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027 第一章刹那15 誤差


「棄権しちゃおうかしら……」


 誰に言うでもなく呟く刹那。いや、たぶん俺に言ったのだろう。


 昼食後の執行部テント。ど真ん中に座る刹那、そのすぐ側に俺と瞬、隅っこでは海老原さんが読書中、会計トリオは三人でどこかに行ってしまった。


 刹那はさっきから機嫌が悪い。でも俺に対してではないと思う。なんだかぐったりしちゃって明らかにダルそうだ。みんなで食べた仕出弁当もほとんど食べずに瞬にあげてしまっていた。


 棄権したいという刹那、個人戦の決勝リーグの事だろう。


「どうして?」


 訊いてみる。


「あいつらに決まってるでしょ! あいつらにぃ!!」


 そんな事もわからないのか?とでも言わんばかりの刹那。同時に不快そうに顔をしかめる、思い出すのも嫌みたいな感じだろう。


 あいつら……それって。


「刹那のファンクラブの連中の事だよ。十八」


 少し離れた所に座る瞬が言う。


 ふむ、やっぱり。


 大の男嫌いらしい刹那。そして男、(おとこ)(おとこ)って感じだったあの人垣から察するに男だらけのファンクラブ。刹那は決勝リーグでもあの状態になるのが嫌なんだろう。


「でも刹那? この個人戦で上位に入らないと体育の単位を貰えないんだろ?」


 軽く呆れてしまったような瞬が言う。


 体育の単位。なるほど、刹那が今朝個人戦にやる気になっていたのはその為か。


「わかってるわよ……ちょっと言ってみただけよ。十八、おかわり淹れて来て」


 机にぐったりしたままぼやくと、空のカップを俺にひらひらする刹那。ご飯は食べれなくても、俺の淹れた紅茶は飲めるらしい。ちょっと嬉しかった。






 午後。決勝リーグ開幕。


 決勝リーグは場所を移してテニス部専用のコートを使う。勝ち残った生徒は男女16人ずつで決勝リーグといってもトーナメント制である。男子の部、女子の部ともに4回勝てば優勝である。


 男子の部を見てみると瞬と渉を始めとした学校内の運動系の有名人の名前が並んでいた。瞬と渉は順当に勝ち進めば準決勝で当たるだろう。

 女子の部も同じで知ってる名前がいくつかあった。その中の4分の1が生徒会執行部のみんなである事に改めて驚く。


 みんなの一回戦、身内同士の対戦は無いようで安心し……?


 第一試合、ルナちゃんの一回戦。


 1年A組、毬谷るな VS 3年A組、青葉華朱美。


 知ってる名前だった。元風紀委員の青葉先輩……確か運動神経抜群だった気がする。


 四つあるテニス部専用コートで男女並行で行われる決勝リーグ。同一回戦に渉の試合もあったがルナちゃんの方が心配だった為、そんなもんは無視してルナちゃんを応援しに行く事にした。自分の試合が7回戦の瞬も一緒である。



 一回戦のコート。


 刹那の予選の時くらいの人垣で溢れていた。しかし野郎の壁という訳ではなく、女の子もたくさんいた。


「ルナと青葉先輩の試合だからな。二人とも一年と三年の美少女四天王の一角だ。正に決勝リーグ随一の好カードって訳だ」


 淡々と語る瞬。


「へぇー……」


「ここじゃ見えない。一応関係者だから、ルナのベンチで応援しよう」


 人垣で溢れ返る観客席やフェンス際。それらを迂回すると瞬はあっさりフェンスの中に入ってしまう。俺も周りの視線に怯みつつちっちゃくなってついて行く。


 中に入ると丁度試合が開始するところだった。ベンチには自分達の試合がまだ後の橘と進藤さんの姿があった。


「って、えっ!」


 コートにはラケットを構えて先輩のサーブを待つルナちゃん。


 その向こう、高いトスを上げた先輩の……、


「やぁっ!!」


 綺麗なフォームからの鋭いサーブ。……それはいいんだが俺の視線はある一点にどうしても集中してしまう。


「なんで制服なんだ!!」


 俺がそう言ったのと同時に先輩の素早いサーブを打ち返すルナちゃん。しかし予選の時のようにライン際を狙ってではない、苦し紛れにどうにか返したという感じだろう。


 待ってましたと不敵に笑う青葉先輩。既にルナちゃんの返したレシーブのフォアに回り込んでいた。


「甘いわねっ!!」


 やはり綺麗なフォームで華麗にラケットを振り抜く先輩。……の一点をまたしても凝視してしまう俺。


「だからどうして制服なんだ!!」


 ラケットを伸ばすが届かない。今度は俺の声と同時に先輩の得点が決まってしまった。


 観客席からは過半数を超える野郎どもの歓声が上がる。少なからず落胆したようなため息混じりの声も聞こえるが野郎の熱気にかき消されてしまった。


 それもその筈、青葉先輩はなぜか制服姿。つまりはスカート。


 さっきからパンツ丸見えなのである。


 しかも見た感じ絶対に生パンなのである。


「行くわよ! 毬谷!」


 華麗に構えるとルナちゃんに宣言する先輩。


 いやいやいや! だーかーらーっ!


