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025 第一章刹那13 余蘊


 球技大会二日目、個人戦。


 今日も準備作業の為、開始前に執行部テントに向かっていた。


「十八……大丈夫か? 痛くないか?」


 隣の瞬がおろおろと俺の顔を窺いながら訊いて来る。


「大丈夫だって! 鼻血だってすぐ止まったし、もうなんとも無いよ。だいたい瞬は何も悪くないだろ?」


「いや……でもよ」


 朝から終始申し訳なさそうな表情の瞬は何を言っても聞いてくれない。大丈夫か?って何回言われた事か。



 昨日。


 結局、決勝戦の結果はG組の優勝、俺達F組は準優勝だった。俺の最後の顔面ボレーは当然の事ながら見事に外れたらしい……。それどころか俺はそのまま気絶して救護テントに担ぎ込まれる始末。大した事は無いだろうという事でその後は執行部テントへ、で、みんなが後片付け等の仕事をしている中、呑気に海老原さんに介抱されていた訳だ。


 とんでもなくどうしようも無いな、俺。



「おはよう」


 執行部テントに着くと、既に優雅に座っていた刹那がいつも通りの凛とした挨拶をくれる。


「おはよう刹那……」


 対して俺の返した挨拶はいつも以上に情けないものである。昨日、海老原さんに介抱された後、俺はみんなが戻って来る前にバイトに行ってしまった。つまりあの醜態以来、刹那と顔を合わせていない。非常に気まずいので刹那の顔をまともに見る事が出来ない。


 その俺の態度が気に入らなかったのか、元々機嫌が悪かったのか、刹那は表情をひときわ険しくする。プルプル震えていて我慢の限界が今にも爆発しそうである。


「…………!」


 怒りを溜め込んだような表情で俺を睨み付ける刹那。まぁこれで刹那もわかっただろう、俺が昔とは違う事が……。


「――ぷっ! くくく……! あははははっ!」


 んっ? なんだ? 吹き出したぞ?


「はあ?」


 怒りを堪えたような表情から一転して大爆笑する刹那。どうして突然笑い出したのか全く分からない。隣の瞬も怪訝な表情で傍観している。


「い、いや! だって十八! 何かやるなって思ってたら、ボールを顔で受けるんだもん! あんなの狙ってやるものじゃないわ! ……ふふふ!」


「はあっ!?」


 何を言ってるんだ!? この娘は!


「ち、ちょっと刹那? 十八はな……」


 愕然としてしまった俺に代わり、とっさに刹那に弁解しようとする瞬。


「はいはい、わかってるわ。上手くやればゴールしてたわね」


「いや、違」

「もう! いいから作業に向かいましょう? 曜子達は校庭で待っている筈だわ」


 わざとやってるとしか思えないほど話を聞いてくれない刹那、すたすたと校庭に向かおうとする。俺も瞬も呆然と立ち尽くしてしまう。


「ちょっと? 瞬! 石崎! 行くわよ?」


 い、石崎? 顔面だからか?


「あ、ああ」


 仕方ないので、首を傾げながらも渋々ついて行く。


「瞬……」


 思わず呼んでしまう。


「ああ。冴えてるんだか冴えてないんだか、よく分からないな刹那のヤツ」


 瞬も俺と同じ心境らしい。


 無理やりで強引な刹那。一番変わってしまったと思っていたが、一番変わっていないのかもしれない。







 校庭。


 三人でそこに着くと、海老原さん達が待ってくれていた。


「……塩田……」


 俺の顔を見るや否や昨日も見た不安そうな表情で俺の顔を窺う海老原さん。


「お、おはよう。昨日はありが」


 すりすり


 鼻の頭を撫でられる。


 じぃ〜


 見つめてくる。けどいつもより遥かに近い、近すぎる。


「……大丈夫……?」


 そのまま泣きそうな表情で訊いて来る。


 た、た、た、た、たたたたたたたたた――


「――たわっ!! なんともにゃー!! 大丈夫やけんのうっ!!」


 のけ反りながら高速で後退る。心臓が爆発するかと思った。


「わっ」


 後退ったせいで誰かにぶつかってしまった。


「ごめん、大丈――」


 ぶ、と言おうとしたが言えない、戦慄した。


 振り向いた先には尻餅をついたらしいルナちゃん。どうやら後退りした俺にぶつかって倒れてしまったようだ。すぐに駆け寄りたいが俺は動けない。


 俺の首元には進藤さんの手刀が突き付けられている、いや、手刀の中に握り込んだ『何か』を突き付けられている。背中には橘が密着した状態でやはり『何か』を突き付けている。


