003 プロローグ03 観望
私立久住ヶ丘高等学校。くずみがおか、と読む。
普通科のみのくせに全生徒数は1506人。
所在地は久住市久住ヶ丘。名前の通りに高台に位置する高校である。久住市に高校はこの『クズ校』しか無い。隣町や電車に乗れば沿線にも高校はあるが、久住市の高校生のほとんどはクズ校に通う。
そのクズ校、私立だけあって校内の施設は充実している。学食だけでも五つあり、購買は12ヶ所ある。各教室にはエアコン完備、特別講師も含めて教師も100人以上。駅と学校を往復する専用送迎バス、敷地と校舎も無駄にデカくて生徒が1500人以上いてもスカスカだ。学校内に広大な緑地公園があったり、何故か教会まである。
何でも町に住む大金持ちが全面的にバックアップしているらしく、授業料は公立並。それでこの充実した施設なら、みんな通うのは当然だろう。いや、このクズ校には施設以外にも特徴がある。それは『生徒主義』という制度だ。これだけ聞いても訳がわからないが意味はそのまんま、『生徒の生徒による生徒の為の学校』とかいうやっぱり訳のわからない制度である。しかし、その制度のお陰でクズ校は自由極まりない校風を持っている。それが一番の人気の秘訣らしい。
「何を一人でぶつぶつ言っているんだ?」
校門へと続く緩やかな坂道の途中、瞬の声にはっとする。
「い、いや。気にしないでくれ」
その生徒主義を取り仕切るのが今の瞬も所属する『生徒会執行部』。生徒会長ともなると教師よりも発言権があるらしい。
生徒会長。生徒主義と銘打つだけあってもちろん全校生徒による投票で選抜される。現在の生徒会長は開校から十五代目。二期連続当確している為、十六期目の生徒会長。最早カリスマと化していて二期とも圧倒的多数で当確した。
佐山刹那。
瞬の双子の姉だ。
朝から仰仰しいくらいの警備員の立つ校門をくぐる。時間は早いが多数の生徒達で溢れ返っている。クズ校のシンボルの一つでもある前庭の噴水、生徒達はその噴水を迂回しながら校舎に続く石畳に吸い込まれて行く。
部活に精を出す奴。友達と談笑を交す奴。無言で通り過ぎる奴。誰もが皆、青と黒を主体にしたブレザーを着た同世代の高校生達。
俺も同じ筈。でも、俺は無意識に羨望の眼差しを送ってしまう。
「……瞬」
締め付けられるような心を隠しながら瞬に呼び掛ける。
……居ない?
「瞬?」
おかしいなと、もう一度呼び掛けた時に少し後方に瞬を発見する。困った顔の瞬の周りには数人の一年女子。実は毎朝のように見掛ける光景である。
「先に教室行ってるからな……」
ぼやくようにそう言うと校舎に向け歩き出す。悪い!って感じの視線を送って来た瞬は放置しておく。
瞬と別れた俺は一年二年校舎の中を歩いていた。
クズ校の校舎は全部で7棟ある。一二年校舎。三年校舎。文化部の部室などがある部活棟。音楽室などの教室がある別棟。専門講師の専用教室のある特別棟。蔵書数200万冊を誇る図書館棟。そして無意味な時計塔が突き出た生徒会専用の時計棟。校舎の他にも体育館が四つ、武道場が三つ。その他にも訳のわからない建物がいくつかある。俺なんか未だに迷ってしまう事もある。
と、いろいろ考えながら歩いていたら自分の教室に着いてしまった。
2年F組、俺のクラス。ちなみに瞬も同じクラス。この学校、どう調べるのかはわからないが、仲のいい友達とは必ず同じクラスになる。各学年12クラスずつあるのに瞬と同じクラスになれたのはそのお陰だと思う。
俺は瞬以外友達がいないのだ……。
「……おはよう」
控え目に挨拶しながら教室に入る。返事は無い。教室には誰もいなかった。HR開始まではまだまだ早い、当然のようにF組は無人だった。
「…………」
挨拶した事をちょっぴり後悔しながら窓際最後尾の自分の席に座る。
いつもの事だった。瞬に付き合うとだいたい一番乗りだった。誰もいない教室。部活に励む生徒達の声だろうか、遠くからは喧騒が聞こえてくる。対してこの教室から発する音は無い。表現するなら『寂しい』だろう。
でも、俺はこの無人の教室が好きだった。一人でいるのが好きな訳ではない。俺はただ学校が好きなだけ、教室が好きなだけ、俺がいてもいい場所が好きなだけ。このクラスのみんなはいいヤツばかり。そのみんなの場所に俺がいれるんだ……最高だ。
今なら誰にも迷惑は掛からない。俺がその場所にいても、大丈夫。
視線を外に向ける。
今朝予想した通りに綺麗な青空だった。
多目的ホール。
HRを終えた俺はそこに来ていた。俺だけではない。クラスメイト達も一緒だ。今日の一限目は授業ではなく、月に一度開催される生徒会執行部による定例説明会がある為だ。瞬が朝早くに登校した理由もこの説明会の準備があるからである。
1500人を易々と納める多目的ホール。端っこの人なんて豆粒に見える。俺達二年生は丁度ホールの中心くらいの場所に整列している。正面中央に位置する壇上、そこで執行部による説明が始まる訳だが、それもやっぱり豆粒くらいにしか見えない。まぁ問題ない、壇上の上には巨大な電光スクリーン、でっかいスピーカー。既に慣れてしまったが、有り得ない施設充実振りに最初はかなり驚いた。
『――静粛に』
ホールにそのスピーカーからの声が響く。瞬の声だ。
『ただ今より11月の説明会を開始します。全校生徒の皆様、壇上、もしくはスクリーンをご覧下さい』
堂々と響く親友の声。ついさっきまで肩を並べていた奴の声。思わず苦笑してしまう。瞬に対してではない。……これは自嘲に他ならない。
『皆様。おはようございます』
声が変わった。
『本日は貴重な授業時間を我が生徒会執行部説明会にお割き頂き、まことにありがとうございます。進行、説明共に生徒会長である私、佐山刹那が勤めさせて頂きます』
瞬のそれよりも凛とした声を響かせる。
スクリーンに映し出される堂々とした姿、遠くから聞こえる声を聞いて……映像越しに遠くに見える姿を見て……。
再び苦笑してしまう。
続く声を聴くが頭には入って来ない。
壇上に立つ生徒会長。
壇上に立つ同級生の女の子。
彼女は俺が小学校を卒業するまで一番仲の良かった友達だった。