035 第一章刹那23 懸念
学校の一週間を締めくくる金曜日の放課後。
執行部でも金曜日には役員毎の報告やまとめなどがある。みんなが予算の報告や行事録の提出などの真面目な結果を出している中、俺は『お茶っ葉が残り少ない』とか『ミネラルウォーターをダース買いしていいか?』とか場違いな発言をしていた。
執行部内で俺とお茶汲みは完全にイコールで結ばれたらしい。
執行部を終えた俺は瞬に連れられて第一学食に来ていた。
「コーヒーでよかったよな?」
「あ、ああ……ありがとう……」
四人掛けのテーブルのイスに座る俺の前に紙カップのコーヒーを置きながら言う瞬。何故ここに連れて来られたのか未だわからない俺はぎこちなくお礼を返す。
教室の10倍はある学食。広大ではあるが昼休みには生徒で超満員に溢れ返る。しかし太陽も傾き終わる時間帯、最終下校時間間際の学食には誰もいない。俺達だけだった。
「……話って何?」
そう、俺達は別に食事をしに来た訳ではない。昼休みに海老原さんのお弁当をたらふく頂いた俺達はお腹が減ってここに来た訳ではなかった。
『話がある』
真剣な表情でそう言う瞬の提案でここに来ていた。
「……別に大した事じゃない。そろそろ第二段階に移行しよう……って事だよ」
ここに来る前からの真剣な表情を崩さない瞬、そのままで言う。閑散とした学食は静かで、やけに瞬の声が通る。
「第二段階……? どういう事だ?」
話の内容は全く分からないが、瞬の真摯な態度に応えるように真面目に聞き返す。
「……明後日の日曜日、バイトは?」
???
「……いや、夜だけだけど……」
日曜日? 何かのお誘いか? 休みになれば瞬とは出掛ける事は多い。買い物とか、飯食いに行ったりとか、ぷらぷらしたりとか。
まぁ、俺が春からleafのバイトを始めてからはそれも少なくはなったが……。
「よし! 遊園地行くぞ!」
そうそう、二人で遊園地とかも行く事があるある……えっ?
「ゆっ、遊園地ぃ!?」
行かない行かない! 瞬と二人っきりで遊園地なんか行かないって! 断固としてそれを主張したい俺は当然、真顔のままの瞬に聞き返す。
「そ、遊園地。夢いっぱいのレジャー施設の定番、遊園地だ」
少しだけ微笑気味に表情を和らげるが、瞬の真面目な態度は変わらない。
「――ばばばっ! なんで野郎と二人っきりで遊園地なんか行かないといけないんだよぅ!」
瞬の態度から本気である事を感じ取った俺は慌てふためきます。ぶっちゃけ身の危険を感じます。
「にゃはは! それでもいいけど違うよ十八。いいか? 俺はまだお前と刹那をくっつけるつもりなんだぞ?」
俺の慌てた反応に軽く驚いた後、すぐににゃははと笑う。って何? 俺と刹那を?
「…………」
そういえば俺が刹那とまた話すようになった切っ掛けはコイツの仕業だった。
「俺も行きたいしぃ〜」
ド真面目な面で散々人の気を揉んでおきながら、本題に入った途端ににゃははが止まらない瞬。
「そ、そ、そりゃあ、俺も行きたいけどさ……。さ、三人で行くのかよ……?」
思わず本音を言ってしまいながら気付く。瞬も行きたいと言ってる位だからコイツも行く筈。という事は瞬と刹那と俺……あわわ!
想像したらかなり楽しそうだった。
「それでもいいけど海老ちゃんに協力してもらおう。その方が自然だ」
海老ちゃん、海老原さん……。
またしても都合のいい想像をしてしまう。
「――あうぅっ!! 楽しそうだよぅっ!!」
「……決まりだな」
馬鹿丸出しでクネクネする俺を見てニヤリとする瞬。
「二人を誘うのは俺に任せておけ。最高の日曜日にしてやる」
そう言うと不敵なニヤリを強調する。俺も釣られてニヤけてしまう。慌てて顔を引締めようとするが、日曜日の事を考えるとほわほわしてしまう。
「楽しみだなぁ」
隣に座る渉も日曜日を思い浮かべてかニコニコしている……?
