038 第一章刹那26 結節
あれ……ここは?
俺って何をやってたんだっけ?
「……輩……先輩!」
「えっ?」
あ〜、この子は?
「大丈夫か? 先輩」
「えっ、あっ! 進藤さん!」
そうだ。俺は遊園地に来ていて、進藤さんとジェットコースターに乗っていたんだった。
「耳元で大きな声を出さないでくれ……終点だぞ。先輩」
ごめんと謝りながら自分の状況を思い出す。何やらふざけた先頭車両。超密着で頼り無いベルトで超高速で思いっ切り振り回されたお陰か意識が飛びまくって正直あまり覚えてない。危うく二階級特進してしま……?
「って、えっ!?」
ジェットコースターは止まっているがベルトは俺達を固定したまま。それはいい。問題は俺が進藤さんの手をギュムっと握っている事だ! 俺の凶悪そうな右手が(そう見える)小さくて白い華奢な手を思いっ切りふん掴んでいる。
「でやったぁぁぁっ!! ごめんやっさぁぁぁっ!!」
慌てて手を放す。しばらく握り締めていたらしく握っていた手が涼しい。色んな変な汗をかいていたみたいだ。
「くくくっ。構わんぞ、先輩。実は私もこの手の乗り物は初めてでな、先輩が手をつないでくれて安心したよ」
悪戯っぽく微笑む進藤さん。超至近距離でそんな反則的な誘惑をせんでくれっ一年生! っていうか早くベルトを外してくれっ係員!!
それから何故か進藤さんは俺にくっついて来るようになった。もちろん腕を組まれたのは最初だけだったが移動中も並んでいる時も常に俺の隣にいた。しかも進藤さんは凄い楽しそうにしてくれていた。必然的にどの乗り物でも、俺×進藤ペアが確定だった。
うぅ……どういう意図があるのかわからないが、というかかなり嬉しいが当初の目的である『刹那と仲良くなる』を忘れてしまいそうだ。
「そろそろ昼飯にしようか?」
幾つかの乗り物に乗り終えた後、瞬が言う。これまでコイツは俺と進藤さんの状況を終始嬉しそうに見ていた。今もみんなに意見を求める所なのに俺達の方を見てニコニコしながら返事を待っている。
だいたい今日の企画は瞬が持ち出した話なんだから少しは助けてほしい。……いや、決して嫌という訳ではない。むしろ半端じゃなく嬉しい位なのだが、いかんせん周りの視線がイタイ。
刹那。ジェットコースターの時からひたすら無言で俺と全く目を合わせてくれない。でも俺がよそ見している時に猛烈に攻撃的な視線を感じる。たぶん刹那だと思う。
海老原さん。刹那のような攻撃的な威圧感は感じないが、なんとなく俺を非難しているような視線を感じる。そしていつものようにほとんど喋らない。
渉。目は口ほどに物を言う、あからさまに攻撃的な視線でザクザクして来やがる。刹那達とは違ってぶつぶつ文句言うし。まぁ俺達の状況を見たらそうだろう、逆の立場だったら俺もひがんでると思う。
気が付けば時間はお昼過ぎ、瞬の提案通り昼食を摂りながら休憩する事になった。
みんなでオープンテラスが良さげなファーストフード店に入る。寒いから中に座ったけど。
「まさか進藤ルートに突入するとはな」
みんなで座ったテーブルで瞬がひそひそと話し掛けて来た。
「……なんだよ、進藤ルートって」
なんとなく分かるが敢えてブスッとしながら聞き返す。
「くくっ。怒んなよ、十八。いやさ、珍しいんだぜ? 進藤ってルナや橘以外とはまともに喋らないし、執行部の仕事以外でもあんまりみんなに関わろうとしないヤツなんだ」
「ふーん」
確かに、知り合って日は浅いが俺もそう感じた。どうしてだろう? しかも今日になって急にだし。
「脈ありか?」
ニヤリとしながら言う瞬。
「ああ……ん? って、はあっ!!!」
話が飛躍的すぎる!
「わっ! 急に大声を出さないでくれ、先輩。何事だ?」
瞬とは反対側の隣から声が上がる。もはや定位置とばかりに俺の隣にいた進藤さんである。彼女の存在に気付いていなかったのか瞬は、おっと、って感じで引っ込やがる。
「い、いや、なんでもないよ」
いやいやいや、まさか有り得ないだろ? 俺と進藤さんは知り合ってまだ2週間だぜ?
