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040 第一章刹那28 錯覚


 刹那と二人、走る。


 現在、4時20分。


 エクストラエリアの最終乗車締め切りが4時30分。セントラル、ターミナルはナイト営業をしているが、エクストラは昼間だけの営業しかしていない。加えて今は冬季の為、更に締め切りが早い。ぎりぎりだった。


 刹那と二人、走る。


 観覧車のあったターミナルエリアからエクストラエリアに続くゲート。既に営業を終えようとするエリアを後にする人達で溢れている。


 その人込みとは逆にエリアに向けて俺たちは逆流して行く。


 刹那と二人、走る。


 流石は刹那。コートを着てブーツを履いているにも拘らず滑るように走る。


 俺も走る。右足、左足、右足、左足。全力で前に出す。


 そう、『全力』で。


 体育の時も。新聞配達のバイトの時も。渉を撒く時も。刹那の我が儘で呼び出されて急いでいた時も。球技大会の時でさえも。


 俺は『全力』で走らなかったのに。


 刹那の心に応えたいが為に無理をしてしまった。



 グラリと揺れる視界――。


「――――!!」


 ――マズい――こんな時に――。


「ちょっと!? 十八? 大丈夫?」


 急に立ち止まって蹲ろうとする俺を見て慌てふためいた様子の刹那。


 ――胸が焼けるようだ。


 ――息が出来ない。


 こんな時にまで俺の体はいうことを利いてくれない。


 少し『全力』で走った位でオーバーヒートする。



 落ち着け。


 集中しろ。


 研ぎ澄ませろ。


 隣には刹那がいるんだ。


 悟られるな。



「……大丈夫。急ごう!」


 左胸を無理やり押さえ付けて刹那の手を引く。


「ちょっ!? 十八……!」







 4時31分。


 "受付は終了しました"


 また、間に合わなかった……。


「はあっ、はあっ……刹那……ごめん……!」


 俺がモタモタしたせいだ。


「はあ、はあ……。いい、よ……」


 肩で息をしながらも苦笑する刹那。


 五年前の時のように俺を責めない。


 くそっ! 刹那……ごめんっ……!


 歯痒さから、もどかしさから、言いようの無い虚脱感。悔しさから、申し訳なさから、熱を上げる心とは裏腹に全身の力が抜けて行く。


 崩れ落ちそうだ……。



「……あら、塩田じゃねぇか?」


「えっ?」


「なぁにやってんだぁ? オメェ」


 な、永島さん? どうして遊園地の係員が永島さんなんだ?


「い、いや。永島さんこそどうして?」


「あぁ? オメェ知らねぇっけか? オレよぉ、土日祭日の昼間はここでも働いてんだわ」


「そ、そうなんですか?」


 全然知らないって。


「っていうか、オメェ。女連れだとぉ? うわっ、しかもメチャクチャかわいいじゃねぇか」


 俺の隣の刹那を見てかなり驚いた様子の永島さん。


 永島さんの独特の雰囲気にたじたじの様子の刹那はチラチラと俺に目配せしながらも、どうも、って感じでお辞儀する。


「いや。えっと友達ですよ」


 突然の永島さんの登場に色々とこんがらがった俺の頭の中。永島さんと刹那。どっちに対応すればいいかわからず、考えてから答える事が出来ない。


 この人誰?みたいな目配せを無視されたと思ったのか、刹那の目配せがギラッと強化した気がするし。


 いやいや、ちょっと待って。整理しよう。俺は刹那と二人で観覧車から見えたうねうねに乗る事になって。このエリアは閉園間近だから走って。俺がぐずぐずしていたせいで……、


「……ったく、特別だぞぉ?」


 そうそう、俺たちは特別で……?


