039 第一章刹那27 想起
海老原さんが示した先。行列が出来た異様な巨大建造物。見るからに普通じゃない用途不明建造物。
……思い出した。
何年か前にCMでやってたヤツだ。
〜玉砕〜
この遊園地の三大絶叫マシンの一つ。地上70メートルから加速付きで地面スレスレまで垂直落下するアトラクション。しかも地面の方を向かされてっ! だからこういう突撃系の名前を付けるなってーの!
「あーっ! シオーっ!」
遠くからの渉の声。見てみるとみんなもいる。俺は咄嗟につないでいた手を放してしまった。
「……あ……」
急に手を放したからか、海老原さんが小さな声を漏らした。
「十八。こっちこっち。最後尾はあそこだから並ぼう」
やたらとニッコニコした瞬。恐らく俺が海老原さんを連れてシケ込んだと思っているのだろう。
「すまん。言われた側からやっちまったよ」
合流しながらも、まずは謝る。みんなに余計な待ちぼうけを食らわせたのは確かだから申し訳ない。瞬の勘違いニコニコはスルーしておいた。
「ははっ! いいって十八! その調子その調子っ!」
ニッコニコのままでガシッと俺と肩を合体させる瞬。その調子って、何が?
っと、肩を組んだ瞬の向こう、刹那と視線が合う。……俺を非難するような、軽蔑するような視線。瞬に釣られて綻んだ俺の顔が引きつって行く。
「よくないわよ。団体行動を乱したのにヘラヘラしないでもらいたいわ」
すぐに視線を外した刹那。腕を組んで明後日を向きながら言う。言い方も冷たく攻撃的だった。
「……ご、ごめん」
確かに、みんなが瞬のようにおどけて許してくれるとは限らない。
「刹那……そう怒るなよ。こうして無事に合流できたんだし、せっかく遊びに来てるんだからさ。そういうのは無しにしようぜ?」
俺と肩を組んだままの体制で刹那を窘める瞬。
「……うるさいわね。別に怒ってないわよ」
明後日を向いたままそう言うが、明らかな不機嫌を露にしている。
「会長。塩田先輩だって謝っています。失礼ですが少し酷いと思います」
進藤さん。白くなった眼鏡越しに言う。俺に対してではない、刹那に対してである。
「……だから怒ってないと言ってる」
やはり明後日を向いたまま答える刹那。少し声が弱々しい。
黙り込む刹那に合わせるように黙り込むみんな、なんともいえない微妙な雰囲気を醸し出す。流石におどけていた瞬もばつが悪そうに引っ込んでしまった。
「え、えーっとさっ! とりあえず並んでさっ! 玉砕に乗ろうよっ! ねっ!?」
へったくそな作り笑いで無理矢理そう言う渉。かなりのファインプレーだ。
「そっ、そうだよぉっ! 実は俺ってば、これに乗りたかったんだよねぇ〜」
すかさず渉に便乗するが自分で言っておいてハッとする。んなワケ無いじゃん!
「ほう。先輩はこの手の乗り物は苦手だと認識していたが、違うのか?」
キュピーンとしたように眼鏡を光らせた進藤さんが言う。
「い、いや……」
バカ言った、と自分の発言に後悔しながら狼狽えていると、ちょうど頭上からゴンドラが降って来た。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁーーーー!!!」
「…………」
なんでみんなはこんなのに乗りたがるんだ?
