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034 第一章刹那22 追懐


 目の前の超絶イケメンは山崎渉。俺の親友であり、俺がもっとも尊敬する男だ!


 無造作に散りばめた少しだけ長めで明るめの髪。中性的な顔立ちはかっこよくも見えるし、かわいくも見える。そう、要するにいい男だ!


 くそぅ、羨ましいぜ!


 顔がいいだけではない。身長は160センチそこそこ、しかし渉の堂々とした立ち居振る舞いからだろうか、とても大きく見える。そう、要するに全て規格外だ!


 くそぅ、男の中の男だぜ!


 そして忘れてはならないのが、渉のカリスマ性だ。運動神経は超抜群でみんなの憧れの的。勉強では目立った凄さを見せないが、実力を隠しているに違いない。多分みんな知ってる。そう、要するにモテモテだ!


「くそぉ、スゲーぜ! 凄すぎるぜ! 渉!」



「「…………」」


 瞬と二人、目の前で戯言を言ってる宇宙馬鹿を疲れた目で見やる。周りにいるクラスメイト達も見慣れた馬鹿の異変を一瞥するだけで昼食を開始している。


 一応言っておくが、冒頭の世迷言は全て渉の独り言である。


「さあ、エキストラは放っておいてさっさと行こう。刹那と海老ちゃんが待ってる」


 いつもの迷惑そうな表情のまま俺を促す瞬。


「ああ、同感だ」


 昼休み開始直後。俺達はクラスメイトAを残して時計棟に向かったのである。


「ちょちょちょちょっ! ごめんっ! ごめんよっ!! 久し振りだったからさぁっ! 調子乗りましたっ! ああんっ! 待ってぇっ!」


 放置である。







 時計棟屋上。


 空は灰色、昨日に引き続き生憎の曇り空。11月半ばを過ぎた外の空気は冷たい。如何に晴れていたとしても流石に外で昼食を食べるには無理がある季節になって来た。


 しかし、どうだろう。


 寒空の下に咲く可憐な花達。彼女達がいるだけで冬の到来を知らせる冷たい曇り空も晴れ渡るというもの、実際晴れる訳ないけど晴れ渡る気分になるというもの。


 春だ。冬を通り越して春が来たに違いない。


「あなた非常に遅いわ! そして非常に寒いわ!」


 さながら英国風のオープンテラスに座る淑女のようだった刹那が言う。


 ぶち壊しである。


「ご、ごめん」


 条件反射で謝る俺。だいたいスカートが短すぎなんじゃないか! とかツッコミたいが黙っておく。刹那の反応にも、いい加減体が慣れてしまった気がする。


「ほらほら、怒らない怒らない。せっかく海老ちゃんが弁当を作って来てくれたんだ。痴話喧嘩は後にしていただこう」


 苦笑する瞬がシルバープレートに乗った俺製のティーセットを並べながら言う。なんだろ、凄いかっこいい。あまりに様になり過ぎていて、高貴な淑女に仕える若い執事を連想してしまう。……俺はその脇で奥様に怒られる庭師といったトコだろうか。


「ぷっ、痴話喧嘩? このヘタレ下男と私がもつれるような話があるなら聞いてみたいわ」


 何故に吹く。せめて怒ってくれても良かろうに。


「……とにかく、瞬の言う通り早くいただこう。海老原さん、いいかな?」


 ツッコんだらツッコんだだけヘコみそうだったので諦める事にした。ぼぉ〜っと成り行きを見守っていた海老原さんに尋ねてみる。


「…………」


 カクン


 頷くと目の前の包みを……?


「じ、重箱?」


 海老原さんがのんびり解いた風呂敷の中はなんとも豪華な三段重だった。俺はもちろん、瞬と刹那も驚いた様子で海老原さんを見やる。みんなツッコむべきかツッコまないべきか迷ってるような感じだ。


「…………」


 少しカクカクしたような動きで御重を並べる海老原さん。俺達の視線に気付いているのか気付いていないのかわからないが、緊張してるのか?


 開けてくれた重箱を見てみる。


「――って、すごいっ!! 美味そぉっ!!」


 思わず叫ぶ俺。


 見ただけで物凄い手間が掛かっているのが明白な海老原さんのお弁当。びっくりしてしまう位の凄い物だった。


 一の重。たくさんの俵に結んだ小さめのおむすびが綺麗に並んでいる。たくあんやしば漬けなどの付け合わせも盛り沢山だ。


「……みんなで……食べれらるように……おむすびにしたの……こっちが……お塩だけ……こっちのは、具入り……梅干し……シャケ……昆布……明太子…………それで……こっちのは……おこわおむすび……」


