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024 第一章刹那12 愚者


 輝くように青く茂る芝生、雛段状の観客席、防風ネット、専用の巨大な屋外照明。


「いくら掛かってるんだ……これは……?」


 とても学校の施設とは思えない光景を見て感嘆の声を漏らす俺。


「すごいよねぇ、びっくりだよねぇ。わくわくだよねぇ」


 俺の声を聞いた阿部さんが話に乗ってくれた。


「すごいよねぇ、決勝だよねぇ。ドキドキだよねぇ」


 ちょっとずれてたけど。


 阿部さんの言う通り、今は決勝戦。そして、俺たちF組はその決勝戦に出場する側である。瞬と渉の活躍により俺達F組は余裕で決勝までコマを進めてしまった。


 相手のクラスは2年G組、何故かはわからないが男女の比率が男8女2のかわいそうなクラスだ。


 決勝戦は今までと舞台を変え、サッカー部専用の芝の専用校庭を使うらしい。


「この芝生ってさ、俺達の履いてるようなスニーカーだと滑っちゃうんじゃない?」


「それは言いっこ無しってやつだよぉ」


「へぇー」


 ともかく、雛段状の観客席を超満員にしたクズ校サッカー場にて、本日の最終試合、2年F組対2年G組の決勝戦の火蓋が今切って落とされたのだった!


「じゃあ行って来るよぉ」


「お気を付けて行ってらっしゃいましっ!」


 燃える展開であるにも拘らずフィールドに向かう阿部さん達スタメンを見送る主人公でベンチウォーマーな俺。





 ホイッスルと共にキックオフ。


 俺達F組チームにはフォアードに瞬や阿部さん、ミッドフィールダーに渉、もちろん俺はベンチだ。


『おーっとF組の山崎君、早くもインターセプトぉ! ハッハッハッ!』


 何故だか体育のマッチョ先生が実況してるし。


『F組山崎君、そのままオーバーラップ! しかしG組のディフェンス陣も黙っていない! 次々に山崎君に襲い掛かるぞぉ! ハッハッハッ!』


 ……この実況についてはツッコむの止めよう、疲れそうだ。


「渉っ!」


 G組ディフェンスに囲まれそうになる渉に瞬がな、

『ピンチの山崎君に佐山君が並んだぞぉ! ハッハッハッ!』


 …………。


「瞬っ!」


『おーっと山崎君、並んだ佐山君に素早いサイドパス! これにはG組のディフェンス陣も反応出来ないぃ! 早いぞぉ! F組のゴールデンコンビ! ハッハッハッ!』


 えー、実況は続くみたいだが、ここからマッチョ先生の実況は聞こえない事にします。


 瞬、渉、瞬、渉と素早いパス回しでG組ディフェンスを翻弄しながら確実にゴールに切り込んで行く。一回戦、二回戦ともにゴールのほとんどがこの素早いパス回しからの発展だった。


 ゴール前、素早いパス回しから一転、ボールを止めた瞬がゴール付近を一瞥、一呼吸置いて大きなセンタリング。完全に守りに入っているG組ディフェンスの密集地帯に向かっている? 一瞬パスミスか? とも思ったが、これは、違う。


「フライングドライブシュートッ!!」


 自分より遥かに長身のディフェンスの頭を越える高い位置のボールを確実に捕えた渉の右足。


 オーバーヘッドシュート。


 ゴール。


 G組のキーパーは一歩も動けなかった。何処かで聞いたような必殺シュートを叫びながらってところはともかく、凄まじい回転の掛かった渉のシュート、ゴールネットを揺らすどころかネットを突き破らん勢いで回転し続けていた。


 試合開始から一分ちょい、またしても瞬と渉の二人だけで得点してしまった。



 その後も瞬と渉を中心に試合はF組の圧倒的優位のまま進んだ。


 そして前半終了。


 ここまでの得点は7対1、もちろん優勢なのは俺たちF組である。


「いやぁ〜、やっぱ決勝戦! 手強いよねっ!」


 お前は相手チームを馬鹿にしてるのか?


「俺、イエローカード貰っちゃったよ、ヤバイなぁ」


 相手チームの三人掛かりのショルダータックルを弾き返した時のな。


「後半からはシオもフォアードでしょっ? 俺がばんばんパスあげるからねっ!」


「俺にはお前の弾丸パスを受ける自信なんか無いぞ……」


 渉の言う通り、担任が適当に決めたらしいローテーションにより後半開始から俺はフォアードで出なくてはならない。せめてディフェンスなら良かったのだが嫌とも言えず、やるしか無い状況なのである。


