021 第一章刹那09 小康
久住ヶ丘高校、三大スポーツイベント。
体育祭。
武道祭。
球技大会。
来週行われるのはその内の一つである球技大会。
開催期間は三日間。
初日は団体スポーツによる各クラス対抗戦。
二日目は希望参加者による個人戦。
三日目は希望参加者による部活対抗戦。
初日以外は任意参加で、やりたくなければ見学していればOKである。それぞれの競技内容は毎年違っていて、去年の場合は初日にサッカー、二日目は卓球、三日目はバスケだった。
ちなみに三年生は受験生達への配慮から、二日目だけ参加可能らしい。
「……という訳で、スタメンは以上の皆さんです」
黒板の前に立つ委員長が言う。
ここは2年F組の教室で、今はLHR中である。
教壇付近に立つ委員長の後ろの黒板に書き出されているのは球技大会の初日のクラス対抗戦のスタートメンバー。競技内容は今年もサッカー。書かれている名前には数人いるサッカー部のヤツやクラスでも一番運動神経のいい瞬とそれに次ぐ渉の名前がある。当然運動音痴である俺の名前は無い。
「去年は二回戦敗退だったからねっ! 今年はやるよっ! ひゅっ! ちぇいっ!」
前の席の渉が誰に言うでも無く宣言している。サッカーなのにバットの素振りのような動きをしている為、とてつもなくアホっぽい。
「このメンバーならいけるかもな。俺も少しやる気出してみるか」
珍しく瞬が渉の意見に乗っている。瞬の言う通り、ウチのクラスは運動部の比率が高い、そして何より学校内でもトップクラスの運動神経を誇る瞬と渉がいる。十分優勝も可能であろう。
「やる気だねぇ、瞬君と山崎君」
「えっ?」
頭の中で解説に専念していると隣から声が掛かる。声の主はもちろん隣の席の阿部さんである。
「なんだか楽しみだねぇ、塩田君」
阿部さんの方を向いてみると言葉の通りに楽しそうに笑う阿部さんと目が合う。教室に刹那が来たあの一件以来、阿部さんとは割と喋るようになった。
「そうだね」
実際俺が参加する事に関してはげんなりだが、瞬や渉、クラスメイト達が活躍する姿を見れるという事は楽しみかもしれない。ちなみにクラス対抗戦ではメンバーの半数は女子を入れなくてはいけないルールがある。活発そうな阿部さんは運動神経も良いらしく黒板のスタメンの一人として数えられている。
「あんまり乗り気じゃないでしょぉ? 強制メンバーチェンジで絶対に一回は参加になるよぉ? 塩田君も頑張れば活躍出来るってぇ〜」
俺の流し気味の相槌から察したか、核心を付きながら笑顔でじゃれてくる阿部さん。『出来るって〜』の辺りで俺のおでこをぐいってした。阿部さんの言う通り、クラス対抗戦はクラス全員強制参加、サッカーであるなら一分でもいいから一度はフィールドに立たなくてはならない。この学校は訳のわからんところにこだわる傾向がある。
「い、いや、参加したら頑張るしかないけどね、はは」
瞬と渉以外のクラスメイトと、しかも女の子と話すのは、どうも慣れない。話し掛けてくれる阿部さんには申し訳ないが上手く話す事ができない俺。
「まぁ怪我しないように頑張ろうねぇ〜」
俺のつまらない回答を気にするでもなく、朗らかに笑う阿部さん。
夏休み明けに席替えしてしばらく経つが、まともに話していない今までを、もったいなかったな、と思ってしまった。
放課後、生徒会事務室。
今日も球技大会へ向けての生徒会活動。俺は昨日与えられたばかりの自分の机に座っていた。みんなの机は事務室中央に向かい合うように並んでいるのに、俺の机は黒板付近の刹那の机の真隣の入り口の目の前である。恐らくいつでもお茶汲みやコピーに行けるようにだろう。
「今日は球技大会の準備作業に入る前に部活対抗戦のメンバーを決めるわ」
会長机に座る刹那がみんなに今日の予定を言う。
???
部活対抗戦? おかしいぞ、確か今年は。
「ちょっと待ってよ、三日目の対抗戦に執行部が参加するの?」
「当然ね、せっかくの学校行事に参加しない手は無いわ」
いやいやいや、そうじゃなくて。
三日目の部活対抗戦。
「今年は野球だろ? メンバーって言っても足りないじゃん!」
そう、今年の部活対抗戦は野球。すなわち参加する人数はどうしても9人必要になる、そして生徒会執行部の部員数は7人。
「二人足りないじゃん!」
やたらと堂々とした刹那にツッコまずにはいられない。
「足りないのは3人よ、もちろん補充要員は確保してあるわ」
3人? 補充要員?
「私は出ないから」
当然でしょ?って感じの刹那さん。
「いやいやいや、意味がわからないよ」
「ああ〜もうっ! うるっさいわねっ! 私は監督なの! いいから黙って聞いてなさい!」
痺れを切らしたように無理矢理まとめられてしまう。
「決めると言っても既に私が決めてあるから発表するわ」
え゛っ?
