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012 プロローグ12 天与


 玄関を開けると眩しい朝日が歓迎してくれた。


 冷たい空気のお陰だろうか、抜けるような青空。曇ひとつ無く、際限なく広がる水色は何処か優しく感じた。



 俺は毎朝、余裕を持って家を出るようにしている。だからいつでも通学路はゆっくり歩く事にしていた。いつもより少しだけ早い時間。今までと同じように急ぐ必要は全く無い、8時には十分間に合うだろう。しかし何故だろう……俺の足は逸っていた。


 今日は一人だった。瞬は昨日、泊まりに来ていない。見慣れた景色が過ぎ去って行く。代わり映えしない景色。……今日は違った……今日の景色は何故だか新鮮だった。初めて通るような通学路。例えるなら入学式に向かう新鮮さだった。


 何故?


 理由は……せっちゃん。やはり彼女のお陰だろう。


 生徒会執行部への出向。はっきり言って意味がわからない。俺が入部するという事なのだろうか?

 彼女の真意はわからない。でも、彼女が俺に歩み寄ってくれた事が嬉しかった。小学校卒業以来、お互いに距離を置いて来た俺達。彼女からまともに声を掛けられたのは実に五年振りだった。勅命とか言っていたが、どうなるかはわからない。正直、そんなのはどうでもいい。


 今日ほど軽い気持ちで登校するのは初めてだった。






 クズ校のシンボルのひとつである時計棟校舎の時計塔。全高46メートル、東西南北に設置された大時計は長針1メートル以上、短針80センチ以上で直径は3メートル近い。見上げるとそうでは無いが、めっちゃくちゃでっかい。


 一応呼び出されたわけだから堂々と入っていい筈なのだが、何とも近寄りがたい。その時計塔を見上げたまま、アホみたいに立ち尽くしてしまう。


「……塩田……」


「ふえっ?」


 突然の声。俺を呼ぶ女の子の小さな声。あまりに予想外であった為、俺は間抜けな声を出して視線を移す。


「…………」


 じぃ〜


 既視感に近い感覚を覚える。長い前髪越しの視線。いつかの似たような状況を思い出してしまう。


「あ、あの?」


 視線に耐えきれなくなって尋ねてみる。その子、名前は確か海老原曜子さん。


「……こっち……」


 俺の声を聞くと、そう言いながら時計棟の中に歩いて行ってしまう。ついて来いという事だろう。



 海老原さんの先導で時計棟の廊下を歩く。行き先は恐らく生徒会長室。やはり海老原さんは案内役として声を掛けてくれたらしい。


 なんだろう……連行されてるみたいで落ち着かない。緊張してきてしまった。


 コンコン


 海老原さんが生徒会長室の扉をノックする。激しくなる心臓の鼓動……やっぱり緊張する。


「……失礼します……」


 小さな声と共に入室する海老原さん、に隠れながら俺も続く。



 2メートルはある長机、そんなこたぁわかってるって感じの『生徒会長』のプレート、ノートパソコン、積まれた書類、それらが置かれた机の向こうに座る彼女、佐山刹那、無表情で俺を見つめていた。


「おはようございます」


 無表情のまま朝の挨拶をするせっちゃん。斜め後ろにはいつの間にか海老原さんが秘書のように控えていた。


「お、おはよう」


 条件反射的に挨拶を返す。するとせっちゃんは少し不愉快そうに顔をしかめた。


「……まぁ、いいわ。早速ですが本題に入ります。曜子」


 僅かに顔をしかめた後、海老原さんに何やらを促すせっちゃん。


「……はい……塩田十八……2年F組、出席番号9番……保健委員、体育委員、美化委員、他所属委員多数……ほぼ全ての生徒会管轄外の……委員会に所属している……」


 ???


「えっ? えっ?」


「……部活動無所属……成績は平均……一学期末考査結果、二年生520人中226位……運動系の授業でも、特に目立った結果は……残していない……家族は居らず一人暮らし……後見人による援助は無く……朝晩のアルバイトと祖父の遺した遺産で生活費を工面している……交友関係は同F組の佐山瞬……同じくF組の山崎渉……異性の友人及び恋人は、いない……以上……」


「ち、ちょっと?」


 何なんだ? 海老原さんが淡々と読み上げたのは俺のけっこう深いところのプロフィールだった。別にいいっちゃいいが一応ツッコむ。


「はぁ……」


 俺のツッコミに対しての返答は何とも嫌味ったらしいせっちゃんのため息だった。


「塩田十八。あなたの罪状は三つです」


 ???


