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051 第一章刹那39 枢機


 時計棟校舎、生徒会第一会議室。


 あまり長くは感じなかった会議だが、外を見れば薄暗い。そういえば部活動禁止のテスト準備期間とはいえ、生徒達の喧騒が聞こえて来ない。


 陽が落ちるのが随分早くなった気がする……放課後ももう遅い、既に学校に残っている生徒は俺達だけなのかもしれない。


 しかし、ここ会議室にいる二十余名の役員達はそんなこと気にする暇が無い。


「ですから塩田君に生徒会に関する窓口をやってもらえたらな、と考えたんです」


 再度、徳川先生が少し直球気味に変化した事を言った。なんというか自信満々な先生。授業で数式を口授するみたい。

 どこをどうツッコんだらいいのかわからなくて、俺的にかなり非常事態だ。周りのみんなもハニワみたいな顔で膠着したまま、理解する事が出来ないでいるように見える。


「あ、あの? そうじゃなくて……どうして十八なんですか?」


 そう言ってどうにか反応している刹那の表情も引きつりまくっている。俺と先生の顔を頻りに窺っている。


「私は塩田君以上の適任者はいないと思います」


 刹那から俺に視線を移すと真っ直ぐに言う。


 凄い自信だよ……答えを導く方程式が一つであるように、この状況を打破できるのは俺だけであると信じているように見える。先生の授業の時の雰囲気とダブってしまって、そう感じた。


 自意識過剰すぎだろ、俺。


 誰も口を挟む事が出来なかった刹那と先生の主張。どちらか一つを優先すれば、どちらかに綻びが生じてしまう。俺ですら、そう感じてしまう、いや、ここにいる誰もがそう感じているのかもしれない。


 それなのに、どうして俺の名前が出てくるんだ? 全く意味がわからない。


「全てという訳ではありません。部活予算や行事予算についてなどは佐山さんのやり方でいいと思います。塩田君にお願いしたいのは"生徒会と生徒の掛け橋"です」


 補足する先生だが、やっぱり意味がわからない。生徒会と生徒の掛け橋?


「もちろん、塩田君の判断で助け合うべき時は、執行部、風紀委員、図書委員、私も協力していきます」


 希望する意向のあらましを言った先生は再度、俺に微笑み掛ける。


 予算や行事について以外の窓口っていったら、クレーム係みたいな気がするんだけど。……被害妄想かな?


 だいたい先生はどうして俺を指名したんだ?

 俺は先生とはまともな会話すらした事が無い。一年生の時から俺のいるクラスの授業を受け持ってくれているが、簡単な質問程度の会話しかした事が無い筈だ。


 先生が俺にこの役割を言い渡した理由が、いや、先生が俺に向けている信頼の篤さの理由がわからない。


「僕たち図書委員は何もいいませんよ。図書委員会の管轄は図書館棟ですし、受付窓口もありますから、あまり影響を受けませんからね」


 少しため息混じりの声。図書委員長らしき真面目そうな男子生徒だった。なんというか、関心が薄いように見える。帰っていいですか?って言うような言い方だった。


「オレはあんまり賛成しねぇな。やり方うんぬんよりも、オレはそいつをよく知らねぇからな」


 『風紀』と書いた赤い腕章を付けた少し怖そうな男子生徒が俺を一瞥しながら言う。恐らく風紀委員長だろう。俺がいつまで経っても返事をしないからか、苛ついたような雰囲気である。


 いや、それプレッシャー……なんだかハラハラしてきた。


「塩田君はどう思いますか?」


 いつものどこかぽけぽけしたような雰囲気の先生ではない。俺を真摯な目で見据え、真っ直ぐに問う。


「あ……いや……」


 俺にも思うところはある……しかし、はっきり言って俺には自信が無い。執行部、風紀委員、図書委員、ここにいる全員が俺なんかよりもよっぽど適任者に思う。周りの視線を受ければ受けるほど、自分が情けないものに思えてしまう。


 でも、先生……俺を信じてくれているのだろうか。


 そうであれば、如何に自信が無くても、反対の意見が出ているとしても、俺は真剣に答えなければならない。



 俺が目安箱を担当する……それはどういう仕事だろうか?


 今、俺がやっている仕事は雑用――お茶汲み、コピー、購買部への買い出し、掃除、資料整理――と他には……しか無い……いや、ちょっと待て、俺って生徒会としての仕事はほとんどやってないぞ?


 こんな俺が生徒会としての窓口になるのか? それってかなりマズくないか?


「……賛成……」


 考え込んでる俺でも先生でもない声が上がる。


「え、海老原さん?」


 声のした方を見れば、小さく手を上げた海老原さんがおずおずとしていた。って……賛成?


