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048 第一章刹那36 久闊


 昼休みの生徒会長室。


「化学式を揃える上でのポイントは、そうね、質量保存の法則はもちろんだけど、順番を間違えないで。例えばこの式ならO2は最後よ」


「なるほど……」


 昼食後。俺の我が儘通り、刹那に勉強を教えてもらっている。教科は俺の苦手教科No.2の化学である。


「…………」


 刹那は昨日に引き続き、とてもわかりやすく教えてくれている。元々少ない昼休み。むにむにと伝わる刹那の感触を……じゃなくて、貴重な勉強時間もあと少し……。


「十八、どうしたの? そわそわしてるけど……」


 落ち着かない挙動の俺に怪訝そうな刹那の声が掛かる。


「あ、いや、ごめん」


 むにむにも勉強も気になるが、俺が気になるのはもう一つ。昼休みの喧騒もあまり届かない会長室。刹那は気付いていないのか気にしてないのかわからないが、俺は気になって仕方がない。


「ごめん、刹那。ちょっと」


「えっ?」


 俺は立ち上がると入り口の扉目掛けてずんずん行く。


 カチャリ ガチャ


 刹那の閉めた鍵を開け、扉を開く。


「「「うわぁ」」」


 声を揃えた三つの人影がなだれ込む。同時に俺はため息。


「ちょっと、十八。って、どうしたのよ、三人とも」


 どうやら気付いていなかったらしい刹那。なだれ込んだ三人を見て驚いている。


「ははは……こんにちはです」


「いやぁ、珍しく鍵なんか掛かってたからよ。ちょっとな、ははは……」


「漏れていた声から会長と塩田先輩である事が推測されたので盗み聞きしていた迄」


 約一名を除いてテンパりまくっている一年生会計トリオ。


 俺の気になっていたもう一つ。少し前から静まり返る会長室の扉から聞き取っていた彼女達のひそひそ声である。


「ごめんなさいです。12月の予算案の見直しをお願いしに来たのですけど、鍵が掛かっていたし、取り込んでるみたいだったので……あっ、いや、ノックはしたのですっ! ホントですっ!」


 なだれ込んだ体制で橘と進藤さんに覆い被さったままのルナちゃん、そう言いながら顔を紅く染める。有りのままを話してくれたみたいだが、何やら勘違いしてないか?


「いや、ちょっと待ってよ?」

「いやっ! はっはっは! あたし達は何も見てねぇし、聞いてねぇっ! 放課後に出直す事にすっから続けてくれ!」


 弁解を試みようとする俺にやたらとハイテンションで突っ伏したままの橘の声が被る。いやいやっ! だから待てぃぃっ!


「ふっふっふ、橘……今までは運動部への助っ人の功績があったから大目に見てあげていたけど……やめたわっ!! だいたい甘かったのよ。そうね、執行部内の赤点ボーダーラインは60点よ! 決定よ! はい、決定!」


「ほえぇ〜〜っ!」


 マヌケな声を上げてハニワみたいな顔になる橘。どうやら橘は刹那を怒らせてしまったみたいだ。ちょっとかわいそうだが笑える。


「くっくっく、私はわかっていたがな。おおかた塩田先輩の次のテストに向けての対策中なのであろう」


「トモちゃん! しっかりして!」


 重なり合ったままで漫才やってる三人を見ながら刹那と二人でため息を吐く。


 君たちデコボコすぎだよ……。








 放課後。


 予算や説明会に関する協議が行われた。11月も残り僅か、テスト前とはいえ生徒会執行部はやる事がたくさんあるらしい。ちなみに俺はぼへぇ〜っと突っ立っていただけだった。