「まぁ点差もあるし、学校のイベントなんだから気楽に行け気楽に、なっ?」


「あ、ああ。なんとか頑張ってみるけどさ……」


 と、口では言うが内心かなり憂鬱だった。



 しばらくして、後半開始前。


 俺は阿部さんに代わりフォアードとしてフィールドに立っていた。


 瞬は気楽にと言っていたが、どうにか頑張って少しでもF組の為にならねばならない。


 フィールドに立った瞬間から心臓がばくばくでうるさい、超満員の観客席の視線によるプレッシャーと少しでも活躍しなくてはいけないと思うプレッシャーが合いまって緊張が頂点に達しつつある。


「せんぱ〜い! 頑張ってくださ〜い!」


 ざわめく観客席からよく通る黄色い声援、瞬に向けられたものだろうと思ったが、その声援は聞いた事のある声だったので視線を観客席に向けてみる。笑顔のルナちゃんが手を振っていた、橘と進藤さんも一緒、更に隣には海老原さんと徳川先生も一緒である。


「ほら十八、応えてやれよ」


 同じフォアードとして並ぶ瞬が言う。少し迷ったが、言われた通りに手を振ってみる。


「わ〜! ファイトです〜!」


 俺の反応を見て大喜びで手を振り返してくれるルナちゃん、並んでいる徳川先生も一緒に手を振ってくれた。


 ほわ〜と嬉しくなってにやけてしまう。


「こりゃ頑張んないといけないな? 俺が上手くフォローするから良いトコ見せようぜ?」


 何か言い出す瞬君。


「おい、俺には無理だって」


「大丈夫だって、俺に任しとけ! 余裕余裕!」


「瞬……」


 にゃはは笑いの瞬に困りつつ相手チームを見てみる。


「えっ?」


 相手チームからはものすごい殺気が溢れていた。鬼の形相のG組男子が明らかに俺だけを血走った目で睨み付けている? さっきまでは普通だったよな?


 ホイッスルと共に後半開始。


 瞬が弾いたボールを受けつつ、相手ゴール方向を、


「シャアァッ!!」


 向いた瞬間、ものすごい形相のG組FWがスライディングしてきた!


「うわわわっ!」


 俺は慌てて瞬にボールを戻す。俺の足をギリギリでかすめるスライディング。かなり危ない!


「ちっ!」


 舌打ちした? なんで?


「十八! 上がるぞ!」


 巧みにボールをキープしながら俺を促す瞬。


「お、おう!」


 言われた通りに相手ゴールに向かう。


 密集するG組ゴール前、瞬の抜群のキープ力によりボールはまだ俺達の物。しかしG組の連中、前半とは動きがまるで違う。凄まじいフィジカルで俺のスペースを全く空けてくれない。


「くそぉ……俺の毬谷さんが、何でこんなヤツに……」


「徳川先生のあんな笑顔初めて見たぞ……くそっくそぉっ! 俺達は先生の授業を受けたくても受けれないのにぃ! ちっくしょぉ!」


 G組の野郎どもの呟き、っていうかぼやき。G組の男子達の豹変振りが納得出来た。


「シャアァッ! お前もじゃあい! かっこよすぎなんだよぉ! お前はぁ!」


「くっ!?」


 ゴツイ顔したG組の10番の選手の豪快なスライディングに瞬はボールを奪われてしまった。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」


 ゴツイ顔のG組10番はそのままF組ゴール方向に突進して行く。


「瞬っ! 何やってんだよっ!」


 上がって来た渉が瞬に文句を言いながらゴツイ顔にスライディング。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」


「えっ?」


 ひょいっと渉をあっさり飛び越えるゴツイ顔。一瞬渉の動きが止まった? ザ・〇ールド?


 ゴツイ顔の激しいドリブルは瞬と渉を欠いたF組ディフェンスを弾き飛ばして行く。


 ゴール。


 前半とは違い、後半は開始三分のG組ゴールから始まってしまった。



 それからもゴツイ顔10番を中心に完全にG組ペースで試合は進んだ。


 そしてロスタイム間際。


『ゴーーーーール!! G組ついに勝ち越したぞぉぉぉぉぉっ!! ハッハッハッ!』


 7対8。


 逆転、ついに逆転されてしまった。


 更に続くG組の猛攻の中、ロスタイム。ここでF組は最後のメンバーチェンジ。G組の猛攻により俺達F組はこれまでほとんどメンバーチェンジが出来なかった、ルール上全員交代しなくてはいけないのだが、残っているのは女の子や俺のように運動に自信の無いヤツばかり、非常にヤバイ状況である。