 その『何か』がなんだかはわからないが、俺の五感がかなりの非常事態である事を訴えている。動きたくても動けず、声を上げる事も出来ない。


「ルナ、大丈夫かい?」


 俺の背中側にいる橘が俺越しにルナちゃんの安否を訊く。


「う、うん。大丈夫だけど……何してるの? 二人ともせんぱいにべったりして」


 とてもわかりやすい構図であるにも拘らず、きょとんとしたルナちゃんは首を傾げた。二人の『何か』も知らないらしい。


「いいえ、ルナ。私達はこの愚物に他人とのコミュニケーションの取り方を講義していたまで」


 俺の首元に『何か』を固定したままの進藤さんが言う。初めてまともに話した進藤さんを見たけど……なんすか? 今のトンデモ発言は?


「ええ! なになに? いつの間に先輩と仲良くなったの〜? 二人ともずるいよ〜」


 ぱしぱしとジャージを叩きながら立ち上がるルナちゃんが言う。あの〜……これのどこが仲良くなったように見えるんでしょうか?


「まぁルナにはなんとも無いみたいだし、今回は見逃してやるよ先輩。副会長もそれでいいだろ?」


 背中にいる橘が『何か』を引っ込めながら言う。同時に進藤さんの『何か』も引っ込んだので振り返ると瞬が二人の一年生の襟首を掴んでいた。瞬の表情は穏やかだったが瞬らしくない殺気が溢れていた。


「ああ。ルナ、大丈夫か?」


 二人から手を離した瞬がルナちゃんに訊く。


「はい。なんともないです」


 良かった。さっきの非常事態はともかく、ルナちゃんは大丈夫みたいだ。


「ルナちゃん、ごめんね?」


 当然謝らなくてはいけない。大丈夫らしい事はわかったので気を遣われないように簡単な謝罪をする。


「いえいえ、ルナもごめんなさいです。せんぱいが曜子先輩とイチャついてるから、そ〜っと近付いてハグしようとしたらせんぱいのバックステップに轢かれたです。ルナも悪いからせんぱいは気にしちゃダメです」


「えっ? えっ?」


 ハグ?


 抱擁?


 ていうかイチャついてるって……。海老原さんを見てみるとなんとなく赤面しているような気がするし、もちろんだが俺も赤面している気がするし、みんなの視線も何やら生暖かい気がするし……。


「……終わったかしら?」


 背後からの冷淡な声に振り返ると半端じゃない位の訝しげな表情の刹那が腕を組んでため息を吐いていた。


 スゲェ怖い。


 シュババッ!