「「えっ?」」


 特別? 意味不明の話の展開に俺と刹那の声がハモる。


「ほら、入っていいぞぉ? 列が捌けたら俺が案内してやっから」


 『受付終了』の看板をずりずりっと引き摺って通路を開けながら言う。


「永島さん?」


「貸し一だぜぇ〜」


 言いながらくいくいと通路の先を顎で促す。ニヤリとするその仕草がやたらと様になっていた。







 〜GO TO HELL〜

 この遊園地の三大絶叫マシンの一つ。その中でも一番古く、五年前の夏に完成。神風同様ジェットコースター。神風がスピード重視ならこれはコーナー重視。非常識なカーブのオンパレード。……もうネーミングについては何も言うまい。



 観覧車からも見えたうねうね。間近でその非常識に伸びるレールを見ると、冷や汗っていうか脂汗が滲み出て来る。……ちょっぴり後悔して来た。


「流石にこれは怖そうだわ」


 刹那も見上げながら微妙な表情をしていた。


「よぉし、いいぞぉ」


「あ、はい」


 永島さんに案内されて搭乗口に入ると他には誰もいなくて貸し切り状態だった。


「永島さん。いいんですか?」


 流石に恐縮してしまう。隣の刹那も落ち着かない様子から察するに同じような心境だろう。


「構わねぇよ。どうとでも言い訳出来るし塩田なら特別だぁ」


 いかつい顔を綻ばせて言う永島さん。見慣れない人が見れば余計におっかないが、見慣れた俺には優しい表情にしか見えない。


「……ありがとう。永島さん」


「ありがとうございます……」


 明らかに永島さんを警戒している刹那も俺に倣うように言う。


「くっあぁ〜! 羨ましいなぁ! こんちきしょぉっ!」


 刹那を知らない永島さん。刹那の引き気味の様子を気にするでもなく、笑いながら俺を小突く。


 永島さんのわかりやすいひやかしに照れつつ刹那を見ると、照れ笑いを浮かべているように見える。


 うわっ、なんか幸せだ。



「ベルト確認オーケェ。各セーフティロック解除確認オーケェ」


 刹那と二人。最前列のシートに座った俺達を確認した永島さんがいつもの口調で言う。


「発車しまぁす。お気を付けて逝ってらっしゃいませぇ」


 ん? 何か少しおかしくなかったか?


 ガコン!


 少し大きめの振動と共に動き出すジェットコースター。


 カタンカタンカタン


 隣を見れば刹那。正面を向く彼女と視線は合わない。


 でも何故だろう?


 瞬と一緒にいるように。渉と一緒にいるように。


 遥と一緒にいるように……。


 安心する。


 カタンカタンカタン


 瞬には悪い事をしてしまったな。


 渉は怒っているだろうか?


 俺の名前を呼んでくれた海老原さん。


 何故だかいつもと様子が違った進藤さん。


 カタンカタンカタン


 時間的にこれが最後の乗り物だろうか?


 遊園地。瞬の描いた最高の日曜日。


 実現したのだろうか?


 ……母さん。


 五年も遅れたけど、母さんに言われた通りに刹那と一緒に乗ってるよ。


 だいたい刹那はどうしてこんなのに……。


 カッタン!!


「えっ?」


 あのぅ……なんだか地面に向かって垂直なんですが……。


 ガーーーーーーーーーーーー!!!


「――乗りたがるんだろうねえええええぇぇぇぇぇっ!!!」







 ……


 …………


「…………にいるから。うん。わかった」


「……?」


 あれ……? 刹那の声?


 何やら頭がぼぉ〜っとする。


「十八? 気が付いた? 大丈夫?」


 ぼやける視界の中心に俺を見下ろすような刹那を捉える。


 ???


