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028 第一章刹那16 徴候


 二回戦、第一試合。刹那と青葉先輩の試合である。


 試合開始前、刹那側のベンチには執行部の全員が集合していた。


「私のルナをコテンパンにしてくれちゃってさ! ただじゃおかないわ!!」


 何やらやる気満々の刹那。ぷんすかしているだけにも見えるが試合に対してのモチベーションは高そうだ。


 それにしても俺はさっきから非常に落ち着かない。ぷんすか刹那が気になるからというのもあるが他にも気になるものが二つある。


 一つは周りの視線。ルナちゃんと青葉先輩の試合の時のギャラリーも凄かったが、この試合、明らかにそれ以上の人垣で溢れ返っている。人数が増えただけではない。男9に対して女1、フェンス付近は見てるだけにも暑苦しい野郎の壁が構築されている。野郎どもの視線は刹那やルナちゃんに向けられている気もするし俺に向けられている気もする……。なんかG組の連中みたいな視線を感じるからたぶん間違いない。


 気になるものはもう一つ。反対側のベンチ。しっかり俺のジャージを着てくれてる青葉先輩。独りぼっちでストレッチなんかやってる。

 対してこっちのベンチでは選手である刹那を含めて7人。座れない俺と瞬は立っているくらい。


 うーむ……やっぱり考えるまでも無いな。


「俺さ、あっち行くから」


 さり気なくみんなに言う。


「あっち? あっちってどっちだ?」


 隣に並んで立つ瞬が反応してくれた。トイレか?みたいなノリである。


「青葉先輩んトコ」


「ああ、そうか……って、えっ?」


 しーんと間が空く。


 みんなきょとんとして、目をぱちくりしている。軽く驚いたような瞬は固まってしまっているし。


「えっ? 偵察?」


 ぱちくりしながら言う刹那。


「いや、違うよ。なんか先輩一人だからさ、なんとなく」


 再びしーんと間が空く。


 みんな鳩が豆鉄砲って表現がぴったりな表情で俺を見てくる。


「はあ〜〜? どうして敵陣地にあなたが行くわけ? あなたは執行部で会長補佐でしょう?」


 思い出したようなはっとしたような勢いでくわっとする刹那。


「いいじゃん、こっちいっぱいいるし」


「あんたは――」

「いいよいいよ。こっちの事は気にしないで行って来い行って来い。うんうん、いいぞぉ〜、十八が自発的に女の所に行くなんて初めてじゃないか? くくくっ! いいぞぉ! 行って来い!」


