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047 第一章刹那35 稀有


 8時20分。予鈴が鳴る5分前の教室。


 瞬と渉はまだ登校して来ていない。時計棟を後にした俺は自分の席に着いていた。


 予鈴前という事で次々にクラスメイト達が登校して来る。そのクラスメイト達、軽く挨拶をくれるヤツもくれないヤツも朝から不可解そうな視線を送って来る。


 当然だろう。俺が教科書を開いて勉強をしているからだ。


 普段の俺であれば、瞬か渉とダベっているか、窓の外を眺めているのが普通。いくらテスト準備期間とはいえ、俺が授業以外、それも朝一から勉強をしているなんて異様だ。


「えぇっ!」


 ん?


「塩田君? どうしたのぉ? テスト前から課題出されちゃったのぉ?」


 登校して来た阿部さんだった。課題? どうして勘違いしてるんだい? 俺が勉強とかそんなに珍しいかい?


「うおっ? 十八? 朝一から何やってんだよ!?」


 阿部さんの(ちょっぴり失礼な)反応に若干ショックを受けながらも説明しようと思っていると、またしても驚いたような声が聞こえた。


「やべっ、俺ってもしかして遅刻? 授業始まってる?」


 登校して来た瞬だった。まだ予鈴前だよっ! 阿部さんのそれと似たような反応してやがって。俺が勉強ってそんなに異常事態かい!


「おはよーっ! ってそれ宿題? マズいマズいっ! 瞬っ! 見せてよっ!」


 渉。お前ってば、ナチュラルすぎ。もういいよ! 確かに今まで俺が自発的に勉強なんかしなかったけどさ。みんなして驚きすぎだからさ。




 勉強の理由、説明終了。


「刹那も無茶言うよねぇ。塩田君」


「くうっ! 羨ましいのか、そうじゃないのか、よくわかんないよっ! でも刹那ちゃんの命令だったらっ! くうっ!」


 『期末テストでトップ30入りしなさい』を聞いた阿部さんと渉はあまり驚いていない。冗談や大袈裟な激励とでも思っているのだろう。ちなみに刹那が毎日教えてくれるってのは言ってない。


「お前、マジでやってみるつもりなのか?」


 瞬が言う。表情は普通だが、声の感じから真面目な問い掛けだろう。


 渉達とは違って事のあらましを知っている瞬。俺が冗談なんかで時間を費やす事をする筈がないのを知っている瞬。


「ああ。頑張ってみる」


 学年順位で200位を切った事が無い俺に刹那がどういった目的で言ったのだろうか。


 はっきり言ってそんなのどうでも良かった。


 冗談でも、ほんの僅かの期待でも、無茶だろうと何だろうと、刹那の言葉に応えたかった。


 だから、俺の見いだした意志の欠片を言葉にした。


「ほう……」


 ???


 俺の言葉を聞いた瞬が何故か驚いたような感心したような表情をしている。


「どうしたの?」


「いや、少し十八らしくないと……いや、違うな、『十八らしい』なと思っただけだ、気にしないでくれ」


 嬉しそうな微笑混じりに言う瞬。


「何だよ、意味わかんないぞ?」


「だから気にするなよ。いいんだ、十八はやっぱり『その方』がいい」


 ???


 親友の言ってる事がさっぱりわからない。


 まぁ、いいか。瞬が嬉しそうに言ってるんだからきっといい事なんだろう。



「……ところでさぁ? みんなはどこに行っちゃったのかなぁ?」


 俺と瞬の会話が切れたのを見計らったように言う阿部さん。


 確かに。話に夢中になっていて気付かなかったが、阿部さんの言ったように教室には誰もいない。俺達四人以外教室は無人だった。


「一時間目が体育だからだよっ! HRも終わっちゃったよっ!」


「は?」


 あっけらかんと言ってのける渉。つまり影の薄い担任のHRはとっくに終わってて、クラスメイト達は一時間目の体育の為に着替えに行ってしまった訳だ。もちろん呑気にくっちゃべっていた俺達は制服のままだ。


 ……と、そこで無情にも一限目開始のチャイムが鳴り響く。


「「――早く言えってぇぇ!!」」


 『えっ』ってなってる渉に瞬と二人でツッコミながらも慌てて教室を飛び出す。阿部さんはあはは〜って笑ってるだけだし。気付かない俺達も俺達だが、どんだけアホなんだよっ渉!