「……十八……怖いの……?」
いつの間にか隣にいた海老原さんが呟く。
「い、いや……。だだだだだってさ、凄い高いよ? これ」
完全にテンパった俺はヘタレ全開である。
「……ふふっ……十八……かわいい……」
俺のテンパりっぷりを見てほわ〜んと微笑む海老原さん。かわいいのはあなたです。
「……瞬。俺がオマケだっていうのはわかってるけどさ……。なんかさ、今日のシオはずるいよっ! っていうか羨ますぃぃっ!」
「言うな、渉。ひたすらお前とペアを維持してる俺の身にもなれ」
なんだかしんどくなりそうな会話が耳に入って来るが、どうしても気になるのは一つ。
「…………」
刹那。仏頂面というより明らかに無理をしているように見える……。
…………
「――シャイィィンスパァァァァァァクッ!!!」
…………
「十八。大丈夫か?」
「…………」
とんでもねぇ……危うくペダルを踏むタイミングを合わせてしまう所だった……。
「……十八……」
玉砕前のベンチでぐったりする俺の頭を海老原さんが優しく撫でてくれた。ちょっと安心した。
「……ずいぶん急速に仲良くなったみたいだね……海老ちゃん?」
瞬も意外だったらしく、訊いて来る。
「……急・接・近……」
「「「…………」」」
みんなが凄い訝しげな表情を揃えて俺たちを覗き込んで来る。
「み、みんなごめん! もう大丈夫だからさっ!!」
みんなの微妙な視線に堪えられなくなりそうだったので無理して立ち上がる。
「よしっ。じゃあ次は観覧車でまったりするかっ!」
俺の不完全な回復を確認した瞬が提案する。まったり、大賛成だ。みんなも賛成らしく表情を綻ばせている。
「…………」
刹那以外だが……。
という事で、次は観覧車に行く事になった。
〜超弩級展望観覧車〜
この遊園地の誇る巨大観覧車。某ベイエリアなどに出来た観覧車に次々抜かれたが、現在でも国内で有数の高さを誇る観覧車だ。それにしてもこの遊園地のネーミングセンスはどうかと思う。
「流石はこの遊園地の一番人気だな。行列が半端じゃない」
瞬の言う通り目の前には、これでもかって位の行列が出来ている。
この観覧車が出来たのは4年前。昔は二回り位小さくてネオンも無いショボい観覧車があった。
五年前はそれに乗ったんだ。
あの頃はそれでも高く思えて窓にはり付いていたっけ……。
「ははっ……」
思わず嬉しくなってニヤけてしまった。
「なんだよ、シオ。気持ち悪いな」
俺の意味不明な笑いに渉のツッコミが入る。まぁ普通に考えたらただの挙動不信だろう。
「いや、懐かしくてさ。はは……」
「ん? シオってこれに乗った事あんの?」
どうでもいい事に鋭い渉。
「無いよ。これにはね」
「……? なんだよ、それ」
首を傾げる渉。先頭に並ぶ瞬が少し悲しそうな表情で振り返る。
それを見てふと一番後ろの刹那が気になった。
瞬と同じ表情をしている気がした……。
「お待たせしました。グループですか?」
俺たちの順番になって係員さんが訊いて来た。この観覧車のゴンドラは大きく6人乗り、俺たちもちょうど6人である。
「では、こちらからどうぞ。足元にお気を付けてお乗り下さい」
瞬がグループである事に答えると係員さんが案内してくれた。
瞬が進藤さんと海老原さんに手を貸して乗り込む。渉には手を貸してあげないらしい。
俺も続こうとすると、
「えっ?」
上着の裾を引かれた。
「……? どうしたの?」
「…………」
俺の上着の裾を引いたのは刹那。俯いて動かない。何も答えない。
俺も動けない。
ガー バタン
瞬たちを乗せたゴンドラは俺たちを残して閉じてしまった。
「お客様はお二人ですね。次のゴンドラへどうぞ」
係員さんが『はは〜ん』といった表情で案内してくれた。
何やら勘違いしている係員さんのなすがままに、俯いて黙り込む刹那と二人で次のゴンドラに乗り込む。
「刹那。どうしたの?」
扉が閉まって地上から離れてすぐ、もう一度刹那に訊く。
「別に……」
窓の外、まだ地上と大して変わらない景色を眺めながら答える刹那。
なんだろう? 怒っている? 機嫌が悪い? なんだって別のゴンドラに? なんというか話し掛けづらい……。
