001 プロローグ01 遠景
気だるい……。
また朝がやって来たらしい……。
枕元で鳴るアラームが朝の到来を知らせてくれている。
目覚まし代わりに使っている携帯電話は設定通りに毎朝決まった時間に俺を起こしてくれる。
――ふと俺も似たようなものだと思った。
決まった時間に鳴ってくれる携帯、その携帯の恩恵に与かってだが決まった時間に動き出す俺。
大して変わらない……。そう思いながらも、さして気に留めず、手探りでアラームを止め、閉じている目を開ける。
「…………」
覚醒したばかりの頭が一瞬ではっきりする。
サラサラと流れる亜麻色の髪の毛、長い睫毛、整った鼻筋、軽く開いた唇は艶っぽくてやはり整っている。顔の輪郭は細い、首筋も細い……聞こえてくる寝息も細い……。目の前、同じ布団で眠るこいつと俺との距離は僅か15センチ……。
「はああぁぁ……」
朝一からどっと疲れた気分になり、深いため息を吐く。同時に同禽していた『こいつ』を起こさないように布団から這い出る。
時刻は3時、まだ夜明け前。まだ11月になったばかりとはいえ日が昇る前の空気は冷たい。布団に戻りたくなる衝動に駆られるが無視しておく。
「十八……バイト?」
声が掛かる。先ほどまで寝具を共にしていた『こいつ』である。
「ああ、おはよう。寝てていいよ? 時間になったら起こすから」
「……わかった」
そう言いながら目を閉じる『こいつ』。夢の中に戻ったみたいだ。
それを確認した俺は、いそいそと着替え始める。
俺は塩田十八、この間17才になったばかりの高校二年生だ。
目の前で眠る『こいつ』は佐山瞬。男だ、♂だ、野郎だ、俺と同じもんが付いてるあんちきしょうだ……。
「はあ……」
再びため息。
瞬は俺が一番多くの時間を共有する唯一の人物。付き合いも長く、俗にいう幼馴染みというやつである。俗にいう親友というやつである。お互いに気兼しない関係で言いたい事はズバズバ言い合える仲である。
昨日も夜遅くに突然現れた瞬に『泊めてくれ』とゴリ押しされ、仕方なく泊めてやった。確か俺とは別に布団を敷いてやった筈だが、いつの間に同禽していたのだろう。
……ため息の理由はそれに尽きる。
朝靄の中を走る。
俺はアルバイトをしている。この時間に出勤。想像に容易いかもしれないが新聞配達だ。
起床からしばらく、新聞の束を担いだ俺は走っている。
毎朝日の出よりも早く出勤し、自分の担当である近所に新聞を配って回っている。本来なら自転車での配達なのだが、とある理由から自分の足で走っての配達をしている。
アルバイトを始めて一年半、いい加減慣れてしまった。
見慣れた町を抜け、走る。
まだまだ辺りは暗い。田舎町の為、街灯が極端に少ない。でもすっかり慣れた配達コースは目隠し……では無理だが、暗い位ではどうって事ない。
俺の住む町、久住市は人口約35000人。海と山に隔てられた小さな町の割に人口は多い。主な産業は港と工業団地。山あいに広がる昔ながらのいびつな住宅街。首都圏に繋がる唯一の交通手段の鉄道を挟んだ反対側には何故だか大きな家が並ぶ高級住宅街。
しかしながら町にはあまり活気が無い。これといった特産も無ければ目立った施設も無い。住宅地ばかりのいわゆる『ベッドタウン』というヤツだ。
空が僅かに白みだした頃、いつも通りに配達を終える。
「お疲れ様でしたー」
時刻はまだ6時。普通の生活をしている人ならまだまだ寝ている時間だろう。
俺は自宅に帰る道をのんびり歩く。
右手に見えるのは海、左手に見下ろすように町が見える。その海の遥か向こうから眩しい光が輝き出す、みるみる空が青を彩って行く。
……どうやら日の出みたいだ。この様子なら今日は気持ちいい位に晴れてくれるだろう。11月の日の出は一年を通して一番綺麗と聞く。確かに水平線に輝く朝日は見とれてしまう位に綺麗だ。
振り向いて町を見下ろしてみる。港、工場、いびつな住宅街、場違いな高級住宅街、寂れた駅、学校。
俺の町、俺達の町。
俺が生まれた町、俺達が生まれた町。
俺が育った町、俺達が育った町。
俺が……。
「…………」
思考を中断する。
胸が締め付けられる。
下らない感情が溢れて来るのが分かる。
俺には必要の無い感情が溢れて来る。
そうじゃない……違うだろ?
「みんなが生きていく町……」
誰かに言った訳ではない。ただの確認だ。
俺は自嘲気味に苦笑すると視線を水平線に戻す。……朝日は完全に水平線から離れてしまった。いいところを見逃してしまったのかもしれない。
輝く太陽の光を受けてキラキラと輝きながら波打つ水面……。
普段なら気にも留めない筈なのに見惚れてしまう……敬いながら……。
決して届かない、そう思いながら……。
俺を取り巻く世界。
こんなにもちっぽけなのに……。
ちっぽけな町なのに……。
遠いよ……。
遥……。