「えっ? ざ、罪状?」


 激しく意味がわからん。


「一つはアルバイトの件、早朝の新聞配達はともかく夕方からのレストラン。えー、leafですね。ここは未成年の、しかも高校生のアルバイトとしてはあまりにも好ましくない場所であると判断します」


 手元にある資料らしき紙をぺらぺら捲りながら言うせっちゃん。


「二つ目は家族構成の件。後見人の存在はあるようですが、調査した結果によるとほとんど見放されている状態。まともに就職していない高校生である以上は公の施設などのお世話にならなくてはいけない……わかりますね?」


「…………」


 俺は何も答えない。彼女が無表情で発する言葉に酷く悲しい気分になる。せっちゃんがずっと遠い所に行ってしまったような寂しさを覚える……。


「……最後の三つ目」


 彼女が続ける言葉に耳を傾けるが、なんだかもうどうでもいい。


「……いい加減、忘れなさい……」


「……えっ?」


 呆気に取られた。


 彼女の声のトーンが著しく変わっていた。優しく諭すような暖かい声に変わっていた。彼女の表情が変わっていた。眉をまわめ、苦しそうに顔を歪めていた。問掛けられた内容を頭の中で繰り返された。


 忘れる? ……『あれ』を?


「……以上の罪状により、塩田十八の生徒会執行部への出向を命じます。……何か意見や質問は?」


 体も思考も固まったまま、彼女の声を聞こうとするが全くついていけない。彼女の声のトーンは元に戻っていた。


「い、いや、あの?」


 わからない。


「よろしいですね。では下がって頂いてけっこうです。放課後にもう一度ここに来て下さい」


「い、いや。だから……さ、佐山さ」

「――黙りなさい!! 下がっていいと言った筈です!!」


 あわわわ。絶句。半端じゃなく怖い。


 結局、追い出されてしまった。







 気の抜けたような足取りで教室に向かう。そして、考える。


 彼女がわからない。いったい俺に何をやらせたいのか。彼女は罪と言った。バイト、俺の生活……そして……はっきりと口にした訳ではない。でも彼女が忘れろと言った事は『あれ』だろう。


 ……忘れられる訳がないじゃないか。


「十八! 十八っ!」


 もうすぐ教室という所で声が掛かる、瞬だ。


「おはよう。瞬」


 とりあえず挨拶。


「おま――あ、うん。おはよう……って、それよりも十八! お前、執行部に入るって?」


 瞬にしては珍しく酷く取り乱した様子である。


「ああ。なんだかそういう事になっちゃったよ」


「おいおい。意味がわかんねえよ、刹那に言われたんだろ?」


「そうだよ」


 肯定すると、瞬は疲れたようにため息を吐く。そして肩をすくめながら言う。


「……あいつ。十八はそれでいいのか?」


 生徒会執行部に入ってしまっていいのかという事だろう。正直、あまり考えていない。ほとんど成り行きに任せて話が進んでしまったからである。それに……。


「拒否権は無いらしい」


 苦笑混じりの俺の言葉に瞬はがっくりと頭を押さえながらため息を吐く。やっちゃった、って感じ。


「まぁ、もうしょうがないな。でも、俺としては正直嬉しいよ。男手が足りなかったのもあるけど、十八が入部してくれるなんてな」


 そう言うと瞬も諦めたような苦笑と共に言う。


「ああ。まぁよろしく」


 俺も同じような苦笑で笑いながら返す。


「おう」







 そして。


「……という訳で、今日付けで執行部入りとなった塩田十八君」


 放課後、俺は瞬と共に再び生徒会長室に来ていた。会長室には見た事ある人達が集まっていて、誰もが好奇の視線を俺に向けていた。


「あ、えーと2年F組の塩田十八です。よろしくお願いします」


 せっちゃんに促されるまま、とりあえず自己紹介してみる。


「私と瞬はいいわね。みんなも自己紹介してあげて」


 せっちゃんが俺と同じようにみんなに自己紹介を促す。気のせいかもしれないけど、ちょっと楽しそう?