「……私も……十八が……一番いいと……思うの……」


 消え入りそうな声でそう言うと俺への、


 じぃ〜


 凝視を開始した。


 みんなに言ったような気もするが、明らかに俺をガン見してくる海老原さん。発言したことで俺の代わりに周りの視線を一手に引き受けた彼女はみるみる小さくなっていく。でも、俺への凝視はやめない。


 ……って、海老原さんまで? 俺ってそんなにスペック高いのか?


「……賛成の意見も出たようですが、すぐに返事をして頂こうとは思っていません。そうですね……出来れば期末テストが終わるまでに考えて頂ければいいと思います」


 決めあぐねる俺を見兼ねたように微笑んだままの先生は言う。その様子を見た周りのみんなも心なしか安堵しているように見えた。


「佐山さんもそれでよろしいでしょうか?」


「えっ? は、はい、構いません」


 先生の独特の雰囲気と目安箱の話が俺に切り替わった為か、流石の刹那も未だ状況について来れてない気がする。


 その後、今日のところは解散という事になり、釈然としないままの刹那の挨拶と共に合同会議は終わった。



 次々と会議室を出て行くみんなの後に続こうとすると声が掛かった。


「しぉ」

「十八、今日はこのまま上がっていいから、いつも通りに家に集合よ? 目安箱の話もあるから早めに来なさい」


 俺に声を掛けたのは青葉先輩。だが、先輩の後ろから先輩の声に被るように刹那が捲し立てた。


「わ、わかったよ」


 俺は返事を返すが視界のど真ん中には、塩田の"だ"を発しようとしたままで固まっている青葉先輩。刹那は言うだけ言うと、さっさと会議室を出て行ってしまった。


「…………」


「…………」


 なんというか気まずい。最初は優しそうな表情で声を掛けてくれたっぽかったけど、先輩の表情はみるみる引きつって行く。


「せ、先輩? なにか俺にご用ですか?」


 このままだと大変な事になる気がしたので、俺から振ってみた。


「――ハァァッ!? あなたに用なんて無いわよっ! このコンコンチキのオタンコナスのスットコドッコイのヒョウロクダマっ! せいぜい刹那にいいように振り回されてしまいなさいなっ!!」


「なんでぇーーっ!!」


 愕然とする俺をギンッて睨んでから、ぷんぷんと肩を怒らながら先輩は出て行ってしまった。


 俺は別に無視した訳じゃないのに……。


「ははは、青葉先輩はともかく、おかしな事になっちまったな? 十八」


 ポツネンと取り残された俺に瞬は苦笑しながら言う。どうやら待ってくれていたみたいだ。


「おかしなって……まぁ、うん、びっくりしたのは確かだよ」


 瞬の苦笑に釣られて先輩の事も含めて俺も苦笑を返す。瞬の言う"おかしな事"は目安箱の事だろうけど。


「……で? どうすんだ?」


 苦笑のままで首を傾げると、困ったように言う瞬。


「先生の言っていた事だよね。いや、俺さ、あまりに突然だったし、意外だったからさ、思考がまだついて行けてないんだよね」


 ははは、と再び苦笑して、今の自分の心境を伝える。対して瞬は息を吐いて苦笑を引き締めると言った。


「自信が無いっていうか、あまりやりたくないなら、俺から言ってやるぞ? 先生はああ言ってお前を推してたけど、俺が代わりにやったっていい」


「瞬……」


 俺がうじうじとしてるせいで、また瞬がお節介を焼きそうになってしまった。


 ……確かに瞬がやった方が生徒達の為になるような気がする。俺なんかより頭がいいし、人望もある。生徒会にだって一年生の時から籍を置いているから、仕組みもわかってる筈だ。瞬には悪いが、きっとその方が良い結果がたくさん生まれるだろう。


 でも。


「せっかく先生が猶予をくれたし、海老原さんみたいに賛成してくれた人がいたんだ……期限までちゃんと考えるよ。何より……」


 俺を気遣うような表情で身代わりを申し出た瞬。その好意を俺は突っ撥ねようとしている。でも、瞬の表情はどんどん嬉しそうな笑顔に綻んでいく。


「俺を信頼してくれた先生を裏切りたくない」


 そう、もう俺の中で返事は決まっていた。


 ただ、目安箱の仕組み、他の部署との繋がり、刹那やルナちゃん達の意見。それらを見極めるまで、俺がやるべき事を見極めるまで、まだ返事をする訳にはいかなかった。


 俺が言い終えると、瞬はいっそう嬉しそうに表情を綻ばせる。


「……わかった。野暮なこと言っちまって悪かったな」


 俺が言う事をわかっていたんだろうか、驚いた様子は無く、瞬は綻んだ表情のままだった。


「とにかく、帰ろっか? 今日は片付けも無いし、真っ直ぐ瞬の家に行くつもりだったから一緒に帰ろうよ」


 照れくささも手伝った為か、そう言って瞬の立つ入り口に足を進めようとすると……出入り口を体で塞ぐ瞬に手で制されてしまった。


「はあ?」


 なんで?って首を傾げようとする俺に親指でくいくいって合図を送ってくる。表情はさっきよりも嬉しそう……っていうか楽しそうである。


 ???