「「――えっ!!?」」
瞬と二人して素っ頓狂な声を上げた。
渉?
「こっちは三人だからもう一人呼ばなくちゃだよっ、瞬っ」
語尾にハートマークでも付きそうな位の愛嬌で言う渉。
「わっわっわっ渉!! どうしてお前がいるんだよっ!?」
焦りと驚きがごちゃ雑ぜの瞬。取り乱した様子で尋ねる。
「いっや〜っ! べっつに〜っ! たまたま部活が長引いたのもあるけどさっ! 俺の野生の勘がビビッと来てね〜っ!」
分かりやすく口を尖んがらせた表情で言う渉。ちなみに俺は終始愕然である。
「ビビッとって……。いや、渉? 悪いがお前は」
「――シオっ!! 俺とシオと瞬はさっ!! ……友達、だよね……?」
瞬の声を遮るように大きな声を被せた渉。しかし瞬にではなく俺に、続く哀願するようなゆっくりした言葉も俺に向けて来る。
「あ、あっ、うん。渉は俺の大切な……友達だ……」
渉の勢いにたじろぎながら答える。……というより渉が言ってくれた言葉がとても嬉しかった。
「ちょっ……と、十八……。いや、渉は確かに友達だけどさ……」
がっくりしてしまったような瞬。それを見てようやく瞬の意図がわかる俺。
「ご、ごめん……」
「いや、別に十八は謝らなくていいけどさ……。まぁ、仕方ない、渉も一緒に行くか?」
がっくりしたまま訊く瞬。
「行く行く行く行くっ!! しゅ〜んっ! やっぱりF組の仲良しトリオはいつでも一緒じゃないとねっ!」
瞬の諦めたようなお誘いに表情を綻ばせる渉。そのままで瞬にじゃれつき始める。
「だあぁー!! うっぜぇー!! 言っとくけどお前はオマケなのっ! オマケっ! そこんとこちゃんと理解しろよな!」
本気で嫌そうな顔をしながらじゃれて来る渉を懸命にブロックする瞬。
こうして、日曜日に遊園地に行く事が決定してしまった。
夜、レストラン&ダイニングバーleaf。
「お待たせしました……ドライマティーニです」
小さ過ぎず、大き過ぎず、なるべく低い声で言いながらグラスを静かに置く。
「…………」
カウンターのいつもの席に座る伊集院さん。注文してくれた飲み物で間違いない筈だが、訝しげな表情で俺を見つめて来る。
「伊集院様……如何なさいましたか? お気に召しませんでしょうか? マスター特製のカクテルは最高ですよ? まぁ飲んだ事ないですけどね、はっはっはっ」
お客様の心のケアも立派なバーテンダーの務め。失礼の無いようにユーモアを混ぜた会話で気遣います。
「……シオ君、大丈夫? 随分とご機嫌みたいだけど、はっきり言ってキモいよ?」
おっと、いかんいかん。少しユーモアが高度過ぎたようだ。
「失礼……レディ。つまり私の言いたい事は貴女がお美しい……。それだけです」
アルコールを嗜む大人の女性に対して捻りを利かせ過ぎてしまったよ……はっはっは。
俗世を逃れた一人の迷い猫。無粋な言葉は必要ないね。私もまだまだだね?
