050 第一章刹那38 鼎沸
"本日の議題、塩田十八君の生徒会加入について"
でかでかとそう書かれた教室の黒板を見た俺は顔を引きつらせてしまう。
説明会を終えた後。通常通りの授業も程なくこなし、最後の授業である六限目、授業といってもそれはLHR。その時間に行われたクラス会議で議題に上がったのは何故か俺の生徒会加入についてだった。
元々、この2年F組のみんなはそれについて知っている筈だ。しかし、説明会あとの俺の加入挨拶を見たクラスメイト達は何故だか、あーじゃないこーじゃない、と盛り上がり始めてしまった。ちなみに担任の先生まで一緒にである。
勘弁してくれ。
「では、塩田君。あなたはどうして生徒会執行部に入部したんですか?」
教壇の脇に立つ我がクラスの委員長が俺に設問してきた。
「いや……俺にもよくわかりません。刹……いや、生徒会長さんに強制……いや、好意的に出向を命じられただけです」
自分の席で立たされた状態の俺は引きつった表情のままで言う。っていうか何なんだ……俺は被疑者か?
「つまり生徒会長にスカウトされた訳ですね?」
「絶対に違います」
思わず即答してしまった。でもスカウトじゃないのは本当だと思う。今でこそ、それなりの仕事を任されているが、俺という存在を生徒会が必要としていたかはどうかは疑問でしかない。それに俺は素行不良の接収扱い、生徒会執行部が俺に関わった要因はそれに尽きる訳である。
なんか泣きたくなってきた。
「……わかりました。では、塩田君と生徒会長の関係を教えてください」
「は?」
続いた委員長の質問と同時にクラスのみんなが一斉に俺に注目した。怒ってるみたいな、納得いかなそうな、みんながみんな不満そうな表情である。
「恋人ですか?」
「絶対に違います」
即答。照れくさいと感じる以前の条件反射だった。『あなたは女性ですか?→違います』みたいな感じ。だいたいそういう話が出るって事はとんでもないゴシップが広まってるに決まってる。
「佐山君、本当ですか?」
副委員長として委員長の後ろで立つ瞬に真偽を問う委員長。それに対して器用にも立ったままウトウトしていた瞬はハッとしたように口を開く。
「あー……最近の十八は刹那の部屋に入り浸ってるな、うん」
なっ?
「――って、コラァァッ!! どういう事なんだ、コラァァッ!! ダァッシャァァッ!!」
渉です。瞬の問題発言を聞いた途端、俺の胸ぐら掴んでの大咆哮です。他のクラスメイト達(男女問わず)も怒ってるヤツ、愕然としてるヤツ、この世の終わりみたいにイっちゃった顔してるヤツなどなど、様々な様子で俺に視線を注いでくる。何だか飢えた狼の群れに囲まれた気分である。とっても恐ろしいっ!
「しゅ、瞬っ! 寝ぼけておかしなこと言わないでくれよ! っていうか肝心な部分を端折りすぎだってば! っていうか渉……苦しい……」
いつだかと似たような状況に必死になる俺。だいたいいつも瞬が一緒にいたし、海老原さんもほとんど一緒にいた。それに勉強会っていうちゃんとした理由があるってのに。
「わ、悪い、十八。いや、でもよ、最近のお前らってマジでよく一緒にいるからさ、つい……」
謝りつつも、拗ねたみたいに口を尖らせてシュンとする瞬。明らかにジェラってます、どっちに嫉妬してるのか聞きたくないけど、野郎のそんな顔なんか勘弁、って思いたいけど周りの女子達は『ぽっ』ってなってる! ……ごめん、ちょっと同感。
「三角関係ですか?」
委員長は黙ってくれっ!!
