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026 第一章刹那14 軽佻


 蒼穹によく映えるボール。


 高く高く上がったボールはゆっくりと落下する。


「――ハァッ!!」


 短い掛け声と共に強烈にラケットを振り下ろす瞬。真芯で捕えられたボール、周りの喧騒をかき消す位の大きな音、早いなんてレベルじゃないスピードで振り下ろされたラケットは離れていても風圧を感じそうなほど凄まじい。


 一瞬を置いて違う大きな音。ボールが地面を跳ねた音。爆音と云っても過言ではない荒々しい音。


 ぴくりとも動かない対戦相手の生徒は何が起こったのかもわかっていないように見える。


「ゲ、ゲームセット……。ゲーム&マッチ、ウォンバイ佐山」


 審判をやっているテニス部のヤツも驚愕を隠せない様子である。


 それはそうだろう。


 今の試合。瞬の相手は三年生、しかも元テニス部員の先輩である。この個人戦、協賛してくれているテニス部の生徒は参加出来ない。しかし既に引退している三年生は別である。つまり瞬の相手の先輩は間違いなく有利極まり無い優勝候補だった。


 だが、今の試合。


 ラブゲーム。


 驚く事に瞬のサーブは全てサービスエースである。

 相手の先輩のサーブも強烈だったが瞬はそれ以上の強烈なレシーブで叩き返した。

 ミスとは思えない先輩のレシーブを強烈なスマッシュで叩き返した。

 先輩の得点ボードはただの一度も0(ラブ)から変わる事は無かった。


 2年F組、佐山瞬、決勝リーグ進出。



「ははは。応援、必要なかったかもね?」


 隣に並ぶ海老原さんに尋ねてみる。


「……そんな事ない……瞬も……嬉しい筈……」


 まぁそう言ってくれると思っていた。海老原さん。まだ知り合って僅かな時間しか経っていないが、この子の言葉はとても優しい。


 いつも俺の濁った感情を洗い流してくれる言葉をくれる。


 本当にいい子だと思った。





 続いて見た試合はルナちゃんの試合だった。


「えいっ!」


 かわいらしい掛け声と共にボールを打ち返すルナちゃん。瞬の試合を見た後という事もあり、俺でも目で追えるくらいの緩やかな物だった。


 しかし対戦相手である二年生女子は打ち返す事が出来ない。的確にライン際を狙ったボール。ぎりぎり届かない所に確実に打ち返している。瞬の試合はただ驚くばかりだったが、ルナちゃんの試合はため息が出るほど感心してしまう試合だった。


 1年A組、毬谷るな、決勝リーグ進出。





「だーっしゃっ!」


 訳のわからない掛け声と共にバックハンドからの豪快なレシーブ。凶悪な回転の掛かった橘のレシーブは対戦相手の打ちやすい所で跳ねる。しかし打てない、対戦相手の一年生はラケットを引いて逃げてしまった。無理もない、見るからに凶悪な回転の掛かった凄まじいボール、慣れない人は条件反射で身を引いてしまうだろう。


 橘の試合。ルナちゃんのように相手の裏をかく事など一切ない力技ばかり。しかし一方的な試合だった。


 1年A組、橘巴、決勝リーグ進出。





 延々と続くのかと思えるようなラリー。


 進藤さんの試合、さっきまで見てきた試合に比べると地味だった。お手本を模した練習風景のように対戦相手の生徒と地味で単調なラリーを繰り返している。

 ふと対戦相手がリズムを崩した。打ち損ねた返球は対戦相手側のネットに当たって落ちる。

仕方ないと思う。如何に単調で緩やかなラリーとはいえ誰だってミスはしてしまうだろう。


 そしてゲームセット。終わってみれば進藤さんの圧勝。驚くべき事にほとんど対戦相手のミスによる得点だった。勝者である進藤さん、平然とした顔で眼鏡の位置を直していた。


 1年A組、進藤円、決勝リーグ進出。





 次は刹那の試合、なんだけど……。


 予選リーグ表を見ながら刹那の試合をやっているコートに向かおうとするが……。


 15面ある簡易コートの一つ。


「な、なんだよ。あれ……」


 尋常じゃない位の人垣が出来ていた。しかもその人垣はほとんど男。野郎だけで100人位いる。刹那の試合をやっているらしきコートを綺麗に囲むような野郎の壁で中の様子が全く見えない。たびたび野郎どもから『おお〜』と熱狂的な歓声が上がっていた。


 海老原さんと二人で唖然としてしまった。


「……あれ……ほとんど……刹那の……ファンクラブ……」


 ぼそっと呟く海老原さん。


 って、えっ?