「……十八は……つらくないの?」
地上から離れてしばらく。窓の外のほとんどが空になった頃。刹那は突然言った。
「……つらいって?」
突然の言葉だったが俺にはわかった。だが敢えて聞き返した。
「だって……この遊園地は……」
やっぱり……刹那も思い出していたんだ。
この遊園地は母さんと最後に来た思い出の場所だから……。
昔。塩田家と佐山家の家は隣同士だった。
親達も交流があり、一緒に旅行に行くほど仲が良かった。当然刹那も俺の母さんや父さんを知っている。
「……母さんの事?」
「…………」
訊いてみるが刹那は答えない。しかし瞬のそれと同じ無言の相槌を感じ取る。
「思い出すけど……つらくは、ないよ」
嘘ではない。
思い出す所はたくさんあった。
揺られた電車やバス。
一緒に並んだ入場口。
一緒に見たパレード。
一緒に休んだベンチ。
これとは違うけど一緒に乗った観覧車。
「そう……私は少しつらい……。ここに来ると、思い出しちゃうよ……」
刹那……朝から元気が無かったり、進藤さんや海老原さんに浮かれた俺に冷たかったのはそういう訳か。
「俺はさ、思い出すけどさ。今日は嬉しくなるだけだよ?」
「――どうして!? この観覧車だって一緒に乗ったのとは違うんだよ!」
俺の言葉に信じられない物でも見たような表情で言葉を荒げる刹那。
「うん。でも刹那と瞬がいる。五年前の思い出と重なるんだ……思い出せる事が嬉しいんだ……」
そう、五年前の思い出。それは紛れも無い真実。大好きだった母さんの思い出。大切な親友との思い出。再会した優しい幼馴染みとの思い出。
「十八……」
俺の言葉を噛み締めるように俺の名前を呟く刹那。
「……前にさ、瞬が言ってくれたんだ……。代わりにはなれない……けど、瞬と刹那は、俺と一緒にいるってさ……」
いつかの瞬の言葉。俺を『こっち』に引き戻してくれた言葉。俺が生涯忘れる事が出来ないであろう言葉。
俺の言葉に応えるように潤ませた瞳で俺を見つめて来る刹那。
ありがとう……刹那。
きっと瞬も色々悩んでこの遊園地を選んでくれたのだろう。
ありがとう……。
ふと外を見ると観覧車は頂上を過ぎた頃だった。
「高いな」
遊園地の中どころか御美ヶ浜の町全体を見渡せる。いや、隣町である俺達の町、久住市ですら見渡せそうだ。
遠くに見えるのは水平線。沈み行く太陽が今日の役目を終えるべく空の色を変えようとしている。目に見える早さで空が茜色を彩って行く。綺麗だった。
俺の呟きに対しての刹那の返答は無い。未だ俺の言葉を噛み締めてくれているように見える。愁いを帯びた刹那の表情は茜色の空よりも、綺麗だった。
――そういえば前に古い観覧車に乗った時。
『ほらほらっ! トヤ君! あれあれ! 乗ろ乗ろ!』
『嫌だって言ってるだろ! あんなのただの嫌がらせみたいじゃん! 瞬ちゃんと乗ればいいだろ!?』
『トヤ君と乗った方が面白いに決まってるじゃん!』
『僕が怖がるの見たいだけじゃん!』
観覧車から見えた新しいアトラクション。絶叫系の乗り物が大好きだった刹那はそれが苦手な俺と一緒に乗りたいらしく、我が儘ばかり言っていた。
『一緒に行ってあげなさい。十八』
見兼ねたように母さんが言った。
『ええぇっ!』
『もう間に合わないんじゃない?』
『うっさいわね瞬! 私とトヤ君なら走れば間に合うよっ!』
当時出来たばかりの最新アトラクション。それが目当てという位に刹那はずっと乗りたがっていた。嫌だった俺は閉園間近までひたすら反対していた。
でも、観覧車から見えたもんだから結局乗る事になっちゃって……。
でも、間に合わなかったんだ……。
「刹那。あれに乗ろう」
「えっ?」
「ほら、あのうねうねのやつ」
「……あ」
約20分の周回を終え、ゴンドラの扉が開く。
観覧車の出口付近には先に降りていた瞬たちが待っていた。
「十八、刹那! どうした――って、あれっ」
「瞬っ、みんなっ。ゴメンッ!」
「後で電話するからっ」
迎えてくれたみんなの脇をすり抜けて走る俺と刹那。
五年前と同じように、何もかもが幸せだったあの頃と同じように、俺達は手をつないで走り出した。