004 プロローグ04 隔絶
別人のようだった。
小さい時に一緒に泥だらけになって遊んだ記憶が嘘のようだ。
毎日のように一緒に遊んだ幼馴染み。
せっちゃん……。
男も、女も、誰もが羨望の眼差しをスクリーンに送っている。誰もが透き通るような声に耳を傾けている。
無理もない。
細く流れるサラサラのセミロングの黒髪。長い睫毛に特徴的な大きなつり目。整った鼻筋。厚くもなく薄くもない綺麗に整った唇。細い輪郭、細い首、身長は普通だが細すぎない体のライン。
欠点が見当たらない。
瞬と二卵性の双子であっても似ているようで似ていない。全てが飛び抜けて女性的である。
それだけではない。成績は常に学年トップ。部活は生徒会のみらしいが運動神経も超優秀。生徒会長という肩書きが示す通り人望も厚い。今も長い口上を完璧な滑舌で、しかも空で読み上げている。
……なんだこの完璧超人は?
『――以上が11月の要項、及び先月からの変更点です。質問、要望などございましたら各クラス委員、もしくは生徒会執行部まで提示して下さい』
どうやら終わってしまったらしい。全然聞いてなかった。
『では、閉会します。三年生最前列、一年生最後列からの退場を……』
瞬の声に変わり、役目を終えたせっちゃんは舞台袖に引っ込もうとする。俺はどうしても目で追ってしまう。ずっと遠く、よくは見えない。でも、歩き方だけでも常人を逸脱している気がする。きっと俺がここにいる事なんて気にも留めないだろう……。
目に写る全てが現実を失っていく。
映像でも見ているかのように俺という存在が取り残されてしまった気分になる。
疎遠になって五年。
根の深い隔たりは俺自身の思考を何処かに引き剥がしてしまいそうだった。
「十八!」
ホールから続く渡り廊下。教室に戻る途中に呼び止められる、瞬である。クラスの列に合流するように俺の隣に並ぶ。
「もう終わったの?」
歩いている足は止めずに、もう生徒会の仕事はいいのか訊いてみる。
「ああ。片付ける物は少ないからな」
「ふぅん……」
上の空の返事をした俺を見て瞬の表情が訝しげに変わる。眉をたわませ、細くした目で俺を窺うように見てくる。
「十八……どうした?」
しまった、と思ったがもう遅い。瞬は少し考えるような素振りの後、訊いてくる。
「刹那、だな?」
当然のように核心を付く瞬。一瞬後悔するがすぐに諦める。瞬に隠しても仕方ないし嘘は嫌だったので正直に答える事にする。
「ああ、凄いな、せっちゃん」
嘘ではない。しかし、未だ胸の奥にくすぶる感情を口にはしない。
寂しさ、孤独感。言う訳にはいかない、きっと瞬は気を遣う。
「まだ仲直りしないのかよ?」
眉を伏せて少し呆れたような表情で訊いてくる。
「別に喧嘩してる訳じゃないよ」
そう、別に俺とせっちゃんは仲違いをしている訳ではない。
住む世界が変わってしまっただけ。
どんな時でも一緒にいたせっちゃん。小学校の時は瞬よりもずっと仲良しだった。元気いっぱいに俺や瞬を引っ張り回して近所を駆けずり回っていた。
でも小学校まで。
一般人の俺。きっと彼女は俺に愛想をつかしてしまったんだろう……。
「ちぇい! はっ! とう!」
感慨しく頭を垂れようとした俺に耳障りな異音が割り込んでくる。
「はっ! ふっ! 瞬っ! シオっ!」
脇から聞こえてくる異音に視線を寄越す前に瞬を見てみる。……なんとも迷惑そうな表情の瞬と目が合う。
「にゃっ! どぅっ! ……聞いてる?」
素に戻ったのを確認したので瞬と共に異音の発生源に視線を移す。
「――!! ひゃっ!」
素に戻っていたヤツは目が合った瞬間、『えっ?』って感じになったが、すぐにウザい異音を復活させる。同時にウザい笑顔とジョ〇ョっぽいポーズ付き。
ぶっちゃけめんどくせぇ。
異音を発生させていた男子生徒。コイツは山崎渉。一応、クラスメイトだ。ここでもう一度確認しておく。俺に友達は瞬しかいない。コイツはクラスメイト。
「渉、今日は遅刻?」
HR、説明会、共にいなかった渉にあくまで真面目に訊く。そう真面目に!
「ひゅっ……? あっ、うん。寝坊しちゃったんだ」
一瞬、ポルナ〇フになりかけたが俺と瞬のド真面目な視線を受けて素で反応する。渉は大のジャ〇プっ子で、とにかく影響されやすい。そして、めんどくさい。黙っていれば悪くない容姿をしている筈なのに、すぐ調子に乗ってやらかす。まぁ悪いヤツではない。ちなみに容姿の解説は面倒だからパスしておく。
少しして教室に到着する。このまま休み時間なのだが、特にする事の無い俺は自分の席に座る。瞬と渉も同じように席に着く。といっても窓際最後尾の俺、隣の隣に瞬、そしてめんどくさいヤツの後頭部は目の前にある。
「ふぉっ! ……二時間目、なんだっけ?」
ヒュッっ勢いよく振り向いた後、普通に訊いてくる渉。疲れないのかな。
「……数学だよ」
面倒だが答えてやる。
「――!! オッケー!! し・の・ちゃ〜ん!」
俺の回答を聞いた途端に顔を緩ませた渉はウザさ全開で奇声を上げる。
コイツはアホだ。
アホに違いない。
でもそのアホのお陰で苦しかった心は緩んでくれていた。