「なんで制服なんだってば!!」


「――だあぁぁ! うっせー―!! ジャージじゃなくちゃいけねぇルールは無ぇんだからいいじゃねーか!!」


 ベンチに座っていた橘が痺れを切らしたように声を上げた。


「でも! ほらっ! ほらぁっ!」


 先輩の方を示しながらマズイだろって感じに訴える。


「知らねーよ! パンツくれぇ別にいいじゃねーか! それよりルナの応援しろってんだよ!」


 いやいやいや!! 良くない良くない良くない!!


「十八、マジで応援してやった方がいいかもな。ルナ、ヤバイぞ」


「えっ?」


 悶着かましている橘からコートに視線を移す。


 そして驚く。


 試合は完全に一方的。ルナちゃんは1ポイントも取れないまま、1ゲームが終了していた。


「流石は青葉先輩。運動神経なら学校内の女子でも五本の指に入るだろうからな。瞬発力を活かした素早い試合展開はルナには相性が悪いのかもしれない」


「……ルナちゃん」


 確かにさっきのサーブを見る限り、女の子とは思えない位に凄まじい弾丸サーブだった。いくら運動神経がいいっぽくても小柄なルナちゃんには厳しそうだ。


「おっ、2ゲーム目が始まるぞ」


 瞬の声に再び視線をコートに移す。


「行きますです! 先輩!」


 諦めた様子は全く感じられないルナちゃん。元気な声と共にサーブを放つ。先輩から逃げるように跳ねるスライスサーブ。


「素晴らしいわ毬谷! でも! 甘いわね!!」


 しかし先輩は余裕で追い付いて華麗にレシーブする。もちろん全開でパンツ丸見え、ちなみに色は白である。


 対するルナちゃんは先輩の鋭角なレシーブを読んでいたらしく、ネット際に走り込む。ネット際、ブロックのようなボレー。サーブ&ボレー。自分のサーブになったルナちゃんは戦術を切り替えたようだ。


 でも……。


 ワンバンで高く上がったボレー。その先には既に下がっていた先輩。


 華麗にスマッシュ。


 ルナちゃんは動けない。


 ダメだ……。素人目から見ても実力差は歴然である。



 結果はやはりストレートで先輩の勝利だった。




「負けちゃったです」


 ベンチに戻って来たルナちゃん、がっくりと肩を落として苦笑していた。


「ルナ……」


 橘と進藤さん、心配そうに名前を呼ぶがそれ以上何も言わなかった。俺と瞬もなんて言っていいかわからず黙っていた。


「毬谷」


 青葉先輩だ。


「素晴らしい試合だったわ。ありがとう」


 ルナちゃんに向かい合うとそう言って爽やかな笑顔と共に右手を差し出す。


「青葉先輩……」


 一度俺達に視線を向けるがすぐに先輩の右手を取るルナちゃん。


「はい! こちらこそです!」


 先輩に負けない位の笑顔を返すルナちゃん。そのルナちゃんに応えるように更なる笑顔を返す青葉先輩……。


 青春だ。爽やかだ。


 青葉先輩、堅苦しいイメージがあったが、とても堂々としていて気持ちのいい人だ。


 しかし……、


「先輩はどうして制服なんですか?」


 これだけは気になる。失礼だが訊かせて頂く。


「……誰よアンタ」


 爽やか笑顔から一転、怪訝そうに表情を曇らせる先輩。


「あ、いや。前にも言ったんですけど、塩田です。こないだ執行部に入った塩田、塩田十八です。塩田十八を今一度、今一度、お願い致します」


 ちょっぴり傷付いたが再度自己紹介を試みる。悲しくてか、余計な事も言ってしまった気がする。


「あ〜……で、なに? これ?」


 思い出したのか、どうでも良くなったのか、質問に話を戻す先輩。自分の制服を指で摘みながら訊いて来る。俺を怪しむような表情はそのまんまだ。


「は、はい。えっと、その格好だと…………動きづらくないですか?」


 パンツ丸見えじゃないですか?とか言いそうになったが流石に飲み込んだ。


「べ、別に……私ぐらいの実力になればわざわざ着替える必要が無いだけよ」


 何故だか少しムッとしたように言う先輩。


 ???