「ヤバイねっ! このまま行くと負けちゃうよっ?」


 メンバーチェンジの間、俺の所に瞬と渉が来る。


「お前がフリーの十八にパスしないからだろうが!」


「だって、シオってばさ! ルナちゃんや志乃ちゃんに手ぇ振ってもらってんだもんっ! 瞬だってG組の10番にボール取られてばっかじゃんっ!」


「いや、G組のアイツ顔ゴっツイんだもん、やだよ」


 うだうだと言い合う瞬と渉。ちなみに俺は大きなミスはしていないが、一番最初以外ボールにほとんど触ってない。だからなのか、俺は交代させてもらえなかった。


「とにかく! もう時間が無い。ゴールキックの後、渉から俺、最後に十八だ!」


「えっ?」


「トリプルカウンターアタックだねっ!」


「ちょっと違うが、もうそれしか無い。やるぞ十八!」


「えっ? えっ?」




 試合再開。


 キーパーが渉にボールを蹴り渡す。俺は相手ゴールを目指してひたすら走る。


「行くよぉっ!!」


 掛け声と共に大きく振り被った渉の大きなパス。


 うわわっ! 早いって渉!


「よっしゃぁ!」


 右足でボールを受ける瞬、流石にノートラップからのセンタリングは無いらしく、右ライン際を華麗なドリブルで駆け上がる。既にゴール前に到着していた俺にたびたび目配せしてくる。


『上手く上げるからスペース作れ!』


 って言ってる気がするけど、マークがきつくて抜け出せない。


 マズイ、時間が無いのに。


 ボールの方を見ると瞬も数人のG組ディフェンスに囲まれてヤバそうである。渉も上がって来ているが間に合うかどうか。


 ルナちゃん達……せっかく応援に来てくれたのに、多分ダメだな……。


 そう思って観客席を見る。



 ――視線が合う。



 自分の視力の限界を超えた先にいる人との視線が合った。


 無意識に頭の中の迷いが消えた。


 俺を取り囲むG組男子の一人の肩を軽く押す。ほんの少しだけよろめいたソイツの体を今度は軽く引く、同時にソイツの後退る足の行き場を奪っておく。


 大きくよろめくソイツ。


 スペース完成。


 すかさず自分の体を滑り込ませる。


 わかっていたと云わんばかりの瞬、既にセンタリングを上げてくれていた。


 俺の空けたスペースにこれ以上ないくらいのセンタリング。スペースとゴールの間にはキーパーとディフェンスが一人、どうする?


 ダイレクトボレーは無理、トラップしたら囲まれるだろう。


 迷っている時間は無い。


 頭、瞬のセンタリングの勢いを利用してヘッドで合わせる。


 それしか無い!


 親友の的確なアシストを――

「――ヘブシッ!!」


 ――!? 痛いっ!?


 視界が真っ白になったぞ!


 ???


 …………


 ……






 ……


 …………


「……?」


 何やら朦朧とする。


「……塩田……」


「えっ?」


 声に反応する。


 俺は横になっていた。傍らにいるのは。


「海老原さん?」


 並べられたイスに横になっている俺、場所は執行部テントだった。海老原さん以外の姿は無い。


「……塩田……大丈夫……?」


 泣きそうな表情で言う海老原さん。


「あっ、え、えーと、俺は……?」


 海老原さんの表情に狼狽えながらも今自分が置かれている状況がどうしても気になってしまう。


「…塩田……顔面に……ボールが……あの……鼻血が……凄くて……」


 そう言いながら更に泣きそうな表情を濃くする。


 思い出した。俺は試合終了間際の瞬のセンタリングを……顔面で受けたのか。うわぁ、俺すんごいみっともないじゃん。


「……大丈夫……?」


 顔を近付けて来る。


 普段は見えない澄んだ綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。


 ――ふぉわっ! 近いっ!


「――で、大丈夫! 痛えけど痛ぐねぇがら! とととところで試合は? 試合はどうなっただ?」


「……塩田の……最後の、シュートは……外れちゃったの……」


 執拗に俺から目線を外す海老原さんは言い辛そうに、でもしっかり教えてくれた。


「……そっか」


 ……駄目だったみたいだ。やっぱりどう考えても俺がFWって時点で間違ってたんだ。頑張っていた瞬と渉に申し訳ない。


「……塩田……頑張ったね……お疲れ様……」


 海老原さんの言葉にはっとする。視線を移すと海老原さんと目が合う。


「…………」


 真っ直ぐに俺の目を見つめる海老原さん。


「…………」


 そうか……俺は頑張ったんだな。ここで俺が否定したら海老原さんに申し訳が立たない。


「うん……」


 海老原さんは俺を信じてくれたのだろう。


 そして俺の惨めな姿でさえ汲み取ってくれている。


 ありがとう。





 ……しかし思う。


 最後に瞬のセンタリングを受けた時。俺を信じて疑わない真っ直ぐな視線と目が合った。


 刹那。


 執行部のみんなが並ぶ観客席の上段にいた刹那。


 俺を奮い起たせたのは彼女の視線だった。


 遠い昔と同じように自分を信じてしまった。


 なんでも出来る。


 期待に応えるのが当然だった。




 裏切ってしまった自分が許せなかった。





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