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002 プロローグ02 平衡


「ただいまぁ」


 俺は古い木造平屋建ての玄関を開け、朝には似つかわしくない挨拶をする。返事は無い。


 敷地面積二百八十坪の日本家屋。築百年以上経っている木と畳の匂いに包まれた昔ながらの日本家屋、というよりただのお化け屋敷だ。


 俺はここに一人で住んでいる。……両親は居ない。今年の春までは祖父であるじいちゃんと二人で暮らしていたが、その春に亡くなってしまった……。それ以来、俺はこの広大な屋敷で一人で暮らしている。一応、保護者というか俺を養っているという設定の人はいる。しかし、俺がその人と会うのは稀である。もう一月以上会っていない気がする。




 俺の体重に軋む板貼りの廊下を歩く。瞬はまだ寝ているのだろう、起きている気配は無い。


 軋む廊下を抜けた俺は最奥にある道場に辿り着く。バイトと同じく日課となった朝の鍛練をする為だ。じいちゃんの職業……職業? 職業であった柔術道場の影響からか、俺も多少なり嗜んでいる。じいちゃんが生きていた頃からの日課の為、今更やめる事が出来ない。


 着替えを済ませた俺は冷えきった道場の畳を踏みしめる。着替えと言っても防寒着を脱いで靴下を脱いだだけ、元々動きやすいようにジャージを着て出掛けた為である。別に道着や袴などに着替えたりはしない。


 軽い柔軟の後、日課通りに鍛練に入る。三十畳はある道場に俺が踏み鳴らす畳の音だけが響く。ある程度のレベルまで行き着いた者が稽古相手の居ない鍛練をしても大きな意味は持たない。


 ……別にいい。俺は高める為の鍛練をするつもりは無い。俺はただ傾き続ける器の向きを正しているだけ。溢れないように……。




 日課の鍛練を終え、軽くシャワーを浴びた俺は自分の部屋に向かう。


 時刻は7時過ぎ、そろそろ瞬を起こしてやらねばならない。しかし、居間の前を通り過ぎようとした時にその必要が無い事に気付く。嬉しくなった俺は口元を緩めながら居間の襖を開ける。


 居間に入ると廊下で感じたそれよりも大きな香りが鼻孔を擽る。


「おはよう、瞬」


 純和風の居間の奥の台所に向かって声を掛ける。


「ああ、おかえり十八」


 姿は見せず声だけが返って来る。たぶん手が離せないのだろう。俺は瞬の気遣いに感謝しながらお膳に腰を下ろす。


 瞬は泊まりに来ると高い確率で朝食や夕食を手掛けてくれる。先ほど感じた香りの正体はもちろん瞬の作ってくれているであろう朝食だろう。自分でも自炊はするし、わざわざ瞬にやらせるのは気が引けるのだが嬉しいのは確かである。


「お待たせ。勝手に有る物使わせてもらったぞ?」


 そう言いながら台所の『湯』と書いたダサい暖簾をくぐって顔を出す瞬。両手には瞬が作ってくれた朝食を持っている。


 野郎の待つ食卓に笑顔で朝食を運ぶ野郎……なんだかシュールだ。


「…………」


 佐山瞬、俺と同じ高校二年生。

 身長180センチ、ちなみに俺は175センチ。

 成績優秀、ちなみに俺は並。

 運動神経抜群、ちなみに俺は十段階評価で2。

 容姿端麗、それはもう半端じゃない位のモテ野郎。ちなみに俺は……。


「けっ!」


 思わず眉をたわめてぼやいてしまう。


「……? どうした?」


 意味不明な俺に首を傾げながら朝食を並べる瞬。


「なんでもない」


 口をとんがらせて言う俺を見た瞬は更に首を傾げながら反対側に腰を下ろす。


「まぁいいか、さっさと食っちまおう」


 二人で瞬謹製の朝食を食べ始める。ご飯に大根の味噌汁、卵焼きに納豆。日本人万歳って感じの朝食だ。


 定番というか基本というかなんというか、美味かった。




「「行ってきま〜す」」


 朝食を済ませた俺達は玄関を出る。当然送り出す挨拶は返って来ない。何故出掛けるかといえば当然、学校に行く為である。今日は平日、サボる理由など一個も無い俺達は二人並んで徒歩による登校をする。


 学校までは歩いて15分。時間はまだまだ余裕なので瞬と二人ゆっくり歩く。


「悪いな、付き合わせちゃって」


 家を出て間も無く、瞬が言う。言った言葉とは裏腹にあまり悪そうではない。


「いいよ別に」


 俺がこう言うのを分かっていたからだろう。瞬はにぃーっと顔を緩ませる。


 現在7時半。本来ならこんなに早く出なくても学校には十分に間に合う。しかし瞬の用事に付き合う為に一緒に早く登校する事になったのだ。


「でも、大変だな? 結局は雑務ばっかりなんだろ?」


 その用事に関する素直な感想を訊いてみる。


「うーん……一概にそうとは言い切れないんだけど、まぁそんな感じだな」


 少し考えるように中空を眺めた後、肯定する瞬。


 瞬の用事とは『生徒会』。瞬は俺達の通う学校の生徒会執行部に籍を置いているのだ。しかも瞬はその生徒会の副会長を勤めていたりする。


「ふーん、大変でもないわけ?」


 すんなり肯定された為、更に訊いてみる。


「ふっ。それが中々どうして、大変ではある」


 かっこよく笑った後、含むような笑いと共にまた肯定。


「はあ?」


 意味が分からん。


「ははっ、悪い悪い。大変だけど、そうでなくなる理由は簡単。生徒会執行部は俺以外全員女なんだよ」


 疑問符を浮かべる俺に直ぐ様回答を述べる瞬。なんだかすごい楽しそうだ。しかし、瞬の回答に成程と納得する。……つまりはハーレム状態な訳だ。


「…………」


 隣でニコニコと笑うモテ男を見るとイライラしてきた。さっきまでは『瞬も生徒会大変だな』と思い、付き合ってやる気満々だったが途端に馬鹿らしくなった。


「なんだ? ヤキモチか?」


 にぃーっとニコニコを強調しながら言う瞬。


 むかつく!


「アホか!」


 二重の意味で掃き捨てておいた。








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