「絶対、忘れて来ただけと見た……」


 ぼそりと呟く進藤さん。


「うっ、進藤」


 図星らしい。


 うーむ、これは考えるまでも無いな。


「先輩、ちょっと待ってて下さい」


「はあ?」


「すぐに戻るんでそこのフェンスの所で待ってて下さい」


「どうして私が……ってちょっと!! 待ちなさいよ!!」


 首を傾げる先輩とぽかーんとしているみんなを残して俺は駆けて行く。





 しばらくして戻って来ると、先輩はちゃんと待ってくれていた。他のみんなの姿は無かった。


「すいません。お待たせしました」


 待ってはくれたみたいだがずいぶん機嫌を損ねてしまったようだ。何も言わず、ぶすっとしながら俺を見て来る。


「……で、なに?」


 不機嫌そうな表情のまま俺を促す先輩。早く目的を知りたいらしい。


「あっ、いや。えーと、これを」


 俺は手に持っている物を渡す。


 条件反射で受け取る先輩。


「???」


 渡した物を見て先輩は目を丸くしてしまう。


 俺が渡したのはジャージ、俺がさっきまで着ていた脱ぎたてほやほやの俺のジャージである。必然的に今の俺の格好は制服だったりする。


「えっ? なに?」


 最早びっくりしたような表情の先輩。俺の顔と俺のジャージを交互に見比べている。


「ちょっと? もしかして着ろって事?」


 びっくりしたような表情のまま訊いてくる。


「はい」


 やはり失礼だがはっきり言わせて頂く。


「ラインの色は違うし、ちょっと大きいかもしれないんですけど使って下さい。洗濯してあるし、今日は汗掻いてないから大丈夫ですよ」


 先輩であり、面識もほとんど無い人であるにも拘らず、些か慣れ慣れしい俺。普通に考えたら言葉を選ぶところだが思った事をずけずけと言ってしまう。


 どうしてかはわからない……不思議だった。


「――なっ!? 意味不明だわ! どうして私があなたのジャージを着なくてはいけないの!?」


 苛立ったような先輩。


 うーん……先輩には申し訳ないが全く怖くない。刹那と比べるとまるで普通だ。


「先輩がパンツ丸見えだからです。良くありません。俺のジャージが嫌だったら瞬のジャージを持って来ます。それでも駄目なら仕方がないので試合前に人払いをします」


 明らかに俺らしくない。しかし何故だろうか……この人を見ていると無性にお節介を焼きたくなる。


「……刹那に……言われたの?」


 俺の捲し立てた啖呵が効いたのか、おとなしくなった先輩は言う。


 刹那?


「いえ。刹那も執行部も関係ないですよ。俺のお節介です」


 俺の言葉を聞くと考えるようにジャージを凝視する先輩。迷っているように見える。


「……そ、わかったわ、着てあげる」


 ため息混じりに言う。


「そうですか、良かった。好きに使ってもらって構わないんで」


 ちょっと強引すぎた気もするが、これで先輩はあんな見世物みたいな視線を受けずに済むだろう。


「ところでみんなはどこに行ったかわかります?」


 待たせていたのは先輩だけだが、瞬までいなくなってるのがちょっぴり寂しかった。


「第二試合の刹那の試合を応援に行ったわ」


「…………」


 やっばぁい……応援に行くと言った訳じゃないが、なんとなく怒られそうだよぅ。


「お、俺、もう行きます!」


 言いながら踵を返す。


 急いで応援に行かなくてはならない。


「ちょっと待って!」


 駆け出そうとすると先輩に呼び止められた。


「えっ? はい?」


「えっ、と……」


 振り返って見た先輩は言葉を切ってもじもじしていた。


「……ありが、とう……」


 そのまま俺のジャージに向けてぼそりと呟く。何やら恥ずかしそうである。


「…………」


 とても小さな声での言葉であったが俺にはわかった。


 しっかり伝わった。


 この言葉が先輩の心からの言葉である、と。



 ……やっぱりこの人はとても気持ちのいい人だ。


 自分の考えを押し付けようとしない。自分の考えを真っ直ぐに伝えようとしてくれる。しかもその考えはとても優しい。とても不器用だけど、大切な所は本当に優しい。


 俺は彼女に対して肩書きや噂話で大変失礼な偏見の目を持っていたようだ。



「はい。先輩も頑張って下さい! じゃっ!」


 嬉しさと恥ずかしさと後ろめたさの入り混じった言葉を残してその場を後にする。


 何故だか振り返るのが恥ずかしくて振り返れなかった。









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