「今日も刹那の家でやるの?」


 今日もやる筈だと思われる勉強会。ひたすら傍観に徹していた生徒会活動が終わった後、刹那に訊いてみた。


「あ〜、そうね……」


 そう言いながら上の空の視線を瞬に向ける刹那。


「…………」


 瞬は何も答えずに俺の方を向いて苦笑する。どうなんだ?って視線で訊いて来る。


 更衣室で俺の話を聞いた瞬だが、昨日の俺と刹那の状況と今の俺と刹那の状況を見比べて何て言っていいのかわからないのだろう。


「大丈夫、刹那さえ良ければ刹那達の家でやろう」


 なるべく屈託の無いように言う。


「……そう。じゃあ、そうしましょう」


 俺に顔を背けながら言う刹那。表情はわからない。しかし声からは安堵が感じ取れた。


 俺と瞬は顔を見合わせると思わず笑い合った。






 再び訪れる佐山の家。生徒会活動が長引いたお陰で今日は学校から直接向かう事になった。既に辺りは真っ暗、どうしても感じてしまう不安感は……ほとんど無い。


 視線を移す。左、右、そしてまた左。


「……なによ?」


 視線の先。左側からの不機嫌そうな声。こっちは向かずに前を向いたままで言って来た。


「あ、いや、ごめん」


 ヤバいヤバい、思わず見入ってしまった。っていうか、俺が見ただけでそれに気付くとはやっぱり只者じゃねぇよな。


「十八。ニヤけてるぞ?」


 今度は右側から何やら楽しそうな声。


「うっせぇなぁ」


 正反対の二人に挟まれた俺はいつもとは違う家路。海老原さんは今日は来れないというらしく、俺達は三人で並びながら瞬と刹那の家へと続く家路を辿っていた。


 昨日よりも不安を煽る暗い風景、しかし不安感を感じない。二人と一緒だからに間違いない。仏頂面の刹那も、笑顔の瞬も、二人は俺を気遣ってまたこの構図で並んでくれた。いつでも一緒だった通学路。あの時みたいに一緒だから。


 ……チクリと胸が痛む。


 わかってる……遥、ごめん。


「あっ、お父さんとお母さん、もう帰ってるみたいね」


 刹那の声にふと顔を上げると視界が違和感、いや、既視感に襲われた気がした。


 見た事ないのに見た事ある。実際は違う。俺にとって目の前の光景は飽きるほど見た光景なのだが、そう思えてしまう。そういえば未視感(ジャメビュ)という物があった。こういうのをいうのかもしれない。


「ほら、十八、入るぞ?」


「えっ」


 聞こえた声にも既視感に似たものを覚える。瞬ちゃん……?


「ただいまぁー」


 見慣れたような、見慣れないような、そんな景色に吸い込まれて行くせっちゃん。……せっちゃん?


「ほらっ」


 右手を引かれる。景色に吸い込まれて行く。


「ただいま」


 瞬ちゃんが言う。


「おかえり。せっちゃん、瞬。トヤ君」


「――えっ!?」


 捉えた視界が一気に安定した。


 既視感や未視感なんかじゃない。



 俺達はいつだってそうだった筈だ。


 どちらの家に帰っても、どちらの家に迎えられても。


 一緒だった筈だ。



「……ただいま」


 そう、言うべき言葉も一緒だった。ああ、なんだろう……自分の口から自然と出たフレーズに俺は心から安堵している。


 玄関まで出迎えてくれた瞬達のお母さん。いつもそうだったように……というか、おばさん涙でグショグショだよ。


「十八君……」


 おばさんの傍らで俺を呼ぶおじさん……ホッとしたように息を吐いている。おじさんまで出迎えてくれるなんて。


 ダメだった。二人を見ていられない。俺は込み上げるものを隠すように俯いてしまう。


「瞬から連絡もらってね、飛んで帰って来たんだ」


 おじさんは言う。おじさんはいつもなら夕方のニュース番組に出ている筈だった。俺の為にそれをどうにかして来てくれたのだろうか?