「……私から……? ……2年E組……海老原、曜子……書記……よろしく……」


 じぃ〜


 例の如く凝視される。


「よ、よろしく」


 カクン


 と頷く海老原さん、相槌なのだろう。


「次はルナです。1年A組の毬谷るなです。会計やってるです。よろしくです!」


 はきはきと自己紹介を言う、『よろしくです』の辺りで満面の笑みで笑ってくれた。かわいい。


「よろしくね?」


「はい!」


 満面の笑顔のまま、元気に返事を返してくれた。……かぁぃぃ。


「同じくA組、進藤円、会計監査」


 続いた自己紹介に視線を移す……と、毬谷さんの笑顔の余韻でにやけた俺の顔が引きつる。隣の進藤さんは明らかに俺を嫌そうに見ていた。光の加減なのか眼鏡の奥が見えないから余計に怖い。……俺ってまた調子に乗った?


「次、橘だろ? 自己紹介」


 更に隣の橘さんが自己紹介を始めないので瞬が促す。


「ちっ。橘巴、A組、会計監査」


 舌打ちされた。しかも、自己紹介もすんごい面倒くさそうに言われた。どうやらコイツには嫌われてしまったらしい。


「なんだよ? 先輩。何か文句あんのか?」


 思わず見てしまった俺の視線が不快だったのか、橘さんは喧嘩腰。食堂の時もそうだったがコイツはかなりの短気かもしれない。


 流石にカッチンときた。


「別に。君さ、いつもそうなの? 感情でばっかり動いていると満足できるのは自分だけだよ? 少しは君の起こすトラブルで周りにどれだけ迷惑掛けてるか知ろうね?」


 一般的解釈でおよそ間違ってはいないであろう常識を言ってやる。っていうか言ってあげないといけないだろ、先輩として。


「――なっ! なんだとぉ! こんの野郎っ! アッタマ来た! アッタマ来た! アッタマ来たぁぁ!!」


 うきーって感じで激昂する橘さん。


「トモちゃん! だめだよっ!」


 すかさず毬谷さんが止めに入る。


「でもよ! ルナっ! こんのイカ野郎っ! アッタマ来んじゃねぇか!」


 引く気ゼロの橘さん。


「橘! やめなさい!」


 せっちゃんの声も掛かる。


「あ……会長、すいません……」


 はっとしたように怒りを抑える橘さん。どうやらせっちゃんに逆らう気は無いみたいだ。


「塩田十八もあまり余計な事を言わないように」


 確かに余計だったかもしれない。少なくとも今言うべきではなかった事だろう。


「ああ、ごめん」


「まぁいいわ。私と瞬を含めた以上が第十六期生徒会執行部よ。生徒会顧問は数学の徳川先生よ」


 ???


「えっ? これだけ?」


 六人? 俺を入れたとしても七人? クズ校の生徒数は1500人なんだぞ?


「会長の方針でさ、少数精鋭なんだってさ。まぁでも、男子加入はやっぱり嬉しいよ。十八」


 笑顔の瞬が言う。


「執行部の他にも生徒会はあるわ。生徒会風紀委員会……生徒会図書委員会……私も詳しくは知らないけど生徒会暗部なんていう怪しいのもあるわ」


 せっちゃんが補足する。


「ふ、ふぅん……」


 詳しくはわからないけど、確か青葉先輩の時は50人位いた気がする。いいんだろうか?


「あのぅ」


 話が切れたのを見計らったように毬谷さんが小さく手を挙げた。


「どうしたの?」


 優しい声で訊くせっちゃん。明らかに毬谷さんには扱いが優しい。まぁそうなる気持ちはわかるけど。


「塩田先輩の役職は何になるですか?」


 役職?


「そうだな、十八。例えば俺なら副会長だろ? 執行部に所属する以上、必ず何かしらの役職に携わる必要があるんだ」


 首を傾げる俺を見て瞬が教えてくれた。


「そうね。塩田十八は成績も並だし、パソコン使えるようにも見えないし、交友関係が幅広い訳でも無いし……」


 そう言うと、哀れむように俺を見るせっちゃん。


「えっ?」


「あ、いや! 十八は料理が出来るぞっ!」


 呆気に取られる俺の代わりに瞬の必死そうなフォローが入る。


「いや、料理は生徒会には必要ないわ……」


 疲れたようにツッコむせっちゃん。……って酷いっ! とんだお荷物扱いじゃんか! 云わばこれってヘッドハンティングだろ?


