹那は変わった……いや、元に戻ったというべきか。


 執拗に俺に近付くようになり、自宅に呼んでくれるなど、不自然な位に積極的になった。強引に昔を再現するみたいに感じた。


 笑顔が増えたけど、思い詰める顔も増えた。


 綺麗事を見いだした俺は、嬉しくて、浮かれて……ついこの間まで、気付けなかったんだ。


 俺も変わってしまったから。


「十八はどうして私の授業免除が解除になってしまうかもしれない事がわかったの?」


 何も言わない俺に、何も言えない俺に刹那ははっきりと訊いてくる。



 そう、俺がこんな状態になるまで行動した理由はそれを阻止する為だった。


 疑念が確信を呼び、確信が疑念を呼んだ。一つを納得すれば一つ、また一つと違和感が増え、消えていった。僅かな時間で取り戻していく関係、らしくない刹那、打ち明けようとした五年前。


 瞬も気付いていたのか、知っていたのか、俺をはっきりと止める事は無かった。暴走する俺を気遣うみんなを引き止めてくれていた。


 確信なんて無かった。しかし、そうじゃないと全てのつじつまが合わなかった。


 だから、俺の出した答えは一つだった。


 刹那の今の質問、俺の答えが正解であった事を知った。


 学校という組織、授業免除という有り得ない物、俺というイレギュラー。


 学校側が刹那の授業免除を取り下げる体のいい口実は俺だった。


 トップ30は刹那が出した意向じゃない、学校が俺に課した物だったんだ。


 考えすぎ、そうも思ったが、俺のマイナス思考が導いた答えは当たってしまっていた。


 皮肉にもならない。


 一人で足掻いたところで悲しい事実が浮き彫りになっただけだった。




 ……刹那は俺を見つめる。俺が答えるまで待っている。ちゃんと俺の口から聞きたいのだろう。その気持ち、俺にはわかる。


 もうここに隔たりは無い。だったら俺達に隠し事なんか必要ない……あの時の俺達がそうであったように……。


「……はっきりわかったのはつい最近だけど、疑問に思ったのはちょっと前だったんだ。刹那がさ、毎日勉強会してくれるって、言ったろ?」


「……うん」


「俺、嬉しくてさ、舞い上がってた時にトラウマ発動して、ぶち壊しにしてさ」


 俺は饒舌に話す。言葉を用意する必要が無い、言葉を選ぶ必要も無い、気兼ねなんか今は必要なかった。


「夜中に電話で話してさ、次の日に刹那に会ってさ……あぁ、刹那と昔みたいになって来たなぁ、って思ってたらさ……」


 自分自身を擁護するつもりは無いが、刹那には俺が足掻いた理由を知ってほしかった。しかし、この続きを言うのは躊躇ってしまう。自分が見いだした綺麗事がやめろと訴える。


 駄目だ、それじゃ何も変わらない。


 全てに繋がる理由なら、俺達に繋がる理由なら、刹那に言わせたくないなら、俺が言わなくてはいけない。俺が最初に気が付いたなら、俺が言わなくてはいけないんだ。


「……思い出しちゃっただろ? 刹那。その時から刹那は何か隠してるなって、思ったんだ」


 刹那が打ち明けようとした五年前。


 みんな誤魔化していた。俺も、瞬も、刹那も……悲しすぎて、離れすぎて、突然だったから……。


 そう思っていたから、俺は刹那に言わせてはいけないと決意した……綺麗事を見いだした。


 でも、それは間違っていた。


 どんなに悲しくても、つらくても、認めたくない真実があるなら、認めなくてはいけない真実もある。間違っていた事は今の俺と刹那が証明している。


「……あの日の」

「違うよ、遥の事だよ」


 俺から目を逸らして答えようとする刹那を言葉で制する。


 刹那は青白くなってしまった顔を上げた。


「あの日の事は悲しいよ……思い出したくなんかない……忘れたい…………でも、遥の事を誤魔化しちゃいけない……忘れるなんてしちゃいけないんだ……」


 あの日から……俺も瞬も、遥の事を極端に話さなくなった。逃げて、誤魔化して、忘れようとした。五年間、その長い年月で俺や瞬から遥の名前が出たのは数回、僅かに数える程しかない。


 再会した刹那の口からは一度だって出ていない。


 それが刹那が変わっていない一番の理由なんだと思う。俺や瞬と同じ気持ちでいてくれたんだという理由なんだと思う。


 刹那は何も言わなかった。でも、ショックを受けているのは明白だった。青白い顔を俺から再び逸らして俯いている。


 俺が伝えなくてはいけない。受け入れなくては俺達は戻れない。


 自分にそう言い聞かせて息を呑んだ時、俺の一番深いところが空っぽになった気がした。


「遥はもういない。遥は……五年前に……死んじゃったんだ……」


 真実を言葉にした。


 俺の中で何かが消えてしまった。


 ……もちろん俺だってわかっていた。毎日、毎日、夢を見て、思い出して、探しても何処にもいなくて……頭ではわかっていた……。


 でも、俺は認めたくなかった。いない、いない、いない、いない……そう思って受け入れたくない真実から逃げていた。


 『死』という言葉を頭に浮かべる事すら出来なかった。


「…………ハル……!」


 ……五年振りに刹那が遥を呼ぶ。何処にもいない……返事が返ってくる事がない名前を呼ぶ。零れ落ちそうな涙はそのままに、崩れ落ちそうになる体を震わせていた。


「だから、ごめん……俺が遥の事を、もっと早く、認めていれば……こんな事にはならなかったのかもしれない……」


 俺の涙も溢れていた。遥を想って泣いている刹那がよく見えない。俺は泣いてはいけない、そうしなくては刹那の悲しみは増してしまう。でも、止まらない、拭えない、遥の為に流した涙を止めるなんて、拭うなんて俺には出来なかった。




 白い世界は尚も輝き続けていた。


 俺達はお互いを気遣い、意識しながら、慟哭した。









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