そんなやり取りを数回繰り返した挙句、論点がずれまくっただけで、ぐだぐたのままクラス会議は終わってくれた。
俺が生徒会執行部に入部して三週間。最近は勉強会ばかりではあるが、未だ俺に与えられる仕事は雑用ばかり。すっかり板に付いてきたお茶汲み、コピーや買い物を始めとした使いっパシリなどなどだ。
こんなんでいいの?とか疑問に思いながらも自分なりに必死に頑張って来たと思う。役に立っているかいないかでいうとあまり自信は無い。でも、流石に最近は足を引っ張らないように、少なくとも出しゃばらなくてもいいところは覚えてきたつもりだ。
初めての説明会を終えた放課後。そんな俺は新しい仕事に携わる事になる。
時計棟校舎一階、第一会議室。
ぐだぐたなクラス会議を終えた後の放課後。いつものように時計棟に訪れた俺を含めた生徒会執行部は会議室に来ていた。
生徒会合同会議。毎月始めの恒例行事らしい。
生徒会執行部。生徒会風紀委員会。生徒会図書委員会。
生徒会に携わるそれらの生徒が集まって議論を交す貴重な機会の一つ。
会議室には既に各部署の役員が集結していた。会議室にコの字に配置された長テーブル、そこの中央に座る俺達。そして、右に風紀委員会、左に図書委員会の役員達が座っている。何故だか引退した筈の青葉先輩の姿も見える。
風紀委員会は10人くらい、図書委員会は20人くらい、どちらも執行部よりも人数が多い。
「……暗部だっけ? そこの人達は?」
もう一つ部署があった筈だ。確か生徒会暗部。隣に座る瞬に訊いてみた。
「暗部は生徒会と理事会のパイプ役なんだ。というより学校理事会直属って感じだな。だから生徒会の活動自体には絡んで来ないよ。っていうか、俺も暗部の役員は数えるくらいしか見たこと無いんだ」
もの凄い怪しいじゃん。
「本当は暗部の他にももう一つ部署があったんだけどな。生徒会庶務部っていって、雑務を担当していた部署だったんだが……」
次の言葉を飲み込むように話を切ると、ど真ん中に座る刹那を見やる瞬。
???
「刹那の『予算の無駄』の一言で消滅しちゃったんだ……ついでに言うと、合同会議をわざわざ説明会の後にしたのも刹那だ」
そりゃ普通に考えれば会議は説明会の前だろう。各部署の説明もあるんだし。
刹那を見てみる。
コの字の中央にこれでもかって位の存在感でふん反り返って、超ムスッとしてる。この会議自体が凄い面倒くさそうである。
「…………」
超納得だった。
中心人物である刹那についてはともかく、合同会議は滞りなく進行した。
ほとんどが形式的に意見を並べるだけで、先月の結果報告のような合同会議。稀に青葉先輩が文句を言うくらいで、新しい意見を提案する者などいない。刹那の用意した段取りをただただなぞるだけだった。
余計なことは言えないと、俺も半ば傍観状態で会議とは呼べないような演説の進行を見守っていた。
しかし、会議終了間際。
「……あのぅ、少しよろしいでしょうか?」
初めて挙手が上がった。
それまで誰一人として刹那の進行を妨げる者はいなかったが、意外にも手を上げていたのは俺と同じように傍観に徹していた徳川先生だった。
「はい……何かご意見ですか?」
成否も有無も一人で決めて完璧な進行をしていた刹那も少し驚いている。
テーブルには着かず、会議室の隅に座っていた先生。立ち上がると少し真剣な表情で言った。
「今日の議題に上がらなかったようですので……この学校の性質上、私が意見するのもどうかと思いましたが言わせて頂きます。会長さん、"目安箱"……どうなってしまいましたか?」
先生は生徒会顧問、いつもなら活動に顔を出したとしてもニコニコと見守るだけで口を挟むような事は無い。しかし今回、会議の腰を折った訳ではないが、先生はきっぱりと意見した。
「時計棟入り口に設置されていた目安箱……ですね。今月いっぱいで撤去となりました」
"生徒会目安箱"
それは『生徒主義』を主張するこの学校らしく、一般生徒が生徒会に意見できるご意見投函箱のような物である。