「違うのか?」


「い、いや、何が違うっていうのよ」


 思わずツッコんでしまったせっちゃんは軽く驚いた様子で俺から後退る。そのまま周りのみんなも哀れむような視線を俺に寄越す。ちなみに瞬もっ!


 って、えっ?


 何? この状況……。


「どうしようです」


 堪り兼ねたように毬谷さんが口を開く。


「…………」


 みんな沈黙。


 超絶に居た堪れない。


「……会長補佐。確か何期前かの執行部に会長の補佐役職があった筈だわ。仕方ないわね……それで行きましょう」


 若干投遣りな感じで言うせっちゃん。


「……秘書役……って、感じ……?」


 静かにツッコむ海老原さん。その声に俺を含めた全員がせっちゃんに注目する。


「あっ、何かそれヤダ。塩田十八は素行不良として執行部で接収した生徒よ。しょうがないから役職は会長補佐で落ち着くとしても、扱いは雑用ね。執行部のみんなの雑用。はい決定!」


 あっさり秘書役を否定するせっちゃん。っていうかなんか酷い。


「とにかくそういう事よ。長くなってしまったけど塩田十八の加入挨拶はここまでね。みんなは今日の分の仕事に戻ってけっこう。はい解散」


 俺の意見を言う機会は与えられず、場を締めてしまったせっちゃん。周りのみんなも特にいいらしく次々と会長室を後にしようとする。


 ……何か言いたいけど何も言えない。


「ではせんぱい。またです」


 会長室を出る前に声を掛けてくれた毬谷さん。やはりかわいい笑顔付きである。


「あっ、うん。またね」


 俺も笑顔で返す。更なる笑顔と共に会長室を出ていく毬谷さん。……の脇の粘着質なジト目が二つ残っていた。


「ふ……」


 ジト目のまま鼻で笑ってから毬谷さんに続く進藤さん。


「アンタ、覚えとけよな」


 ジト目から攻撃的な視線に変え、嫌な言葉を残して毬谷さんに続く橘さん。


「…………」


 なんともやるせない。確かに言い過ぎたし、毬谷さんに少しでれっとしたけど、酷いなぁ。


「……塩田……」


「えっ? あっ、海老原さん」


 一年生二人の非難に項垂れようとすると背後から、それもスッゴい近い所から声が掛かった。振り返ると超至近距離に海老原さんが立っていた。


「……わからない事……聞いて……?」


「えっ? あっ、うん。助かるよ」


「……じゃ……」


 会長室から出ていく海老原さん。……一番わからないのは海老原さんかもしれない。


「塩田十八。今日は帰って構わないから出て行ってほしいわ。私も仕事に戻りたいの」


 せっちゃんの声。声の方を向くと、既にデかい机に座ってパソコンのキーボードを叩いていた。視線を俺に向ける事はない。俺の後ろ、扉の近くから瞬のため息が聞こえる。


「ご、ごめん」


 すぐに出て行こうと扉に手を掛ける。その前に。


「佐山さん、またね」


 再会の挨拶をする。


「…………」


 無視だった。


 扉を開け、瞬と共に会長室を後にする。



「まぁ、刹那の事は深く考えるな」


 会長室の前、扉を閉めたと同時に瞬が言う。


「ああ」


 考えるなってのは無理がある気もするけど、たぶん瞬の言う通りなんだろう。


「とにかく。おかしな事になっちまったけど……よろしく、な?」


 俺の顔色を窺うように、慎重そうに言う瞬。俺を気遣っての事だろう。


「大丈夫、厄介事だなんて思ってないよ。……よろしくな、瞬」


 俺がそう言うと、にぃーっと顔を綻ばせる瞬。心から嬉しそうだ。


「ああ。楽しくなるといいな!」


 言いながら笑顔のまま肩を組んでくる瞬。瞬の嬉しい時の癖だ。








 こうして俺の『生徒会執行部』への入部が決定した。


 厄介事だなんて少しも思っていない。


 俺はこう思っていた。



 ……また、居場所が出来てしまった、と……。



 そう。


 生徒会執行部。


 この時、俺が予見した通り、俺にとってかけがえの無い『居場所』になる。



 そして



 心を擦り減らすような



 俺の『最後』が始まったんだ









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