 くいっくいっと指差して説明してくれる。


 どれも均一の大きさに作られたおむすびは海老原さんの優しさが滲み出ているように暖かい気がした。


 二の重。揚げ物と焼き物の重みたいだ。昨日も見た綺麗な焼き色の卵焼きと魚の照り焼き。多彩な種類の野菜の天ぷら、味付けが変えてあるのか区分けされた焼き肉。


「……卵焼き……半分は、甘く……もう半分は、甘くないの…………照り焼きの……お魚は……(さわら)なの……寒鰆……今が旬なの……」


 もじもじしながら説明してくれる海老原さん。


 自分でも料理を作る俺にはわかった。所狭しと並ぶおかず達、どれも丁寧に綺麗に彩られていた。それがどれだけの手間や時間が掛かる事を知っていた。


 三の重。煮物と和え物の重みたいだ。筑前煮、大根煮、挽き肉入りのひじき煮。春菊のごま和えとホウレン草とコンニャクの白和え。きんぴらごぼうもある。


「……今日は……全体的に……和風に……してみたの……」


 消え入りそうな声でそう言うと下を向いてしまう。相当恥ずかしそうである。


 はっきり言ってどれもこれもめちゃめちゃ美味そうである。しかし、三つの重箱に目一杯に詰め込まれたおかずやおむすびは明らかに10人前位はある。


 俺達は四人。どう考えても多過ぎる気はする。


「随分と大きな包みだと思っていたら……。曜子? 少しやり過ぎじゃないかしら?」


 苦笑いの刹那が優しくツッコむ。


「……頑張ったの……」


 下を向いたまま答える海老原さん。



 たくさんのおかず。


 おせち料理を思わせるような重箱に詰められた海老原さんの手料理。


 たくさんの手間が掛かったであろう。朝早くに起きて、いや、前日から買い物をして、下拵えをして、俺達の為に。


 そう……間違いなく俺も含めてくれている。


 俺が口走った言葉なんかにこんなにも大きく応えてくれた海老原さん……。



「いただきます!」


 手を合わせてそう言うと手近にあるおむすびを掴んで口に放り込む。


 ほとんど無意識だった。


「ちょ、ちょっと! 十八! 行儀が悪いわよ!」


 俯く海老原さんを気遣うように覗き込もうとしていた刹那が俺を窘める。


「だってさ、美味そうなんだもん。しょうがないじゃん」


 しっかり飲み込んでから答える。


 おむすびはとても美味しかった。俺が取ったおむすびは具入りじゃない塩むすび。でも本当に美味しかった。ご飯と塩と海苔だけのおむすびだけど、本当に本当に美味しかった。それを食べただけで海老原さんのお弁当が全て俺のどストライクである事がわかった。


 どれも俺の一番好みの味付けだと確信した。


「もう! 呆れちゃうわ。曜子がせっかく作って来たんだから、もっと感謝を込めて食べなさいよね!」


 本当に怒ってはいないようだが、出来の悪い子供を躾るみたいに呆れる刹那。


 感謝……してるさ。


 心から感謝してるさ……。


「いただきま〜す!」


 自分の中に波打つ『何か』の感情に入り込もうとする俺の隣からの能天気な声。


 笑顔の瞬がばくばくおむすびやおかずを食べ始めている。


「ちょっと! 瞬まで!」


 呆れた表情をそのまま瞬に向ける刹那。


「堅い事言わない言わない。わかってたけど美味いよ美味い! 海老ちゃん! 美味いよ!」


 無駄に高いテンションで刹那を受け流す瞬は俯く海老原さんに言う。瞬の本心からの行動だろうが、切っ掛けは恐らく俺。……本当にお節介な親友だ。


「……う、うん……ありがと……たくさん……食べてね……」


 顔を上げた海老原さん。そうは答えるが、瞬ではなく俺を見る。


 じぃ〜


 と、いつもの凝視かな、とも思ったが、少し違う。何処となく不安そうに見つめる視線だった。


 俺は浮かんで来る自分の感情に任せて口を開く。


「刹那。俺が悪かったからさ、もう食べよう? 時間がもったいないし、紅茶も冷めちゃうよ。海老原さんが作ってきてくれたお弁当をみんなで楽しく食べる、その時間は長い方がいいだろう?」


 海老原さんの視線を受けたまま言う。


「分かってるわよ……。いただきます!」


 ちょっぴりすねてしまったような刹那は些か投げやりな感じで号令した。


 一瞬だけ隣の瞬と苦笑を合わせると俺達も続く。


「「いただきます!」」


「……いただき、ます……」


 囁くように海老原さんも乗ってくれた。





 短い昼休みも中頃まで過ぎてしまった頃にようやく昼食が始まった。


 海老原さんのお弁当。思った通りにどれもこれも俺の大好きな味付けだった。俺は美味しくて、嬉しくて、昼休み中ずっと笑顔だった。


 お腹が減っていたのもあるけど、少食を自覚する俺はたくさんたくさん食べた。


 残さず食べた。


 もちろんほとんどは瞬が食べてくれたけど、俺もたくさん食べた。


 仏頂面だった刹那も笑顔の俺と瞬に釣られたのか、途中からは楽しそうに笑いながら食べていた。


 海老原さんも食べている俺達を見守りながら楽しそうに微笑みながら食べていた。


 ご馳走さまを言った時に見た海老原さんのはにかむような表情は一生忘れられないだろう。


 楽しい昼休みの昼食。


 みんなと笑い合いながら俺は思い出していた。


 笑顔で囲む食卓。


 美味しい手料理。


 懐かしい幸せの光景。


 毎日決まって訪れる団欒。




 俺は思い出していた。


 家族で囲んでいた食卓を……。


 料理が得意だった母さんの事を……。








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