「…………」
訝しげな表情を濃く、いや、何やらかわいそうな物でも見るように顔をしかめる伊集院女史。
「絡むだけめんどくせぇだけっスよ。塩田ってたまにこうやって意味不明になっから」
いつの間にかいた永島さんが言う。
やれやれ。
……と、浮かれている俺は何やら勘違い気味に仕事を張り切っていた。
更にバイト終了後、帰宅した自分の部屋。
もうすぐ日付が変わるという時間、突然掛かって来た電話の相手は瞬。遅くにすまん、の後すぐに続いた話はもちろん。
『渉の相手をどうするかだよ……』
「ああ……そうか……更にもう一人って事だよね?」
渉の相手。つまり日曜日の事で間違いなかった。
『ああ、男女で遊びに行くんだから必然的にペアが発生すると思うんだ。刹那には十八、お前だろ? 協力してもらう海老ちゃんの相手は俺がするつもりだったけど……。あの馬鹿の相手はどうするよ?』
電話口の向こう、酷く疲れた声の瞬はいつため息が混ざってもおかしくないように言う。
「うーん……やっぱりああいう所に行くとしたら偶数じゃないと駄目なのかもね?」
全部が全部ペアで行動する事は無いと思うが、何かの乗り物に乗る時なんかはペアが基本になるのかもしれない。男女で遊びに行くという事なのだからどうしてもついて回る問題のような気がする。
『適当なヤツを連れて行ってもみんなに面識が無いと白けるだろうし……。執行部内でっていっても……なあ?』
恐らく学校一モテモテの瞬に掛かれば誰かしらの女の子を連れて来れるかもしれない。しかし刹那や海老原さん、俺といったメインの面子がギクシャクしてしまうかもしれない事を危惧しているみたいだ。
「ルナちゃんとかは?」
執行部内で一番人当たりが良くて順応性の高そうな人物の参加を提案してみる。
『一応話は振っておいたが……ルナは無理だと思う。橘や進藤も同じだと思う……』
???
無理?
『あ〜〜、とにかく、なんとかしてみるよ。こないだの合コンの話で渉に悪いと思ってたのは確かなんだ……頑張ってみるよ』
俺が悩み出したのを電話越しに感じ取ったのか、話を無理矢理まとめようとする瞬。
珍しく困った様子の瞬に嬉しくなってしまう。愚痴めいた事を俺に漏らしてくれた事が嬉しかった。
「……瞬? ちょっと言うのが恥ずかしいけどさ。俺さ、瞬がしてくれる事がさ……嬉しいよ。いつもそうなんだと思うけどさ……今回のもそうなんだろ?」
日曜日。俺も行きたいとか言っていたが瞬が立てた計画の中心は間違いなく俺。
いろいろと考えてくれたのだろう。渉というイレギュラーがあったとしても、その俺が渉の参加に喜びを感じている事もわかっていてくれている。悩んで悩んで、何が一番俺が喜ぶかを考えてくれている。
だから俺にこうして電話してくれたのだと思う。
なんだって完璧な親友はこういう時だけわかりやすくて困る。
『……十八……』
深い息を吐くように俺の名前を呼ぶ瞬。
「いつもいつも瞬によっ掛かってばかりで悪いのは分かってるけどさ……。日曜日……楽しみにしても、いいかな?」
瞬だから。
電話だから言えた言葉。
偽らなくてはいけない自分の弱さを晒してしまう。
親友の想いに少しでも応えたかった。
『……当然だ、十八。お前は当日に刹那とイチャつく事だけ考えてろ……』
話す内容とは違い、静かな声で応えてくれる瞬。冗談にもいつものキレが無かった。
「馬鹿言うなよ……。俺はお前がいてくれれば楽しいよ」
本心を下らない冗談として返しておく。
『はは、了解だ。もう一人の事は任せてくれ。……明日、また連絡する。おやすみ』
「ああ……おやすみ」
ツーツー
眠る準備を済ませたままの体制で通話の切れた携帯を眺める。
冷えきった自分の部屋。
親友の願う最高の日曜日の光景を思い浮かべる。
当然笑顔が零れる。
しかし、すぐに笑顔が絶える。
自然と思い浮かべた楽しい日曜日の光景。
同時に浮かび上がった遠い昔の日曜日の光景。
遊園地。
笑顔が絶えない場所。
たくさんの幸せが溢れる場所。
あの時のように……。
俺はまた、笑えるだろうか……?