 大慌てで到着した共同更衣室。


「ところで、えー……十八。お前、大丈夫なのか?」


 着替えながら言う瞬。


「なにが?」


 俺ではなく渉が聞き返す。茶茶を入れて来やがった。


「「黙れ」」


 『えっ』ってなってからシュンとする渉は無視して俺と瞬は向き合う。


 昨日も、今も、ずっと昔から俺を気遣ってばかりの瞬。その優しさに寄り掛かってばかりの俺。


 俺は何も返した事が無い。何をどう返していいのかわからない。だからせめて言葉を返す。


「迷惑掛けたな。俺はもう大丈夫。どうしても『あれ』がついて回ろうと俺は大丈夫……」


 否応にも言葉が途切れてしまう。


 浮かび上がった無邪気な笑顔の女の子が俺の思考を中断する。


 揺らぐ事なんて有り得ない俺の全てだった存在が思考を中断する。


 ……しかし、思う。その笑顔に笑顔を返しているのは俺だけではなかった。俺の隣には瞬がいた。刹那がいた。


 『俺達』はいつでも笑い合っていたんだ。


「刹那や瞬は……これからもずっと友達なんだからさ……大丈夫、なんだ」


 嫌な事を誤魔化して逃げ続けて来た俺。その卑怯な俺に付き合い続けて来てくれた瞬。近くにいたけれど離れてしまった刹那。


 もういない遥。


 わかってる。俺の思い描く全てが歪んでいるのはわかってる。でも動いてる。無理やりにでも、誤魔化していたとしても、俺の現実は動いてるんだ。


 俺はもっと『こっち』にいたいんだ。


「……迷惑とか言うな……ばか」


 嬉しそうな笑顔で言う瞬。潤んだ瞳には心からの安堵が感じ取れた。


 『あれ』から、俺の入院からずっと隔たっていた俺と刹那。その俺達の板挟みになっていた瞬。辛かった筈だ、俺の為に『あれ』を隠して刹那に接して来た。辛かった筈なんだ。


「ありがとう……瞬」


 精一杯の感謝を込めて瞬の瞳を見つめ返した。



「ねぇ〜っ! なに男二人で見つめ合ってんのっ!? すんごいキモいよっ! シオは下半身パンツだし、瞬なんか上半身裸だしさっ! なんか二人の背景にポワワンってお花が咲いてるよっ!」


 既に着替え終わったらしい渉のツッコミに瞬と二人でハッとした。自分達の状況を確認すると渉の言う通り、BLに突入しそうなくらい危険度MAXだった。


 あぶねぇって感じで慌てて着替えを再開する俺達。


「瞬。もう一個だけ」


 さっさと着替えないとマズいが、もう一つだけ伝えなくてはならない。


「なんだ?」


 さっきの変な状況の余韻からか、ちょっとエロい雰囲気の瞬。


「俺さ、刹那ともっと仲良くなるよ、『あの時』よりも」


 瞬が想ってくれた『あの時の俺達』。俺に対しても、刹那に対しても、それが一番だと信じてくれた瞬。


 俺達の道導(みちしるべ)になってくれた瞬。


 俺が見出した意志をはっきりと伝えなくてはならない。


「そうか……頑張れ」


 瞬は笑ってくれた。嬉しそうに……。








 昼休み。俺は早速動き出した。


 購買部のパンと教科書等の勉強道具一式を持った俺は時計棟に、刹那のいる時計棟に来ていた。瞬はいない。別に何を言った訳ではない筈なのに、渉をブロックしながら親指を立てて送り出してくれた。


