023 第一章刹那11 懇親
第三試合。俺達の一回戦、午前中最後の試合である。
「――行くよっ! 瞬!!」
名前を呼んだと同時に右足でボールを強烈に蹴り上げる渉。わざわざ名前を言ってしまったら相手チームにもバレバレだろうってツッコミたいが、そんなもんは関係ない。
慣性の法則に逆らうかのような不自然な放物線を描く凄まじい勢いのボールは相手チームが反応する間もなくフィールド中央の左サイドにいた瞬の前方に落ちる。
既にマークを振り切っていた瞬はすかさず暴れようとするボールを右足で相手ゴール側に押し出す。それに続くように瞬の体も相手ゴール側に加速する。速い。蹴り出したボールも踏み出した一歩目も最初からトップスピードだ。一人、また一人と相手チームのディフェンスをすり抜ける瞬、相手のディフェンスも何かやったみたいだが、あまりに速すぎるので瞬はただ通過しているようにしか見えない。
最後の一人を抜き去った瞬はゴール前に辿り着く。ゴールキーパーと一対一、しかし瞬のスピードは全く緩まない。対して大柄な相手チームのゴールキーパーは瞬のスピードに怯む事なく前に出て来る、瞬との距離を詰めてゴール枠の面積を狭めると同時にプレッシャーを与えるつもりだろう。理にかなった条套手段ではある、瞬に向かって行く度胸も大したもの。だが相手が悪かった、ただでさえ一対一ではキーパーの方が不利、それが瞬であるなら万が一も有るまい。
一瞬。正に一瞬でスピードをゼロにした瞬はそれまでのスピードが嘘のような動きで緩やかにボールを蹴る。
ふわりと舞うボール、飛び出したキーパーの頭の上をゆっくり越えるループシュート。
ゴール。
所要時間は10秒に満たなかっただろう。
あまりのあっけなさに目にした全員が唖然としてしまった。瞬と渉は駆け寄り合ってハイタッチなんかしてるが、周りでは味方のF組の生徒でさえ唖然としていた。
その暫し後、試合終了を告げるホイッスル。
試合結果は11対2でF組の圧勝、というかほとんど瞬と渉だけで勝利してしまった。相手チームであったI組の連中も二人のマークを三人つけるなどしていたが二人はものともしなかった。
ちなみに俺は後半開始直後にチラッとだけ出て、ズッコケてオウンパスしたり、せっかくクリアしたボールがつっ立っていた俺の頭に当たってオウンゴールしたりした為、オウン引っ込め、非国民、などのギャラリーの熱い声援を受けて退場となった。
少し回想しよう。
『ぎゃっはっはっ! 見てみろよルナ! カエルみたいにひっくり返ってるよ! だせぇ! だせぇよ先輩!』
『トモちゃん! 一生懸命やってる人を笑っちゃダメだよ!』
『くっくっく』
…………。
ルナちゃん達は俺の情けない姿を見るだけ見たら執行部の仕事に戻ってしまった。
ちなみにオウン引っ込め!や非国民!は全て橘の声援である。
スポーツの時に情けないのは慣れ切っていたと思ってたけど流石にヘコんだよ、ははは……。
「お疲れ様です、お二人ともっ」
ベンチに戻って来た瞬と渉にタオルを渡しながら労う俺、雑魚キャラ丸出しである。
「いやっはぁっ! お互いを譲らないいい試合だったよねっ! シオも惜しかったねっ!」
どこが?
「このいい調子が続いてくれれば、やっぱり優勝も狙えそうかもしれないな」
いやいや、あれだけ圧倒的な試合の後に息一つ切らしていない二人からそんな事言われても困るって! 俺が相手チームだったらとっくに試合放棄しとるわ!