「フ、ファンクラブ?」


「……うん……非公認の……」


 なんだそりゃ。


「……瞬と……ルナのも……ある……瞬のは……公認……」


「へぇー」


 親友……お前ってヤツは。


「「「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」」」


 項垂れようとすると目の前の人垣から一際大きな歓声が上がる。あまりに異常な大歓声に思わず海老原さんを庇ってしまった。


 地響きが起こりそうな低いダミ声の歓声。それに混ざって『ビバ刹那』とか『刹那万歳』とか訳のわからない掛け声も聞こえた。


 どうやら刹那が勝ったらしい。


 2年A組、佐山刹那、決勝リーグ進出。





「結局さ、執行部から参加した全員が決勝リーグに進出したね。みんなすごいよね」


 執行部テントに戻りながら海老原さんに訊いてみる。


 カクン


 頷いて同意してくれる海老原さん。


「ちぇいっ!」


 と、そこで突然遠くからの異音。


「2年F組、山崎渉、決勝リーグ進出ぅぅぅ!」


 そう言いながら目の前を駆けて行く渉の背中を見送る。いつだったか習ったドップラー効果を思い出した。


「…………」


 何か言いたいが何を言えばいいのかわからないような海老原さん。今の何?今の何?って感じの視線を投げ掛けて来る。


「気にしないで? ある意味、宇宙の真理の一つだから」


「……? ……? ……?」


 困ったようにおろおろする海老原さん。ちょっと可哀想っていうかかわいいのだが仕方ないのだ。


 海老原さんがあのアホの毒気にあてられてしまうのはあまりに心苦しい。意味がわからないような言い方をしておくしかないのだ。






 執行部テントに着くと刹那以外の全員が集合していた。


「十八! 見たか? 俺の勇姿見たか? 俺のかっこいいトコ見たか?」


 俺の顔を見た途端、掴み掛かって来そうな勢いで訳のわからん事を言い出す瞬。


「あ、ああ。凄かったな……うん、凄かった」


 瞬のおかしなテンションに引きながらも正直に言ってやる。


「だ、だろぉ? ははは、頑張って良かったよ……はは、参ったな……」


 俺の言葉に照れる顔を隠すように下を向くと、何やらもじもじしやがる瞬。おいおい、親友? 今のお前は間違いなく変なヤツだぞ? ぶっちゃけキモイぞ?