 軍隊ばりに統率された動きで全員が無言で刹那に向かい合うように並ぶ、多分みんなも刹那が怖いんだろう。


「今日は個人戦、テニスね。私達は体育委員やテニス部と一緒に校庭のローラー掛けと予選用のコート造りよ」


「「「サー! イエッサーッ!!」」」


 刹那の指示にみんな元気に返事をする。


 流石は会長、というかこの異色集団を一言で統率出来るのは刹那だけだろう、絶対教師達でも無理だと思う。





 個人戦のテニス。三年生も参加出来るので参加人数が多い。俺達は校庭に予選リーグ用の簡易コートを大量に造る作業をするらしい。


 瞬と一緒に既に体育委員達が作業をしている校庭に下りてみた。


「……なあ」


 瞬に呼ばれる。


「なに?」


 瞬の方を向くとなんとも迷惑そうな表情の瞬と目が合う。……この表情の時はだいたいヤツ絡みだ。


「あれ、渉だよな?」


 校庭の一角を指差しながら言う。


 その先を見てみる。


 そこには帽子にテニスウェア? 肩に何故かジャージの上だけを羽織った渉がいた。渉はテニスラケットを持って校庭の作業風景を眺めていた。


 近付いてみた。


「あっ! 瞬とシオっ! おはようっ! 今日もいい天気だねっ! テニス日和だねっ! イヤッホウッ!」


 昨日と同じようにウザイハイテンションを撒き散らし出す渉。


「何やってんだ? お前……」


 とっても疲れたように尋ねる瞬。


「何をやってるって何を言ってるんだよっ! 竜〇先生っ!」


 〇崎先生?


 何を言っているんだ? このドアホは……。


「You still have lots moreto work on (まだまだだね)」


 生意気そうな顔で右手に持ったラケットをびしっと誇示しながら言う渉。


 微妙に発音がいいところがスゲェむかつく。


「十八。この宇宙バカはほっといて作業に掛かろう、このままだと殴ってしまいそうだ」


「ああ、同意見だ」


 イライラが頂点に達する前にほっといて作業に取り掛かる事にする。


「ちちちちょっとっ! 最近なんか冷たいんじゃないっ!?」


 シカト!






 程なくして作業を終え、球技大会二日目の開会式も滞り無く終えた。


 球技大会二日目個人戦。競技内容はテニス。


 今年の個人戦の参加人数は男子215人女子125人の計340人。


 生徒会執行部からは瞬と刹那、一年生の会計トリオがエントリーしている。瞬と刹那と橘は優勝候補らしい。刹那に俺も出るように言われたが丁重にお断わりした。俺がテニスとか無理だし、執行部の仕事をする人が海老原さんだけになってしまうは酷いと思ったからだ。


 ちなみにさっきの宇宙バカもエントリーしていて同じように優勝候補らしい。






 執行部テント。今のところ執行部には大した仕事も無く、留守番の俺と海老原さんはぼぉ〜っと校庭を眺めていた。


 俺達が校庭に造った15面の簡易コートでは既に予選リーグが始まっている。近くでギャラリーしようと思ったけど海老原さんが行かなそうだから俺も行くのをやめた。


「…………」


「…………」


 楽しそうに盛り上がっている校庭の喧騒に対して執行部テントは静かだった。隅っこに座っている海老原さんから二つ席を挟んだイスに座る俺。静かすぎて非常に気まずい。


「あー、海老原さん? お茶淹れて来ようか?」


 俺の唯一のアビリティを披露させてもらおうか。


「……私は……大丈夫……」


 要らないらしい。


「……そっか」


 そして無言。


 うーん、何かダサいな俺。甲斐性が無いモテナイ君みたいだ……実際そうだけど。


「……塩田は……どうして……エントリー……しなかったの……?」


 ぐるぐる話題を探す俺に意外にも海老原さんが話を振ってくれた。


「あ、あーえー……情けないけどさ、俺って運動音痴なんだ」


 嘘を吐いてもしょうがないので正直に言う。


「……そう…………私と…一緒、だね……」


 俺の方を見ながらそう言う。


「そう……だね」


 ……厳密に言うと一緒ではない。運動音痴というのも語弊がある。



 俺の運動音痴は『後天性』だから……。



 考える。


 刹那、彼女はそれを知っている筈だ。『あれ』までの俺を誰よりも知っている刹那が気付かない筈が無い。


 刹那……いったいキミは俺に何を求めているのだろうか?


「……塩田……」


「えっ?」


 考え込む俺に海老原さんの声が掛かる。


「……みんなの……応援、行こ……?」


 立ち上がりながらそう言う、同時に微かに微笑んでくれた。


 初めて見た海老原さんの笑顔だった。


 感慨しく考えていた事が馬鹿らしくなる。


 そうだ、今は俺の事なんかよりみんなの応援の方がずっと大切だ。


「うん、行こう」






 出来ると出来ないは違う。


 みんなの出来ないと俺の出来ないは違う。



 頑張ってもどうにもならない。



 でも、俺にだってまだ出来る事がある。


 それを頑張ればいい。








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