しかし、今月。刹那の意向から撤去が決まった。
刹那の意向、それは先月の説明会の時から始まったもので、質問や要望がある場合はクラス委員を経由するか、正規の段取りを踏んで生徒会執行部に提示しなくてはいけない、というものだった。
刹那の意見が採用される以前は、手紙でもノートの切れ端でも何でもいいから時計棟の前に設置された目安箱に投函するだけだった。
しかし、イタズラや無意味なものばかりであったらしく、廃止となった次第である。
「ごめんなさい……生徒の立場ではない私が意見してはいけないのかもしれません。でも、私は目安箱撤去には反対です……」
徳川先生個人の意見なのであろう。教師とはいえ、生徒主義の頂点にいる刹那を前にして大きく言おうとしていないように見えた。
「理由を聞かせて頂けますか?」
刹那は淡々とした口調で先生を促す。
「……はい。私も生徒主義は素晴らしい考え方だと思います。佐山さんの考える目安箱に代わる方法も理解できます。佐山さんを中心とした今の生徒会の良さも知っているつもりです」
話しながら、全員の顔を見回す先生。授業をやるのと同じように、ちゃんと全員が理解しているか見ながら話しているのだろう。
「でも、だからこそ思います。生徒会を中心としている学校であるならば、一人一人の声が届かなければ意味が無いのではないでしょうか?」
俺を含めた全員が先生の発言に聞き入っていた。
「この町の子供達の多くが生活を共にする学校です。1500人を超える生徒達の中には1500人の声があると思います。イタズラでも、無意味に見えるものであっても、小さな声が届くことが大切なのではないでしょうか?」
生徒会であり、生徒でもある俺達に問い掛けるような先生の言葉は確かな主張だった。
口を開く者はいない。しかし、誰一人として先生から目を離す者はいなかった。
「……先生の言う事は理解できます」
俺達と同じように先生の言葉に聞き入っていた刹那、先生に応えるように静かに語り出す。
「でも、それは理想です。一人一人の声が大切であるように、一人一人の声すべてがとても困難あると私は思います。すべてを受け入れることは出来ないんです」
淡々とした口調はもう無い。それは刹那の心からの声であると俺は感じた。
「その為に私は生徒会執行部のやり方を改めました。成績だけが全てだとは思いません。でも、生徒の生活を支えるのが生徒会なら、その生徒会の質を高め、生徒達の為の学校を『私達』が作っていきます。生徒の代表として精一杯、一番いいやり方を探します」
人員を削って少数精鋭にしたのはその為か……。俺の成績に関する今回の事も繋がっているのかもしれない。
「今回の私のやり方は私のできる最大限の譲歩です。目安箱は全ての声は届くかもしれません。でも、全てに応えることは出来ません。応えられなければ、きっとどこかで不満や反発が生まれます。それこそ全ての生徒の為にはなりません……だから……」
やり方を改めようとしたのか……。
二人の言葉は本物だった。
言葉として出た訳ではないが、二人にはそれぞれ大きな思い入れがあるように思えた。決して譲れない、とても大きな思い入れがあるように思えた。
二つの主張に口を挟む者はいない。みんな静かに次の言葉を待っていた。
「そうですね、その通りです。だから私は佐山さんの考え方に意見するつもりはありません。私が反対したのは"撤去"に対してだけです。……それで私は……」
意外にも刹那の意見を肯定した先生。しかし、撤去については引く気は無いみたいだが……。
「えっ?」
話を切った先生は思いっ切り俺を見ていた。なんだ? 俺って何かやったか? 邪魔はしてないと思うけど、なんだ? 顔が変なのか?
「目安箱の件……塩田君にお願いするというのは如何でしょうか?」
…………?
先生の言った意味を理解できない俺は石化。周りのみんなもどうして俺なのか理解できないのだろうか、やっぱり石化。
「は?」
辛うじて刹那がツッコんだ。