「……なんで俺寝てんの?」


 俺はベンチに寝ていた。刹那は俺が寝てるベンチの端っこに座って俺の顔を覗き込んでいる。ちなみに膝枕とかは無い。頭の下には堅いベンチ。


「さっきのジェットコースターで気を失ったのよ。アンタ」


 薄く微笑んでいた刹那。言いながら俺をかわいそうな物でも見るみたいに見やる。


「ご、ごめん……」


 俺って情けなさ過ぎ。


「ふふふっ、いいよ。面白かったから。……ふふっ、はははっ」


 途端に表情を正反対に綻ばせた刹那。笑いながら寝ている俺の顔面を手でぐにゅぐにゅしてくる。


「はぷっはぷっ! せつ、やめ。ぷむふゅっ」


 白くて綺麗な指先で顔面をほじくられてる。なんだろう……嫌だけど嫌じゃない。


「あっ、ごめん。もうすぐ瞬達も来るから。さっきまであの永島さんもいたんだけど、もう行っちゃったわ」


 俺の声のはっとしたように手を引っ込める刹那。


 ……そっか。永島さんがここまで連れて来てくれたんだな。さっき刹那が話していたのは電話越しの瞬か。


「……十八」


「えっ?」


 体を起こそうとする俺に刹那の声が掛かる。


「…………」


 俺の顔をいじくりながら綻んでいた刹那の表情が暗く沈んでいく。呼び掛けた俺から執拗に視線を外す。


 俺は黙って刹那の言葉を待つ。


「……今日。私……嫌なヤツだったよね?」


 思い詰めたような表情で視線を逸らした刹那。吐き出すように呟く。


 ……嫌なヤツ。


 観覧車で俺の真意を聞いたからか、俺を心から気遣っているように見える。


 今日一日の自分の行動を後悔しているのだろう。


 刹那。本当に優しい俺の幼馴染み。


「……俺が『そうだった』とか言うと思う?」


 我ながら意地悪な聞き返しだと思う。


「……思わない……」


 視線は逸らしたまま言う。しかし思い詰めた表情が優しく和らいだ気がする。


「刹那……」


 無意識に呼んでしまった。俺の呼び掛けに応えてくれた刹那、和らいだままの表情で俺を見つめてくる。


 和らいだ表情? 違うか? 俺は過剰に捉えているのか? いや……そうじゃない、違うんだ、自然なんだ、ただ自然なんだ。


 再会した刹那。思えば『せっちゃん』として接してくれた事は無かった。



 俺は『今』、幼馴染みと再会した気がした。



 ベンチに座る俺達。刹那との距離は30センチ。


 五年間。途方もない距離に感じていた距離は僅か2週間でここまで縮まった。


 一向に喋らない俺を待ってくれている刹那。


 俺じゃない俺が刹那に何かを伝えようとしている。


 俺は……。


「十八! 刹那!」


 俺の思考を中断する瞬の声。ずっと固定していた刹那から視線を移すと駆けて来るみんな。


「瞬」


 応える。


 俺じゃない俺は引っ込んでしまった。


「瞬……ごめん……」


 すぐに立ち上がった俺は駆け寄ろうとするが、言うべき事を言った途端に俯いてしまう。


 自分勝手に突っ走った事に今更気付いた。


「……『あの時』と同じ事しといて言うなよな……。俺がわからないとか思ってたら俺は泣くぞ?」


 俺だけに聞こえるように言う瞬。


「……うん……ごめん……」


 やっぱり。瞬がこの遊園地を選んでくれた理由は俺の思った通りだった。


 瞬は俺を懐かしい思い出の場所に連れて来たかったんだ。


 未だ俺を見つめる刹那と一緒に――。









 久住ヶ丘駅。


 結局、あのまま帰る事になって地元まで帰って来た。


「俺、バイトの時間ヤバいからさ。ここで」


 すっかり暗くなってしまった時間。女の子達を送って行くべきなのだろう、とか思っていたが、瞬に、


『お前がそこまでやったら俺達の立場がねぇ』


 とか言われてしまった。


「また明日。学校でな?」


 瞬が言う。


「ああ……また、明日」


 今日の俺に迷いは無かった。考える間も無く応えていた。


「……アルバイト……頑張ってね……」


 囁くような海老原さんの暖かい声。


「えー、あー……今日はどうも……」


 なんだか色々言いたそうに見えるが、それしか言わない進藤さん。


「俺って本当にオマケだったよね?」


 そうだよ。今頃気付くな、渉。


「…………」


 刹那はみんなの一番後ろで小さく手を振ってくれていた。



 みんなに、刹那に、軽く手を振りながら視線を外した俺は踵を返す。











 何を勘違いしている?


 何を浮かれている?


 散々考えて。散々悩んで。散々苦しんで。


 行き着いた答えは一つだったんじゃないのか?


 瞬だけじゃなくて刹那まで巻き込もうとしているのか?




「…………」


 leafに続く僅か数百メートルの煉瓦造りの歩道。


 立ち止まった俺は振り返る。


 既にみんなの姿は見えない。




 俺は考える。


 刹那を、あの時の俺を、二人が交そうとした言葉を……。





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