 瞬の示す方を向いてみる。


「――!!」


 もう俺達以外に誰もいないと思ってた会議室に徳川先生がいた! しかも、俺の方をチラチラ見ながらモジモジしてるっ!!


 慌てて瞬に視線を戻すと、合図を送っていた親指が。


 ぐい


 立った!


「塩田君……」


「はっ、はいっ!!」


 条件反射で振り向いて、ヤバいって瞬にまた視線を戻して、って、もういないし! 扉しめられてるし!


「塩田君」


「えっ……」


 再び呼ばれて振り向いた俺の体温が上がる。


 当然だ。


「――ちょっ!!」


 先生が俺の手を取って握ってきたからだ。しかも、俺の右手を両手で大事そうに包み込むように!


 一気に急上昇する俺の体温。血の温度が上がったのか? 血の巡る速度が上がったのか? 先生から漂う大人の匂いに頭をやられたのか? どれが原因かわからないが、目眩すら覚えた俺は身動きが取れなくなってしまう。


「佐山さんも、佐山君も、皆さんも、気に掛けるのも当然ですね……あなたは素敵です」


 ちょっと先生ぇっ!? どうしてそんなに潤んだ瞳で見つめてくるんですかぁっ!


 衝撃的発言に先生の顔を窺うが、先生の真っ直ぐすぎる瞳に射抜かれてやっぱり固まってしまう。あまりの急展開な異常事態に足が竦み、声すら出ない。


「佐山さん……刹那さんはあなたが執行部に入ってから、とても明るくなりました」


 ???


 先生の声のトーンが変わった? くすんだ声……泣いて……いる?


 そう思って先生の顔を窺う。


「――――!?」


 驚く。


 先生は本当に泣いていた。


「……あなたの家庭の事情は知っています。出来る限り私も力になります。……どうか、生徒会に籍を置いてください……」


 家庭の事情――?


 先生の熱に反応して加速していた早鐘が、全く別のところからブッ叩かれる。


 一気に熱くなった全身の血の気が引いた。パニックに陥っていた頭が他のもので浸食されて行く。


 知ってる。先生は知っている。どういう経緯かはわからないが、先生は俺の過去を知っている。しかも、恐らくだが、かなり詳しく、それを知っている。


「…………」


 ――どうして?


「……ごめんなさい……ごめんなさい……気を悪くしないでください……」


 俺はゆっくりと顔を上げ、先生の顔を窺った。


 それは贖罪のようだった。


 先生の綺麗な顔は激痛を堪えるように歪んでいた。先生の綺麗な声は涙混じりにかすれていた。俺の手を握る先生の手は何かを訴えるように震えていた。


 俺の心が急ブレーキを掛けていた。俺の馬鹿げた理性だろうか……俺のいやらしいだけの欲望だろうか……?


「……先生、ありがとう」


 気が付けば俺の一番好きな言葉を呟いていた。俺が知る一番大切な言葉を呟いていた。


「……塩田君?」


 ピタリと先生の手の震えが止まる。そして、すぐに別の不安そうな震えが伝わる。


 俺の確信は間違いじゃなかった。


「先生。俺、たぶん嬉しかったんです。ちょっとびっくりしたけど、先生なら知っててもらった方が、きっと、いいです」


 本当の事だった。先生を気遣ったのも事実だが、こうして先生のぬくもりと一緒に優しさを知ることが出来た。それが心から嬉しかった。


 言葉で、視線で、伝えるよりも、伝わるよりも……ぬくもりで伝える方が、ぬくもりで伝える方が優しいに決まっている。


 先生の涙の理由は聞く必要が無い。先生が何を知っていようと、俺が知る必要は無いんだ。


 急降下した俺の頭の中はやけにクリアになっていた。浸食を続けるものよりも先生の優しさの方がよっぽど大きかった。


「塩田君……」


 俺の手を握る力が増した気がした。ほんの少し、本当にほんの少しだけ……俺に伝わる優しさが少し、増えた気がした。


 とても。


 安心した。






 ――ふと、気がついた。


 俺はこの生徒会に何を思っていたのだろう。何を縋ったのだろう。何に縋ったのだろう。


 ……違う。


 俺は縋っている。俺は求めている。優しさを、ぬくもりを。


 先生の優しさで再確認した。先生のぬくもりで再確認した。


 置き換えていた――。


 彼女の顔が浮かぶ。彼女の顔が霞む。



 朦朧と保ち続ける現実の中。


 俺は曖昧で不安定なその現実に縋り付いていた。






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