「まぁ無事に二回戦進出も果たしたしっ! お昼ご飯にしようお昼ご飯っ!」
よっぽど嬉しいのか楽しいのか、ちっちゃい子供のようにはしゃぐ渉。
「よし! 三人で学食行くか!」
なんだか瞬までテンション高いし。
いつもの第一学食ではなく一番近かった部活棟の学食、通称『特食』にやって来た。この特食、名前の由来は特盛り学食である。瞬と渉のリクエストで今回はここで食べる事になった、二人とも相当お腹ペコペコらしい。
「な、なんだよ、このメニュー」
実は特食に来るのが初めてだった俺はいざ食券を買おうと食券購入機を見て驚愕した。
食券機に書かれているメニュー。
A定食(ラーメン大盛り、餃子十個、チャーハン大盛り、サービス杏仁豆腐特盛り)
B定食(カツカレー超大盛り、サイドサラダ5種)
C定食(牛丼お代わり自由、豚汁大盛り、唐揚げ大盛り、お新香特盛り付き)
な、なんだこの異常なメニューは? 食べ切ったら何か貰えるのか? その他のメニューも見てみるがどれも有り得ない量の物ばかりだった。
「俺は無難にB定かなぁ」
おいおい、瞬君? 長い付き合いだがお前がそんな大食いだなんて知らなかったぞ?
「俺はねっ! 本日のおすすめのトリプルパスタにしようかなっ!」
トリプルパスタ? メニューを見てみると『トリプルパスタ(ミートソース大盛り、ペペロンチーノ大盛り、カルボナーラ大盛り)』と書いてある。渉、俺よりずっと体が小さいのに……大きくなれよ。
「シオはっ? どれも第一学食と同じくらい美味しいよっ!」
「お、俺は……」
正直どれも食い切る自信が無い。どうしよう……。
ピピッピピッ
「あれ? メールだ」
誰だろう? 瞬も渉も一緒にいるのに。
from佐山刹那
sub大至急
大至急大至急大至急大至急大至急大至急大至急執行部テントまで来なさい!
「う、うひぃぃ〜……」
なんだこの恐ろしい文章は……。
「十八? どうした?」
「ごめん! 二人で食べてて!」
すかさずダッシュ!!
「あれっ? シオっ? シオっ!?」
構わずダッシュ!!
「あなた非常に遅いわ!」
執行部テント。ジャージ姿であるにも拘らず優雅に座っていた刹那。俺を確認した途端にぐいっと眉をつり上げる。
「ごめん、学食行ってて」
呼ばれた覚えは激しく無いが、とりあえず謝っておく。
「何を言ってるのよ、ご飯ならここにあるじゃない。私はもう食べちゃったわよ」
刹那の座るテーブルの端には何故だか仕出弁当が積まれていた。
「何これ? 食べていいの?」
「当然よ、執行部なんだから。それより十八? お茶! お茶を淹れて来なさいよっ!」
やっぱりそれか。別に良いけど、なんか昼飯も確保出来たみたいだし。
「わかった、すぐに淹れて来るよ」
「一つ余分に淹れて来て? 曜子も来る筈だから、あなたの分と併せて三人分よ? 早くよ? 大至急よ?」
「わ、わかったよ」
よほど俺の紅茶が気に入ってくれたのか、刹那はこういう時かなりせかせかしい。どうやら俺は刹那がお茶の欲しがるタイミングに慣れないといけないみたいだ。
戻って来ると海老原さんがいた。いや、海老原さんだけではなく徳川先生も一緒だった。
手に持った飲み物は三つ。分かっていればもう一つ余分に淹れて来たのだが仕方ない。
「お待たせ」
とりあえずお茶を進呈しよう。
「あ、十八。一人増えてしまったわ」
「わかってるよ。先生、コーヒーは好きですか?」
「えっ塩田君? あ、はい。好きですけど……」
刹那と同じテーブルに座る先生。いきなりの俺の質問に首を傾げている。
「ではどうぞ。俺の趣味だから少し濃い目ですけど」
まずは先生の前に俺用に淹れて来たコーヒーを置く。
「???」
置かれたコーヒーと俺を交互に見比べる先生。
「海老原さんも、はい」
海老原さんには刹那に淹れて来たのと同じ紅茶を置く。
「……塩田……?」
先生の隣に座っていた海老原さんも首を傾げている。
「はい、どうぞ」
最後に刹那の前に紅茶を置く。
「「「…………」」」
三人が三人とも首を傾げながら無言で俺を凝視している。いや、刹那は何やら訝しげな表情をしているかもしれない。
「塩田君? これは?」