 俺の行動を推してくれているらしい瞬が刹那を制する。にゃはは笑いでなんだかやたらと嬉しそうである。


「ちょ! 十八!」


 納得いかないらしい刹那が何か言おうとするが、にゃははな瞬に完璧にブロックされてる。瞬は親指を立てて爽やかに笑いながら、ここは任せろ!みたいな目配せを送ってくる。


「大丈夫、刹那の応援はちゃんとするからさ」


 後が怖いので一応そう言っておく。


「せんぱい。ルナも行ってもいいですか?」


 橘と進藤さんに挟まれて座っていたルナちゃん、なんだか嬉しそうに訊いてくる。


「は? ちょっと! ルナ!」


 驚いたような表情の橘が追い縋ろうとするが、ルナちゃんはやんわり笑顔を向けるだけで俺の腕にしがみ着いてきた。


「ルナも青葉先輩が寂しそうって思ってました!」


 そう言っていつものように笑顔で見上げてくる。心なしいつもより笑顔もむぎゅ具合も強力な気がする。


 流石に察した。


「オッケーオッケー! 行こ行こぉっ!」


 ルナちゃんの自然な優しさを感じる事が出来たから敢えて軽いノリで了承しておいた。


 俺のお節介に賛同してくれる人は瞬だけだと思っていた。もちろん俺なんかの為ではなく先輩の為だが、ルナちゃんの笑顔が心から嬉しかった。







「青葉先輩!」


 青葉先輩のベンチに着くや否や元気に先輩を呼ぶルナちゃん。


「えっ? ……毬谷?」


 ぐいぐいストレッチをして試合開始を待っていたらしい先輩。突然声を掛けられたルナちゃんにびっくりしてる。


「先輩のサポーターが到着です!」


 驚く先輩に対して嬉しそうにはしゃぐルナちゃん。


「サ、サポーターって……何よそれ? もしかしてソイツも?」


 俺の方をチラ見しながらルナちゃんに訊く先輩。


「はい! ルナ達、刹那先輩にも頑張ってほしいけど青葉先輩にも頑張ってほしいんです!」


 元気に笑うルナちゃんは狼狽え気味の先輩を無視して捲し立てる。俺も含められて言っていたみたいだが、言ってる事はその通りだった。


「い……意味不明だわ! あなた達は執行部じゃない! だいたい刹那に怒られちゃうわよ? ちょっと! あなたも何か言いなさいよ!」


 困り果てたのか俺に振って来る。


「いや、何かって言われても別に……ルナちゃんの言う通りだし」


 先輩の言いたい事はわかるが、はっきり言って俺達の事はどうでもいい。


 球技大会という学校行事。この個人戦が自由参加であるように応援する事だって自由な筈だ。迷惑かもしれないが頑張ってほしい人の応援をする事は自由な筈だ。


 先輩が嫌だと言えばそれまでたが、青葉先輩はそんな事を言う人じゃないと思う。


「先輩の、お友達の応援しちゃ……ご迷惑ですか?」


 ひたすら困り果てる先輩の反応を見て悲しそうに呟くルナちゃん。


 俺の思っていた事を綺麗に伝えてくれた。


「ちちちょっと! 迷惑なワケ無いじゃない。う、嬉しいに決まってるでしょ?」


 途端に高速であたふたする先輩。その反応を見て、やっぱりいい人だなぁ、って思ってしまう。


「じゃあ……ここで応援してもいいですか?」


 反則とも取れるうるうるな上目遣いのルナちゃん。それを見た先輩は困った表情で中空を眺めると息を吐く。そして肩を落としながらもどこか嬉しそうに呟く。


「昨日の敵は今日の友……わかったわ、毬谷」


「先輩?」


「頑張るから応援、してくれる?」


 先輩よりも背の低いルナちゃんに視線を合わせるように屈みながら言う先輩。


「……は、はい! 頑張って下さい!」


 元の元気な笑顔で先輩に応えるルナちゃん。


「…………」


 ……ええ話や。若干俺が蚊帳の外気味だったが良しとしておこう。





 少しして審判に呼ばれてコートへと出陣する先輩を見送る。刹那ベンチからも刹那がコートへと歩いて来る。途中、振り返ってルナちゃんに笑い掛ける先輩。俺の方もちょっとだけ見てくれた気がする。


 先輩と刹那、二人がコートに入ると会場が湧く。主役となる二人の有名人の入場にギャラリーは興奮状態である。その熱気に当てられたのか俺までハラハラして来た。先輩もかなりのやる気のようだし、刹那も……?


「えっ?」


 胸元に構えたラケットのガットを指でカリカリしている刹那。闘争心むき出しといった感じでかなり迫力がある。


 しかし、なんだろう……その闘争心、青葉先輩を通り越して先輩の後方にいる俺に向けられているっぽいのは気のせいだろうか?


「刹那! 去年はあなたにいいようにやられたけど今年は負けないわよ!」


 何やら因縁があるらしい刹那と先輩。ラケットを刹那に構えながら宣言する姿は見た事ないけど昔のスポ根アニメっぽい気がする。


「はいはい、いいから早く始めましょう? 少しばかり予定があるので急ぎたいわ……」


 かったるそうな刹那は先輩の方を見ないでそう言うとギロリと俺を視線で射抜く。


 予定って俺?


「せんぱい、ロックオンです……」


 ぼそっと呟くルナちゃん、意外と鋭いらしい。




 試合開始。


 サーブ権を得た刹那がサーブを――


 ヒュゴッ!!


「えっ!?」


 ひゅご? なんか一瞬ほっぺが涼しかったぞ?


「フィフティーン‐ラブ」


 審判さんがおっしゃる。


 恐る恐る振り向いてみると俺の後ろのフェンスにテニスボールが突き刺さっていた。ぞくりと背中に寒気を感じながらコートに視線を戻してみる。


 もの凄い残念そうな表情の刹那と目が合った。


「せんぱい、ロックオンです……」


 ぼそっと呟くルナちゃん、意外とボキャブラリーに長けているらしい。




 刹那と先輩の試合は凄かった……いや、刹那が凄かった。


 感心してしまうほど上手なテニスをするルナちゃんを圧倒的な実力差で破った青葉先輩。刹那はその青葉先輩を完全に子供扱いしていた。刹那と先輩の実力差のルナちゃんと先輩のそれ以上である事は間違いない。


