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011 プロローグ11 聖恩


 かちゃかちゃと食器同士が重なる音とざぶざぶと水の流れる音。


 leafでバイト中の俺は永島さんと食器を洗っていた。leafはカクテルバーも兼ねているレストランの為、食器の量が物凄い。しかし悲しいかな完全アナログ制のleaf、食器乾燥機すら無い。永島さんと二人で雑談しながらもこなしているわけだが、けっこう大変である。


「塩田ぁ、聞いてっかぁ?」


「えっ? あっ、はい。えっと、そのテロリストに占拠された豪華客船からどうやって脱出したんですか?」


 いろいろツッコミ所満載な永島さんの話だが続きを求めてみる。


「おぉ、いやよぉ。そのテロリストの連中の一人によぉ。なんか10才くらいの外国人のガキの女がいてよぉ。そのガキのが何故か協力してくれてよぉ。ソイツのお陰でどうにか脱出したってわけよぉ」


「へ、へぇー」


 すごい設定だ。


「いやぁ、流石に死ぬかと思ったぜぇ。ようは裏切り者のそのガキを守りながらテロリストの連中と戦ってよぉ。丸腰の俺に対して向こうは軍隊以上のフル装備だったんだぜぇ? 20人くらいいたんだぜぇ?」


「は、はあ……」


「最後なんか燃え盛る船の甲板からガキ抱えて飛び降りてよぉ。絶体絶命の状況でよぉ。クソでっけぇ船だから20メートルくれぇあんだよ。下が海だって分かっててもおっかなかったぜぇ……その後に軍隊の船に拾われて、どうにかって感じでよぉ……」


 話を切ると昔を懐かしむように斜め上に向かってうんうん言う永島さん。なんでも今の話は永島さんが高校生の時の話らしい。話だけ聞くと昨日見た映画の解説を聞いたような気分だった。


「中々面白かったすよ。じゃあ俺は上がるっす」


 永島さんの話が終わると同時に食器は洗い終わっていた。時間は十時過ぎ、バイトの時間も丁度終わりの時間なので上がらせてもらう事にした。


「おぉ、もうそんな時間かぁ。いいぞぉ、あがっちまぇ〜。今日もお疲れだなぁ」


 永島さんも軽いノリで労ってくれた。


「はい。お先に失礼します」


 俺も笑顔を返して、厨房を後にしようと踵を返した時。


「塩田ぁ……おめぇ……何かあったかぁ?」


「えっ?」


 永島さんの意外な言葉に振り返ると、心配そうな表情の永島さんが俺の顔を窺っていた。


「今日よぉ、ずっと気になってたけどよぉ。おめぇ顔色悪ぃぞぉ。大丈夫かぁ?」


「い、いや。何も無いっすよ。普通っす」


 俺は慌てて取り繕う。


 正直、永島さんが何を言っているのかわからなかった。しかし、俺を心配する人に指摘されただけで、自分自身の情けなさが晒け出された気分になる。


「まぁいいか、あんまり無理すんじゃねぇぞぉ? 一人で抱え込むとろくな事ねぇぞぉ?」


「……は、い。お疲れ様でした……」





 項垂れたまま、leafを出る。永島さんの言葉が胸に突き刺さった気分だった。見透かされてしまったようで酷く恥ずかしかった。


 駅前の片隅に位置するleaf、もう夜も遅いせいだろう……静かだった。


「十八」


 俺を呼ぶ声に顔を上げる……瞬がいた。


 瞬に会って。瞬の表情を見て。


 ……俺の心が露呈した。


 自分ですら気付かなかった馬鹿げた被害妄想であったと実感する。


 昼休み……時計棟での一件以来、瞬とまともに会話をしていない。放課後だって、瞬が生徒会なのをいいことに逃げ出した。瞬と顔を合わせるのが嫌で終業のチャイムと同時に教室から逃げ出した。せっちゃんの手前だからって都合のいい事を言って取り繕った。瞬の行為を無下にしたんだ。


