005 プロローグ05 逢着
「おはようございます」
挨拶と共に教室に入って来たのは数学教師。
徳川志乃先生。
腰まで届く長い髪が特徴的な美人数学教師。確か今年で28才で学校内の教師の中でも比較的若い方の先生だ。とにかく綺麗な容姿と丁寧な言葉遣い、加えてほわほわした和らかい物腰。授業も解りやすく、と〜っても優しいのでみんなに人気の先生である。
「今日は前回の多項式の積分の続きですね。教科書の64ページを開いて下さい」
「「「はあ〜い」」」
にこやかな今日の授業の説明に主に男共の野太い歓声が上がる。このように徳川先生は主に野郎どもの憧れの的である。優しい先生なので女子達にも人気はあるが、男達の熱気は凄まじい。
「はいはいはいはいはいはいはいはい!! 志乃ちゃん志乃ちゃん志乃ちゃん!!」
目の前のアホが手を挙げながら乗り出し気味に連呼する。
「山崎君、質問ですか? あと、一応立場上『ちゃん』付けではちょっと困ります」
装備している出席簿で口元を隠しながら言う先生。はにかんでいるような表情がかわいい。
「じゃあ、志乃先生?」
怯まないアホに先生を敬う気は0%である。
「はい、何でしょうか? 山崎君」
どうやら名前で呼ぶ事自体はオッケーらしい。
「こないだははぐらかされたけど3サイズ教えてよぉ!」
アホ→変態に変更。周りの女子達の非難の声が上がる。ちなみに変態はものともしない。確かに渉の言う通り、この前の数学の授業の時、『今はわかりません……ちゃんと測ってみないと……』と、変態の質問に真面目に答えていた、という事があった。
アホ、じゃなかった、変態め。今回も先生ははぐらかすに決まってるだろうが。
「あ、あ、はい。えーと、上から87、59、8ろ」
「――だああああああぁぁぁ!! ストップストップぅ!!」
思わず慌てて大声を上げる俺。
「――?? 塩……田君?」
俺の声に軽く驚いてきょとんとする先生。似たような様子の教室のみんなも俺に注目した。
「あ、いや、なんでも、ないです……すいません」
ツッコむに決まってるじゃないか!って言いたかったが、あまりにみんなの視線が冷たいので小さくなってしまう。どうして目の前の変態ではなく俺をそんな目で見る?
「……では、雑談はこの位にして授業を始めましょう。まずはおさらいがてら例題を解いていきましょうね」
俺の行動に釈然としない様子の先生は俺を心配そうに見た後、授業を再開する。俺、けっこういい事したっぽいのに……間に合わなかったけどさ。
目の前の変態を恨めしげに見ると先生を見てよだれを垂らしていた。隣の隣の瞬は笑いを堪えてるし。
昼休み。
俺は瞬と渉と三人で学食に来ていた。第一学食、一二年校舎にある学食だ。もちろん目的は昼食を摂る為である。弁当を持って来る事もあるが、大抵はこのように学食で食べる事にしているからだった。
いつもの事だが学食は大混雑だった。如何に学食が五つあろうが広かろうがなんだろうが席は満席。1500人も生徒が居れば当然かもしれない。長い行列に並んで定食を買ったはいいが、三人でそのB定食を持って突っ立ったまま満席の学食を眺めてしまっていた。
「これはバラけるしかないな」
瞬が呟く。確かに満席のように見えたが、ちらほらと空いている席はある。四人席に三人グループで座っている人達に相席させてもらう、などすれば座れそうだ。
「じゃあバラけて、さっさと食べちゃおう」
三人別れてさっさと食べてしまう事になった。
B定食を持って少しうろうろすると、すぐに四人掛けに三人で食べているテーブルを発見する。早速混ぜてもらう事にした。
「すいません。相席してもいいですか?」
一年生女子の三人組だった。俺の声に三人の談笑が止まる。女の子だけ? ちゃんと見ないでテーブルを選んでしまった……ちょっと気まずい。
「はい。どうぞです」
三人の中の一番小さな子がそう言いながら椅子を引いて促してくれた。
「ありがとう」
お礼を言いながらその子の引いてくれた椅子に座る。その子は『とんでもありません』って感じのかわいい笑顔で応えてくれた。
三人に気を遣いつつ昼食を開始する。
……と、開始したのはいいが落ち着かない。どうしても三人が気になってしまう。
B定食のメインのオカズであるコロッケをかじりながら見てみる。
まずは正面の子。Cランチを食べている。活発そうな雰囲気で如何にもよく喋りそうだ。現に今も隣の子に早口で捲くし立てている。黒髪のポニーテールも彼女の活発さを演出している要因のひとつだろう。コロコロと変わる表情を見ているとこっちまで元気になってしまいそうだ。
次は斜め前の子。サンドイッチと牛乳だけ、少食なのかもしれない。さっきの子とは対照的でおとなしそう。隣の子に相槌は打っているが黙々とサンドイッチを食べている。毛先だけくるくるした栗色のセミロング。フレームレスの眼鏡がよく似合っている。偏見かもしれないが勉強がよく出来そうだ。
そして俺の隣。さっき俺に椅子を引いてくれた子。きつねうどんを食べている。第一印象は『ちっこい』。いや、決して馬鹿にしている訳ではない、身長が小さいのだ。座っているのでちゃんとした身長は分からないが、まず150センチ無いだろう。何というか、かわいい。熱いのだろうか? ふーふーしながら必死に食べている。もきゅっもきゅって効果音が聞こえてきそう。幼い印象だが、大きな目にしっかり整った輪郭。自毛なのだろうか、つやつやした自然な金色のロングツインテールに今時珍しい青いリボン。……何かに目覚めてしまいそうだ……。
結論。三人ともめちゃくちゃかわいいので緊張してる。
「ちょっとあんた」
「えっ?」
正面の子に呼ばれた?