 コンコン


 一人、生徒会長室をノックする。もちろんご機嫌取りのティーセットは持参済みだ。


「どうぞ」


 凛とした声を聞いた後、自分の表情が綻んでいる事には気付かないまま、扉を開く。


「……十八、なにかしら?」


 入室した俺を見た刹那は顔をしかめながら言う。入室前とは違い、呆れたようなため息混じりの声。ノートパソコンは閉じている、昼休みだからなのか、仕事の手は休めているみたいだ。


「いやさ、一緒に昼ご飯食おうと思ってさぁ」


 少しだけ怯んだが、刹那の反応が予想通りだったので、用意していた台詞を言ってみる。


「はあ? なに調子乗ってんのよ」


 キタキタ。キッと睨んで来る刹那はちょっと怖いけど、凛とした声が消えてるよ、せっちゃん?


「いいじゃん。ご飯食べ終わったら、勉強教えてよ」


 俺の用意した台本通りの台詞を続ける。


「…………」


 俺の台詞を聞いた刹那。少し考えるように黙り込む。


 俺の予想では『し、しょうがないなぁ……真面目にやるならちょっとだけ教えてあげるわ』である。


 刹那が俺をどう思っているのかはわからない。でも学校内の男子生徒の中ではかなりのいい位置にいる筈だ。俺が調子に乗るくらいのいい位置だと思う。刹那に男子の免疫が無い分積極的に行こうじゃないか。


「私と、十八と、二人で……よね?」


 考え込むようなままで呟く刹那。


「もちろんそうだよ」


 瞬や海老原さんが一緒じゃないかって事だろう。どっちにしろ拒否する気はないみたいだ。


「……鍵、閉めて……」


「ああ、ありがとう…………って、えっ? ええっ!!」


 台本通り、って思って台詞を続けようとしたら仰天した。ババッと刹那に視線を移すと刹那は俺から顔を逸らしているじゃないか!


 なになになにっ!? これは台本に無いよ! 閉めるの? 密室なの? その後どうするの?


 おたおたと慌てふためいていると、背後からカチャリという音が聞こえた。


「えっ!?」


 慌てて振り返ると俯いた刹那が後ろ手で鍵を閉めたところだった。いつの間に……。


 って、密室完成?


「ふわぅおぅっ! どどどどどどどどっ!!」


 ど? 動揺してるからかな? いやっ、俺はヴァカかっ! どうしよう! どうしよう! どうしようだろうがい!


「…………」


 扉の前で俯く刹那は何も言わない。俯いているので表情もわからない。


 やべぇっ! ドキドキがすげぇっ! どうしたらいいのかわかんねぇっ! このハッピースペース(幸せ空間)はなんなんだよぉっ!


「ぷっ……ふふっ、あははっ!」


「えっ?」


 俯いたままの刹那が……肩を震わせて、笑ってる?


「ふふふっ! はははっ、十八? 調子に乗るのはいいけど、中途半端すぎよ?」


 顔を上げながら言う刹那。よっぽどおかしかったらしく、お腹を押さえて笑っている。


「あっ、いや、えーと……」


 何やら一杯食わされたみたいだが、何も言えない俺。


「おかしな台詞を用意しても、棒読みじゃ意味ないわ。ふふふっ」


 俺ってば棒読みだったのかい。


「いいわ。ご飯を食べて、勉強しましょうか?」


「えっえっ」


「ほらっ、そこに座りなさいよ。それがお望みだったんでしょう?」


 笑顔のまま言う。


「あ、ああ……」


 言われるがままに来客用のソファーに座る。


 色々考えておいたもの全部が役立たずだったが、目的は達成してしまった。






 俺が見いだした意志。


『刹那にずっと笑っていてほしい』


 それは俺が見つけた決意。


 俺が『こっち』にいる間に出来る俺の存在理由。




 それは歪んでいる。


 刹那の為に。


 そう思う俺の決意は歪んでいる。


 自分勝手な欲望でしかないのだから。






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