困ったような表情で恐縮してしまっている先生。
「……私、に……?」
きょとんとしたように首を傾げる海老原さん。
「もちろん! 先生と海老原さんはお昼ご飯は食べたんですか?」
「いえ、これからいただこうかと……」
「……私も……」
「俺もまだなんです。ここで食べるなら一緒に食べていいですか? 海老原さんもいいかな?」
「えっ? もちろん構いませんが、その前に、このコーヒーは塩田君が飲む為に淹れて来たのではないのですか?」
まぁ、二人の恐縮の理由はそれだろう。先生の場合は俺用に淹れて来たっぽい事を言ってしまったし。
「いいんです。さっ、いただきましょう?」
そう言いながら積まれていた仕出弁当を二人の前にほいほいっと配る。
「じゃあ、いただきま〜す!」
一番近かった刹那の隣に座ると自分の分もほいっと頂いて、無理矢理『いただきます』の挨拶をしてしまう。
「…………」
と、先生と海老原さんは俺のペースに引き込んでしまえたが、隣の彼女は別らしい。なんとも居心地が悪くなりそうな無言の圧力を感じる。
「ちょっと、なに勝手に隣に座ってるのよ」
弁当を開けて割り箸を割ろうとした時、声が掛かる。ヤバイヤバイ、二人に遠慮させない為に強引気味に行動したせいか刹那への気遣いが足りなかったかもしれない。
「嫌だったよな、ごめんよ」
弁当を持って先生の隣に移ろうとする。
「――なっ! ちょっと! なに移動しようとしてるのよ!」
???
「はあ? じゃあどうしろってのさ」
「私は『勝手に』って言ったの! ちゃんと断わりなさいよね!」
何やら凄い不機嫌な刹那。ちゃんと断わればOKと言う割にはやたらとぷんすかしている。やっぱり嫌なんじゃないのか?
「じゃあ、刹那。隣に座っていい?」
言われた通りにしてみる。
「……どうぞ」
そう言うとぷいっとそっぽを向いてしまう刹那。
???
意味がわからん。まぁ本気で怒っている訳ではなさそうだ。早く食べないと午後のプログラムが始まってしまうので食べてしまおう。
「じゃっ、改めて、いただきま〜す!」
再度号令を掛ける。
「いただきます。……塩田君? よろしければ私と一緒に飲みますか?」
は?
「……私のも……一緒に……」
は? は?
んなはあぁっ!!
「いやいやいやいやっ!! 一緒に飲むってん! そがんなんヤバイやん! ヤバイに決まっとるでがす!」
あまりにテンパって思わず『塩田方言』が発動してしまった。
〜塩田方言〜
十八があまりにテンパると発動する塩田家に伝わる方言。塩田家は辛うじて関東地方に収まる久住市に根付く生粋の地元である。つまり、塩田方言は別にどこどこの地方の方言という訳ではなく、どこかで聞いたような聞いた事ないような方言を連発してしまうただの挙動不審の事なのだ!
「嫌でしたら仕方ないのですが、私達だけいただくというのはあまりも悪いです……」
「……さっき……助けて、もらったし……私も……塩田が……飲まない、なら……飲めない……」
「い、いや。嫌という事は絶対に絶対に無いけど。後でいくら請求されてもいい位だけど。えっと……」
「でしたら一緒に頂きましょう?」
ねっ、って感じで微笑む先生。綺麗綺麗とは思っていたが、今の表情は半端じゃなくかわいい。
じぃ〜
熱い視線も感じるし……。
「じ、じゃあ一緒に……」
考えてみたら俺だけが好意の押し売りしてるみたいだし、二人もいいって言ってるんだし。
しょうがないよな?
そうだよっ、しょうがないよっ。
「十八っ!!」
「ハイッ!!」
突然のお隣からの呼び掛けに条件反射でビシッと返事をしてしまった。
見てみると刹那が先ほど以上の怪訝な表情で凝視していた。
「お茶が切れたわ。お代わりよ? ついでに自分の分も淹れ直して来たら?」
そう言うとまたぷいっとそっぽを向く刹那。
……なるほど、こんなオチですか。
「…………はい。先生と海老原さんは先に食べてて下さいな」
それは断われる筈が無いわけで……ぷんすか刹那と未だ状況が飲み込めていない二人を残して、しょんぼりと給湯室に向かいます。
馬鹿みたいに盛り上がった分、落胆も大きかった訳です。