「せんぱいせんぱいっ! ルナは? ルナの試合は見てくれたですか?」


 むぎゅっと俺の腕に絡み付きながらきらきらした視線を向けて来るルナちゃんが言う。


 俺の脳内メーターが一瞬でレブった。


「ううううううん。ばっちりや! ルナはんばっちりやったがや!」


 発動する塩田方言。そりゃテンパる。顔もにやける。


「はっ! 見ろよ円、『変態の出来るまで』って感じじゃねぇか? やっぱり今の内に()っとくか?」


 わざとみんなに聞こえるような橘の嫌味。


「ぬるいだろう巴。私は()る前に死ぬほど恥をかかせてやりたいがな。くっくっくっ」


 冗談など欠片も感じない言い方の進藤さん。


 カッチーン


 今回ばかりは橘だけでなく進藤さんにもイラッとした。


 同時にピーンと来た。


「ルナちゃん。ちょっとごめんね?」


 名残惜しい気もするが腕に絡まっているルナちゃんの手をほどく。


「橘! 進藤! ……さん」


 早速ヘタレた。


「あんだよ? 先輩……文句あんのかよ?」


 ヘタレ気味だが攻撃的な俺の勢いにノリノリの橘。進藤さんはいつものように白くなった眼鏡越しに睨み付けて来る。


「お前達のファンクラブはあるのか?」


 二人の威圧感に気圧されながらも、どうにか言う。


「は、はあ? ファンクラブって、あたしや円のって事か?」


 とてもわかりやすい困惑顔の橘、俺の突然の質問の意味が全くわからないのだろう。


「無い。だからどうした? 塩田先輩」


 ちょっぴり不機嫌度が上がったような声色の進藤さんが言う。


「俺がお前らの……いや橘巴ファンクラブ並びに進藤円ファンクラブの第1号だ。喜べ」


「「???」」


 わかりやすく言ってやったつもりだが、全く理解出来てない様子の二人。一時停止を押されたみたいに考えるような素振りの形で固まってしまった。


 ふふふ。嫌だろう? キモイだろう? 明らかに俺を嫌っているだろうお前達からしたら嫌だろうが! しかし、ルナちゃんの手前、断れるかな? ふふふ。


 この時は勢いだけで後の事など少しも考えていない俺である。


「――ってアホかぁ!! ざっけんなよ先輩! なんでアンタがあたしのファンクラブなんだよっ! 意味わかんねぇ! 意味わかんねぇ!!」


 誰かが再生ボタンを押したらしい。静から動へ一瞬で切り替わったある意味すごい橘の激昂。しかし俺は怯まない。あまりに俺の予想通りの反応すぎて冷静になった位だ。


「……応援したいんだ」


 激昂する橘に言ってやる。


「――な! な? ……な?」


 さっきとは違い、動から静にゆっくりと切り替わって行く橘。コイツおもろい。


「応援したいんだ」


 もう一回言ってみる。


「…………」


 目を逸らされてしまった。


 まぁいい、ちょっとかわいいから許してやろう。


「進藤さんは?」


 一時停止中の進藤さんに訊いてみる。


「私は別に嫌では無い、好きにしてもらって構わない。巴も別に嫌では無さそうだ、好きにしてくれ。先輩」


 真顔で地味に了承された。


 橘は思った通りに動揺してくれたが、進藤さんには肩透かしを食らってしまったようだ。


 ……勢いと思い付きだけで何やら橘巴と進藤円の『公認』ファンクラブの1号になってしまった。


 まぁいいか。



 おとなしくなってくれた二人に満足しながら振り返る。


「えっ?」


 瞬と海老原さんとルナちゃん。


 三人が三人とも、らしくない怪訝な表情で俺を凝視していた。


「十八……」


 切なげな表情で俺の名前を呼ぶ瞬。


「あっ、いや、その……」


 長い付き合いだが、すねてしまった瞬は一番厄介である。余計な事は言えまいと口籠ってしまう。


「ルナの応援はしてくれないですか?」


 瞬の隣に並ぶ悲しそうな表情のルナちゃん。


「い、いや! もちろん応援するよ! ばんばん応援するよ! そりゃもう大変なくらい応援するよ!」


 あたふたとそう言うが、いつものような笑顔をくれないルナちゃん。


 ……の隣の視線が凄い気になる。


 じぃ〜


「あっ、あの、えーと……」


 じぃ〜


「その……」


 じぃ〜


「……ごめんなさい……」


 何故だか謝ってしまった。



 なんでこんな目に……なんだか執行部内での俺のポジションがわかんなくなってきたぞ?


 いじめられっこでいいのか?



「十八っ!!!」


「ハイッ!!!」


 困り果てていた俺によく通る声の呼び掛け。返事どころかビシッと姿勢を正してしまった。


「お茶お茶お茶お茶ぁ! 早く早く早く早くぅ!」


 戻って来たらしい刹那がイスにぐったりしながら言う。


 いつもの刹那のような堂々としたような凛としたような雰囲気は無い。酷くお疲れのご様子である。


「わかった。すぐに淹れて来るッス」


 正直助かった。自分で撒いたような物だが、あの雰囲気は辛かった。



 一応、もうすぐお昼時というもあり、ご機嫌取りというもあり、全員分のお茶を淹れて行く事にした。


 俺のポジションはパシリかもしれない。





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