「何をさっきからジロジロ見てんだい? おかしな目的があるんじゃないだろうね?」
えっ? えっ?
「えっ?」
「言いたい事があるんだったらはっきり言いな!!」
俺を睨み付けながら口撃してくる。とっても大きな声で。ヤバイ。調子に乗って見過ぎた!
「い、いや……」
「怪しいね。ルナが目的かい?」
そう言いながらずずいと距離を詰めて来る。
るな? 知らないよ。どうしよう、ヤバイよ。周りを見れば活発娘の大声で学食中の生徒に注目されてしまっていた。当然、俺は活発娘の威圧感と周りの視線が相まってテンパってしまう。
「トモちゃん。この人は違うと思うよ? 大丈夫だから抑えて? ね?」
俺と活発娘の間に隣のちっこかわいい子が割って来る。
「でも、ルナ」
どうやら、このちっこかわいい子が『るな』で、活発娘の方が『ともちゃん』らしい。
「巴、抑えなさい」
終始傍観していたおとなし眼鏡さんが言う。
「円。ちっ、ついてたね……あんた」
俺に吐き捨てるともちゃん改め『巴』さん。おとなし眼鏡の子は『円』さんらしい。しかし何か酷い。見てただけなのに……。
「ごめんなさいです。トモちゃんはルナのボディーガードも兼ねているから過剰になっていたと思うのです」
るなさんが言う。ボディーガード?
「ふぅ……」
昼食を終え、学食の入り口で瞬と渉を待つ。
「はっ! シ〜オちゃん。なんか通勤電車で注目を浴びる痴漢みたいになってたなっ!」
渉だ。見てたのか……助けてくれてもよかったろうに……。
「でも、ついてたじゃん。ルナちゃんと話せたんだろ?」
「知ってるの?」
どうやら知ってるらしい渉。
「はあ? シオ、知らないの?」
???
「彼女は……いや、彼女達は生徒会執行部の一年生達じゃないか! しかもルナちゃんを知らないのかよ?」
「そうなの? いや、全然知らない」
そんなに有名人だったのか? 確かに三人ともすごい可愛かったけど。
「お前を口撃してた子は橘巴ちゃん。眼鏡の子は進藤円ちゃん。そんでツインテールの萌えっ子は毬谷るなちゃん。ルナちゃんはあの毬谷財閥のご息女だぞ?」
「あ、あの毬谷家の人だったのか……」
毬谷家は御三家と呼ばれるこの町にある場違いな高級住宅街でも更に場違いなお屋敷に住む三つの大金持ちの一つである。
「しかし、やるな。相席を口実に接近するとは」
「はあ?」
「シオが年下好みだとは思わなかったっぞっ! このっロリ〜めっ!」
へらへらといやらしく笑いながら、このこのって肘でつついてくる。うぜぇ……。
「だから知らなかったって言ってるだろ? それにロリーとか言うな」
「またまた〜――んがお!?」
しつこく肘でぐいぐいしてきていた渉が変な奇声を上げながら変な顔で脇腹を押さえる。何か痛そう。隣を見ればいつの間にか瞬が地獄突きの体制で立っている。助かった、正直ウザかった。
「俺の十八はロリコンじゃない!」
あわわ、そんなに大きな声で……というか『俺の十八』ってなんすか?
なんか周りにいる人達がジロジロ白い目で見てくるよ……数学の時もそうだったけどやたらと注目されるな今日は。