018 第一章刹那06 関与
朝の生徒会を終え、教室に戻って来た。
HRまではまだ早い時間だが遅刻王渉がいた。渉は自分の席に突っ伏していた。
「あれっ、珍しいね? おはよう」
とても意外だが、とりあえず挨拶。
「シオ? おはよう……」
???
なんだろう、渉らしくないな。
「どうしたの? 何かあった?」
少し心配になって覗き込むようにしながら訊いてみる。
「いや、ごめん。違うんだっ、疲れてるだけってやつ?」
俺の声に慌てたよう顔を上げた渉は言う。
「って? 渉?」
顔を上げた渉、その渉を見て驚く。頭には包帯、顔にはいくつもの絆創膏が貼られていた。
「どっ、どっ、どうしたのっ!?」
明らかに異常な渉の怪我を見て狼狽える俺。渉は剣道部だが見る限り部活で負う怪我には見えない。
「はははっ! シオっ! 心配してくれるのは嬉しいけど、びっくりしすぎだしっ! 別に大した事ないよっ! ちょっとてこずっただけ……いや、なんでもない」
いつもの渉っぽくおちゃらけたと思ったら、はっとしたように口をつぐむ渉。
てこずった?
「何? 何かあったの?」
どうやら何かしらの事情があるらしい渉。興味本意というより本当に珍しい渉の異常事態に思わず尋ねてしまった。
「違う違うっ! なんでもないってばっ! 変な事は何も無いから心配いらないってっ!」
いつものようにハイテンションに戻るが、どこかばつが悪そうである。
「別に言いたくないなら言わなくても平気だけど、何かあるなら言ってよ?」
とりあえず追求はしないが、本当に心配なのでそう言っておく。
「うんっ! はははっ! シオちゃん優しいっ!」
「わかったわかった」
くねくねしながら甘えようとする渉をぺっと振り払っておく。
昼休み。
瞬と渉と三人で久しぶりに来た学食。前回とは違い、今日は三人一緒の席を確保できていた。
「あのさ〜瞬ちゃ〜ん」
三人で雑談しながら食べていた昼食、話が切れたのを見計らったように瞬を呼ぶ渉。
「なんだよ? キモい呼び方すんなよな」
本当に嫌そうな表情の瞬。
「いや、この間のさ〜、合コンの話なんだけどさ〜……どうなったの?」
あ、そういえばそんな事があった気もする。瞬を見ると瞬も困ったような意外そうな、どちらとも取れる微妙な顔をしていた。
「あ、あー、えー」
何か言おうとするが、困った表情のまま唸ってしまう瞬。
俺には分かっている。
瞬が言ってた合コンの話は俺を元気付ける為のちょっとした軽口だったんだと思う。俺が刹那の事で酷く落ち込んでいた時の瞬なりの少し無理矢理なイベントだったに違いない。しかし、刹那の心変わりか、本当に俺の素行不良による事なのかは分からないけど解決してしまった(疑問点はたくさんあるけど)。
だから合コンの話はぶっちゃけどうでもよくなった訳だ。
「瞬? 合コンはっ? 合コンはいつやるのさっ!」
怒ったような不安そうな必死そうな渉。立ち上がってテーブル越しに瞬に詰め寄っている。
「渉、すまん……合コン、流れたわ……」
はははと困ったように苦笑しながらぶっちゃける瞬。
「……? 流れた、って?」
もはや顔面蒼白の渉。
「無しになったって事」
ガタンッ!
立ち上がっていた渉が後退る、当然座っていた椅子が倒れる。椅子の倒れた大きめの音に多くの人が注目を寄せた。
「ノオオオオォォォォォーーーー!!!!」
学食中に響き渡る渉の絶叫。両手をわななかせてぷるぷるしながら息の続く限りの絶叫……うん、すごいすごい。
流石にちょっとかわいそうになった。
放課後。
生徒会執行部の全員が生徒会事務室に集合していた。
「今日から来週の球技大会に向けての作業に入るわ」
教室と同じ位の事務室、本来の教室なら黒板のある辺りにあるでかい机に座った刹那が今日の予定を言う。
「曜子は去年あった問題点をチェック、ルナ達会計班は各予算の検討、瞬は必要備品の割り出し、私は学校への許可申請の作成に掛かるわ」
刹那の指示に了解の返事を返すと、みんな慣れたように作業に取り掛かる。全員が自分のらしき机に座ってファイルやパソコンとにらめっこしだした。
「…………」
…………。
「えっと、刹那、俺は?」
しばらくぼぉ〜っとしていたが、流石に居た堪れなくなったので訊いてみる。
「十八は私のサポートよ、の前にお茶を淹れて来なさい。全員分よ」
お決まりの高速タイピングでキーボードを叩きながら、お決まりのお茶の要求をする刹那。
なんだか執行部に入ってからお茶汲みしかしていない気がする。というより完全に刹那の秘書役になっている気がする。ヤダとか言ってたくせに。
「十八、早くしなさい。余計な事は言わせないでほしいわ」
不満だった訳ではないが、ほんの数秒だけ返事が遅れてしまった俺に催促をする刹那。『余計な』の辺りをやたらと強調した言い方だった。
「ご、ごめん。すぐに淹れて来るよ」
怖かったのも確かだが、何もしないのは流石に嫌なので急いでお茶を淹れに行く。お茶汲みだろうがなんだろうが立派な仕事だ。
それからしばらくして。
みんなのお茶を淹れた後、俺は指示通りに刹那のサポートに徹していた。
サポートといっても刹那の指示した物を取って来たり、刹那が作った書類のコピーなど雑用にも程がある仕事だった。この程度ならいくら俺でもみんなに迷惑掛けずに済みそうで正直ホッとした。
「十八、これもコピーをお願い」
脇で待機する俺に出来たばかりの書類を寄越す刹那。
「了解。刹那、紅茶が切れてるけど、ついでに淹れて来ようか?」
空になった刹那のカップを見ながら言ってみる。仕事が少なすぎるというのもあって、実は言うタイミングを計っていた。
「あら、気が利くわね。よろしく頼むわ」
終始ディスプレイに固定されていた刹那の視線が俺に向く。どうやら好感触だったらしい。
「……刹那……十八……」
ぼそっと海老原さんの声。
「……呼び捨て、です」
続いてルナちゃんの声。
「……えっ?」
二人の声にみんなの方を見てみると、全員が俺と刹那を注目していた。みんな作業の手を止めて、何か言いたそうである。
刹那、十八、呼び捨て。俺達の呼び方の変化の事を言いたいらしい。
刹那を見てみると……って、えっ?