何かしらの理由があるんだよ、多分。休日だから開放的な気分になってるだけだよ、多分。ルナちゃんと橘がいないから俺で暇つぶししてるだけだよ、多分。
「…………」
進藤さんの方を向いてみる。
めっちゃ俺を見てた。
「……ふふっ」
わ、笑い掛けてくれた。かわいい。
いやいやいや! だからさっ!
俺だぞ?
今まで女の子には嫌わない位置をキープするだけで精一杯だった俺だぞ?
瞬と一緒にいれば……、
『塩田君、ちょっと外して?』
とか、
『えーと……誰だっけ?』
だったんだ!!
ここで勘違いしたらせっかく親しく接してくれてる進藤さんに申し訳ない。
「……午後……から……どうするの……?」
俺が一人でアホな考えを巡らせていると、向かい側に座る海老原さんがぼそっと呟く。
「このエリアのめぼしいのはだいたい回ったからな。午後からは他のエリアに行こうか?」
海老原さんの意見に隣の瞬が提案する。
この御美ヶ浜遊園地は三つのエリアにわかれている。
今いるのが王道的なアトラクションがあるセントラルエリア。他に平和な家族向けのアトラクションがあるターミナルエリア。企画物みたいな無茶なアトラクションがあるエクストラエリアがある。
「……パレード……見たいな……」
再び海老原さんが呟く。
「確かターミナルエリアで2時からだな。行ってみるか?」
某ベイエリアのあのテーマパークほどではないが、この遊園地でもパレードなんぞが月一で開催される。都合のいい事にその開催日は今日である。
「興味深い。賛成だ」
進藤さんも乗り気だった。
という訳でパレードを見に行く事が決定。いい場所が取れるように早めにターミナルエリアに移動する事になった。
ターミナルエリアの中央広場。パレードまではまだ時間があるのに物凄い人で溢れ返っていた。
「うわぁっ! すんごい人だよっ! 迷子にならないように気を付けてっ!」
広場の様子を見て感嘆の声を漏らす渉。
「俺の方を見て言うな」
失礼な。しっかり瞬について行くわい。
「とにかく突撃だ」
瞬の号令と共にすでにかなりの人で埋め尽くされている広場に突貫した。
「ここら辺なら見えるんじゃないか?」
人込みを掻き分けて進む事しばらく、それなりに見晴らしの良さそうな所に出たので訊いてみる。
「はあ?」
瞬……じゃないし!
「すいません、人違いでした」
瞬だと思って話し掛けた人は全くの別人だった。今まで気付かなかった……って事は?
はぐれた!?
「瞬! 刹那!」
返事が無い、近くにはいないようだ。
「進藤さん! 渉!」
返事が無い、近くにはいないようだ。
ヤバい! 言われた側から迷子か?
「海老原さん!」
「……はい……」
「えっ?」
振り返ると海老原さんが俺の上着を掴んで首を傾げていた。
「え、海老原さん。他のみんなは?」
「……知らない……塩田に……任せてみた……」
どうやら俺にくっついてくればはぐれないと思ったらしい。
自分の情けなさと海老原さんに対する申し訳なさからため息を吐こうとすると頭上からの轟音に驚く。
号砲。パレードが始まってしまった。仕方ない、みんなとはパレードが終わってから合流しよう。
「海老原さん、離れないでね? 合流は後にしてパレードを見よう」
カクンカクン
了解らしい。
広場に視線を移す。
「って何ぃ!!」
馬がいた。武士がいた。大名行列がいた
某ベイエリアのあのテーマパークに対抗している感が否めないこのパレード。オリジナリティーを出したいからって武士は無いだろ、武士は。
その後に続いたのは割とまともな着ぐるみ集団。コイツらはやはり対抗してなのか、この遊園地が企画したキャラクター達である。一応B級ながら映画やら何やらになっていて知名度はある。さっきの武士も確かそのキャラクターの一人だった筈だ……。意味不明すぎる。
隣を見てみると、なんとなく表情を綻ばせた海老原さんがパレードに見入っていた。こういうのが好きなのかもしれない。
そういえばこのパレード……。
母さんも好きだったな。
『ここからじゃよく見えないんじゃない?』
ちょうどあの日もパレード開催日だった。母さんが好きなのを知っていた俺は絶対に見せてあげたいと思っていた。