「ゲームセット。ゲーム&マッチ、ウォンバイ佐山」


 試合結果は刹那のストレート勝ち。完全に刹那のワンサイドゲームだった。


 予選、一回戦ともに見ていなかった俺は初めて見る刹那の超人っぷりにひたすら愕然としていた。


「くーやーしーい!! なんなのよぉ! あの化け物はぁ!!」


 ベンチに戻って来た先輩はジタバタと地団駄を踏む。


「どんまいです! 青葉先輩!」


 いや、今それを言ってもしょうがないでしょ。








 夕方。執行部テント。


 今日の個人戦は片付けも少くもあり、あっさり終わってしまった決勝リーグの影響もあり、手持ち無沙汰の俺はまったりしていた。


 決勝リーグ、優勝は女子が刹那、男子が瞬だ。瞬はともかく、刹那の試合はあまりに圧倒的過ぎて、圧倒的でした、としか表現出来ない。


 橘や進藤さんも頑張っていた? 頑張っていたようだが残念な結果に終わっていた。



 二回戦の橘対進藤戦を回想してみよう。


『決勝まで行ったら会長と試合しないといけないんだよなぁ』


 ぱこーん


『巴に譲ろうじゃないか』


 ぱこーん


『いやいや、あたしじゃ荷が重い。円に任せるよ』


 ぱこーん


『ちょっと! 試合中の私語は厳禁です! しかもラリー中に!』



 なんて感じで早々に試合を投げていた。結局橘が勝ったのだが、準決勝で三年生に素で負けてしまっていた。


 男子の方はあんまり見ていないから渉がどうなったかは知らん。




「十八? 訊きたい事があるけど……いいかしら?」


 全試合を終えた刹那、ひたすらぼぉ〜っとする俺に静かに訊いて来る。


 半端じゃなく怖い。俺が先輩ベンチに行った二回戦以来、刹那は終始おかんむりのご様子で口を利いてくれかった。だから改まれると凄い怖い。


「な、なに?」


 いろいろ構えながら応えてみる。


「ずいぶん青葉華朱美と仲がいいみたいだけど……あなた、風紀委員の回し者かしら? ……そうそう、ルナまでたぶらかしていたわね……そういえば」


「な、何を言ってるんだよ刹那。そんな訳ないよ。先輩とまともに話したのだって今日が初めてだし、ルナちゃんだって関係ないよ」


 ちゃんと正直に言っているのに後ろめたいのは何故だろう。


「ふぅん……私って視力両方2・0なのよねぇ……。先輩の着ていたジャージ、胸元に『塩田』って書いてあったのよねぇ……2年生のラインだったし、あなたは何故か制服だし……不思議よねぇ……」


 明後日に語り掛けるように俺を全く見ないで言う。


「い、いや……その」


「更に聞いた話によると橘と進藤のファンクラブなんかを作ったらしいじゃない……」


 絶対話したの瞬だし、面白がって……。


「えーと、刹那?」


 これってヤキモチなのだろうか? だとしたら嬉しいが……。


「ヤキモチとか訳のわからない事を考えてたらひっぱたくわ。悪いけど欠片もそんな物感じないから」


 読心術?


「とにかく、あなたの行動は少し目に余るわ。明日の野球、大丈夫なの?」


「大丈夫って? いや、頑張る……けど、さ……」


 言いながら気付く。


 何を頑張るんだ? 俺は?


「真面目に出来るワケ?」


 既に苛立ったような刹那が念を押すように言う。



 真面目に、か……。


 言い方から、刹那の表情から、刹那が俺に抱いていた期待が薄くなってしまった事を感じ取る。


 刹那の期待。


 そんな物は始めから幻想に過ぎない。


 俺がそれに応えたいと思う事も……。


 刹那が俺に抱く理想も……。


 始めからどこにも存在しない。



「十八? 聞いてるの?」


 黙り込んでしまった俺を刹那が訝しげに覗き込む。


 幻想か……振り払うなら早い方がいい。


「頑張る、目一杯頑張る。だから刹那、見ててくれ」


 我ながら馬鹿な台詞を言ったものだと思った。


「えっ? ああ、はい。しっかりやってくれるなら私は、いいけど……」


 俺の返答を真面目に受け取った刹那は困惑気味である。




 これでいいんだ……。


 下らない妄想なんか引き摺るだけ馬鹿げている。


 刹那が抱く幻想も……俺が抱く妄想も……。


 ……馬鹿げている。



 嘘でも夢でも無い。


 『今』の俺を晒せばいい。


 これは現実なんだから。







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