「一番センター塩田、二番レフト補充要員1、三番キャッチャー橘、四番ショート佐山、五番ピッチャー毬谷、六番セカンド補充要員2、七番ファースト進藤、八番サード補充要員3、九番ライト海老原、以上よ」
いつもの自信満々の口調で、さも当然の如く語る刹那。
ツッコミどころが満載過ぎてツッコむにツッコめない。
「私の綿密なシュミレーションによる完璧なシフトよ。このメンバーで私の指示が有れば間違いなく優勝出来るわ」
ツッコミどころがレベルアップした。
ちなみに触れてはいなかったが、執行部の他のみんなは終始真顔で傍観している。ああ、いつもの事ですよ、とでも言わんばかりである。
「三日目に出る事に関しては俺も賛成だけど、一ヶ所だけちょこっと変えないか?」
傍観に徹していた瞬が言う。
「何よ」
自分の考えたメンバーが不服なのか、とでも言いたそうな仏頂面で応える刹那。
「一番と八番の打順を変えよう。本当なら守備位置も変えたいところだがショートに俺がいればまぁ大丈夫だろ」
親友が俺の言いたい事を言ってくれた。
そう、だいたい三日目の野球に出る事だけでも俺的にどうしようもないのにトップバッターなんて恐れ多い。というよりみんなのお荷物になるのが明白な俺が打順が一番回ってくるトコなんてマズイと思う。
「何よそれ。十八が一番じゃないとかなり計算が狂うわ、十八が少しやる気を出せば大丈夫でしょ?」
???
刹那の言ってる事が少しおかしいぞ?
「はあ? 何言ってるんだよ刹那」
瞬も俺と同じらしい。ひょっとして刹那って……。
「瞬が十八に甘いのはわかってるけど、そうはいかないわ。十八は一番センターで断固決定よ!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「私の決定は絶対です!」
結局、何を言っても退いてくれない刹那に押し切られてしまった。
生徒会活動後。瞬と一緒に帰り道を歩いていた。
「はぁ……」
時計棟を出てしばらく、堪り兼ねたようにため息を吐いてしまう俺。
「なんだかおかしな事になっちまったな、十八」
隣に並んで歩く瞬もそうは言うが疲れたような声である。
「執行部に入った途端にこんな激しい難関があるなんて。頑張るは頑張るけど……刹那、期待しちゃってるよなぁ」
そう言うと俺は再びため息を吐いてしまう。
「ああなった刹那は絶対に止められないんだ。仕方ないな、俺が何とかフォローするからやるしかないぞ?」
どうしようもない愚痴を溢す情けない俺を律儀に気遣ってくれる瞬。
「刹那が集めたっていう補充要員に期待するしかないかな?」
その補充要員とやらが活躍してくれれば俺のお荷物具合も少しは緩和されるかもしれない。
「……たぶん期待出来ないと思うぞ……」
「えっ? どうして?」
「当日になれば分かるが、刹那の変な趣味が明らかになるぞ」
???
苦笑混じりに何処かばつが悪そうに言う瞬。あまり言いたくない事らしい。
「ところで十八、さっき気付いたんだけど、刹那のヤツ……」
急に話が変わったが、俺はすぐにピンとくる。
「ああ、俺の事を運動音痴とかじゃなくて怠けてるだけだと思ってるみたいだ……」
さっきの刹那のスタメンにしろ、そのスタメンを断固として変えない事といい、刹那はそう思っていると見て間違いない。
「はぁ……」
当日の事を考えると吐く息が全てため息になってしまう。
全校のみんなの前で恥をかくのはいい、でも俺のせいで執行部が恥をかくのは嫌だった。いや、それだけじゃない。俺は刹那の前で恥をかくのが嫌なのかもしれない。
「そんなに気負うな。俺がどうにかフォローしてやるから、楽しくいこうぜ楽しくっ!」
にゃはっと笑う瞬。釣られて俺も軽くにやけてしまった。
「お、お前っ、余裕だけど大丈夫かよ? クラス対抗戦と部活対抗戦の他にも二日目の個人戦にも出るんだろ?」
二日目の個人戦、今年はテニス。なんだかんだこういったイベントが好きらしい瞬は当然のようにエントリー済みだった。去年の個人戦にも出て、一年生ながら準優勝した栄光がある。
「十八の応援があればなんとかなるよ。頑張るからさ、なっ?」
きらきらした視線を向けてくる瞬。
ぞわっとした。
「勝手にしてくれ……」
当然吐き捨てておく。
球技大会。
こういったイベント行事はいつも瞬に隠れるように参加していた。
執行部に入って間もないのに、何やら波乱の予感がする。
学校行事。学校での勉強以外の時間の一つ。
瞬や阿部さんのように楽しみにしている生徒。授業が無いだけで嬉しい生徒。俺のように行事毎に気分を落とす生徒。ただでさえ生徒数の多いこの学校、みんなそれぞれの思い入れがあるだろう。
そして、それぞれに残る大切な思い出になるだろう。
楽しかった思い出。
辛かった思い出。
仲のいい友達との思い出。
そうでない新しい友達との思い出。
それぞれに残る大切な思い出があるだろう……。
俺以外は……。