「今日も家で勉強会、って思ったからさ。昼間の内に母さん達に連絡しておいたんだ」


 そう言いながら隣の瞬が俺の背中をポンと叩く。


「…………」


 ……ったく。このキングオブお節介め……。


「ほら、夕飯できてるの。少し早いけどゴハンにしましょう?」


 嬉しそうに俺達を促すおばさん。


 俺は顔を上げると、瞬に、刹那に視線を投げ掛ける。


「諦めなさい、十八。勉強会は夕食を摂ってからにしましょう」


 肩で息を吐きながら言う刹那。呆れたような表情だが、僅かに微笑んでいるようにも見えた。


 思いがけないサプライズに胸が溢れそうなくらいに一杯だった。


「ありがとう……」







 佐山の家での夕食。


 五年振りだった。


 ウッド調の家具で統一されたリビング一体型の広めのダイニング。中央に置かれた六人掛けのダイニングテーブル。高めの天井から吊るされ、のんびりと回るシーリングファン。


 何も変わっていなかった。


「手を抜いた訳じゃないんだけど、今日はお鍋にしたの。みんなで囲むには何かな、って思ったらやっぱりこれかなってね」


 言いながら俺に微笑み掛けるおばさん。俺の前に食器を並べてくれた。


 並べられた食器を見て軽く驚く。その食器は俺の専用の食器だった。ご飯茶碗も、お椀も、取り皿も、お箸も、五年前まで俺がお呼ばれされる度に使っていた食器達だった。


 帰り道と同じように俺を挟んて座る瞬と刹那。向かい側に並んで座るおじさんとおばさん。


「いただきましょうか?」


 微笑んだままのおばさんが言う。


 いただきますの号令よろしく、始まった夕食。おじさんとおばさんに代わる代わるにお鍋をよそってもらう俺。おばさんが作ってくれた付け合わせも、お鍋に合わせる物にしては明らかに量が多い。でもどれも俺の好きな物ばかりだった。


 勉強会の予定で来ていた俺は呆気に取られる暇も無いまま、団欒に加わっていた。


 刹那にも瞬にも似ているような美人のおばさん。失礼だが流石に少し老けてしまったかも、と思ってしまったが微笑んだ表情は昔と少しも変わっていなかった。


 店長に負けないくらいのダンディズムを醸し出すおじさん。怒ったところを見た事が無いくらいに温厚な人。やはり少しも変わっていなかった。


 おじさん達もそうだが、瞬は嬉しそうに笑っていた。不自然なくらいに……。


 刹那だけは違った。


 時間が経つにつれ少なくなる愛想笑い。食い付くのはどうでもいい話題ばかり。ほとんど進んでいない夕食。時折見せる沈んだ表情。


 俺も同じだった。


 六人掛けのダイニングテーブル、空席が一つ。本来の席順は違っていた。五年前なら刹那は俺の隣ではなく向かい側に座っていた。


 俺と刹那はそればかり気になっていた。いや……瞬も、おじさん達も、きっとそれには気付いていたのだろう。



 それは遥の席だった。







 夕食を終えた俺達は予定通りに勉強会を始めた。誰がそうしようと言った訳ではないが、そのままダイニングのテーブルでやる事になった。俺に合わせてくれたのか二人は制服のままだった。


「今回のテスト範囲は割と広い、中間の範囲からの延長となる教科がかなりあるからだな。逆に考えると、その分予想される問題がけっこうあるんだ」


 寝てばかりいて授業をほとんど受けていないくせにやたらと説得力のある事を言う親友。


「瞬の言う通りね、教師のテスト造りの傾向からも先読みできる物がかなりあるわ。簡単よ?」


 授業免除で授業をほとんど受けていない筈の刹那も説得力十分である。先ほどの状況から一転した雰囲気。少し無理をしている気もするが切り替えたらしい。


「時事問題なら私達に任せてね」


 向かい側に座るおばさんが言う。ニコニコとやたらと嬉しそうである。


 というか、あまりにも豪華すぎる講師陣に囲まれている気がする。入学から学年トップを維持し続けている刹那。まともに授業を受けてないくせに学年トップ5内にいつもいる瞬。現役ニュースキャスターのおじさんとおばさん。


 なんだかトップ30も行ける気がしてきたぞ。


「ところで十八君。君は刹那と付き合っているのかな?」


「ぶふっ!」


 突然のおじさんの発言に何か飲んでいた訳でもないのに吹いてしまった。


「そうよね〜、せっちゃん達ももう高校生だもんね〜」


 すごく嬉しそうに話に食い付いてくるおばさん。


「いやいやいや! あのあのあの!」


 弁解しようとするが、何やらこっぱずかしくて口が回らない。実の親が娘の前でなんてこと言うんだい。


「なんだい十八君? 誰か他にいい子でもいるのかい?」


 何故そう発展する?


「いいわね〜、青春よね〜」


 なんかおばさんトリップしてるし。


「十八と刹那は『まだ』付き合ってないよ。いい子というか候補生のようなやつらはいるね」


 瞬やーい。お前はいったい俺をどういうポジションに持って行きたいんだーっ。


「ほう、どうやら十八君はモテモテみたいだね。刹那もうかうかしていられないじゃないか?」


 だめぇ! だめだよぉっおじさん! そんなこと言ったら刹那の何かが発動しちゃうよぉっ!


 チラッと刹那を見てみる。


「じゃあ、お昼の続きという事で化学の教科書を出してちょうだい。私のノートも見せてあげるから」


 スルー?





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