 いや、違う。さっきから自分でわかっているじゃないか。


 茶番、下らない事、俺の事……。


 俺はせっちゃんの言葉に憔悴していたんだ。どんなに隔たりがあったとしても彼女は俺の大切な人の一人だった。その大切な人の言葉が痛かったんだ。被害妄想も甚だしい。


「お疲れ様」


「……ああ」


 瞬と目が合わせられない。


「十八。……その、悪かったな……。俺、少しお節介で、無責任だったよ……」


 酷く顔を歪め、申し訳なさそうに言う。


「……ああ」


 そんな事ない。俺が悪かったんだ。しょうがないよ。ありがとう。言いたい事の全てが出て来なかった。自分の発する言葉全てが酷く恥ずかしく思えてしまう。


「帰るか?」


「……ああ」




 結局、二人で家路を辿る事になった。今日も俺の家に泊まるつもりなんだろう。たぶん俺を気遣っての事。


 無言で並んで歩く俺達。


 瞬。俺の友達、親友。せっちゃんの弟。恐らく俺を一番気遣ってくれている奴。俺が生まれてから一番一緒に時間を共有している奴。せっちゃんを気遣っている奴。俺と同じように五年前のみんなの関係を大切に思ってくれている奴。


 せっちゃん。俺の友達、だった人。親友、だった人。五年前までは瞬よりも同じ時間を共有していた人。瞬が気遣う人。……俺が気遣う人。


 彼女にとって五年前の思い出はなんなのだろうか……。







 次の日。


「おっはよぉっ!」


「…………」


 突然の挨拶への反応は無い。挨拶の声は教室の入り口で声の主は(へんたい)だった。


「なんだよー。みんな冷たいなぁっ! シオっ! おはようっ!」


 自分の席に向かう途中に俺に再び挨拶する(へんたい)


「いや、うん、おはようなんだけど……いや、おはようっていうか……」


「山崎君。挨拶はとても大切な事ですが、今は授業中です。もう少し皆さんに気を遣って下さい」


 そう、徳川先生の言う通り、今は数学の授業中である。まだ一限目だが(へんたい)は全開で遅刻である。


「あっ、うんっ! そうだよねっ! みんなごめんねっ! でもさっ! 俺ってば偉くないっ? いつもならもうちょい寝ちゃうトコだけど、志乃先生の授業だぁ〜って思ってさっ! 頑張って起きたんだよっ?」


 宇宙レベルのアホだと思った。


「それは……ありがとうございます」


 徳川先生は普通に照れてるし。


「いいから席に着いて黙れ」


 照れてる先生の代わりに隣の隣の瞬が(へんたい)を促す。


「あっ。ごめんごめんっ! っつーかシオっ! 渉って書いてへんたいって読まないよっ!」


 席に着く前に俺にもの申す(へんたい)


「えっ?」


「さっきからぶつぶつ聞こえてるしっ!」


 どうやら声に出ていたらしい……。




 昼休み。今日は昨日の宣言通り、瞬と渉と俺の三人で弁当を囲む事になった。もちろん場所は時計棟ではない、教室である。


「シオっ! 美味いねっ! 美味いよっ!」


「あ、ああ。ありがと」


 いつもの事だが、渉は超ハイテンションだ。俺の作って来た粗末な弁当を満面の笑みで食べてくれている。瞬も同じだった。

 同じように友達同士で食べているクラスメイト達。教室、俺のいてもいい場所。うん、大丈夫そうかな……誰にも迷惑掛けてなさそうだ。


 そうだ。


 俺の日常。


 瞬と渉には悪いが、これでいい。


「シオっ?」


「えっ?」


 声に反応し、顔を上げると二人とも俺を心配そうに見ていた。


「シオ……どうしたの? 大丈夫?」


 食べるのを中断し、眉をまわめ、自分自身に降り掛かった痛みを堪えるように俺を窺う渉。俺を心から心配してくれているように見える。


「い、いや……」


 何も言えない……。酷く後ろめたい気持ちになる。渉の顔が見れない。隣にいる瞬の視線が酷く気になってしまう。


 恐らく原因であろう昨日の一件……瞬ならば仕方がない。しかし、何も知らない筈の昨日の永島さん。永島さんに続き渉。


 俺はわかりやすいのだろうか?