「あー呼び方の事ね確かにみんなが疑問に思うのも無理はないかもしれないわねまあもちろんそれは十八が私の事を呼ぶ時に困ると思ったからなんだけどそれは十八にも言えるわけ私も瞬も佐山なんだから今更名字で呼ぶのも呼ばれるのも微妙だし十八君って呼ぶのも何か微妙だしそれで私だけ呼び捨てにするのは不公平だから私の事も呼び捨てにしたもらったわけ大した事ではないわ昔馴染みってこういう時困るわよね参ったわ」
しーん
ぽかーんとした。
みんなも絶句してる。
「ほら、十八? コピーとお茶よ?」
しーんとした事務室、呆気に取られた俺を促す刹那。
「えっ? あっ、うん」
いろいろツッコミたいところだがやめておいた。
しばらくして許可申請が完成した。
「じゃ、私は職員室に提出してくるからみんなは切りのいいところで切り上げて構わないわ。後片付けをお願い」
そう言うと、刹那は職員室に行ってしまった。
「意外です、刹那先輩ちょっと焦ってましたです」
刹那が事務室を出たと同時にルナちゃんが言う。
「……初めて……かも……」
海老原さんがルナちゃんの話に乗る。
「何が?」
片付けをしながら訊いてみる。
「刹那先輩、いつも完璧です。揚げ足取るところ一個もなかったのですよ」
「確かに会長さんらしくなかったよな」
橘まで乗ってくる。
「へ、へぇー」
「俺が見てても何か初々しいぞ」
瞬ですら今回の事は興味深いらしい。
「じゃあお疲れ様です」
刹那が戻って来て解散となった。
「俺、時間ないから急ぐよ。お疲れ様」
今日もバイトがある。時間的に急がないとヤバかった。
「十八、待って」
刹那に呼び止められた。
「……? 何?」
「アドレス教えて?」
ポケットから携帯を取り出しながら言う刹那。
「えっ、アドレスって? 携帯の?」
「当然でしょ?」
「ももももちろん」
「あ〜ルナもです〜」
ルナちゃんが笑顔で駆け寄って来る。
「そうね、ルナ達と曜子とも交換しておいて」
当然のようにみんなに指示する刹那。
「ちょっと! あたしは嫌なんだけど!」
橘である。
「却下ね。執行部で連絡を取る時に支障が出るわ」
あっさり橘を一蹴する刹那。
「く……っ! 変なメールとか寄越したら先輩の携帯ぶん投げるからなっ」
恨めしそうに俺を睨む橘。
カチーン
「悪いがお前に送る気はゼロだ。安心しろ」
「なっ! ちょっ! くぅぅ!」
俺の反撃に言い返すに言い返せない橘。
「冗談だ」
ちょっとかわいそうなので訂正してやる。
「うっせぇばーか」
幼稚な反撃に転じる橘。
「冗談が冗談だ」
言い返す。
ぴっぴっ
「オッケーだぞ。これで全員分の番号もアドレスも交換終了だ」
自分の携帯だが、使い方のよく分からない俺は瞬にやってもらった。赤外線受信とか意味わからん。橘とうだうだ言い合ってる内に終わったらしい。
いや…………。
っていうかさっ!
なんだろ? この役得感は!?
昨日とはうって変わってウキウキでバイトに向かう俺。
どうしても携帯をちらちらとチェックしてしまう。顔がにやける。
レストラン&ダイニングバーleaf
「おっはようごさいま〜すっ!」
意気揚々と挨拶して勝手口を開ける。
「お、おはよう」
「お、おう」
怪訝な顔で店長と永島さんが挨拶してくれた。
「じゃあ予約分のディナーの下拵えからですね〜」
着替えて準備を済ませた俺はふんふ〜んとキャベツを刻み始める。
「何か気持ち悪いですね、あいつ」
「そっとしておいてあげよう……」
「…………」
おかしい。
バイトを終えて家に帰ってきてしばらく経つ。
おかしいぞ。携帯が鳴らない。着信はもちろん、メールも。
いい加減夜も遅くなってきたし、きっとみんなの家は電波状況がよろしくないんだろう、とか無理やりな言い訳をしながら諦めようとした頃。
ピピッピピッ
「来た、メールだ!」
from佐山瞬
subまだ起きてるか?
今夜は冷えるらしいから暖かくして寝るんだゾ!
「…………」
瞬……お前って奴は……。
とてつもない脱力感に駆られて布団に入った。