『いいの、十八。私は雰囲気だけで十分だから』
弱々しく微笑む母さんは言った。母さんは人込みや喧騒が大の苦手だった。
母さんの為を思えば言う通りにするべきだった。けどその時の俺はガキだった。それにその時の俺は何だって出来ると自分を信じていた。頼りになる友達だっていた。
『僕たちが母さんを守るからさ、行こうよ』
『そうそう。私もそう思うよ』
『せっかく来たんだからねっ』
当然のように乗ってくれた刹那と瞬と一緒に母さんの手を引いた。
三人で壁を作って人込みに入って…、困ったように笑う母さんの手を引いて……。
いつの間にかパレードの集団は行ってしまったらしい。周りにいた大勢の人達は散り始めていた。
「とりあえず瞬達に電話してみよう」
「……うん……」
広場の隅にあったベンチに移動すると瞬に電話してみた。
『もしもし』
ワンコールで出る親友。
「瞬、すまん。言われた側からやっちまった。海老原さんも一緒だからさ」
『ははは、十八らしいよ。まだ広場にいるのか?』
何も言い返せません。
「ああ、瞬達は?」
『俺達はパレードを追っかけてエクストラエリアの入り口の辺りまで来ちゃったんだ』
「そっか。じゃあそのまま待ってないで何かに乗ってるか何かしてて? そこで合流しようよ」
ただ待たせるのは流石に悪い。
『いや、俺達も歩き疲れたからさ、待ってるよ。そうだな、『玉砕』に集合しようか。案内板にも載ってるデカいアトラクションだからすぐにわかると思う』
「ぎょくさい? わかったよ、悪いな」
ピッと通話を切る。
「玉砕ってアトラクションで集合になったよ。行こうか?」
隣でおとなしく待ってくれていた海老原さんに電話の内容を伝える。
カクン
やたらと広いこの遊園地。その為園内を循環するバスなんかもある。しかし、そんな事すっかり忘れてしまってる俺はのこのこ歩いてエクストラエリアに向かっていた。
海老原さんは相変わらず俺の上着を掴んでついて来る。
「…………」
うーむ。何かこの体制、話し掛け辛いな。
ちょっと体制を入れ替えてみる事にする。少し後ろを歩く海老原さんの横に並ぶ。
「……あ……」
俺が体をずらした拍子に手が離れてしまった、海老原さんが小さな声を漏らす。
「並んで歩こう? 話が出来ないからね」
「…………」
カクン
ぎゅっ
「えっ!?」
手をつないで来た!?
――んにゃあぁっ!!
「ちょちょちょちょっと!? え、え、海老原さん?」
テンパる俺も何か定番と化してる気がするが、とりあえず慌てる俺。
「……違うの……?」
きょとんとした表情で首を傾げる海老原さん。
「い、いや……」
うおーい! どうなってんだぁぁっ!! おしゃべりしようがと思っで並んだのに緊張しぢまって話せねぇべよ〜!!
「……塩田……」
「えっ! は、はい、何?」
じぃ〜
すぐ隣からの凝視。
なんだ? 話し掛けて来たのになかなか喋らないぞ?
???
「…………名前で……呼んでも……いい……?」
俺に固定していた視線を僅かに逸らしながら消え入りそうな声で言う。
「…………」
少し驚いたがそれ以上に心の中が暖かいもので覆われた気がした。
海老原さん……この子は本当に優しくて暖かい。酷く臆病だけど周りを気遣う事を知っている。
俺は心の中で息を吐くと口を開く。表情は誇ろんでいただろう。
「……俺を、だよね?」
いつだかやったように、小さな子供に尋ねるように、出来る限り優しく訊く。
「……うん……」
僅かに逸らした視線はそのままに頷く海老原さん。
「もちろん、いいよ」
当然だ。拒否する理由が一つも無い。
「……うん……ありがと……十八……」
言いながら俺に視線を戻してくれる海老原さん。
海老原さんは執行部のみんなを名前で呼ぶ。彼女は俺を執行部の一員として認めてくれたのか……。いや、そうじゃない、彼女にとって名前で呼ぶという行為には別の意味がある気がする。
きっと彼女らしい優しい理由があるだろう。
……ありがとう、海老原さん……。
「……十八……」
「ん、なに?」
「……多分……あれ……」
前方、海老原さんが指差した所を見た俺は愕然とした。