「渉、十八は疲れてるんだよ。早朝のバイトの後に俺達の弁当を作ってくれたんだぞ? 疲れてるに決まってるだろ?」


 口を閉ざす俺の代わりに渉をたしなめる瞬。いや、俺を気遣い、吐かなくてもいい嘘を吐く瞬。


「そ、そっか。ごめんねっ! うん。いや、そうだよねっ! いやっ! ……ごめん」


 違う。謝ってほしくなんかない。俺がうじうじとしているのが悪いに決まっている。謝るのは俺なのに。


「わた」

「――十八っ! 渉っ!」


 渉に謝罪しようとした俺を遮るように瞬が言う。


「合コンだ」


「「えっ?」」


 ???


「「えっ?」」


「合コンするぞ。俺が綺麗どころとの合コンを企画してやる」


「はあ?」

「――マジくわぁっ!! マジなのくわぁっ!!」


 いきなり何を言い出すのかとツッコもうとすると、今度は渉が俺を遮るように身を乗り出してくる。っていうか目が血走ってるし。


「いつだっ! いつなんだっ! 瞬っ! 瞬っ! 瞬ってばさっ!!」


 くわっと目を見開いて瞬に覆い被さる勢いの渉。ハアハアしてるし、ちょっと引いた。


「あ、ああ。ちょっと落ち着けよ! 近いウチにって感じだけどさ……」


 渉のあまりの勢いに流石の瞬もたじたじになっている。俺はなんとなく一歩引いたまんま。


「と、とにかく! 合コンやるぞ! いいな?」


 何か無理やり締めようとする瞬。


「十八もいいな?」


「お、俺は……」


「強制!」


 いいよ。って言わせてくれなかった。











 何故だか長く感じた学校を終え、日没がすっかり早くなってしまった夕暮れの町を歩く。


 一人だった。


 瞬は生徒会、渉は部活、他に俺と一緒に帰るような奇特なヤツはいない……。




 町を包む赤は綺麗だった。低い太陽に照らされる町は何故だか懐かしい。


 赤く染まる道路。踏みしめる足で辿る。長く伸びた影も俺に追い付かんばかりに辿る。


 紅く染まる街路樹。木の匂いは冬であっても鼻孔を擽ってくれる事に気付く。


 緋く染まる空。昼と夜のグラデーションのようなコントラストに目を奪われる。


 朱く染まる俺。


「…………」


 ……異物、そう思った。綺麗な町を汚している気がした。


 足を止める。


 沈む太陽が山際に吸い込まれるところだった。俺は思わず目を奪われる。


 ゆっくり、ゆっくり、けど確実に吸い込まれて行く太陽。


 足掻いているように見えた。どうしようも無い事に必死に抗っているように見えた。無理なのに馬鹿みたいにもがいているように見えた。


 ……俺と同じだ。


 町を彩る『あか』のように……。

 町に残る『おれ』のように……。


 すぐに黒く塗り潰されるのをわかっているのに……足掻く。


「…………」


 馬鹿馬鹿しい。ふと考えていた事がとてつもなく馬鹿らしい事に気付く。


 自嘲気味に笑うと視線を辿るべき家路に戻す。


 ……太陽が沈む瞬間は見たくなかった。



「えっ?」


 思わず声を上げてしまった。


 赤く染まる道路には先ほどまで無かった『あか』が存在していた。ついさっきまで見惚れていた『あか』達が霞んでしまう『あか』が存在していた。


「塩田十八」


 その存在が何か音を発した。俺は反応出来ない。


「第十六期生徒会執行部会長、佐山刹那が申し上げます。2年F組塩田十八の生徒会執行部への出向を命じます」


「あっ、えっ?」


 必死について来ようとする思考だが音の意味が理解出来ない。


 せっちゃん? 夕暮れの赤に染まる存在は間違いなくせっちゃんだった。


「これは生徒会長権限を行使した決定事項です。拒否は許されません。明朝8時、時計棟二階生徒会長室にて正式に勅命致します。欠席は許されません、遅刻も許されません。……以上です」


 捲し立てるようにそう言うと、俺の脇をすり抜けて行く。真顔のまま、俺と目を合わせる事も無い。


 俺は固まってしまっていた。彼女を視線で追う事も出来なかった。





 辺りが黒く塗り潰されて行く。


 光を失って行く。


 でも……。



 思っていたよりも寂しさは感じなかった。








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